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12話

 放課後、フィーザーとフローラは、フィーナを連れて、昨日に引き続きショッピングモールを訪れていた。

 目的はフィーナの通信端末を購入するためだ。


「たとえ持っていなくても、僕たちは念話を使えばいいけれど、レド達とはそうはいかないからね」


 フィーザーやフローラ、セレスティア達、魔法が使える者は、念話と呼ばれる双方向通信魔法の存在により、妨害がなければかなり離れた場所にいても連絡を取り合うことが出来る。

 しかし、それには魔力があることが必須であり、魔法を扱うことのできない者、もしくは魔法を使える者でも魔力を変換することが出来ない等の状況に陥っている場合には送ることが出来ない。正確には、魔法を扱えない者に対しては、送ったところで相手が受信していることに気付くことが出来ないために意味がない。さらに、思念として言葉を飛ばすことは出来ても、見えている情景や画像を送り届けることは出来ない。

 また、魔法を使うことのできる者にとっては、いざという時に魔力が足りなくなる状況に陥ると大変困るので、微量とはいえ、平時の魔力を蓄えるという意味でも小型携帯端末は重宝されている。

 昨日と同じショッピングモールで―—ヴィストラントには巨大なショッピングモールは一つしかないので、当然と言えば当然だが―—必要な夕飯の食材等の買い出しも併せて済ませようというつもりだ。一人でもさほど困らないとはいえ、3人いた方が荷物を持つのが楽だということもある。もっとも、荷物を運ぶのはフィーザーだけであろうが。


「どれか気に入ったのはあった? 色でも、形でも、何でもいいんだけど」


 フィーナはよくわかっていない様子で、目をぱちくりとさせながら、陳列された見本をじっと見入っていたが、しばらくしてフィーザー達の方へと顔を向けた。


「どうかした? ああ、もしかして私の?」


 フィーナがこくりと頷くと、フィーナの視線を追っていたらしいフローラが制服のポケットから自分の通信端末を取り出す。

 ボタンを押すと、空中に仮想の画面が投影されて、フローラがそこを指で操作すると画面が切り替わった。

 同じようにフィーザーも自分の端末を取り出してフィーナに見せる。


「お兄ちゃんのと同じのがいいの?」


 フローラが楽し気に口元を崩しながら尋ねると、フィーナは頷いた後、思い直したように大げさなくらいに首を横に振った。

 フローラは楽しげに笑うと、わずかに顔を赤くしたフィーナの手を引っ張って店員のところへと連れて行った。

 両親から同意書は送ってきてもらっていたため、購入と設定はすぐに済ませることが出来た。

 嬉し気な表情で戻ってきたフィーナは、胸の辺りで購入したばかりの通信端末を抱きしめて、ありがとうございます、と兄妹に向かって頭を下げた。


「ありがとうございます」


「お礼を言われることじゃないって。必要なものだから、それに、私たちが楽しいからだよ。ねえ、お兄ちゃん」


 フィーザーも、その通りだよ、と頷く。


「じゃあ、夕飯の買い物も済ませたし、そろそろ‥‥‥、あ、でも、その前に、お兄ちゃん」


 フローラが差し出してきた、食材やらを受け取る。


「私たち、ちょっと寄るところがあるからここで待ってて」


 フローラとフィーナは手を繋ぎながら連れ立って歩いて行く。

 どこへ、などと、そんなデリカシーのない質問をするようなフィーザーではなかったので、黙って二人を見送った。

 フローラとフィーナの姿が見えなくなるころ、反対方向からどよめきが広がってきた。気にはなるが、持ち場を離れるわけにはいかない。フィーザーは所在なさげに自分の通信端末を弄んでいた。

 しかし、やがてどよめきが悲鳴に変わるころになると、流石に無視しても居られない。

 預かった荷物を運びながら、よもやと思い、問題の発生場所と思われる処へと顔を出す。


「なんだあれ?」


 フィーザーの目に映ったのは、濁った銀色のオブジェクトだった。

 楕円形で、底の方は平らで、上側は丸みを帯びている、半楕円球とでも名付けられそうなそれは、ふよふよと漂いながら、小さな音を出してフィーザー達がいた方へと向かっている。

 もしかしたら、お店側のもしくはこのショッピングモールの所有物であるという可能性も、全くないわけではなかったので、すぐに手出しはせず、遠巻きに見ていると、誰かが連絡したのだろう、このフロアの警備ロボが駆けつけてくる。

 警備ロボというのはそのままの意味で、空中を滑るように移動するモール内を移動警備しているドローンの事である。

 もちろん、生身の人間の警備員も勤務しているが、今回一番最初にやってきたのは2機の警備ロボであった。

 事故を防ぐため、人体に危害を加えないように設定されており、平時であれば注意喚起するだけではあるが、状況によっては人であろうと取り押さえることの出来るようなプログラムが中央管理局の管制センターへと申請され、受諾されると、たとえ人間相手であろうとも、一時的に取り押さることが可能となる仕様である。

 もっとも、今回に関していえば、明らかに相手は人体ではなく、クラッキング的なテロも行われてはいないため、そのような問題は起こらない。

 サイレンを鳴らしながら近づいてきたそれは、警告音を鳴らしながら問題のオブジェクトを取り囲む。


「あっ」


 そう声を上げた時にはすでに銀色のオブジェクトは攻撃を終えていた。

 フィーザーには見ることが出来なかったが、気付いたときには綺麗に切断された警備ロボが床に転がっていた。


(どこの誰が企てたテロだ。まったく、つい先日もフィーナとフローラが危ない目に当ているというのに‥‥‥、待てよ)


 もしかして、今回もそれが原因か? そう思ったフィーザーは、人の流れに逆らって、その場に留まり続ける。


「いや、でも激しくするのはまずいよな」


 腕に抱えた食材の心配をしつつ、さりとて、万が一、予想通りだった場合に、このまま進ませてはフローラとフィーナに危害が加えられる恐れがある。

 賢明なる妹はフィーザーがおらずとも、きっとフィーナと自身を守りつつ、時間を稼ぎ、逃げるか、或いは交戦するかするだろう。

 警備員を信頼していないわけではないが、たとえ後から怒られようともフィーザーには引くつもりはなかった。

 もちろん、フローラは優秀であることに代わりはないが、食材と妹、どちらを守るのかと言われれば、問題なく、迷いすらせず、一瞬で後者を選ぶだろう。


「あとは、他の人と同じように逃げていてくれることを祈るだけかな」


 普通、警備ロボが出てきた以上、それが破壊されるなど夢にも思うはずもなく、他の大人がこの場に残るはずもない。フロアを見渡してもフィーザー以外の人影は発見できなかった。

 しかし、物事は往々にしてそう思った通りにばかりは進まない。

 無事だったベンチに荷物を降ろすと、後方から声が掛けられる。


「お兄ちゃん!」


 目を離したくはなかったが、シールドを展開しつつ、振り返る。

 息を切らした様子のフローラとフィーナが膝に手をついている。


「危ないから下がって!」


 今更ながらに人の流れに逆らってフィーザーのいる方へ来たフローラとフィーナを注意しに来たのだろう。警備員がフィーザーにも注意の声を掛ける。

 誰も来なければ自分でこの脅威に対処するつもりであったが、プロの大人が言うのであれば、邪魔をするつもりはなかった。


「君は見たところ学生さんだね。妹さんたちと一緒に離れていなさい」


 フィーザーはお礼を言いながらフィーナとフローラのところへ駆け寄った。

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