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―5―

 城には警備の為の術が張り巡らされている。魔法の使用制限や、許可なき者 許可なき場所への侵入の禁止、その他。

 本来ならそれを破る者は直ぐ様体を光の枷で拘束される。


 だけど俺は昔から罰則の戒めが全く効かない。

 言うならばモラルを気にしなければ遣りたい放題が出来るということ。

 他の兄弟たちが持ち得ないそれは、俺が転生者であるからかもしれない。所謂チートスキルというやつだ。

 そんな悪党なら喉から手が出るようなスキル。でも王子であるという立場と、別に決まり事を破ることに意義を見いだす性格でもなかったので使うこともなかった。


 でも今はそれを有効活用させてもらい、厳重に護られた聖女の部屋へと跳んだ。


 無断侵入、しかも相手は女性だ。色んな意味でアウトな行為だけど今の俺にはそんなことを気にする余裕なんてなかった。

 

「マドカ!」

 

 部屋に入ると同時に呼び掛ける。だけど返事はなく。俺は一瞬だけ躊躇った後、横たわる人影が見えたベッドへと向かった。



 ベッドの上、マドカの瞳は閉じられたまま顔色も白い。魔力の流れで彼女が生きていることは分かるが、それは著しく乏しい。

 これは魔力の枯渇だ。 自分の限界以上の魔力を引き出した結果。


 手を伸ばして、頬に触れる。

 血の気の引いた冷たい頬。生命の維持を極限まで抑えて魔力の回復に回しているのだろうと思う。それはきっとマドカの意志で。


 起きている時はその性格が瞳と表情に表れて勝気で強気な印象の彼女も、瞳を閉じた今、顔色も相まって、弱く繊細なただの非力な少女にしか見えない。


( ………いや、違うな… )


 実際にはこちらがそのままそうなのだ。

 印象は彼女が纏った武装に過ぎない。それを剥いだ本来のマドカは俺よりずっと、弱くて小さくて。

 

「だと言うのに俺は……」


 頬に触れていた手を離しギュッと拳を握る。

 俺は彼女に触れる資格なんてない。

 マドカがこうして自らの許容量(キャパシティー)を超えてまで戦っていたというのに、その間俺は何をしていた?

 綴じ込もって周りを妬み、自分の境遇を呪い、恨み言を吐いていただけじゃないか?


 どうしようもない怒りが沸く。

 それは自分に対して―――、……そう、自分に対してだけど、もうひとつ別の方向へも向く。

 理不尽だと分かっていても。

 「――ジョシュア、」と、咎めるように部屋へと入ってきた相手に向かって。



「断りもなく女性の部屋に入るのはどうかと思うが」


 整った顔を僅かにしかめて長兄アルバートが言う。

 振り返り、そっちも同じじゃないかと言い返そうとしたけど、後ろに続いた姉と妹を見て自分の不利がわかる。

 更に後ろには次兄と弟もいて、片方は長兄より更に深く眉間にシワを刻み、片方は呆れた顔で言う。


「何やってんのさジョシュ兄ぃ、マドカが心配でいてもたってもいられない気持ちはわかるけど…、不法侵入はダメでしょ」


 だけどそんな言葉は俺の耳には入らず、ただ無言のままに睨む。

 もちろん相手はアンドルーではない。返事のない俺に弟は怪訝な顔をするが、前髪でこちらの視線が隠れていても俺から溢れ出す魔力の行く先で、それが誰に、そしてどういった意味を持つものなのかがわかったのか、ゆっくりと眉を下げた。




「……………どうして……っ」


 怒りに声が掠れた。

  

「………どうしてマドカがこんなことになった? 何で兄さんがちゃんとついていなかった! 何で魔力が枯渇することになんてなった!!」


 そう責め立てる俺を、兄さんは真摯に受け止めて静かに口を開いた。


「それについては確かに俺の落ち度だ。魔王の行動を予測出来なかった」


「魔王を倒せるのは聖女だけなんだろっ、それじゃあ真っ先に狙われるのは当たり前じゃないか! そもそも守れないだったらマドカを戦いに出すべきじゃなかったんだよ!」


 我ながら酷い言い草だと思う。

 平和な国で暮らしてきた少女を、戦場に送る為に鍛え、そして今度は君は十分に強いと突き放したのは自分だ。そんな全部を転嫁して兄さんを責める俺が一番責められるべきなのに。



 ……そうだ、自分こそが―――……。



「戦場に出ることを望んだのはマドカ自身だぞ」


 と、次兄ユージーンが口を挟む。


「大体戦場に出ないお前に現場の状況をとやかく言われる筋合いはない」

「ジーン、その言い方はないわ。例え戦場に出なくったってジョシュの力は私たちには必要なものよ。貴方も知ってるでしょ」

「そうだよ! ジーン兄さんが得意な広域攻撃だって、元はジョシュア兄さんが考え出したものじゃない!」

「いや、それはそうだけど……、今はそう言うことを言ってるんじゃなくてだなっ」

「おいナディア、ジーン兄ぃの言い方も悪いけど言ってることは間違ってないからな。 戦場ではアル兄ぃの判断が全てだ。他が口を挟むべきではないから」

「なによ! アンディのくせに!」

「お前…、俺は一応お前の兄だからな!」

「アンディはアンディで十分よ!」

「……お前たちちょっと黙れ、話しがズレる…」


 責める声。咎める声。罵る声。

 兄弟たちのそんな会話を何処か遠くに聞きながら、違うだろと思う。

 

 それを向けられるべきものは俺だ。

 

 アルバート兄さんでもなく、ジーン兄さんでもなく、


( ………俺、なんだ )

 


「………もう、いい…。もういいよっ、もういいっ!!」


癇癪を起こした子供の逆ギレだな。と我ながら思うも言葉は止まらない。



「俺が……、俺が全ての元凶なんだ……。

 いらないのは…、壊すのは…、俺なんだよ!!」



「ジョシュア待てっ!」


 兄さんの制止の声に反抗するように、俺の体から大量の魔力が迸った。

 それは城に施された術を破って、その外までブワリと広がると今度は急速に反転する。


 広がった魔力は白、戻る魔力は漆黒。 反転したそれは一点を目掛けて――、俺の内に向かって一気に収縮した。




「アルバート! 早くジョシュアを止めろ!」


 新たに加わった声はこの国の王。

 自らが城にかけた術が破られたことで急いでやって来た。


「陛――、いや、父上―――、」

「説明はいらん、状況は大体わかる。だが、早くジョシュアを止めなければっ」

「……何? ジョシュ兄ぃの命に関わること?」

「それもある。だが……、」


 兄弟たちの父親は一度言葉を切り、苦痛を堪えるように深いシワを眉間に刻み低い声で呟いた。


「……もし、ジョシュアがこのまま堕ちた己の魔力を受け入れば、あの子は『魔王』へと転生する」

「………魔王って……」

「え、何言ってるの、父さん? ジョシュア兄さんが魔王…?」

「…………父上? アルバート兄さん…?」


 アルバートだけはそれを知っていたのか、父親と同じ痛みを表情に浮かべる。


「………じゃあ、止めないと…、止めなきゃダメでしょ!」

  

 アンドルーの切羽詰まった声に、アルバートは小さく首を振った。


「……もう間に合わない…」


 黒い魔力の激流は元の鞘へと戻った。何事もなかったように。

 ただひとつ、痕跡と言うならば、それは黒く、髪色を変化させた(ジョシュア)のみ。




 

 俺は、ぼんやりと、でもここ最近では一番スッキリとした気持ちで父さんと兄弟たちを観ている。


 もちろん会話もきちんと聞こえてはいた。

 なるほど、俺にはそんな設定があったのかと何処か他人事のように頷く。

 じゃあ、もしかしたら今いる『魔王』も転生者なのか? 

 しかし、ダブル魔王はいただけない。一人でも十分に厄介なのだから、せめてこちらの『魔王(自分)』だけは何とかしなければ。


 でもどうすればいいかわからない。

 死のうと、消そうと思ったやり方が、逆に魔王へと導くものだった時点で俺自身に次の手などない。

 

 困って、いつの間にか黒へと変化した前髪の隙間から見えるアルバート兄さんへと視線を向ける。

 相変わらずイケメンな兄さんは青い瞳に痛みと、今度は哀しみを湛え呟いた。

 

「こうなってはもう、救えるのは聖女(マドカ)だけだ…」


( ………マドカ…? )

  

 ああ、そうか……。 俺が魔王と変化したのであればそうなるよな。


 俺はゆっくりと背後を振り返る。

 先ほどまでベッドで横たわっていた少女は起き上がり、キツい眼差しで俺を見ていた。

 

 怒りか、嫌悪か。

 聖女(マドカ)にとって魔王()は敵だ。それは仕方ない。

 でもそれとも関係なく、割りとマドカからその眼差しを向けられることも多かった気がするが。 本能とかそういうのだろうか。


 現在魔力枯渇中のマドカに後始末を頼むのも心苦しいが、今まだ俺は俺自身でいれてる。

 心まで魔王となる前に決着つけて貰わねば。


「ごめん、マドカ……」


 用件を口にする前に面倒をかけることを先に謝れば、マドカは肩をピクリと揺らし、眼差しを更に強めた。こんな時になんだが、やはり「可愛いなぁ」と思う自分にわれながら呆れる。

 ギュッと口元を強く結び、キツく眉根を寄せた黒い瞳で俺を見上げるマドカ。ともすれば泣くのを我慢してるようにも見えるが、きっと気のせいだろう。


「………何で、謝った…?」 

「………え?」


 マドカに見惚れていて反応が遅れる。


「いや…、マドカもそんな状態なのに迷惑かけるなぁって…」

「迷惑?」


 不機嫌過ぎる声と上がった眉に、急いで取り繕う。


「ほ、ほらっ、魔王って聖女でしか倒せないじゃないか。俺自身ではちょっと無理かなーって。だから―――、」


 

「マドカが、俺を消してくれない?」


 これは当然のことで、妥当なことで。

 彼女の負担にならないように、重荷にならないように、出来るだけ軽い口調で言う。

 

 だけど返されたのは。



「―――っざんけんな!!」

 

 これでもかというほどの怒りに満ちた大きな声。

 軽口過ぎたかと焦る。だけど続いた言葉でそうではないとわかった。

 

「いい加減にしろよ、お前! 何でアタシがそんなことしなきゃなんねーんだ!? アタシが消さ……クソッ、倒さなきゃならないのは魔王だろ!」

「えっ、や…、だから今は俺も魔王で……」

「―――はっ!?」


 あまりの剣幕と勢いに思わず後ずされば、逃がさないとばかりにマドカはベッドから降りこちらへと詰め寄った。

 その際よろけそうになったマドカに差し伸べた手は思いっきり叩き落とされた。聖女怖い。


「アンタの、ど、こ、がっ! 魔王だって!?」

 

 俺の胸ぐらを掴み至近距離で睨み付けたマドカ。

 あ、そーいや、この聖女様はヤンキーだった…と、とても自然に掴まれた胸ぐらに、前世も今世もチキンな俺はたじろぐ。


「あ……、えっと、どこと言われても…。 髪が黒くなったし?」

「そんなのアタシだって黒だろ!」


( 言われると思った。 そうだね、その通りだよね、まだ金パツが大半だけど )


 心の中のツッコミは当たり前だが届かない。


「……………お前はジョシュアだ…」


 少しばかり遠い目をしていたら、トーンの落ちた声。見下ろせば、黒髪が目立つつむじが見えた。


「……ジョシュアなんだよ……」



 ……まさか泣いてるのか?


 え、何で?と焦るも、勢いよくあげられた顔は……、うん、やっぱり怒ってた。さっきより眉間のシワが深いし。


 こちらが覗き込んでたことも相まって、再びの至近距離。色んな意味で心臓に悪い。

 凪いでいたはずの心がちょっとウザいくらいのビートを刻んでる。16ビートか。


「大体! アタシに胸ぐら捕まれてビビってるようなヤツが魔王なんてなれるかよ!」

「ビ、ビビってるワケじゃなくて……、でもいつか覚醒しちゃうかもしれないし」

「んだよ、覚醒って。オレの暗黒面がーとか言うのかよ。はっ、中二病かよ」

「いやじゃなくて、リアルだし」

「はんっ! ならその時はちゃんと倒してやるよ! でも今のお前はただのジョシュアだ!


 ―――なぁっ、そうだろ!?」


 最後の言葉は呆けたように成り行きを眺めていた俺の家族に向けて。

 エリート軍団であるはずの家族たち。なのに揃いもそろって「えっ、あ……、いや、……うん」と意味の為さない返事しか返らない。

 ただの戸惑いと呆れの肯定。だけどマドカは満足そうな顔をして。


「というワケだから!」


( どういうワケだ? )


「じゃあ、アタシは回復の為に寝る。でもジョシュアはアタシが起きるまでここに居ろよ」

  

 とてもいい笑顔でそう言うと、指先で宙に魔力の線を描き、それを紐のように俺の手首に結びつけると、「よし!」と頷く。


「…………え?」

「起きたらジョシュアに話があるからな。逃げられないようにの保険」

「ええぇ……?」

「言っとくけど、ジョシュアもアタシにちゃんと話せよ。言いたいことがあるんだろ?」

「…………」

「じゃあ今からアタシは回復の為に寝る。それと、これ外そうとしたら起きるから。わかってるよな? ―――逃げるなよ」


 ちょっと眠たいのか、ほんわりと笑ったマドカは、でも明らかな脅しの言葉を吐いてそそくさとベッドへ戻ると、本当に直ぐ軽やかな寝息を立てて眠りについた。


 しまった……笑顔に見とれて何も言えなかった。

 仕方なく、俺は家族たちへと視線を向ける。

 

「これ……、どうしたらいい?」


 自分の手首ともう片方はベッドで眠るマドカの手首へと繋がる魔力の紐を掲げて眉を下げた。

 そんな俺を家族全員(母を除く)が難とも言えない顔で見て。


「これは、確かにジョシュアだな」

「完全にジョシュアだね」

「まんまジョシュアだろ」

「明らかにジョシュよねぇ」

「あー……うーん、ジョシュ兄ぃだわー」

「ホント、ジョシュア兄さんてば……」


 いや、何なんだ?


「じゃなくて、これを―――」

「マドカが起きたら外してもらえばいいじゃん」

「そうだな、それでいいだろ。もう面倒だし…」

「いや、しかし女性の部屋にジョシュアを置いておくのは、」

「もう兄さんってば堅いよ!」

「そうよ、マドカが許可してるんだし」

「まぁ、ここは我々は席を外すとしようか!」

「陛下、何でそんなに嬉しそうな、」

「アルバート、お前は確かにちょっと堅いな。ここは空気を読め」

 

 さぁ!と、父さんに促され家族たちはぞろぞろと部屋を出てゆく。そして最後にアンドルーが俺にバチンとウィンクをして扉を閉めた。


「いや、ちょっと……? …………え?」


 俺は閉まったドアと自分の手首、そして繋がるマドカの気持ち良さそうな寝顔を呆然と眺め。


「ええぇえーーー!!?

 ちょっと待って、どうすんだよコレ!?」

 

 慌てる俺に、急にガバリと起き上がったマドカが一喝。


「うるさい!!」


 そして直ぐにまた何事も無かったかのようにスヤスヤと聞こえる寝息。


「…………いや、寝言でも怒られるとか……」

 


 それ以上怒られないように静かにため息を吐いて、俺は部屋にあるソファーへと向かった。





 そのまま俺もソファーで眠ってしまったらしく。スッキリとした顔のマドカに逆に起こされた。

 そして捕まり( あ、既に捕まってたわ物理的に )話をする。


「アタシのさー、親がさ、あっ片親で親父なんだけど、本当に最低なヤツでさー」


 まだ繋がったままの手首の紐をくるくると弄びながら話し出したマドカの生い立ちを要約すると、彼女の父親は酒、女、ギャンブル、暴力の役満男だった。


「あの日ここに来た日も、親父にマジで殺されそうになったからさ、家を飛び出してフラフラさ迷ってたワケよ」


 だから戻りたいとは絶対思わねえし。とマドカがきっぱりと言うので俺は何も口を挟まなかった。


「友達とか助けてくれる人は居たけど、何ていうかさー、やっぱ憐れまれてたんだと思うだよね、アタシの境遇を。

 向ける眼差しが憐憫?ってやつなんだよ。ホント、余計なお世話だと思ったね。 だからアタシは、そんなことは何でもないと思えるように強くなった、ならないとダメだった。 ……まぁ、ちょっと方向性を間違えたかもしれないけどな」


 アハハと笑うマドカと逆に俺は俯く。

 何もかもを持っていると思い込んでいたカーストの頂点は、俺の勝手な思い込みだった。

 マドカだって足掻いていた。


「でもあの日とうとう心が折れてさ、車のヘッドライトに飛び込んだと思ったらここに居た」

「…………っ!」


 俯けていた顔を勢いよく上げれば、マドカの視線と合い、くしゃりと顔を歪めた。


「おい、馬鹿ジョシュア。そんな顔すんな。

アタシは生きてる、生きてここにいんだから」


 そんな顔って言われても俺自身では見えるわけがない。だけどマドカの顔はこちらからははっきりと見え。

 怒ったような、泣きそうな、呆れたような、笑っているような。

 そんな、たくさんの感情がこもった表情を作らせてしまっているのが俺なのだと、そう思うと何とも言えない気持ちになる。話しの流れにそぐわない思いであるけど。


「これがアルバートさんに話した流れで、ついでに言えば嬉しかったんだよ」

「………?」

「同情とか憐れみとかじゃなくて、必要とされたことが嬉しかったんだ…」



 ああ、そう言うことか。

 でもそれを言ったのはアルバート兄さんで。黒いもやもやがまた心に生まれそうになるが、ちゃんと話せと言われたマドカの言葉を思い出して口を開く。


「マドカは、アルバート兄さんのことが……」

「ん?」

「いや、アルバート兄さんが、す……、す…」

「す? ………ああ、好きかって?」

「――あっ!? や、そのっ、いやっ」

「ないな」

「――ええ!?」


 躊躇った言葉を的確に当てられて動揺したけど、すっぱりと否定されてやっぱり動揺する。


「や、別に嫌いでもないけど、あの顔面はないわ。イケメン過ぎて凶器だろ、あれは…」


 ないない。と手を振るマドカに、「いや、でも…」とボソボソと溢せば、マドカがニヤリと俺を見て笑った。ニコリじゃなくニヤリだ。


「何? ジョシュアってばそんなこと気にしてたのか?」

「――き、……気にしてないよ、別に」

「そう?」

「兄さんモテモテだからマドカがもし兄さんを好きになったらライバル多くて大変だなーって思ってただけだし」

「急に饒舌」

「…………」

「急に黙る」


 そして爆笑。

 もう何も言うまいとグッと口をつぐんでいたら、一頻り笑い終えたマドカが「そう言えばさー」と声を放つ。


「今回のアタシの魔力枯渇って、ジョシュアのせいなんだよな」


( は!? )

 と、声に出そうになったが、どうにか無言を保つ。


「だってジョシュアに突き放された傷心ってやつじゃん?」

「―――は!?」


 今度は無理だった。


「どうしてそうなる!?」

「どうしてそうならないと思う?」

「――は? や、どうしてって……、――え? いや、でも……、え…? …………どういうこと?」


 その意味を考えれば考えるほどに自分に都合の良い方向へと導きそうになる。だから困り果てた末にマドカに助けを求めれば、半眼で「ハンッ!」と鼻を鳴らされた。


「ジョシュアのばーか!」

「ええええぇ……」

「じゃあ、どう落とし前付けてもらおっかなぁ」

「落とし前……?」

「あ? まさか女子の心の傷つけてそのままってワケねぇよなぁ?」


 言い方が既にヤクザだ。いや、ヤンキーか。

 

「………俺が何とか出来る範囲でお願いします」

「んー、そうだなぁ、じゃあまずは……」


 俺は渋々とした顔で、でも本当はまんざらでもない気持ちで答えれば、マドカも嬉しそうに返す。




 

 今回の件で魔王候補となった俺だけど、今の俺は俺でしかなく。

 もし本当に俺の心が闇に堕ちて魔王と成り果ててしまったら、ならないように努力は怠らないとしてもそうなってしまったら。

 その時こそは聖女(マドカ)に頼らないといけない。

 でもマドカはきっと泣くと思うんだ。それを口にしたらめちゃくちゃ怒られるから言わないけど。


 だから俺は魔王にはならない。絶対に。



 ちなみに、俺も何とか頑張って戦場に立ち、マドカと兄弟たちと共に魔王を倒したり、そのどさくさで、体を奪われ魔王に成りかけた俺がマドカにぶん殴られ(え…? 物理攻撃…?)正気に戻るとかはまた別の話しだ。




「いやいや、待って待って。何で落とし前の付け方が全部痛い系なの?」

「え? だって落とし前ってそういうもんだろ? それにただのデコピンじゃん?」

「それ完全にヤンキー的発想だろ……」

「だからヤンキーって言うな!!」

 


挿絵(By みてみん)

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