第1章:13. 高空のシャンパンと、深夜の生姜湯(1)
微風南山四十七階に位置する最高級のプライベートフレンチダイニングでは、吹き抜けのシームレスガラスが、台北盆地の夜景を惜しげもなくその室内へと抱き込んでいた。
窓の外では、台北101の巨躯が濃密な夜色のただ中に凛と聳え立ち、外壁を照らす冷ややかな金色のサーチライトが、信義商圏を行き交う織り糸のようなヘッドライトの光彩と鮮やかに呼応している。
個室の中はほの暗くアンバーな光に包まれ、大理石とダークウォールナットが組み合わされた壁面を、静謐なクラシックピアノの調べが滑らかに撫でてゆく。
長いテーブルの上では、シャンパングラスの底から微細な気泡が軽やかに立ち上り、最高峰の白トリュフと香ばしく焼き上げられたリブアイステーキ、そしてピノ・ノワールの芳醇なブーケが混ざり合い、濃厚な香気を空気中に漂わせていた。
夜の九時半を回った頃、香港本部の資産運営ディレクターであるリチャードが、翌朝一番でアジア太平洋地域の役員モーニングミーティングを主宰しなければならないという理由で、二人に丁寧にグラスを掲げて挨拶を交わし、一足先に席を立った。
傍らに控えていた洗練された身のこなしのギャルソンが、音もなくメインの皿を片付けると、食後のノーブル・ロット(貴腐ワイン)と金箔が散らされた手作りのトリュフチョコレートをテーブルに並べ、空気を読むように重厚な防音の木製扉を静かに閉めて退出していった。
広々としていた個室には、瞬く間に連昊成と舒玟妤の二人だけが取り残された。
連昊成は端正なダブルブレストのスーツジャケットを脱ぎ、椅子の背もたれへと無造作に掛けた。仕立ての良い最高級のオーダーメイド白シャツは喉元のボタンが二つ外され、多国籍企業の重役たる日頃の冷徹な仮面が薄らぎ、大人の男特有の気怠げな色香と気品が匂い立つ。
彼はグラスを手に、あまりにも自然な所作で長いテーブルの向かい側から腰を上げると、舒玟妤のすぐ隣にあるオフホワイトの本革ソファチェアへと席を移した。
「さっきリチャードが、君の台北のPRスケジュール案を聞いていたとき、」
「あの男、瞳の中の賛嘆を隠しきれていなかったよ」
連昊成はわずかに身体を傾け、その深邃な双眸で、仄暗く揺れる照明の下にいる舒玟妤をじっと見つめた。
「多国籍ファンドの上層部による審査基準において、」
「現地のローカルマネージャーが初回のプレゼンで彼の手の万年筆を置かせ、最後まで前のめりに耳を傾けさせた例など、滅多にあるものじゃない」
「玟妤、」
「今日の君の立ち振る舞いは、完璧と言って差し支えなかった」
舒玟妤の頬には、ほろ酔いの艶やかな赤みが差していた。極上のシャンパンと赤ワインの酔いが遅れて回り始め、こめかみの奥に微かな熱を生じさせるとともに、その瞳には隠しきれない興奮と輝きが揺らめいている。
連昊成が身を寄せるにつれ、彼が纏う高級なシダーウッドとアンバーが織りなすウッディなコロンの香りが、微かに彼女の鼻腔をくすぐった。
「それもこれも、あなたが事前にあそこまで完璧な道筋を作ってくれていたからよ」
「そうでなければ、本部のディレクターを前にして、」
「私の手のひらなんて汗でびっしょりだったんだから」
舒玟妤は口元を綻ばせて微笑み、わずかに俯くと、右手を上げて耳元にかかった一筋の髪をそっと耳の後ろへと払った。
その無意識の仕草が、スポットライトの下で、彼女の白くしなやかな首筋のラインを無防備に露わにしていた。
連昊成の視線が、彼女の白皙なうなじに一瞬だけ留まり、その瞳の深淵に昏い情火の火花がよぎった。
彼はグラスを置くと、ごく自然な身のこなしで身体を前へと傾けた。すっきりと長い、微かな熱を帯びた指先が無造作を装って舒玟妤の冷えた指先をかすめ、そのまま彼女の華奢な手首の上へとそっと重ねられる。
男の手のひらは乾いていてひどく熱く、指の腹が脈打つ箇所に触れると、微細で鮮烈な戦慄が彼女の肌を駆け抜けた。
「玟妤、」
「君は、大学四年の頃と少しも変わっていないな」
「緊張したとき、」
「右の人差し指でボールペンのクリップをいじる癖までそのままだ」
連昊成の声は極限まで低く落とされ、低音の甘い掠れと、溶け切らない濃密なノスタルジーを帯びていた。
舒玟妤の心臓が跳ね、まるで目に見えない微弱な電流に貫かれたかのように、その場ですっと身体を強張らせた。
それは四年前の大学キャンパスで、二人の間だけで共有されていた、あまりに個人的な癖だった。
「あの頃、学生会室に泊まり込んでカウントダウンパーティーの準備をしていたよな」
連昊成は熱を帯びた眼差しで彼女をまっすぐに見つめ、その瞳の奥を追憶の光で満たした。
「冷房の効きすぎた部屋で、凍えるほど寒くて、疲れ果てていて」
「あのとき、君は机に突っ伏して眠ってしまって、」
「それでも手には進行スケジュールの紙をぎゅっと握りしめたままだった」
「覚えているよ。僕のコートを君の肩にかけてやって、」
「スターバックスまで走ってホットアメリカーノと君の大好物だったキャラメルワッフルを買ってきて、」
「君の隣に座って、その寝顔を丸々二時間も見つめていた」
「あのとき目を覚まして、」
「眠そうに目をこすりながら僕に微笑みかけてくれた君の顔を、」
「僕は四年間、一日たりとも忘れたことはない」
青く、純粋で、ひたすらに熱を帯びていたあの頃の記憶が、連昊成の低く柔らかな声に乗って、潮が満ちるように舒玟妤の脳裏へと押し寄せてくる。
あの年の春、二人は退屈な教養科目の講義を抜け出し、政治大学の裏山にある石段に腰を下ろして微風に吹かれながら、一本のチョコレートを分け合い、片耳ずつのイヤホンで孫燕姿の曲を聴いた。
あの年の夏、連昊成のバイクの後ろに乗り、木柵の激しいスコールの中を駆け抜けた。全身ずぶ濡れのネズミのようになりながらも、ビルの軒下で互いの冷え切った頬を両手で包み合い、無邪気に腹を抱えて笑い転げた。
けれど、思い出が甘美であればあるほど、現実に刻まれた傷跡は骨の髄まで痛んだ。
連昊成の瞳の奥に、真に迫った自責と苦悩の色が浮かび上がる。彼の手指は舒玟妤の手首をいたわるように優しく撫で、その声音には尽きることのない悔恨が滲んでいた。
「会社のオフィスで君の姿を見つめるたび、」
「僕はどうしても考えずにはいられないんだ……」
「もしもあの頃、僕があまりにも若くて、あまりにも身勝手でなければ」
「本部の推薦枠を奪い取って海外へ行くことばかりに囚われていなければ」
「あのとき僕がもっと大人で、君の傍に寄り添って大切に守ってあげられていたら」
「あのとき……」
「君一人に、あんな現実を向き合わせたりしなければ……」
「あんなにも多くの恐怖と、痛みと、やるせない悔しさを、君一人だけに背負わせたりしなければ……」
「僕たちの今は、まったく違うものになっていたんじゃないだろうか」
その言葉は、当時の記憶に横たわる氷のような冷たさと絶望をあからさまに暴くことはせず、最も核心となる部分で喉元に言葉を詰まらせ、ただ悔恨に満ちた低い吐息だけを残した。だがそれこそが、錆びついた鈍刀のように、舒玟妤の心の最奥に四年ものあいだ隠され続けていた古傷を、狂いなく抉り開けた。
舒玟妤の下腹部が無意識に、誰にも悟られぬほどかすかに痙攣するように引き攣り、全身が氷の底へと突き落とされたような感覚に襲われる。
あの冷たい雨の降る午後、頼りなく震えていた身体、そしてたった一人ですべてと向き合わされた骨身に染みる無力感と寒気が、この瞬間に猛烈な勢いで逆流してきた。
瞳には瞬く間に熱を帯びた涙の膜が張り、舒玟妤の胸は激しく上下する。
青春を無惨に投げ捨てられた激痛と悔しさ、そして今になって成功を収めたこの男の口から懺悔を聞かされるという途方もない不条理が、アルコールの作用も手伝って、彼女の理性という最後の防壁を無慈悲に粉砕していった。
「昊成……」
「もう何年も前のことよ、」
「今さらそんなことを持ち出しても……」
「本当に何の意味もないわ」
舒玟妤は震える下唇を噛み締め、ロングスカートの皺を直す身振りに紛れて、彼の掌から慌てたように手首を引き抜いた。
連昊成は、彼女が手を引き抜いた瞬間の躊躇いと、その瞳の奥に走ったわずかな揺らぎを鋭敏に捉えていた。
手応えは十分だが、これ以上押せば逆効果になる。
連昊成は強引に手を伸ばすことはせず、極めて洗練された身のこなしで手を引くと、椅子の背もたれに掛けてあったダークグレーのカシミアジャケットを手に取り、舒玟妤の華奢な肩へと優しく掛けた。
ジャケットに残された男の熱く濃密な体温と上質なウッディの香水が、舒玟妤の身体をすっぽりと包み込む。
「そうだな、」
「過去をやり直すことはできない」
連昊成は微かに笑みを浮かべ、その瞳に深い情愛を湛えながらも自制を利かせた。
「けれど、運命が回り回って、」
「また君を僕の隣へと連れ戻してくれたことを、心から嬉しく思っているよ」
「玟妤、」
「かつて僕が君に背負わせた借りは、」
「これからのキャリアの中で、僕の手でひとつひとつ償わせてほしい」
「この信義エリアの空は広い、」
「君さえ望むなら、」
「誰もが見上げる高みへと、僕がこの手で君を引き上げてみせるよ」
舒玟妤は肩に掛けられた上質なジャケットの生地をそっと指先で握りしめ、長い睫毛を伏せながら、乱れがちな息を整えようとしていた。
眼下に広がる天空の夜景は、まるで夢のように朧げで美しい。
満たされる虚栄心と、胸を衝く過去の情景。
いまや手の届かない高みに立ったかつての恋人から向けられる熱い視線と追憶の甘さに、彼女の心はひっそりと波立ち、複雑な感情が音もなく広がっていくのを止められずにいた。




