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弐拾肆









 人間、失ってからわかることは多数ある。スヨンは家族を失って、どれだけ彼らの存在が大きかったのか思い知ったし、リーメイを失ってから彼女にどれだけ助けられていたのかを知った。

 そして今、スヨンは猛烈に後悔していた。リンフェイを送り出してしまった自分を殴り飛ばしたい。


「後悔するくらいなら、引き留めればよかったのでは? それでも太尉は行くでしょうが」


 チェン将軍の言葉に、スヨンは「まったくだな」と同意を示した。チェン将軍は少し驚いた表情になる。

「認めるんですね」

「……手元を離れてしまうと、恋しくなるものだ」

 しかも、もう帰ってこないかもしれない。まだ失ってはいないが、彼女を大切に思っていることを自覚できたわけだ。何となく気づいていたが。

 待つ、というのは意外と大変だ。心が重い。これなら自分が行った方がましだ。落ち着きなく要塞内をうろついていたスヨンは、リンフェイが戻ってきた、と聞いてすっ飛んで行くことになった。尤も、やってきたのは彼だけではなくチェン将軍もだ。


「ただいまー」


 相変わらず緊張感のないリンフェイに、チェン将軍は「よくご無事で!」と喜んでいた。


「太尉の緊張感のない声を聞くと安心するんですよ」

「さらっと失礼な」

 リンフェイが苦笑を浮かべてさすがにツッコミを入れた。スヨンはリンフェイの頬に手を触れ、そっと息を吐いた。

「怪我もないな」

「ない。私はね」

 何やら含むところのある言葉だ。そこで、ハオユーはリンフェイがわざわざ威族の元へ行った理由を思い出す。

「ハオユー様はどうだった」

「ああ、うん。会ったよ」

 リンフェイの浮かべる微妙な表情に、スヨンも眉をひそめる。

「何かあったのか」

「何か……? いや、話はしてきたよ。彼は自分の意志で行動しているそうだ」

 なんだその微妙な言い方は。


「いやー……私あの子とそれなりに付き合いは長いけど、あんなに意志の強い子だったかな、と思ってね」


 王座を投げ出して逃げ出した度胸はそうとうだが、リンフェイと敵対するとは思えない。彼は自分の力量を正確に把握している。自分がリンフェイにかなわないことを理解しているし、彼女が万全の態勢で控えていることも理解しているだろう。

 まあ、スヨンたちにもリンフェイなら勝てるだろうという思い込みがあるのだが、常識的に考えたら戦力差の関係でリンフェイは負けないだろう。

「まあ、無理やりこじつけるなら、自分のことは気にするなってことかな」

「……まさか、このまま攻め落とす気か」

 スヨンが目を見開く。リンフェイはうん、とこともなげにうなずいた。

「まあ現状そうするしかないよね。妥協点が見えない。やっぱりハオユーを無理やり連れてくればよかったなかぁ」

「……」

 スヨンとチェン将軍は顔を見合わせた。なんだろう。ちょっといつもとリンフェイの様子が違う。


「……太尉、もしかしてハオユー様が逃げた時に追わなかったことを後悔してます?」


 リンフェイが右手で顔を覆った。


「予知能力なんてあっても意味ないよね。二、三秒先のことしかわからないしね。こうなるとわかってたら、ちゃんと保護したのに……」


 誰も未来のことなど分からない。予知能力者にもわからないことだってあるのだ。

 スヨンは手を伸ばしてリンフェイを抱きしめた。下手な慰めは言えず、ただ抱きしめて軽く背中をたたいた。しばらくそうしていると、軽く笑い声をあげた。

「ごめん、ありがと。大丈夫。ちゃんと仕事はするよ」

 そう言って彼女は目を細めて笑った。

「私が言えたことではないが、無理はするな」

「心配性だねぇ。でも、そういうところ好きだよ」

 リンフェイはスヨンの胸元をたたいて離れていった。彼女はハオユーを巻き込むことを覚悟でこれから威族を攻めるだろう。


 スヨンの予想通りで、リンフェイは鮮やかに威族を下した。意外にしっかりしてはいるが、初戦急ごしらえの威族の陣。リンフェイはその陣を火力と連れて来た通力による攻撃で打ち破った。兵が雪崩出てくる。そこをリンフェイは兵たちをまとめ上げてたたく。タンは必死に隊列を組もうとするが、リンフェイの方が一枚上手だった。

 馬上から、スヨンは矢をつがえ、弓を構える。彼もまた、戦場に出ていた。別に志願して出て来たわけではなく、一番長距離で正確な狙撃ができるのが彼だったのだ。リンフェイが戦う敵を狙っていた。

 吸い込まれるように矢が男の手首を射抜く。間髪入れずに今度は別の敵の膝を射抜いた。ここまで来ると、スヨンの護衛についている兵も「どうなってるんですか」となる。まあ、千里眼その他を利用しているのは認める。


 リンフェイが追っているのは輿だった。ハオユーが乗っていると思しき……スヨンは千里眼を持つが、透視能力はない。中にいるのが本当にハオユーなのかはわからなかった。

 ふと、若い敵兵が眼に止まる。何人かに護られるように囲まれていた。直感的にスヨンは叫んだ。

「ハオユー様!」

 びくっと囲まれている若い兵が肩を震わせた。相変わらずわかりやすい反応だ……。スヨンの声が聞こえたわけでもあるまいに、リンフェイが「Excellent!」と叫んだ。

 混乱していた戦況は、収まりつつある。敵兵の撤退に合わせてハオユーも下がろうというのだろう。スヨンとその護衛は彼を追う。放った矢は、ハオユーと思われれる人物が乗る馬の足を貫き、彼は振り落とされた。

「くそっ」

 敵兵が悪態をつき、しかし、彼を拾い上げることはせずに撤収していく。リンフェイがその背後まで迫っていたのだ。見事な撤退劇を見送ったリンフェイは馬から飛び降り、落馬したその人物のもとへ走った。

「ハオユー!」

「り、リンフェイ……あたた……」

 うまく受け身が取れずに頭をぶつけたらしく、兜を外した頭をさすっている。その顔は見覚えのあるもので。


「良かった……!」


 リンフェイはハオユーの肩に両手を置き、大きく息をついた。その声が震えているのは気のせいではあるまい。

「……リンフェイ、俺を処罰してくれ。だまされた挙句に王位を捨て、みんなに迷惑をかけて、ズーシェン……今代の主上に逆らった」

 怯えているのがわかるのに、ハオユーはそう言い切った。リンフェイが苦笑する。

「馬鹿ね。それを決めるのは私ではなくズーシェンだ。ともかく、一度都に戻ろう」

 こちらも泣き笑いのような表情で、リンフェイはハオユーの肩をたたいて立ち上がった。そして、次の瞬間、馬を近づけていたスヨンに向かって叫ぶ。


「スヨン、右!」


 はじかれたようにスヨンが指摘された方向を見るのと、その術による弾丸が飛んできたのはほぼ同時だった。当然だ。リンフェイの予知能力は、二、三秒先の未来を見るものなのだから。

 放った術者は地面に横たわっていて、だから狙いがうまく定まらなかったのだろう。肩をかすめた程度だったが、スヨンを落馬させるには十分だった。驚いた馬が、彼を振り落したのだ。

 スヨンは何とか受け身を取り、うまく落馬する。それでも一瞬息が止まり、何とか息を吐きだすと仰向けに寝転んだ。

「スヨン!」

 駆け寄ってきたのはリンフェイだ。視界の隅で、スヨンを落馬させた術者が取り押さえられたのが見えた。先ほどからの感情の高ぶりのせいか、やはり泣きそうなリンフェイを見て苦笑する。

「……年かな」

「馬鹿っ」

 ハオユーに叫んだ時とは全く違うものを含んだ言葉に、スヨンは自分の胸元をたたくリンフェイの頬に手を触れる。


「私も、お前のそんなところが好きだよ」


 空色・・の瞳が大きく見開かれた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次で完結。


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