finding of a nation 9話
まだ小規模であるが畜産の仕事ができる牧場に集まったナギ達他30人程のプレイヤー達に、この牧場の管理を任されている文官NPCから内政についてのチュートリアルが開始された。ナギ達は一体どうやって内政の仕事をするのか見当もついていないようだった。まさか実際の労働者と同じように働くことになるだろうとは夢にも思っていなかっただろう。
「本日は畜産の内政のチュートリアルにお越しいただきまして、誠にありがとうございます。プレイヤーの皆様にはまずこのゲームで内政の仕事をする時の手順を説明させていただきます。お手元の端末パネルに説明書をお送りしましたのでまず一枚目のページを開いてください」
文官NPCに言われプレイヤー達が端末パネルを開くとそこには大まかな内政の仕事の流れが表示されていた。
内政の手順と大まかな流れ
1.自分のこなしたい内政職の仕事を管理している文官NPCに話し掛け、内政の仕事をする旨を伝える…文官NPCに話し掛けてからでないといくら仕事をこなしても国力の増強には繋がらず、功績ポイントを受け取ることは出来ない。ただしその仕事をこなした際に入手できるアイテムは国にも納品されるし、自分にも手に入る
2.文官NPCの許可を得たら次に自分のスキルレベルに応じて行うこののできる仕事を選択する…その内政施設の収容人数が満員になっている場合は内政の仕事を行うことを文官NPCに拒否されてしまう
3.選択した仕事をこなす…この仕事の達成度によって労働者達の能力や技術が上昇し、国家の内政の数値も上昇する。内政値が上がらなければ労働者たちの技術も上昇せず内政施設も大きくならない。達成度によっては労働者たちのやる気を損ねてしまい、内政値を下げてしまう場合もある。その場合自身の功績ポイントがマイナスされる。
「うむ…、つまり私達が一緒に仕事をすれば住民達のやる気が上がり、新たな技術や施設を使えるようになり、自国の内政値が上昇して収穫量や生産量、収益が増えていくようだな」
「逆に全く働かなかったりふざけた行為で他の労働者に迷惑かけてたりすると、労働者のやる気がなくなって働かなくなっちゃうみたいだね。あんまり酷いとストライキとか起こしちゃうのかな…」
「そのようだな。その場合は恐らく労働者を説得するまでその施設が使えなくなり機能が完全に停止してしまうのだろう。畜産や農業など食料に関わる分野の生産が止まってしまった場合、国民だけでなく我々プレイヤーに支給される食料まで途絶えてしまうだろう。最悪の場合餓死してしまい国家滅亡ということもあり得る」
「そ、そうだね…。このゲームなら餓死の設定までされているかもしれないね…」
自国の内政値を上げるには自国の労働者達と共に働く必要があるようだ。プレイヤー達の働きを見て労働者達の能力や技術が上がっていくようだ。だがプレイヤー達が内政の仕事を全くせずにいたり、達成度が0%未満、つまりマイナスであった場合は自国の内政値が下がっていってしまうようだ。最悪の場合その分野の生産や収益が完全にストップしてしまうため、国民だけでなくプレイヤー達のライフラインまで途絶えてしまうようだ。ナギの言う通り食料の生産が途絶えてしまうとゲーム内のキャラクターが餓死してしまう可能性もあり得るだろう。そうなった場合他のプレイヤー達が食料の生産を確保するまでリスポーンすることは出来ず、そのまま自国プレイヤー達が全滅してしまうこともあり得るだろう。このことからも内政の仕事がいかにこのゲームおいて重要であるかが理解できる。
「でも労働者と一緒になって働くなんて何だか新鮮な感じがしていいね。僕あんまりシミュレーションゲームとか得意じゃないからこの方がやり易いかもしれないよ。牧場の仕事だったら現実世界で慣れてるしね」
「ああ…、だが今は規模が小さいからそれでも大丈夫だが、人口が増えて来て施設の規模が大きくなってくるとやはり労働者、そして他のプレイヤー達をも指揮できる人物が必要となってくるだろう。ただ働いているだけでも内政値は上がっていくようだが、効率も重視していかないと気付いたときには国力おいて他国に大きな差をつけられているかもしれないぞ」
「そ、そうだった…。僕もさっき牧場の経営主になって大牧場を作ろうと決心したばかりだった。それにデビにゃんとの約束もあるし、プレイヤーなんだからしっかり自国の労働者達を指導していかないと…」
鷹狩の言う通り効率良く内政値を伸ばしていくためにはやはりプレイヤー達が労働者達に指示を出して適切な仕事や配置を考えていく必要があるだろう。今は施設の規模小さく、労働者の人口も少ないうえにプレイヤーのスキルもあまり高くないため、しばらくは労働者と同じ立場どころか逆に仕事を教わる形で働くことになるだろうが、最終的には文官の官位を取得した者の中から各分野の長を務める人物、現実世界で言う大臣の職に就く人物が任命されることになるだろう。他のプレイヤー達も自国が発展していくと共に労働者を指導していくためのスキルや能力が必要となってくるだろう。
「その通りだ。特に我々の携わっている仕事は国家にとって最も重要な人口の要素に関わってくる。この広い領土を統治しようと思ったら我々プレイヤー以外に大量の兵士や文官が必要となってくるだろうが、それらを集めようと思ったらまず人口を増やさなければならい。更に人口は自国の生産や収益に直接影響してくるだろうから我々の内政職はより国家の根幹に近いものと言えるだろう」
「そ、そっか…。他国と戦争になった時に戦うことになるのはプレイヤーだけじゃないもんね。でも今の話を聞いてると鷹狩さんみたいな人に皆を指示する役職に就いてほしいなぁ。頭も良くて知識も豊富そうだし、鷹と同じように広い視野で適切な指示も出してくれそうだしね」
「はははっ、鷹に例えてくれるのは嬉しいが、視野が広いのは他の鳥類や動物達も同じだよ。視力に関しては人間や他の動物達よりもいいようだが、視界の広さでは馬の方が広いんじゃないかな。よく鷹の目という言葉を聞くが、あれは鷹の視力の良さというより獲物を探して捉える能力の高さを現したものだろうから指示を出す人物とは違うんじゃないか。私自身人の上に立って仕事をするのはあまり好きではないからね。出来れば一人でのんびりプレイしたいよ。このゲームならそうも言ってられないだろうけどね」
「そうだったのか…。やっぱり知識も豊富みたいだね。でも出来れば鷹狩さんみたいな優しそうな人が大臣になってほしいなぁ〜。女王のブリュンヒルデさんは凄くいい人みたいだけど、厳しい性格の人が大臣になってこき使われたらどうしよう…」
「その場合は大臣を解任させる権利みたいなものがプレイヤー達に与えられるだろうから、心配しなくても大臣なったプレイヤーもあまり大それた命令を出すことは出来ないだろう。とは言っても大きな命令を出してもプレイヤー達から指示を得られるような人物に大臣になってほしいとは思うけどね…。さっ、それよりチュートリアルの続きが始まるみたいだぞ」
皆が説明書を読み終わったころ合いを見計らって文官NPCがチュートリアルの続きを始めだした。次はこの牧場でどの仕事をするかを選択するようで、プレイヤー達の端末パネルには施設の規模とプレイヤーの取得しているスキルに応じて行うことのできる仕事の内容が表示されていた。どうやらこの中から今回行う内政の仕事を選択するようだが、まだ牧場にいる家畜の種類も数も少なく、選択できる仕事の項目は僅かしかなかった。
「皆様大体内政の流れは理解できたようですね。では今回この牧場で行っていただく仕事を選択していただきますので、端末パネルに表示されている一覧の中からご希望の仕事を選択してください」
「うわぁ〜…、やっぱりまだ選択できる仕事の種類はほとんどないね。僕は乳牛のブラッシングにしようかな。現実世界でも得意で、いつも僕がブラッシングをした後は“モ〜”って喜びの声を上げてくれるんだよ」
「動物から取れる収穫物の質を良くするには動物への愛情度と感謝の気持ちが一番大切だからね。ナギのように真に動物のことを思いやれる従業員がいるから天川牧場の牛乳も美味しいのだろう。だが牧場の仕事の経験者なら削蹄の仕事を選択してあげた方がいいんじゃないか。他の者達では削蹄とはどういった作業なのかも分からないだろうし」
削蹄とは家畜の伸びた蹄、つまりは爪をを削って形を整える作業のことで、家畜が歩くときに出来るだけ地面との摩擦が起こらないようにする仕事のことである。人間に飼育されている動物は牛舎や厩舎などの施設の中にいることが多くなり、運動量が少なくなると爪が必要以上に伸びて歩けなくなったり、爪の病気に掛かってしまったりしてしまう。そのために年に2,3回ほどはこの削蹄の作業が必要なのである。
「う〜ん…、実は僕もまだ削蹄の仕事は教えてもらってなくてやったことがないんだ。爪とはいえ動物の体の一部を削るんだからね。まだ牧場の仕事を手伝い始めたばかりの僕には任せられないみたい。でも削蹄の仕事は年に2、3回程でいいから急いでやらなくてもいいはずだよ。この選択画面の項目だって削蹄の欄が表示されてるけど灰色に暗くなってて選択できないみたいだし」
「おっと、すまない。素人の分際で少し出過ぎたことを言ってしまったようだ。では私は牧場の整備の仕事でもやろうかな。初心者はまず下仕事から始めないとな」
「そんなに気にしなくていいよ。それに鷹狩さんだってブリーダーの経験者なんだからそんな謙遜しなくていいと思うけどな。でも削蹄の仕事は忘れると大変だから一応城中の牧場を見回るようにはしてみるよ。現実世界に戻ったら父さんにもやり方を教わっておくから」
どうやら削蹄の仕事はまだ必要ないようで選択欄には表示されていたが少し画面が暗くなっており今は選択できないようだった。恐らくゲームが始まったばかりでまだ削蹄が必要なほど爪の伸びている牛や馬がいなかったのだろう。馬に関してはこの牧場にはいないようだったが城内の他の牧場には何頭かはいるようだった。
それで結局ナギは牛のブラッシング、鷹狩は牧場の整備の仕事をすることになり、他のプレイヤー達の選択も決まったようだった。
「でもこの牧場の大きさならすぐに仕事は終わりそうだね。動物の数もあんまりいないようだしこれだけのプレイヤーがいれば1時間も掛からないで終わるんじゃないかな」
「皆様ご希望の仕事を選択し終わったようですね。それでは皆様が初めて内政の仕事に就いたことにより早速のこの牧場にその成果が反映されます。牧場の様子が少し変わりますので少々お待ちください」
「えっ…、仕事を選んだだけでもう牧場が変化するの…っ!」
“パァ〜〜〜〜〜〜〜ン…っ!”
なんとナギ達が仕事の選択を終えると文官NPCの言う通り、急に牧場の周りが光の霧のようなエフェクトに包まれ、ゲームでよく使われる効果音がしたと思うと一瞬にして牧場の様子が変わってしまっていた。広さは変わらなかったようだが、牛と羊の数が倍以上になっていて合わせて200頭以上はいただろうか。飼育小屋もより大きなものが追加されており、牧場の端には養鶏場のようなものも追加されていた。どうやら仕事の選択欄にもあったが鶏も何羽か追加されたようだ。労働者の数は3人ほどしか増えておらず、どうやら牧場の規模が大きくなったはいいがナギ達の仕事は増えてしまったようだ。
「うっわ〜、もうこんなに牧場が変化するんだ。牛と羊の数も増えているし養鶏場も追加されて鶏も何羽かいるみたいだ。外観も何だか牧場らしくなってるし最初の内はどんどん大きくなっていくみたいだね」
「そうみたいだな。それに早速仕事が始まるみたいだぞ。ほら、労働者の内一人がこちらに近づいて来た」
「…っ!、本当だ…。っていうかあの人何だかうちの母さんにそっくりなんだけど…」
牧場の様子が変わったと思うとナギ達の元に労働者の一人が近づいて来た。どうやら女性のようで、ナギが言うには自分の母親にそっくりようだが…。因みにナギはどちらかといえば母親似のようで、ナギの母親の麗子もナギにそっくりだった。髪の色は黄色で、髪型はナギの髪型の逆立った部分を少し整えた感じだった。
「あんた達がこの国に所属してるプレイヤー達ね。私の名前はレイン・コールマン、レイコって呼びなさいね。一応この小さい牧場の責任者を任されているわ。それじゃあ文官さん、後は私に任せて事務室でお茶でも飲んでいてくださいな」
「はい、それでは私はこれで失礼します…」
「レイコって…、名前までうちの母さんと同じじゃないか。なんだかやりにくいな…」
この牧場の責任者であるというレイコという労働者の女性が来ると文官NPCは役目を終えたのか牧場に設置されている従業員用の施設へと入って行った。どうやら文官NPCは普段は事務用の施設に滞在しているようでそこで内政の仕事の受付をしているらしい。
「はい、それじゃあ皆それぞれの仕事を担当する従業員の元についてもらうわ。スキルレベルの低いうちはいくらプレイヤーだろうと遠慮なくビシビシ働いてもらうからよろしくね。それじゃあ牛の乳搾りを選んだ人達はあそこの優しそうなお姉さんのの労働者の所に、牧場の整備をする人はあそこにいる真面目そうなおじさんの所に、羊の毛の手入れをする人は…」
文官NPCからチュートリアルの進行を変わると同時にレイコは当たり前のようにプレイヤー達を仕切りだして仕事についての指示を出し始めた。その様子はまるで本当に現実世界にいる女性の上司のような口調で、レイコもこれまでもモンスター達同様まるで本当に意思を持った人間のようだった。だがより現実に近づいたはいいがプレイヤー達は今までここまで偉そうにNPCに指示を出されたことはない。今まで自分達の機嫌を損ねないよう従順に設定されたNPC達を相手してきたプレイヤー達の中にはレイコの態度を見て反抗的な態度を取る者もいた。
「最後に牛のブラッシングを選択した人達は私のところへ付いてきてね。それじゃあ各自今言った担当の従業員の所に行って指示に従ってちょうだい。牧場の仕事なんて知らない人ばっかりだろうから皆従業員の説明をよく聞いて…っ!」
「ちょっと待てよぉぉっ!、さっきから何偉そうに命令してるんだよ、オバサンっ!。なんで僕達プレイヤーがNPCの指示に従って働かなきゃならないんだ。普通指示を出すのは僕達プレイヤーの方だろ。こっちが方針とか指示を出してやるからお前達はその通りに働いてりゃいいんだよっ!。たくっ…、何でゲームの中に来てまで肉体労働なんてやらなくちゃならないんだ…」
レイコが指示を出し終わり皆が担当の従業員の元へ行こうとした時にプレイヤーの一人の男性が急にレイコに向かって突っかかって行った。どうやら高校生ぐらいの年頃で、少しレンズが大きめの黒淵の眼鏡を掛けて以下にも優等生といった感じの青年だった。ただ少しエリート思考の強く、下働きなど今までもこれからもするつもりはなく自分は人に命令出す立場の人間であるという意識が強い少年のようだった。そのためゲームのNPCでしかないレイコにさも上から命令するように指示を出されたことに我慢できず激高してしまったようだ。レイコの現実の人間のような態度に驚かされているのは他のプレイヤー達も同じだったが、ここまで不満を露わにしたのはこの少年だけだった。他のプレイヤー達は少し冷めた目でその少年を見ていた。するとレイコはゆっくりとその少年のプレイヤーの元へ近づいてきて何やら話掛けはじめた。
「そう…、随分偉そうな口を聞くのね…。現実世界じゃ少し勉強が出来る程度で周りのこと見下してるみたいだけど、ここでそういう傲慢な態度取ってると…」
「…?。取ってると何なんだよ」
「………こうなるのよ…っ!。はあぁぁぁぁぁっ!」
「へっ…っ!。ぐふぉぉぉぉぉぉぉっ!」
“ズッコォォォォォォンっ!”
「えっ…、な、なんだぁぁぁぁぁっ!」
なんとレイコは反抗的な態度をやめない少年の腹部に向かって正拳を放って数十メートル後ろにあった牛小屋まで吹っ飛ばしてしまった。吹っ飛ばされた少年はそのまま牛小屋の柵へと突っ込んでいき柵をバラバラにしてしまった。幸い牛達は今は放牧されており怪我はなかったようだが、牛小屋の一部は使い物にならなくなってしまった。
「……ふぅ〜。もう聞かされてると思うけどこの世界はあなた達の住んでる現実世界と同じで電子世界に実際に存在している世界なの。つまりここに住んでる私達もあなた達と同様命を持った生命体なの。確かに今はこのゲームのNPCとして機能しているけど、あんまり舐めた態度取っているとああなるから他の皆も気を付けてね」
「は、はい…」
レイコに吹っ飛ばされた少年を見て他のプレイヤー達はこのゲームのNPCの恐ろしさを実感していた。ブリュンヒルデの言っていた電子現実世界というのは未だに信じられないでいたが、少なくともこのゲームのNPCは今までのMMOのようにプレイヤーに優しくは設計されていないということを皆感じ取っていた。レイコの言葉にも皆ひれ伏すように従順に頭を下げて頷いていた。
「……す、素敵だ」
「ええっ……」
レイコに吹っ飛ばされた少年を見て皆が沈黙している中今度は30代前半の少しオシャレに気取ったサラリーマン風のおじさんが声を上げた。いかにも独身っぽい雰囲気で、何やらレイコに向かって意味深な言葉を発していた。
「あ〜、レイコさんっ!。あなたはなんて可憐で美しくお強い女性なんだ。私はあなたのように何事にも屈しない強い意志を持った女性が大好きなんだ。レイコさん…、ここで出会ったのも何かの運命です。是非私と結婚してくださ〜………ぶっはぁぁぁぁぁっ!」
“ズッコォォォォォォンっ!”
そのサラリーマン風のおっさんプレイヤーがレイコに愛の告白しながら凄い勢いで迫って行くと、先程の少年と同じように今度は顔面を正拳で殴られ、迫って行く時より更に凄い勢いでまたしても牛小屋へと吹っ飛ばされてしまった。さっき吹っ飛ばれた少年の隣の柵に吹っ飛ばされたようで、またしても牛小屋の一部が崩壊してしまったようだ。どうせなら先程の少年の上に吹っ飛ばされれば牛小屋の被害も少なくて済んだのだが…。
「ついでだから言っとくけど例え敵キャラクターのNPCでも今みたいに淫らな行為を迫ることは許されないからね。その時は私達NPCのステータスは一時的にカンスト近く…、場合によってはそれ以上まで上昇することになるから覚悟しといてね」
「は、はい…」
どうやらゲーム内のキャラクターに対する拷問や強盗、性犯罪などの不当な暴力行為は禁止されているようだ。それらを防止する為に全てのNPCキャラクターにはプレイヤーから不当な行為受けた時一時的にステータスが急上昇するセキュリティープログラムが施されているようだ。例えば女盗賊の敵キャラクターを普通に倒すだけなら何の問題もないが、拘束して意味のない苦痛を与えたり、先程のおっさんプレイヤーのように淫らな行為…、身包みを剥いだり胸やお尻を触ったりした場合でもセキュリティーが反応して、突如としてNPCキャラクターはチートレベルのキャラクターのように変貌して違法行為をしたプレイヤーに襲い掛かってくる。更にチートキャラクターにキルされてしまった後ペナルティが追加される場合もある。因みにアイテムの回収は端末パネルで行えるためわざわざ身包みを剥ぐ必要はない。拷問については一応ゲーム内で設定されてはいるが、拘束されたキャラクターは自動的に自国の拷問施設に送られ、NPCによって自動的に行われる。拷問中の映像や音声などは決して視聴することは出来ず、拷問によって得られる情報のみプレイヤー達の端末に追加される。ただゲーム内での能力だけでなく実際のその人物の倫理観や人間性の高さによってはレアイベントによって拷問のスキルを取得できる可能性もあるようだ。もし取得することが出来ればそのプレイヤーはNPCに対してのみ実際に拷問をすることが可能になり、上手くいけば更に貴重な情報が得られたりもする。スキルレベルが上がれば相手プレイヤーにも拷問できるようになるかもしれないが…。
「後プレイヤー同士の淫らな行為も禁止ですからね。ゲームの中での行動は全て監視システムによって見られてるし、データも記録されるから確認された瞬間おっも〜いペナルティが課せられることになるから気を付けてね。キスぐらいなら大丈夫かな。まっ、ゲーム内では性欲も感じないよう設定されてるから、男の子も一々アレをする必要もないし、女の子も生理なんて来ないから安心してゲームをプレイしていいわよ。それじゃあちょっと時間食っちゃったけどそれぞれの仕事に移りましょうか。あっ、あんた達二人はそこの牛小屋の柵直しとくのよ。このことはブリュンヒルデさんにちゃんと報告して、功績ポイントも下げといてもらいますからね」
レイコの口からゲーム内でのプレイヤー達の行為に関する説明も終わり、プレイヤー達はそれぞれの仕事を教えてくれる従業員の元へと向かって行った。どうやらプレイヤー同士の淫らな行為も禁止されているようで、性欲も感じないように設定されているようだ。電子現実世界という割にはその辺りは非現実的で、まるで現実世界の都合の悪い部分のみを取り除いたような世界ではあるが、ゲームの世界とは元々そういうものなのかもしれない。因みにあのおっさんプレイヤーの行動を見る限り性欲は感じなくても恋はしていしまうようだ。
「うっわ〜…。何だか凄まじいNPCキャラクターだね、鷹狩さん。本当に家の母さんみたいだよ…」
「ああ…。どうやらこのゲームにおいてはプレイヤーよりNPCの方が立場が上のようだな。我々が今まで楽しくゲームをプレイしてこれたのはNPC達のおかげであるということを肝に銘じて置こう…」
ナギと鷹狩はレイコの凄まじい攻撃と威圧感のある態度を見て自分達は今までゲームに対する感謝が足りてなかったのではないかと自覚し始めていた。事実現実世界のプレイヤー達がゲームを楽しめいるのはNPCキャラクター達の存在が大きい。最近はMMOが主流なのでプレイヤー同士の間で輪を広げて楽しめいる部分もあるが、やはりNPCキャラによる世界観の構築や雰囲気作りがなくては思うように楽しめないだろう。もし全ての役割をプレイヤーが担当することになったら現実世界と同じように、いや現実世界以上に権力や覇権をめぐって血みどろの争いが起きてしまうことになるだろう。実際そういった試みをしてみたMMOもあったのだが、一部のプレイヤー達がアイテムを独占して他のプレイヤーへの販売を禁止してしまったり、珍しいモンスターの出現場所や貴重なアイテムの入手場所を大人数のプレイヤー達で警備を後退して勝手に占領が行われてしまう事態などが発生し、結局半年も経たずに閉鎖されてしまった。そういう意味ではどのようなプレイヤーに対しても公平な態度を取ることの出来るNPCというのは現実世界の人間からしてみれば尊敬に値するのかもしれない。このゲームのNPCにレイコのようなセキュリティーが施されているのはゲームや機械に対して感謝の足りていない人類への警告なのかもしれない。まぁいくら電子生命体とはいえゲームによってプログラムされたキャラクター。プレイヤー達に残虐な行為を受けても表面上は苦しんでいる態度を取るだろうが、実際に痛みや精神的苦痛を感じていることはないだろう。もし本当に痛みや悲しみを感じることになってもすぐに修正してそのデータを取り除くことが出来るだろうが、ゲーム内のキャラクターも実際に生きているということを知ってもらうためにレイコはあのような行動を取ったのかもしれない。
「はいっ、そこの赤い髪の子。あんたも牛のブラッシングを選択してるんでしょ。私が手とり足とり教えてあげるからさっさとこっちに来なさいっ!」
「あ、ああ…。はい…、今行きます。それじゃあ鷹狩さん僕あの人の所に行ってくるね」
「ああ、私は牧場の整備だからあの温厚そうなおじさんの所に行くよ。お互い、NPCに怒られないように謙虚な姿勢で働かせてもらおう」
こうしてナギと鷹狩、他のプレイヤー達はそれぞれの選択した仕事へと付いて行った。ナギはあのレイコというNPCの指示の下で牛のブラッシングをすることになった。ナギがレイコの元へと行くとそこにはナギの他に二人の女性プレイヤーと一人の男性プレイヤーがいて、どうやら3人ともナギと同じく牛のブラッシングの仕事を選択したようだ。
「はい、それじゃあそっちの黒髪の女の子から自己紹介していって。簡単にでいいからね」
レイコは集まったナギを含む4人プレイヤー達に自己紹介をするよう促した。NPCに自己紹介をさせられることになってプレイヤー達は皆戸惑っていたが、最初に指名された黒髪のポニーテールの女性から勇気を出して喋り始めた。どうやらナギと同じぐらいの年頃の女の子のようだ。
「はい…、わ、私は天淨馬子(てんじょうまこ)といいよ…、言います。このキャラ名は現実世界の本名と同じで、実家が馬の牧場をやっとるけぇ…、してますので馬子と名付けて貰いました」
「(うん…、今の喋り方…。広島弁かな…。そう言えば広島で有名な馬の牧場があるって父さんから聞いたことあるけど、天淨牧場って名前だったけな…)」
初めに自己紹介をした天淨馬子という女の子はどうやら広島出身のようで敬語に紛れて少し広島弁が口に出てしまっていた。よく地方から上京してきた子が標準語を話せるようになるの手間取っているという話をよく聞くが、それは敬語においても同じなのかもしれない。しかも方言にも敬語が存在しているため、日常の会話よりむしろ上京して来て職場で敬語を話すことの方が苦労するのかもしれない。地方の人達は地域の密着が強く上下関係があっても親しい間柄で付き合えているイメージが強いから尚更である。
「へぇ〜、現実世界と同じ名前なんて度胸のある子ね。牧場の仕事もしたことあるみたいだし、気に入ったわ。はい、次。そこの大人しそうな男の子」
「は、はい…。僕はメリノ・オーストラリアンと言います。どうぞよろしくお願いします」
「メリノ・オーストラリアン…、もしかして羊毛用の羊で有名なあのメリノ種のこと。オーストラリアンってことはオーストラリアに持ち込まれて品種改良された種類のことだろうけど、君…、羊が好きなの?」
「はい…、実は高校の時の修学旅行でオーストラリアに行ったとき、オーストラリアの牧場見学でメリノ種の羊の羊毛狩りをさせてもらったんです。それ以来ずっと牧場で羊の飼育をするのが夢で、今も酪農を勉強する学校に通ってるんですけど、まさかゲームの中で実際に体験させてもらえるなんて思わなかったです」
次に自己紹介をしたのはメリノ・オーストラリアンというナギより少し下くらいの男の子で、名前から分かる通り羊が好きで畜産の職を選択したらしい。本当は羊の仕事につきたかったのだが最初に割り振られたスキルが牛に関するものだったのでこの仕事を選択したらしい。大人しそうな雰囲気で、坊ちゃん狩りぐらいの髪の毛の長さで特に髪型をいじったりしておらず、性格そのものもかなり温厚なようだった。ナギは同じ内政職を選択した知り合いも欲しかったので、できればメリノと仲良くなりと自己紹介の様子を見て思っていた。
「じゃあ次そこの長いツインテールをした小っちゃい女の子」
「ちょっとぉ〜、わざわざ小っちゃいって言うなんて失礼なんじゃないですかー。私はアメリー・ヴァージストンって名前で、現実世界ではまだ駆け出しで無名だけどアイドルをやっていますー。この仕事に就いちゃったのは別に内政職なんて何でも良かったから希望出さずにいたら勝手に決められてただけで、別に動物なんて好きじゃないのであんまり触らせないようにお願いしますー」
続いて自己紹介をしたのは中学校の高学年から高校の低学年、ちょうど中学を卒業したくらいの女の子で、名前をアメリーと言うそうで、現実世界でもその名前でアイドル活動をしているようだがナギ達は聞いたことがないようだった。髪の毛の色はナギやナミと同じく赤色で、ナギ達より少し濃い赤色だった。髪はかなり伸ばしているようで、頭のかなり上部の方でツインテールに束ねていたにも関わらず方の半分ぐらいのところまで髪の毛が掛かっていた。かなり生意気な性格のようで、先程の少年とおっさんのプレイヤーがどうなったかを見たかにも関わらずレイコに対してかなり挑戦的な口調で自己紹介をしていた。
「なんか見た目も中身を生意気な子ね。さっきの二人を見てその挑戦的な態度を取る度胸は認めるけど、動物が嫌いならどうして牧場の整備とかなるべく動物と触れ合う機会の少ない仕事を選択しなかったのかしら」
「別に〜、何か最初の時は牛さんの数少なかったしー、こっちの方が早く終わるかなって思っただけ。そしたら急に倍以上に増えちゃったからマジ最悪って感じ〜。私基本的に肉体労働って嫌いだから〜、出来るだけそっちの動物好きのプレイヤー達に仕事やらせてね。功績ポイントはマイナスにならない程度で別にいいから」
「ああ…、そう…。だったらもう肉体労働が好きで好きでたまらないって思いになるまでこき使ってやるから覚悟しなさい。言っとくけど一度内政の仕事を選択すると私が良しと言うまで決して止められず城の外にも出られないからね。無理やりキャンセルする場合は功績ポイントがマイナス以下の数値になろうとも大量にポイントが差し引きかれることになるから今私に取った態度を後悔しておくことね。因みに今私に対して取った態度は他のNPCにも自動的に記憶に反映されるから他の内政施設に移動しても無駄よ。それじゃあ今日は日が変わるまでみっちり働いてもらうことにするわね」
「ちょ、ちょっとっ!、そんなの聞いていないわよっ!。謝るから今すぐ今の記憶他のNPCのも全部消し…っ!」
「はい、次。そこの赤い髪の坊や。心配しなくてもちゃんと反省して素直に一生懸命働いてれば、ゲーム内で一週間ほどすれば勝手に記憶から消えるわよ。実際に反抗的な態度を取られた私は別だけどね」
どうやらこのゲームのNPCの記憶はいくつかの集合ネットワークを構成して全て繋がっているらしい。例えばレイコならまず牧場労働者の記憶グループに属しており、レイコに取った行動、そしてレイコ以外のその記憶グループのNPCに対して取った行動や言動は、今言った全ての牧場労働者に対して反映されることになる。程度によってはレイコのみに反映されて他のNPCの記憶には反映されないこともあるが、逆にこの城内の全てのNPCキャラクター、場合によっては他国の国民も含めたこの世界の全NPCプレイヤーに伝わることもある。オープンワールド型RPGなどで良く使われているいわゆる評判システムのような物である。先程のアメリーの発言や態度はヴァルハラ国の内政施設で働く全ての労働者の記憶グループに反映されたようで、これからの内政の仕事の働き具合にもよるが、一週間は全ての労働者NPCから厳しい目で見られることになるだろう。
「あ、あの…、もう自己紹介始めていいですか…」
「…んんっ。ああ、ごめんごめん。つい話が逸れちゃったわ。気にしなくていいから自己紹介を続けて」
「は、はい…。えー…っと、僕の名前は伊邪那岐命と言います。日本に伝わっている有名な神話に登場する神様の名前から取りました。長いのでナギって呼んでください。この仕事は現実世界で実家の牧場の仕事を手伝っているからで、一応牛と羊とヤギ、それから鶏も家の牧場で飼育しているのでこの世界でも力に慣れると思います。どうぞよろしくお願いします」
「伊邪那岐…。君もしかしてヴァルハラ国建国討伐大会で団体賞の2位のパーティに入ってたプレイヤーかいっ!。確か討伐数が500体を超えてたようなするけど、もしかして凄いMMOプレイヤーなんじゃないのっ!」
ナギのキャラクターネームを聞いて、メリノが急に驚いて声を上げ、もしかすると討伐大会の時に呼ばれていた凄いプレイヤーなのかとナギに対して問いただしていた。討伐数を聞く限りどうやらナミの方と勘違いしているようだが…。
「そ、それは伊邪那美命っていう女の子のプレイヤーのことで、僕の討伐数は170体程…。牧場の仕事は得意だけどMMOはそんなに上手じゃないよ。この討伐数だってモンスターから逃げ回ってる時に投げたバーサクミートで同士討ちさせた時のがたまたまカウントされてただけだし…、あとデビにゃんも結構頑張ってくれたかな…。とにかく…、僕はそんなに凄いプレイヤーじゃないからあんまり期待しないでね」
「ちょっと待って。伊邪那岐命ってあの猫魔族の猫ちゃん達をこの国に引き入れてくれたプレイヤーじゃないのっ!」
「え、ええ…、まぁ…」
メリノに迫られた思うと今度じゃレイコが猫魔族を仲間にしたことをナギに問いただしてきた。ナギは少し戸惑いながら正直に答えていたようだが一体なぜNPCまでもがこのようなことを聞いてくるのだろうか。
「やっぱり〜、よくあの可愛い猫ちゃん達を引き入れてくれたわ〜。もう可愛すぎて見てるだけで幸せな気分になっちゃうっ!」
「は、はぁ…。(確か猫魔族の恩恵の一覧に自国民の幸福度を上昇させるって書いてあったけど、もしかしてその影響かな…)」
「それにあの子達働き者でよく内政の仕事も手伝ってくれるから大助かりなのよ〜。おかげであなた私達ヴァルハラ国のNPCの間では大評判よ。どうりで一目見た時から何だか構ってあげたくなる子だとは思ってたのよね〜」
「ああ…、なるほど。そういうことだったのか」
レイコの態度を見てあまり察しの良くないナギでもこれが先程レイコが言っていたこのゲームの評判システムによるものだと理解できたようだ。つまり先程のアメリーとは逆で、ナギは猫魔族をヴァルハラ国に引き入れたことでこの国のほとんどの国民の間で好印象の記憶が反映されているようだ。
「そう、察しの通り今あなたはこのヴァルハラ国の国民達の間で超が付くほど感謝されてるから一気に功績ポイントを稼ぐチャンスよ。私を含めてここいる労働者皆があなたと働けることを心の底から喜んでいるからね。皆のやる気も上がってどんどん畜産の内政値が上昇していくわ。もしかしたらお店で買い物する時なんかにも割引してくれるかもしれないわね」
「えっ!、そ、そうなの…。そうか…、やっぱりこのゲームはNPCへの評判も重要になってくるのか。これはゲームの中だからって迂闊な行動は取れないぞ。でも折角だから今の内に内政の仕事を頑張って功績ポイントを稼いでおくか」
「ふ〜ん…、あの赤毛の男の子…。とぼけた顔して結構やるみたいね。後でちょびっとだけ取り入っておこうかしら。アイドルである私の魅力に掛かればあんな初心そうな男の子なんてイチコロよね」
NPC達の間で評判が上がっている間は、内政の仕事の効率が上昇したり、店での買い物が割引されたり、更には住民達から特殊なクエストを受けられる場合もある。ナギにとっては一気に功績ポイントを稼ぐチャンスであったため、今の内に内政の仕事をしっかりこなし、城下町を回って評判が上昇している間に起こせるイベントを発生させておく方がいいだろう。アメリーはレイコに褒められているナギの様子を見て何やら不敵な笑みを浮かべていた。
「それじゃあ無駄話はこれまでっ!。皆仕事に取り掛かるわよ」
「は〜い」
こうしてのナギの内政職のチュートリアルが始まった。最初の討伐では無事セイナ達パーティメンバーと仲良くなれたようだが、果たしてこの内政では中の良いフレンドを作ることが出来るのだろうか。内政職は同じ職を選択したプレイヤー達と行うことになるので、できれば戦闘職以外での内政関連のフレンドも作っておきたいところだ。今同じ仕事に付いているメリノなんかはナギと相性が良さそうだがどうだろうか。アメリーは何やらナギに興味を示しているようだが出来ればあまり関わらない方がいいだろう。そしてナギと同じパーティメンバーだったナミ達は今頃どうしているのだろうか…。
 




