滞在先は王妃の許
ベルンハルドにとって年に1度しか会えない叔父との限られた時間は、1分1秒無駄にしたくない大切なもの。婚約者に会いに教会へ行くと決まっても、それは変わらない。父と叔父の関係の悪さの詳細を知らない。知りたくても誰も教えてくれない。あの無駄に美貌溢れるメルディアスに訊ねても微笑を浮かべてはぐらかされただけ。しつこく粘ると1つだけ教えてもらえた。
『陛下が最初の選択を間違えた、と言っておきましょう』
『選択?』
『ええ。ベルンハルド殿下、ご自分に置き換えてみてください。もし、ネージュ殿下が異母弟だったら、と』
『……』
考えた。考えて、考えて……。事実はまだ知らなくても、輪郭だけは見えてきた。メルディアスの言った通り、もしも自分とネージュが異母兄弟だったら今みたいな仲良しな兄弟でいられただろうか。
そうであるかもしれない、そうでないかもしれない。
誰も答えを持っていない。自分自身で見つけるしかない。
メルディアスと話してからは聞かなくなった。考えた結果の1つとして出した答えだ。何れ知る時がくる。時間が解決してくれる。
夕刻頃。今日の鍛錬も勉強も全て終えたベルンハルドがタオルで汗を拭きながら部屋へ戻っている道中、若い侍女達が慌ただしく動いていた。
ヒスイに顔を向けても分からないと振られた。丁度、前を通った侍女に声を掛け訳を聞くとタオルを落とした。
午後に出会ってフリューリング侯爵邸に行ってから公爵邸に戻ると言っていたファウスティーナが建国祭まで王城に滞在することとなった。更に、叔父シエルの部屋。思考が追い付かない。使うならいつでも使用可能な客室がある、態々シエルの部屋を使わなくても。抑々、次会う時は建国祭でと約束したのに王城に滞在する理由は? それよりも汗塗れで髪もボサボサ、服装も訓練用であちこち汚れている。こんな恰好ではファウスティーナに会いにいけない。
落としたタオルを拾ったベルンハルドは部屋へ向かって走り出した。ヒスイの驚いた声が背後から飛んでくるも構わない。ファウスティーナに会うのなら、ちゃんと汗を洗い流し服装もいつも通りのものにしたい。
●〇●〇●〇
「此処が私が使っていた部屋だよ。何もないけど寛いでね」
実家でもフリューリング邸でも安全が見込めなくなったファウスティーナはシエルに連れられ建国祭まで王城で滞在すると決まった。再び戻った時、報せを聞いて駆け付けたマイムが怪訝そうにしていた。歩きながら理由を話したシエルに固まったマイムが印象的だった。
淑女の鑑と呼ばれたエルリカが亡くなった娘アーヴァに瓜二つだという理由でファウスティーナが気に入らない等と誰が信じるか。
アーヴァの魔性の魅力問題があるため、これを言っても却ってエルリカが同情されそうである。
滞在中はシエルの私室を使用するとなった。ファウスティーナは客室を使用させるべきだと語ったマイムに同感した。シエルの部屋はシエルが使うのが筋。本人は大して気にせず入室し、寝室を案内してくれる。
天蓋付きの大きなベッド。真っ白な寝具はシエルそのものに見えた。
「お節介が今回助かったよ。毎日洗濯してくれてるみたいでね。ファウスティーナ様はベッドを使って。私はソファーで適当に寝るよ」
「司祭様のお部屋なんですから私がソファーで寝ます!」
ベッド以外の場所での寝心地を知ってみたい。鼻頭を左人差し指でこしょこしょと撫でられ半眼になった。
「……司祭様もヴェレッド様と同じで私が子豚だと言いたいのですか?」
「とんでもない。可愛い君をソファーで寝かせられるわけないじゃないか。君はベッドで寝て、私がソファーで寝る。これでいいね?」
優しく問われても拒否権が一切ない威圧が込められている。声色も表情も優しげなのに、纏う雰囲気が否定を認めない。ファウスティーナはマイムの言った通り客室を使うと申してもシエルは認めなかった。
「建国祭が終わるまで辛抱して」
「同じ部屋を使ってしまって本当に大丈夫なのでしょうか?」
「君がいてくれれば何かあった時すぐに守れる。城は国で最も警備が厳重な場所。余程の事じゃない限りは安全だがもしもがある」
そのもしもとは、先日の『リ・アマンティ祭』を襲った悲劇。
「……はい。あの、司祭様」
「なあに」
「エルリカおば様はフリューリング邸へ向かったでしょうか?」
「さてね。ひょっとしたら、ヴィトケンシュタイン公爵邸に居座ってるかも」
エルリカが領地へ戻らないとフリューリング邸にもヴィトケンシュタイン公爵邸にも戻れない。アーヴァに似ているだけで何もしていない人から憎まれるのは悲しい。魔性の魅力のせいで婚約者を奪われた令嬢も数多くいる。憎む気持ちは理解出来ても受け入れられない。
ましてや、エルリカはアーヴァの実の母親なんだから。
母に疎まれる者同士……会えていたら、似た者同士傷の舐め合いをしていそうだ。
「先代侯爵夫人は警戒しておこう。君が城に滞在していると知っても、大人しく指を咥えている人じゃないからね」
「そうですね……。……司祭様、アーヴァ様は夫人に嫌われていた事をどう思っていたのですか?」
「悲しんでいたよ。アーヴァは母親の愛情を知らない。努力をしても、結果を出せても夫人がアーヴァを愛することも褒めることもなかった」
「……」
聞けば聞くだけ自分と同じだ。本当に似た者同士だ。
「アーヴァのお話はおしまい。今ヴェレッドが陛下を連れて来てくれるから、待つ間は隣の部屋で待っていよう」
「え!? 陛下がこっちに来るのですか?」
「そうだよ。私がそうしてと頼んだんだ。会いたくないし、伝言は紙に書いて終わりにしても良かったのに。後から助祭さんに知られたらまた説教されるから、仕方なく訳を話すんだ」
「そう、ですか」
嫌い嫌いと言う割にシエルはシリウスを気にする。ヴェレッドが「相思相愛だもんね~」と茶化したらシエルは完全にキレたとか。時刻が既に夜中だったのでファウスティーナは熟睡していた。
現場を見てみたかった、見なくて良かった。どちらにも大幅に天秤は傾く。
「連れて来たよー」
間延びした声に導かれ扉に向くと、ニヤニヤ顔を改めないヴェレッドと少々険しい顔付きのシリウスが立っていた。ファウスティーナが挨拶をしようとすると手で制し「不要だ」とソファーに腰掛けた。シエルも向かい側に座った。
ヴェレッドはシリウスとシエルの顔が見える位置に立ったまま壁に凭れた。
(私は……どこに……)
心の声を読んだタイミングでシエルが手招きをし、隣を叩いた。一先ずシエルの隣に座ると「シエル」と鋭いシリウスの声が飛んできた。
「ファウスティーナ嬢の滞在は許可しよう。だが、部屋は変えろ。すぐに公女好みの内装に変えさせる」
「必要ありませんよ。私の部屋にいたらいい。仮に先代侯爵夫人が怒鳴り込んでも私の部屋に、いや、王族の住居スペースまでに足は踏み入れないでしょう」
「立場を考えろ」
見る見るうちに険悪になっていく2人の空気は、元の関係を表すようだ。状況を楽し気にしているのはヴェレッドのみ。
ファウスティーナでは口を挟めない。誰か、と願った瞬間――呆れ顔でその人は来た。
「予想通りと言うか何と言うか……。陛下、シエル様。その辺で。ファウスティーナが困っていますわ」
事情を聞き付けた王妃シエラが数人の侍女を引き連れやって来た。
そして――
「シエル様。ファウスティーナは王妃宮で預かります。陛下、それで宜しいですね?」
「ああ」
「……」
不満げなのはシエルだけ。こっちと差し出された手を取るか悩むも、王妃の許へ行くのが最も解決に近いと判断しソファーから降りた。
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