アーヴァと先代侯爵夫人ーおばと両親の疑問ー
部屋に戻っていなさいと侍女のトリシャと私室に入ったエルヴィラは、外での出来事を思い出す。エルヴィラが知っている、おばエルリカは淑女の中の淑女。優雅な佇まいに気品溢れる仕草。選ぶドレスも装飾品もどれも一級品しか使わず、祖父と2つ程しか年齢は違わないのにずっと若い。
普段はフリューリング家の領地で先代侯爵と暮らしている為、会えるのは年に1度ある親族会だけ。たった1度しかないがエルヴィラはエルリカが好きだった。不愛想なケインと違い、感情豊かで女の子らしく可愛いエルヴィラがエルリカの好みだったらしく、会えば毎回可愛いドレスを貰った。いつも自分の話に耳を傾けてくれるエルリカだが、不思議とファウスティーナが話題に上がったことがない。
ファウスティーナはいつも親族達に挨拶回りをすると退室する。いつもそうだから誰も何も言わない。エルヴィラは違う。長女のくせに挨拶だけして終わるのかと。普通なら終わる最後までいるものだ。ケインは程々いると消える。エルヴィラは毎回最後まで残っては同い年の令嬢との話に花を咲かせた。
私室のベッドに腰掛けたエルヴィラに「何かお持ちしましょうか?」とトリシャが問う。歩いている最中だったなら、この後エルリカを交えてアップルパイを食べる予定だったのにきっとそうならない。玄関ホールで両親とエルリカは言い争っている。内容は分からない。ただ――
『リュドミーラさん! 貴女、ファウスティーナはいないと言っていたわね!? 私を騙したの!?』
『ち、違います! ファウスティーナが帰っていると本当に知らなかったんです!』
『嘘仰い!! 貴女はなんだかんだ理由を付けては私とあの子を会わせようとしないじゃない!』
『それは……』
『叔母上、いい加減にしてください! 今後一切、ファウスティーナとは会わせない。あの子が1歳の時、そう言いましたね』
1歳……エルヴィラは生まれたての赤ん坊の頃だから心当たりなどある訳もなく。ファウスティーナも知らなさそうだ。
「お姉様とおば様って何かあったの?」
「さ、さあ。私はなんとも」
「エルリカおば様は、いつも親族会ですぐに退室するお姉様に不満なのよ」
「そうでしょうか? 寧ろ、エルリカ様がいるからファウスティーナお嬢様はすぐに出るよう旦那様や奥様はしていたのでは」
「……」
トリシャの言い分には一理あった。両親とエルリカの言い争う内容はファウスティーナに関する事。
エルヴィラとケインはリュドミーラに似て、ファウスティーナはシトリンに似た。でも、似ているのは髪と瞳の色だけ。顔は全く似ていない。女神様と同じ空色の髪と薄黄色の瞳だけがヴィトケンシュタイン公爵家の血を引いている証。
父が別の女性に産ませた、なんて絶対にない。エルヴィラの目から見ても2人は理想の夫婦で父が別の女性に手を出すなんて有り得ない。母だって、別の女性の子供を育てる真似はしないだろう。
リュドミーラがファウスティーナに厳しいのは、ファウスティーナが何も出来ないから。いつも叱られてばかりで碌に外に出せてもらえず、お茶会や買い物に連れて行ってもらえるエルヴィラを羨んでいた。厳しい事しか言ってこないケインはファウスティーナしか褒めないから、この時だけエルヴィラは姉に勝ったと優越感を抱いた。
ただ、エルリカがファウスティーナを嫌う理由はなんなのだろう。トリシャに訊いても首を横に振られた。
そこへ扉が叩かれた。トリシャが扉を開けると些か疲れた表情のリュドミーラが入った。ベッドから降りてリュドミーラの許へ。
「お母様。エルリカおば様は?」
「先程お帰りになられたわ」
「そんな……一緒にアップルパイを食べると約束したのに」
「そう落ち込まないで。私達と食べましょう」
「はい」
手を繋がれリュドミーラと食堂へ向かう。
道中、抱いている疑問を出してみた。
「お母様、エルリカおば様がお姉様を嫌う理由はなんなのです?」
リュドミーラの顔色が一瞬変わるもすぐに普段に戻った。
「エ、エルヴィラは気にしなくていいわ。大人の問題だから」
「気になります。お姉様はエルリカおば様と殆ど会ってないのに。お父様がさっき、1歳の時と言っていましたが何があったのですか?」
「何も、何もないわ。エルヴィラには関係ないの」
「……」
頑として教えてくれない母に頬を膨らませるも困ったように一笑されただけ。不満を露にしても親族会と『建国祭』で着るドレスの話をされるとエルヴィラは一瞬で気持ちを切り替えた。
親族会はともかく『建国祭』は王族・貴族が集まる。ベルンハルドに振り向いてもらえる飛び切り可愛いドレスを仕立ててもらわないと。
シトリンに我儘を言って連れて行ってもらった王城でやっとベルンハルドに会えた。一目見た瞬間悪夢に魘され続け疲弊した心が癒された。同時に、心の底から湧き上がる愛おしさで胸が一杯になった。
やはりベルンハルドは自分の運命の人。ファウスティーナじゃない、将来ベルンハルドの隣に立つのは自分だ。
今日は悪夢を見ない。断言出来る。ベルンハルドに会えたから。
次も早く会いたい。
ベルンハルドへ思いを馳せるエルヴィラがファウスティーナが『建国祭』まで城で暮らすと知るのは、翌日エルリカが訊ねて来たからであった。
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