第1章 2話 家族と
しばらくして、夕食ができあがった。
今日はジャガイモたっぷりのビーフシチューだ。
皿から立ち上る湯気と一緒に、母秘伝のスパイスの香りが漂ってくる。
肉体労働の後に肉と炭水化物は最高の組み合わせだ。
体も正直に反応する。
さあ食べようか、とスプーンを手にした——その時だった。
「お帰り、お兄ちゃん」
後ろから声がして振り返ると、妹のソラが屈託のない笑顔を向けていた。
「今、晩ごはん食べようとしてたんだけど」と
少し頬を膨らませて怒ったフリをして、またすぐにニコッと笑顔に戻る。
まったく、こういうところが憎めない。
どう見ても、顔も性格も全く似ていない兄妹だと思う。
俺は冷たそうだとか愛想がないとか言われ続けて、人付き合いで褒められた試しが一度もない。
力仕事をしてる割に筋肉もつかず。
身長こそ180cmはあるが、魔鉱夫としては体格に恵まれてるわけでもない。
頭も悪くはないが、特筆するほどの成績でもなかった。
だがソラは違う。
きれいに伸びたブロンドのストレートロング。
年より幼く見える顔立ちだが、10年後には誰もが振り返る美人になるだろう。
兄の欲目抜きでもそう思う。
しかも常に学年トップの成績で、親父のコネを使えばA級公務員にもなれるほどだという。
頭の良さは親父に、外見は母親に——まさにいいとこどりだ。
嫉妬したくなるほどの自慢の妹である。
それに比べて俺といえば、癖っ毛の黒髪。
ストロングポイントは身長が180cmあることだけか。
《同じ遺伝子で、どうしてここまで差がつくんだ。》
「どうしたの?」
考え込んでいたらしく、ソラに声をかけられた。
「何でもないよ」と返し、話題を変えるように「もうお前も13か。来年はどうするんだ?」と聞いた。
「うん。一応、ヨーク公立学校に進学しようかなって」
「いい学校だな。法学科か?」
『うん。ホントは魔鉱医学科に行きたいんだけどね』
そこへ親父が会話に割って入ってきた。
「ソラは女の子だからな。将来を考えたら法学科の方がいいだろう」
団欒中にこの話を振るんじゃなかった、と後悔した。
ソラの表情がスッと曇るのを感じ取ったからだ。
テーブルに一瞬の沈黙が落ちる。
母も感じ取ったのか、「そんなことより事故が心配だわ」とわざとらしく話題を変えた。
助かった。
「俺の担当はD地区だからな。大丈夫だよ」と答える。
「そう」と父と母が静かに顔を見合わせた。
その一瞬が、なぜか妙に引っかかった。
でもそれ以上考える前に、「さあ、冷めないうちに食べなさい」と母が明るい声を出した。
その日の食事は、それで終わった。
2、3時間ほど経った頃。
「じゃあ私は部屋で勉強するね」とソラが立ち上がった。
(やっぱり俺とは違うな)
心から感心しながら、ソラの背中が廊下の奥に消えるのを見送った。
「じゃあ俺も」と自分の部屋に引き上げる。
ベッドに横になり、読書でもしようと本を手に取った。
でもやっぱり落ち着かない。
文字が頭に入ってこないのだ。
本を閉じて、天井を見た。
(あいつら、大丈夫なのか)
B地区の仲間が気にかかる。
最近の俺は勤務地を転々としている。
もちろん俺が望んだことじゃない。
上司からの一方的な通告だ。
自分で言うのもなんだが、仕事はできる方だと自負している。
得意じゃない人付き合いも、仕事が円滑に進むよう努力してきた。
それでようやく仲間らしきものができたと思ったら、すぐに転勤になる。
そして今回もまた——
短い期間とはいえ共に働いた仲間が、事故に巻き込まれたかもしれない。
ラジオを直接聞いたわけじゃない。
母から聞いただけだ。
だから詳細が何も分からない。
事故の規模も、B地区のどの辺りで起きたのかも。
B地区といえど広い。
地上の敷地で0.2から0.3平方キロメートルほど。
でも深さは今や1kmに達している。
縦に長い闇の中で、どこで何が起きたのか。
仲間は無事なのか。
何も解決する手段がなく——
ただ天井を見上げることしかできなかった。




