10話
先を急ごうとするガーランドの行く手を遮り、レドの蹴りが落ちる。
打ち下ろす飛び蹴り。
当然後方へと飛びのいたガーランドは、着地と同時に床を蹴り、距離を詰める。
レドの態勢が整う前に仕掛ける予定で飛び込んだ先には、すでにレドが立ち上がっており、二人は4つに組み合った。
正確には組み合ってはいない。互いの5本の指と指の先が綺麗に合わさり組み合えずにいる。
「ちっ!」
舌打ちを漏らし、後方へと飛びのくガーランド。先程まで彼がいた場所には魔力によって生み出された斬撃の痕が走っていた。
セレスティアはフィーナとフローラを庇いながら腕を前に伸ばしており、続けて切り替えた空気弾による射撃によって、ガーランドをけん制する。
「セレス、助太刀は無用だ」
後ろを振り返らずにレドの声が響く。
「相手が目の前の奴らだけとは限らない。お前はこいつら以外が来ないかどうかに集中していろ」
レドは魔法に関する事象には疎く、ゆえに、武人として当然の注意をする。
敵が今己が対峙している相手、そしてフィーザーが交戦している者だけではなかった場合、レドにかまけていたのでは隙になる。
「問題ないわ。索敵に引っかかる相手はいなかったから」
しかし、セレスティアもただ目の前の戦いに干渉したわけではない。
探査及び探知の魔法を飛ばし、常にフロアを警戒しながら戦いに集中している。そのため、伏兵の有無など、それどころかフロアの構造すら手に取る様に把握している。
今、セレスティアが感知しているフロア内の人間で、こちらに向けて害意を持っているのは目の前のガーランドと、フィーザーが交戦しているラーデスと名乗った男だけだ。
「大分紳士的なところもあるじゃない。人払いの結界でも張ったのかしら」
ラーデスが人払いの結界を張ったのは、親切心や、被害を出さないようになどと考えての事ではない。単に干渉してくる人数を極力減らしたかったからというだけの理由だ。フィーナの近くにいたフィーザー達には効果がなかったが、もう少し離れて居ようものならば彼らもはじき出されていたことだろう。
「やったのは私ではなく奴だがな」
ガーランドが顎をしゃくり、もう一人の丸々と太った男―—ラーデスの方を差す。
「隙が出来ると思ったか?」
つられてそちらを見ると踏んでいたのだろう。事実、セレスティアは一瞬目を離したが、レドは目の前の相手から視線を切ったりはしていなかった。繰り出された手刀を綺麗に受け流す。
「セレス、フィーザー達の方なら心配いらん。お前は自分の事に集中してろ」
「分かっているわよ」
分かっていても、頭で考えての行動ではなく、反射的な行動なので、中々難しい。
「信頼しているようだな」
「御宅らはそうでもないようだな」
レドの見立てでは、彼らは確かに協力してはいるようだが、別にお互いを信頼しているとか、そういった感覚は全く感じられなかった。
「最後には敵になる相手を信頼などするはずもないだろう」
「最後には敵に‥‥‥?」
それ以上話すつもりがないのか、ガーランドは黙って構え直した。
(今俺が気にしてもしょうがないか。何せ事情が全く分からんからな‥‥‥)
「お前こそ、何故彼らに加担し、我々と敵対する? お前の利は何処にある?」
「そんなの関係ねえよ」
レドが即答したのに、ガーランドはわずかに眉を動かした。
「友達が困ってるんだから手を貸すことに躊躇いはねえ。それ以外の理由は後からついて来るもんだ」
「そうか。友情に殉ずる。それもまた良いだろう」
ガーランドは一歩で間合いを詰めると、その剛腕を振りかぶり、身長差を利用して上から下へと打ち下ろす。
「レド!」
撃ち込まれたフロアリングの床にはへこみとひび割れが出来ている。しかし、その下にレドの姿はない。
「今のを躱すか、少年」
コロの原理で拳を受け流したレドはそのままの立ち位置でガーランドの懐に潜り込んでいる。
「ぬっ!」
ガーランドが引き戻そうとした拳は、空中に描き出された魔法陣に固定して捕らわれていて、その場から動かすことが出来ない。
さすがに、今度は余計なことをするなという声は飛ばなかった。
レドはセレスを信頼していたし、セレスの方も何か言われるとは思っていなかった。
レドは静かにガーランドの身体に手のひらを合わせた。
「可愛い女の子を大の大人が二人がかりで捕まえようなんて良くないぜ」
大陸の、東の方の地域では発頸などと呼ばれる技術によって、ガーランドはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。
レドとセレスティアがガーランドと交戦している一方、フィーザーはラーデス、そして召喚されたケルベロスと対峙していた。
フィーザーの後ろにはフローラとフィーナがいる。離れているとはいえ、離れ過ぎているわけではなく、咄嗟のことには守り切れる距離である一方、一度抜かれれば、追いつく前にフローラたちを危険な目に合わせてしまう危険エリアでもある。
「ほらほら、どうした? 我が僕に手も足も出ないようだな」
ラーデスはポンポンと弾むように飛び跳ねながら、人をイラつかせるような仕草で手を叩いていた。
フィーザーとしては、反撃の手段がないわけではなく、むしろ倒すだけならば彼にとってはそれほど難しいことではなかったのだが、建物に被害を出さないようにとなると、少しばかり難しく感じていた。
今は通信等を妨害する結界が敷かれているため、周囲の人たちにも気づかれることはないが、結界が解かれたときに修復が間に合わなければ事情聴取に手間をとられる。
そんなことを気にしていない風の相手に言われるのは少しばかり頭にも来たが、冷静さを失ってはいなかった。
「あなたの方こそ、いつまでもこうして無意味な攻撃を続けていて良いのですか?」
ラーデスの口元が若干動く。無論、彼とて無限にこの結界を維持できる訳ではない。周囲の人に気付かれたとき、どちらが悪役に見えるかということを彼は理解していた。
「そうやってこちらを煽るつもりだろうが、その手には乗らんよ」
召喚された魔獣は召喚主の魔力と呼応している。召喚主からの魔力供給が絶たれれば、その姿を保つことが出来ずに姿を消すことになる。
魔獣を召喚するのは確かに希少な才能ではあるが、逆に考えれば、本体の強さはそれほどではない、もしくは自身がないということになる。フィーザーは魔獣をかいくぐり、ラーデスに近付くことを考えていた。
「お前の考えることは分かっているよ」
魔獣の爪を躱しつつ、前方の敵を見据える。
「私を先に倒そうというのだろう。しかし、もちろん、そうはいかない」
「くっ」
フィーザーは先ほどと同じ理由から、ケルベロスの攻撃を回避するという手段はあまり取りたいとは思っていなかった。自身ならば障壁である程度防ぐことが出来るが、回避した跡地にされる攻撃を防ぐことは困難だし、二度手間になるからだ。砂浜や競技場などの屋外ならば多少は目を瞑ったかもしれないが、ここはショッピングモールの中。おいそれと衝撃を広げるわけにはいかない。
「仕方ない、ちょっと疲れるけど、長引いても結局同じようなものだしな」
フィーザーはその場に立ち止まると、仁王立ちして、魔獣を待ち構える。
「ほう、観念したか」
フィーザーを薙ぎ払うべく、魔獣の前足が振りかぶられる。
「お兄ちゃん!」
フローラの声がフロアに響く。
「桃栗三年柿八年。そしてお前は残念無念‥‥‥、何っ!」
埃が舞う下を余裕の表情で見下ろしていたラーデスが驚きの声を上げる。
「やっぱり見た目通り重いね。よっと」
結界。空間の一部を切り取ることで性質を付与する魔法の総称である。
フィーザーが作り出したのは、空間の一部を固定することでその場につなぎとめる、捕獲系の魔法と合わせたものだ。
常時発動型の魔法は、その名の通り、常に魔力を消費し続ける。一瞬に魔力を込める、バリアや射撃などといった魔法とは違い、魔力が流れて行き続けるので疲れるのだ。
フィーザーは、魔獣の懐に潜り込んだところで結界を解除する。バリアでは本人が直接張っていなければならないが、結界は特定の空間に作り出すことが出来る。
「決して大きすぎるとは言わないけれど、振り向くのには時間が掛かるはずだよね」
「くっ」
魔獣がフローラたちに襲い掛かるよりも前に、フィーザーは自身を加速させ、ラーデスとの距離を一気に詰める。
前に詰める勢いまで利用したフィーザーの魔力による支援を受けた拳は、ラーデスの障壁を軽々と破壊する。
拳の衝撃により、ラーデスは跳ねるようにして後ろへはじけ飛んだ。
魔力の供給が絶たれたためか、魔獣はその姿を消した。
「大丈夫、こっちは直しておいたから」
床の修理をしようとフィーザーが振り向くと、出来た妹はすでに修復を終えていた。
同時に結界が解かれ、周囲の認識が戻る。
何事かと連絡した利用客のおかげで、すぐに警備の人が駆けつけてきた。
「お話を伺ってもよろしいでしょうか?」
なんと説明したものか。
「大丈夫、それは私に任せて」
同じように気を失っているらしいガーランドを引きずってきたレドの前を歩いていたセレスティアは、ウィンクをすると、ところどころに事実を織り交ぜた、というよりも、内容を端折った話をして、警備員を納得させると、二人の男を引き渡した。
警備員は二人を受け取ると、そのまま踵を返した。
「それで、説明はしてもらえるんでしょうね」
「でも、フェイリスさん。もうこんな時間なんだけど」
学院が終わってすぐに来たにもかかわらず、すでに空は茜色に染まっていた。
「じゃあ、明日学院で必ず聞かせて貰うから」
フィーザーはとりあえず胸を撫で下ろしたが、どうしたものかとフローラと顔を見合わせた。




