22話
翌日、フィーザー達は7人で聖パピリア教会を訪れていた。目的は勿論、手に入れた情報の共有である。それならば自宅でもよさそうなものだが、教会のシスター達によれば、神託を受けることが出来るかもしれない。
神託とは魔法や異能、超能力などといわれる類の能力ではなく、予言や占い等に近いかもしれない。正確な未来予知の魔法は確認されてはいないが、ここのシスターによる神託は正しかったことが多いとされている。
ディーゼルハルトから手に入れた情報は、たしかに有力なものではあったが、結局目的は分かってもより詳しい内容は分からなかった。
神妙な面持ちで礼拝堂の椅子に腰かける7人の前には、聖パピリア様の像に向かって祈りをささげるような格好で膝をついているエリスの姿があった。
フィーザー達から話を聞いてから、長いこと聖パピリア様の像の前で膝をついていたエリスが立ち上がると、ゆっくりと振り向く。
気になることは確かだったが、誰も急かしたりはしない。
胸の前で腕を組んだままのエリスは金の瞳を見開くと、まるで誰かにそうしろと言われているかのように、幽鬼のような動きでフィーナを指差した。その場の緊張が強まる。
「彼らは探しているようです。『ミルファディア』と呼ばれる何かをどうにかするための鍵としてフィーナさんの事が必要みたいです」
「フィーナ、聞き覚えは?」
フィーザーが問いかけ、皆の視線が集まる中、フィーナは力なく首を横に振った。
申し訳なさそうにするフィーナをセレスティアが宥める。
「フィーナさんのせいじゃないわよ。おそらく、彼らだけが知り得る何らかの単語なのだろうし」
フィーザー達も調べた内容を必死に思い出してはいたが、ミルファディアという単語を見た覚えはなかった。
「ないな。今まで調べた中に『ミルファディア」なる単語が出てきたことはない」
大脳の他にも記憶領域を持つディオスが間違えるなどということは、故障でもしていない限りはあり得ない。
ディオスが言い切ったことで、見落としでもないと分かり、沈んだ雰囲気が流れる。
「彼らはどこでその知識を得たんだろう? 少なくとも、彼らはそのことについて知っているんじゃないかな?」
「ですが、昨日相対された方は何もご存知ではなかったのではありませんか? 話を聞いた限りでは、知っていて黙っていたというような雰囲気でもなかったのですよね?」
はっと思いついたような顔でフィーザーが告げるが、メルルがやんわりと否定する。
「うん。それはもっともだけど、ディーゼルハルトと名乗った彼が知らなかっただけで、彼の仲間内では知っている人がいるのかもしれない」
しかし、フィーザーも考えもなく発言しているわけではない。
フィーザー達はすでに幾度もフィーナを狙う彼らと相対しているが、仮に彼らが同じ組織から来ているのだとしても、一枚岩ではないのは明らかだ。
まとまっていて意志の統制がとれているのならば、仲間に魔法師がいる彼らが、魔法など、と魔法を軽視するような発言をするはずはないからだ。
「問題は山積みだけれど、一番の問題は―—」
「奴らの本拠が分からないということだな?」
セレスティアの台詞を途中でレドが奪う。
「そうそう‥‥‥って、違うわよ。何でそう過激な思想になるのよ」
「しかし、戦の常套以前の問題として、攻め込まれているばかりではいずれジリ貧になることは明白だ。どこかでこちらから攻めに転じなければ、相手が諦めるという可能性が限りなくゼロに近いと判断せざるを得ない現状では、いずれ敗北を迎えるのは確実にこちらだぞ」
「でも、相手の規模も、実力も、何も分からずに無暗に飛び込んでも結果は変わらないじゃない」
「ではそのお役目は私に任せていただけませんか?」
レドとセレスティアの言い合いに口を挟んだのはエリスだった。思いがけない内容に、二人は口論を止める。
「任せるって、何かあてはあるんですか?」
信じられないというよりは大丈夫なのかと案じるような口調でメルルが気づかわし気な視線を向ける。
「はい。皆さんもご存知の通り、この聖パピリア教会は寄付金と共に議会からの援助で成り立っています。もちろん、互いに過干渉は禁じていますし、私たちはただ信仰を捧げるだけですからどれ程の力もありませんけれど。それに、たとえ援助がなくなろうとも賄うことのできるだけのあてはあります。仮に藪蛇の結果になろうとも、そう簡単に潰れることはないはずです」
詳しくは確認して見なければ分かりませんが、とエリスは微笑む。
「私にはそれほどの力はありませんが、メルクーア様にお頼みして見ます」
シスター・メルクーアは聖パピリア教会のシスターの長であり、その顔は広い。
「それは、頼めるのならばありがたいけれど、こちらの事情に巻き込むわけには‥‥‥」
行きがかり上、巻き込んでしまったとはいえ、エリスに関しても本当は納得できていない。その上、聖パピリア教会全体を巻き込むなど、そんな覚悟はまだ決まっていなかった。
「問題ないだろう。この程度で教会を潰そうという輩が出るのならば、いっそそいつらこそ癌として切り捨てることも出来る」
「ディオス、それをやるのは僕たちではないと思うんだけど」
「無論、それだけではない」
ディオスは懐を探す。そうして提示された通帳には膨大な額が記入されており、フィーザー達は目を見開き言葉を失った。
2人で暮らしているのだからディオスには相当な資金があるのだろうと思ってはいたが、これほどの、一世代や二世代分どころではない額とは思ってもいなかった。
「これは俺とメルルが暮らすための預金の一部だ。むろん、他にもいくらも口座はある」
金融システムなど児戯に等しいとディオスは事も無げに言い切った。
「もちろん、金で全てが解決できるわけでもないし、受け取れないと言うだろうことは分かっている」
エリスは勿論、フィーザー達は凍り付いたように動けなかった。
「これは保険、いや、報酬か。いざとなればヴィストラントを出て大陸の方へでも、何処へでも行くことは出来るだろう。そうはならないと確信してはいるがな」
ディオスは通帳を仕舞う。
視界から危険物が去ったことで、空気は多少弛緩された。
「報酬などと、そのようなものは必要ありません」
エリスが振り向いた先、声のした方から現れたのは、多少天然とおもわれるウェーブのかかった紺色の短い髪の女性だった。
「シスター・メルクーア」
エリスが座っていた椅子から立ち上がる。頭を下げようとするエリスを押しとどめながら、シスター・メルクーアはフィーザー達へと視線を向けた。
「困っている方をお助けするのが私たちの使命です。それがあなた方の助けとなるのならば、その役目私がお引き受けいたしましょう」
「良いのですか? 僕、私たちが頼むことのできる立場ではないことは承知していますが、こう申しては何ですけれど、教会としては特定の誰かに肩入れしすぎることは問題なのでは?」
疑問を呈したフィーザーに、メルクーアは問題ありませんよと微笑みかけた。
「子供がそのような心配をするものではありませんよ。ご厚意は受け取っておきますが、私たちは私たちの心に従っているだけですから」
あまり言い過ぎるのも不敬にあたる。
なおも何か言いたそうにしていたメルルの事をディオスが制止した。
「よろしくお願いいたします」
フィーザー達は揃って頭を下げた。




