神のもたらす秩序
太陽がずっと同じ位置にいるからって、時間は進まないわけではないし、人がずっと生き続けるわけでもない。
だが、太陽がずっと同じ位置にいるなら、我々は時間というものに気づかなかったんじゃないか、と俺は思うのだ。
あ〜、なんだろうここは。
俺は周りを見渡してみる。もちろん、見覚えはあるのだが、どう言葉に表せばいいのかわからない。大きく、違和感がある。が、それ以上に慣れ親しんだ感じもある。
実に、不思議だ。
「おい、ケンイチ、狩りに行ってきてくれよ」
「ああ、」
俺は、なんにもわからぬまま男の言う通りに従った。そして、槍と弓矢を用意して、そのまま森へと向かった。
森の木々は、いちいち俺の肌に突っかかってくる。非常に、鬱陶しい。全て薙ぎ払ってしまえば、狩りだって楽になるのにな、と思う。が、そんなことをしたら仲間に怒られるだろう。
いい年して何をしているんだ、と。
いい年、・・・・・
まあ、いい。適当な獲物を取ってきて早く帰ろう。デカいのは、怖い。イノシシとか、あいつらすぐこっちに向かってくるから嫌なんだよ。
俺は槍を握りしめる。
動物をこの槍で貫くときの感触というのは、どうも忘れがたいもので、彼らの骨にぶつかると生々しい手応えを感じるのだ。それに、肉を裂く感覚というのもどうも気持ちが悪い。死ぬ瞬間は、どの生物も肉が固くなるので、引っこ抜くのも案外力がいるのだ。
それに、あまり美味しいと思ったこともないし。
俺は、魚の方が好きだが、舟に乗るのは怖い。
揺れるし、海には俺には想像もつかないような大きな動物がいるんだ。もしかしたら、神様なのかもしれない。あれの怒りを買うような行為を、俺はなるべくしたくはない。だから、誰かが取ってきてくれればいいのだが。
魚を、こっそり生で食べてみると、結構美味しかったりするのだ。たまに、腹を壊すが。
だが、小さめの魚は骨が多い。非常に食べづらい。
ザザッ、
「うわっ」
おいおいおいおい、驚かさないでくれよ。
ただのかえるか。あいつら、たまに踏みつけちゃうんだけど、気持ち悪いんだよな。それに、ちょっと舐めてみたら舌がヒリヒリしたし。
俺は気を取り直し、森の奥の方に進んでいく。今思うと、いっつもこんな奥まで入り込んでるのに、よく帰ってきてるよな。なんだか、当たり前すぎて気づかなかった。
森の奥は、なんだか霊的なものを感じる。湿っているような、ひんやりとした空気が森全体を守っているように見える。その霊は、俺たちを歓迎してくれているのかわからないけれども、でも、不思議と怖さはない。
海の神にも、見習ってもらいたいものだ。
まあ、仲間は「森の動物たちは神の使いなんだ」とか言うけど、それを俺達がもらっていい道理はどこにあるのだろうか。ていうか、俺達はその外にいるのか?俺達は、まあ動物なんかと一緒にしてほしくはないな、という思いを俺はひっそりと抱いているのだが、さほど彼らと違わないと思うのも、また事実だ。
だがまあ、彼らの生活に密着したこと、というのは確かになかった。俺達が寝ている間、彼らはなにをしているのだろうか。確かに、彼らは神の使いなのかもしれない。こんな、自分に説得されるなんてなんだかもどかしい気分だ。だがまあ、一番納得できる手法ではある。
俺の目線の先に、茶色い角が見える。
よくもまあ、あんな目立つものを被ってるよな、と思うのだが、気づきやすいことにも、何か理由があるのかもしれない。
俺は身を潜める。どうも、欲が出てきた。さすがに、こいつを仕留めたら仲間に褒めてもらえるに違いない。
子供を残すためにも、と思うとより闘志がみなぎってくる。ような気がせんでもない。
俺は、槍を一度地面に置いて、弓を構えた。
弓を獲物に当てたことなんてそれほどないけれども、俺は茂みの中から雄鹿を狙う。このままだと微妙に届きそうにない、と思ったので、俺はジリジリと雄鹿との距離を詰める。
角は、堂々とその空間に居座り続けている。
もしかして、死を求めているんじゃないか、とも思えてくる。
神の使いとして現れる彼らは、もしかしたら神から逃げたいんじゃないか、と思えてくる。神は、理不尽なものだし、何を考えているのかわからない。
俺は、弦を引く腕に、より力を込めた。
角は微動だにしない。
やっぱり、死を求めてるんじゃないか、と思えてくる。
特に狙いすましたわけでもないが、怖くなってきた俺は弦を握っていた手を開く。ビュンっという音を立てて、しなりながら矢が鹿に向かって飛んでいった。そして、俺の視界から角が消えた。俺が近づいてみると、俺の放った矢は鹿の首辺りに突き刺さり、鹿はそのまま横たえていた。息が乱れるような様子もなく、鹿は地面に横たわり息絶えていた。
俺は、鹿の首元に刺さっていた矢を抜いて、矢尻についた血を木の幹になすりつけた。が、これでは神に怒られるかもと思い、その血を手で拭った。
鹿の角に手をかけて、俺は鹿を持ち上げた。目は黒いし、結構角はゴツゴツしているし、思ったより怖いな、と思った。
こいつは、死にたがってたのかな?俺達の群れにも言えることだが、自然では目立つ奴から殺されていく。
だって、雌鹿は角なんて生えてないもんな。多分。
自然は神が作ったものだから、でも、その中で俺達は目立ちすぎてるんじゃないか?神は、度々それに気づいては俺達を殺しに来るってことか?なんだか、納得できる気がする。
まあ、残念ながら俺達はしぶといからな。どんな罪を背負っていても、結局生きてしまう。生きさせられているような気さえする。
神という理不尽から逃げるには、結局死ぬしか無いのだろうか。
そんなことを思いながら、俺は鹿を持ち上げた。だがまあ、神様がパワハラしてくれたおかげで、俺は鹿を持って帰ることが出来たわけだ。結果は、結果なのだろう。命を頂くという感覚は、俺には全く無いのだが、周りの仲間いわく、これは神からの恵みだというのだ。しつこく、そう言ってくる。そりゃ、結果的というか、神がこの自然を作ったのだから、神からの恵みということには間違いないとは思うけれども、それは良く言っているだけなんじゃないか、と俺は思うわけだ。が、そんなことを言ったら、どこかで殺されるかもしれないし。
神を崇め過ぎじゃないか、と思う俺ですらも、この鹿にはどうも感情移入してしまったわけだ。
まあ、キミがそんな罪を犯したのかはよくわからないが、
・・・・・・
まあ、大変だったんだな。肝心なところがどうも、俺にはわからなくてすまない。
・・・・・
そういえば、俺も昔になにか、・・・何かあったような気がするのだが。
頭が痛い。
どうも、昔の記憶を辿ろうと思うと、上手く思い出せないのだ。記憶の内だと、俺はただ生まれて、他の子供が病気やら天災やらで死んでいく中、しぶとく俺は生き残った、という記憶があるわけだが、どうも実感がない。
俺は、何か目的があった、いや、与えられていたような気がするのだ。が、今となっては何もせずに、ただ子孫を残すためだけに生きているわけだ。
俺には、何かやらねばならないことがあったはずなのに。
神は、答えを教えてはくれない。
・・・・・
なんか、聞き覚えがあるような、
まあ、いいんだ。とりあえず、俺はこの鹿を持ち帰らなければならない。俺は、そのまま鹿を担いで集落に戻る。どれくらい歩いてここまで来たのかはわからないけれども、今このくらいかな、と予想したりすることはできるし、あとどれくらいで着きそうだとかもわかってしまうものだ。
まあ、慣れなのかもしれないが、でも、この道を何度も歩いたという実感はない。
不思議なものだ。
もしかしたら、前世の記憶とか、そういうことなのかもしれない。
鹿は、結構重かった。こんなに細い脚をしているのに、腹の部分には十分に栄養が詰まっているようだ。俺の体重がどんなもんかわからないけれども、俺くらいは重いんじゃないか、と思う。
時々引きずったりしながら、俺はなんとか集落に戻ってきた。
「あれ、おかえり。あ、鹿じゃん。おい、ケンイチが鹿獲ってきたぞ!!」
彼は俺の姿を見るなり、大きな声で集落全体に俺の手柄を伝えた。何人かの仲間が俺の方に寄ってくる。そして口々に「すごい」「今日はごちそうだ」と言った。
実際にそんなことを言われると、・・なんにも思わないものだ。なぜ彼らは当たり前のことを口々に言うのだろう。それに、みんなして同じようなことしか言わないのだ。
まあなんと、つまらない。
「それ貸してくれよ。俺、捌いてくるから。お前、神様にちゃんと手を合わせてから帰ってきたか?」
「え?あ〜、もちろん」
「よかった。お前も、神を怒らせるようなことはするなよ」
あいつらは、いっつも不機嫌じゃないか。こっちのことなんか、関係ないんだよ。
多分。
「わかってる」
「まあ、準備するからお前は火でも起こしといてくれ」
「わかったよ」
俺は担いでいた鹿を彼に預けて、近くの森へ行き、枝や落ち葉を集めた。
集めた中で丈夫そうな枝を使い、それを手で回しながら板に押し付けることで、火をつける。昔より手の皮も厚くなっており、手と枝の接着部分もかなり熱くなるのだが、もうさほど感じなくなった。
火種が着くと、そこに落ち葉を投入して火を大きくしていく。
この火は、神とは関係ないのだろうか、と思う。これこそ、俺達の罪の根本である気がするのだ。きっと、火がなければ俺達は片っ端から自然に手を出そうとは思わないはずだ。
もっと、少ない人数で、目立たずに生きていたと思う。
火は、神すらも予想できなかったのだろうか。そんなことあるのかな、と思ってしまいたくなるのがきっと普通の人間なのだろう。
まあ、ある意味想定内だし、ある意味想定外なのだろう。
火がなければ、なんだか、俺達はもっと楽しく生きていられたんじゃないか、と思う。神なんて考えたりせずに、ただ仲間内で楽しく、狩りにもそんなに行く必要もないだろうし。
火を見つけたのが、悪い。
火は、きっと自然から逸脱したものだ。
火さえなければ、俺達は罪や罰を気にしなくてよかったんだろう、きっと。
俺は捌かれた鹿が届くまで火を途切れさせないために、先程集めた木の葉や枝を足し続けた。
「おい、お前聞いたか?」
俺が地べたにすわって、火の調節をしていたら、後ろから仲間の一人がペタペタという足音を立てながらやってきた。
俺は記憶をパラパラとめくり、彼の名前がヒコだということを探り当てた。
「今度イザを殺すって話でさ、」
「ああ、そうなの」
ヒコが周囲をぐるりと見回した後、「あいつ、最近反抗的じゃん。だからさ、それに、だいぶ狂ってる。前までは、そんなんじゃなかったのにな」と俺に耳打ちした。
まあ、あいつは最近やけに「神が怒ってる」とか「早く、生贄を差し出さなければ」とか言っていた(らしい(俺の記憶によると))。なんか、急に変わっちまったな、と思っていたところだ。
まあ、いつこうなってもおかしくはなかったはずだ。
恨むなら、火を見つけてしまった俺達の先祖を恨んでくれ。俺だって、罪を抱えて生きるのは嫌だけれども、やるしかないのだ。嫌だからこそ、生きるしかないのだろう。
まあ、俺は生への関心を失いかけているのだが。
きっと、死ぬことが目的だったのかな、と思った。
「だから、お前も手伝ってくれよ」
「あ、俺がかよ!」
「いや、いいだろ?」
なんだか、デジャヴか?前にも、こんな状況ではないにしても、人を殺さなければいけなかったことがあったような、なかったような、別に殺さなくてもよかったような、
色々と心当たりがあるので、困ったもんだ。
「ああ、わかった」
「よかった。鹿食ったら、そのあとで殺すぞ」
どうせ殺す人間に鹿を食わすのは、どうももったいない気がしたが、まあ鹿なんていつでも取れるもんだ。
まあ、あんな動かない鹿には初めて会ったが。
でも、俺の経験上、俺の獲物となる動物ははいつでも動かないものだ。動いてくれたら、俺だって殺そうと思わない気がするのだ。でも、よりによって俺の目の前では動こうとしないのだ。
動かないことで、俺へ罪の意識を感じさせようとしているのだろう。また、神も悪趣味なもんだ。
「あいつは、今何をしてるんだよ」
「なんか、家でボソボソ独り言言ってるよ。まあ、いいんだ。あいつのことは気にしなくてさ」
生き延びることって、かなり大変なことなんだぜ。いつの間に、狂ってしまったのか。せっかく生き延びたのに、こうやって仲間に殺されるはめになるとはな。
この集落に秩序があるとはいえど、可哀想に感じるのは周りも同じなのだろう。
神に、狂わされてしまったのか。
「おい、鹿できたぞ」
よく響く声だ。
「じゃあ、準備しといてくれよ。酒をあいつに飲ませて、それでだ」
俺はあまり酒は好きではないが、あれはどうも不思議な気分になるし、俺達が神への供物として長い間使っているということは、きっと神の手のかかった何かなのだろう。仕組みはわからないが。 そういえば、イザは酒が好きだったな。こっそり、盗み出そうともしていたし。
じゃあ、やっぱりイザは神に狂わされたのだろう。神は、酒で何を企んでいるのか、ただただ遊んでいるのか。どちらにせよ、あまりいいことではないのは確かだ。
「わかったよ」
俺がそう答えると、ヒコはどこかへ歩いていった。それとすれ違うように集落のみんなが集まってきた。
「誰か、鹿を乗せるのを持ってきてくれよ」
俺がそういうと、子どもたちが競い合うように走っていった。
彼らには名前が無い。名前は、成人するときに神から予言として渡されるものなのだ。
今はこうして、元気に遊んでいるわけだが、この内のどのくらいが生き残ることができるのだろうか。
自然は、残酷である。
不思議なことに、自分の成人の儀のことはなんとなく覚えているのだ。それ以外の記憶は、どうも実感が伴わないというのに。
なんで覚えているかと言ったら、なぜか俺だけ四音の名前を授けられたからなのだろう。
ケンイチ
意味がわからない。
まあ、他の名前も意味はわからないが。
唯一、神が俺達にくれたものだ。俺たちを、識別するために。誰がどんな罪を背負ったか、忘れぬために。
他の動物も、そうなのだろうか。彼らに名前があるのかは知らないが、それなら、名前を付けられる前に死ぬことで完全に罪から逃れることができるのかもしれない。
じゃあ、俺はもう手遅れなのか?
結局のところ、死んでみないとわからない。
「ケンイチ!!!持ってきたよ」
黙れ、ガキが。呼び捨てにしやがって。
「じゃあ、この上に鹿さん乗せてみて。あ、そうそう。よく出来ました〜、ぱちぱちぱちぱち」
恥ずかしくなる。
自由きままでいいもんだ。
ガキども。お前らは、半分くらい大人になる前に殺されるんだぞ!覚悟しとけよ。
心の中で、ガキに厳しい現実を教えて満足することができたので、俺は鹿の乗せられた土器に蓋をして、炎の中に放り込んだ。
まあ、あの堂々としていた鹿が無様にも燃えている。堂々と、というよりは、きっと俺が卑怯過ぎたんだろう。
俺が燃やされたときも、誰かに笑われんだろうな。
「他にも、焼いたりしないのか?」
「どんぐり焼くよ。まあ、あとは女たちにまかせてだな」
先ほどのガキどもは、ごちそうが焼き上がるまでの時間を持て余しているようで、集落の中を走り回って遊んでいる。先ほどの俺の忠告も聞かずに、っと、心の中で言っただけだった。まあ、あんなガキどもに教えてやる気にもならん。
現実を知らずに、苦しめばいいんだ。俺からすりゃ、この集落の存亡なんてどうでもいいんだ。子孫は、多分残さないと俺が殺されそうな気もするから、いずれ作るんだろうけど。正直なところ、それにも、あまり執着はない。
だって、神が用意したものなんだろ?どうせ。
俺が信用しているのは、火だけだ。
「さっきヒコから聞いただろ?イザを殺すっていう話」
えっと、彼は確か、ナギか。ナギは火の番をしている俺の横に座り、ヒコと同じように周りをキョロリと見回した後、俺にそう耳打ちした。
「聞いたよ」
「じゃあ、作戦を伝えよう。まあ、子供には見せるわけにもいかんからな」
「別に、いいんじゃねえのか?」
「は?なに言ってるんだよ。子供に知られたら、子供たちがどう思うかわからんだろ?そもそも、こんなこと大人になるまで生きられれば自然と分かるもんだ」
俺は純粋に気になったのだ。別に、子供もいずれほとんどが殺されるのだ。それがいいか悪いかはまた別の話だ。まあ、俺は意地悪だから教えたくはないが、別に教えてもいいんじゃないか、と思うわけだ。
「それを知った子供が俺達に歯向かってくるのも、嫌だろ?そういうもんだ。必要な犠牲なんだよ。神を怒らせてはいけないんだ」
「あ、そうなのね。わかったよ」
まあ、話を続ける方が面倒くさいもんだ。
俺は黙って火の番を続けることにした。
そういえば、俺が捕まえた鹿のお陰でこれからごちそうだ、という話だったじゃねえか。なんだか、感謝が足りなくないか?
俺だって、動物なんか殺したくはないぞ。まあ、必要に応じては殺すし、狩りに行けば何かしらの動物は捕まえてくるが。でも、殺したいわけじゃない。
まあ、命というものの手触りは悪いし、俺が生物の死を前にして感じるものは、重苦しい責任だけだ。
神に願うとすれば、今後全ての生物が俺の目の届かぬところで死んでほしい、ということだけだ。
それと、意地悪すんな、と言っておきたいな。全部、お前のせいだ。この名前のせいで、俺は罪から逃れることができなくなっているのだ。
クソが
「ケンイチが鹿捕まえてきたの?」
俺は薄っすらと目を開けて声の聞こえたほうを向く。そして、しっかりと目を見開く。彼女の名前は、え〜、ナミだ。あ、そうだそうだ。
「そうだよ」
俺は頭の中をペラペラとめくるが、それらしき記憶が出てこない。だが、どうやら俺と彼女は幼馴染というやつらしい。まあ、彼女も俺と同じく運よくここまで生き延びてしまったのだろう。
仲間に見捨てられなくて良かったということだけでも喜ぶべきだろう。
「どうやって捕まえてきたの?」
「普通に、走って殴ったんだ」
「え、素手で?!!」
「そう」
「ふざけないでよww一番弱かったケンイチが?」
べつに、ふざけてもいいじゃねえかよ。それに、俺はどうやら一番弱かったらしい。まあ、下手に強すぎても殺されるしな。まあ、結果弱くて助かったのかもしれない。
「いつの間に、そんな強くなっちゃって」
そうですよ。いつの間にか強くなったんですよ。そんな、親みたいに言わなくても。
あれ、俺の親っているのか?
・・・どうやら、俺が幼い時に死んだらしい。
・・・
そうなんだ。
まあ、どうでもいいことだ。本来、俺がどんな血を引いているかなんて、きっと神以外にはどうでもいいことのはずだ。
「まあ、準備してくれよ。キミの仕事だろ?」
俺がそう言うと、彼女は自分の仕事に戻った。
火を見て、なんになるというのだ。ただ、鹿の死肉が焼ける匂いが漂い始めると、またガキどもが俺の近くに寄ってくるのだ。お前ら、ホントにこれ美味しいか?
素直じゃないガキがよぉ。
「ケンイチ、お前が獲ってきたの?」
「そうだよ。君たちも、大人になったらこういうの獲りに行くんだよ」
「俺は、大人になんかならないよ。なりたくない」
あ、キミよく分かってるね。気に入ったよ。
「君たちだって、いつかなるんだよ」
「いつかっていつなの?」
男児Bがゴミみたいな詭弁を被せてくる。おい、お前はお呼びじゃねえんだよ。
「大人になれば、わかるさ」
まあ、きっとウソはついていない。大人になれたら、わかることさ。
結局、運が一番大事なんだけどな。 そう思うと、なんだか彼らが可哀想にも思えてくる。
「神様も大人になるの?」
「あ〜、知らん知らん。黙れ」
え、どうなんだろうね。きっと、神様にもお父さんとかお母さんがいるんじゃないかな?じゃあ、大人になるんじゃないかな?
・・・・・
あ、間違えた。
「神様のこと悪く言っちゃ駄目だよ。お父さんが言ってたもん」
馬鹿なガキどもで良かった。神に、声に出してそんなことを言うわけがないだろ。
「いけないんだー。長に言っちゃうよ」
俺はガキCの首根っこを掴む。
「おい、てめえ、俺が神に代わって殺すぞ」
ガキCはまだ自分の状況が分かっていないようだ。ヘラヘラ笑ってるし、周りのガキどももそれを見てキャッキャと騒いでやがる。まあ、子供相手にムキになるのもよくはない、と思い直したので俺はガキCを仕方なくそっと置く。
「絶対に、君のお父さんには言わないでね」
ていうか、反射的につい手を出してしまったが、俺そんなこと言ってないし。
まあ、ガキに何言っても無駄だ。
「ちょっと、一回そこどいてもらってもいいかな?」
声がする前に気配を感じたので俺が後ろを振り返ると、そこにはいろいろな木の実を乗せた食器を持った女性が何人か並んでいた。
「おい、ガキども、一回どくぞ」
一応、心の中で言うつもりだったのだが、まあ言ってしまった時は言ってしまった時だ。開き直るしかない。
俺は十人くらいいるガキの内の何人かの手を引いて、その場から離れた。他のガキたちも、俺のあとについてきていたようで、ある程度距離をとったらまた遊び始めた。
まあ、元気なこった。俺は、鹿を運ぶのに疲れたのだ。それに、これから仲間を一人殺さなければいけないんだぞ。ガキども、大人っていうのはこういうことなんだ。
今のうちに遊んでおけよ。
俺らしいような俺らしくないようなセリフを、ガキどもにテレパシーで届けた気になったら、俺はまた火の番に戻った。
食器の上に乗っかっている名前もわからぬ木の実が、パチパチと音を立てて焦げ始めていた。
これら全てをひっくるめて美味しいと思ったことは無い。それに、どうやら美味しさを気にしてるのは俺くらいらしいのだ。気にしている、というか、俺だけがここでの食事が片っ端から口に合わない。
人より敏感に生まれてしまった弊害というのは、生きれば生きるほど大きくなってくるものだ。
まあ、だからこそ周りと同じように生きることには、多少の抵抗があるわけだが、それなのに、なぜだか「生きたい」と思ってしまうのだ。いや、思わされているのかもしれない。なにかが、きっとまだ足りないのだ。
毎日毎日同じことの繰り返しなのに、まだ足りないのだ。
もどかしくて、仕方がない。かゆいところに手が届かないというやつだ。まあ、そんなときは、木に体をこすりつければ解決だが。
引き続き火の番をしていると、ヒコがまたもや俺の隣に座って「さっき作戦伝え忘れてたわ」と耳打ちした。
俺が彼に「耳打ちは気持ち悪いからやめてくれ」というと、彼は俺から少し離れて普通に喋り始めた。
「まあ、簡単なもんだけど、あいつに酒を飲ませる。そして、森の奥の方に連れ出す。そんで、殺す。それだけだ」
なんだか、その程度なら言わなくてもいいんじゃないか、と思えてくるが、作戦は伝えておくに越したことはない。イザだって、俺よりは力があるし、酒で舞い上がっている奴を抑え込むのは、かなり大変なのだ。
通常よりも、力を出すことができる。
神が、俺達に力を与えているのかもしれない、と勝手に思っているのだが、通説では酒によるあの現象が強く現れれば現れるほど、神に近い人物だとされている。
神は神なんか作らねえよ、と言いたいが、まあ確証も無ければ証拠もないわけだ。
「わかった。俺は、イザを誘い込めばいいんだろ?そもそも、あいつはごちそうに参加させるべきなのか?」
「あいつ、こういうのは好きだっただろ?なんせ、酒が好きなんだから、堂々と酒が飲めるこの儀式を逃すはずがないだろ」
まあ、それはそうだな。
「じゃあ、まあいい感じに焼き上がったらお前が取り出してくれ」
彼はそのあとデカい声で「そろそろできるぞ」と集落の住民を呼び出した。
まず、ドタドタと子供が駆け寄ってきて、その後に大人の女性たちが取り皿を持ってきて、そのあとに男たちが集まってくる。
全員で四〇人くらいか。
集まってみると、かなり多いことがよく分かる。こうやって食事をするのだって、毎日やるわけではない。
だからといって、特別感を感じられるほど、俺は純粋ではないので、できれば一刻も早くこんなものはやめるべきだ。
男の中には、猫背でなんにもないのに手を震わせているイザもいる。
他の男たちと同じ、鹿の毛皮を使った服を着ているというのに、明らかに彼だけ汚らしく見える。
そして、最後にこの集落の長であるスサが最後に住民の輪の中に混ざる。彼は、この集落では一番の年長者なわけだが、以前までの長だったテラという老人がついこのまえ死んでしまったので、つい最近彼が長となったのだ。
なので、スサと俺たちはさほど年齢が変わらない。らしい。
食事の前には、必ず感謝の儀式をしなければいけない。
スサが太陽の森(まあ、森自体は四方にあるのだけれども、太陽と反対側の森のことを指す。そこに、神がいると言われている)に向かって何かよくわからないことを言うのだ。神との会話に必要な言語らしいので、何を言っているかはわからない。
まあ、スサがそれを言い終わったら、俺達は彼と同じ方向を向いて、両手の平を地面につけて何回か地面に額をこすりつけるわけだ。
なんの意味があるのかは、わからない。
で、そのあと食事の方を向いて同じようなことをもう一度する。
横目でイザのことを確認してみるけれども、彼も今ばかりは大人しく儀式に参加していた。
まあ、俺はこういうのは馬鹿らしいと思ってしまうタチなので、地面に額がつかない程度に彼らに合わせる。何回これをやるかは、毎回数えようと思って忘れてしまうのでわからない。
それが終わると、長であるスサが一番最初に食事に手を付ける。そこからは、まあみんなで酒を飲んだり踊ったりして騒ぐわけだ。
イザは、食事にはほぼ手を付けずに、狂ったように酒を飲んでいる。まあ、狂っているのは明らかなのだが。
子どもたちは、・・・肉を咥えながらまた走り回っている。周りの大人たちも、それを笑いながら眺めているだけだ。
ちゃんと教育しないから、いつまでも成長しないのだ。たまに、こっちにも絡んでくるから非常に厄介なのだ。子供を殺すよりも、親を殺したいくらいだ。
きっと、そっちの方が子供が嫌がるはずだ。が、そんなことを言っていたら俺の方が「危険思想だ」と殺されるんだろう。自分のやらかしたことで殺されるのは、なるべく避けたい。
「おい、ケンイチ。お前はイザを見張ってろよ」
またもや、ヒコが俺の隣に座ってきた。
「わかってるよ。せっかく俺が獲ってきた鹿なんだから、ゆっくり食わせてくれよ」
「すまんすまん。じゃあ、ほら、これでも飲めよ」
酒を飲めない大人は、大人ではないらしい。
まったく、面倒くさい風習だ。
「あ、どうも」
イザが酒の飲みすぎでああなってと仮定すると、あまり気は進まないが、酒をまったく飲まないのは集落で嫌われるだけでなく、神からの天罰のようなものが下るんじゃないか、とも思えるので、飲むしかない。
まあ、やはり美味しくはない。が、なぜだかたまに飲みたくなる。まあ、そう作られているんだろう。神の思うがままになるのは、嫌なんだ。
「スサは知ってるのか?ていうか、スサがやれって言ったのか?」
「まあ、笑っちゃう話だけどよ、テラさんの遺言なんだよ。イザはそろそろやばいから、殺せって、」
あの爺さんは、そんなことを言い残して死んだのか?まあ、最後まで役目をやり通した、と捉えることもできるが、まあ、立派な爺さんなこった。俺だって昔は、あんなに長生きしているってことはあの人こそが神様だったんじゃないか、と思った時期があったくらいだ。
まあ、彼が死んでも俺達には相変わらず神の意地悪が降り注いでいるわけだから、彼が神ではなかったと言って良いのだろう。
「あの爺さん、そんなこと言って死んだのww」
一応、俺達なりの敬意として、集落の端っこの方に土を盛って大きめの墓を作ったのだ。彼は今、その下に埋められている。
俺がいつまで生きられるかもわからないが、いちいち長となった人間を埋めていたら、個々の土地だけでは足りなくなってしまう。
まあ、彼らよりも早く死ぬことができるのが一番いいな。
「だから、スサも知ってるさ。イザだけ、葬式にあんまり乗り気じゃなかったしな」
「私怨か」
「さすがにだろ。テラさんだって、あいつがこのまま生きてたら俺達の秩序だけじゃなくて、神を怒らせることにもつながるっていうのは分かってたんだろ」
「そりゃ、そうか」
結局は、ここの集落が長続きするのが一番大事なんだろう。どうせ、そんなもんだ。
俺みたいに、もっと神に歯向かってもいいんじゃないか、神の怒りを買っても別に大したことないんじゃないか、と思っている人はいないのだ。
「おい、じゃあお前あいつに酒もっと飲ませてやってくれよ」
俺は内心でやれやれと思いながら、途中で酒の入った杯を彼の分ももらってから、イザの方に向かった。
イザは、女性たちにダル絡みしながら、声高に「このままだと、神の怒りを買うことになる」と言っていた。
まあ、きっと長であるスサが言ったら、みんな信じるんだろうな、と思いながら俺は彼を女性から引き剥がして、彼の空いた杯に先ほどもらった杯から酒を移し替えた。
イザは「おうよ」と呂律の回らなくなった口で返事を返してからすぐにそれを飲み干した。
仕方がないので、俺は彼をもういちど落ち着かせるために酒を貰いに行った。
スサが女性たちと楽しそうに飲んでいるところに割って入るのは、少し気が引けたが俺は彼のところに行って「酒を下さい」というと、彼は黙って俺に酒の入ったひょうたん型の容器を渡してくれた。きっと、一人の人間が一気に飲んだら死ぬ量だ。それに、これを作るのにもかなりの労力と時間がかかるはずなのだが、まあこれを渡してくるということは、イザ殺しを俺達にやらせたいんだろうな、という魂胆がよくわかった。
別にいいけれども。
俺はその大きな容器を抱えて、イザのいるところへ戻った。
「おい、ケンイチ、おまえは、みんなが言ってるような神を信じてていいと思うか?」
俺の目の前まで口を近づけてからそんなことを言うものだから、迷惑千万なのだが、まあ我慢するしか無い。こいつは、どうせ今日死ぬんだ。
「俺のな、息子にも言ってるんだけどよぉ、神は理不尽じゃねえか。だから、なんでそんなのを信じるんだって話だよ。お前だって、鹿を捕まえてきたんだろ?そんな神が都合よく俺達が鹿を捕まえたりするのを許すと思うのか?」
「神だって、所詮は人間みたいなもんなんだろ」
「は?神は神だろ?まあな、俺が神なら、鹿一匹殺されるのも許さんぞ。あれは恵みでもなんでもない。だから、俺は狩りはやめようって言ってるんだよ」
キミのもう片方の手には、しっかりと肉が握られているんだけどね?
でも、地位を決めるには狩りの上手さで決めるしか無い、という節もあるわけだ。
俺は、神なんて怒らせとけばいい、と思っているだけなのだから、まあ、彼が色々と考えていることは分かったが、話はやはり合わないようだ。
「知らん。鹿は、山の恵みだ。神が俺達にくれたもんだ」
「こ・れ・だ・か・ら、俺はお前が神に殺されても知らねえぞ」
神は、そんなことをするほど甘くはないと思うけどね。と一応反論しておく。
「おい、お前ももっと飲めよ」
イザがふらつきながらひょうたん型の容器を持って俺の杯に酒を注ごうとした。
まあ、ここで機嫌を悪くさせるのもあまりよろしくはない。俺は仕方なく彼の持つ容器の口の部分に自分の杯を近づけて、酒が注がれる様子を見守った。
イザが思い切り傾けるので、杯から酒がこぼれ出る。
「もういい、もういいって」
俺はどうすることも出来なかったので、その場で杯を持ったまま溢れる様子を力なく見ていた。
幸いにも、酒の残りはかなり少なかったので、そこまで無駄にせずに済んだ。イザは、自分の杯を置いて、こぼれ落ちた酒をペロペロと犬のように舐めていた。
まあ、こいつがいくら立派な理想を掲げていても、こんな人間についていきたいとは思わない。
すまんが、キミは必要な犠牲なんだな。
結局、罪が集落を回しているのだ。こうやって、スサも俺達に人殺しをさせて、いざ俺達が裏切りそうになったら「お前達人殺しには、神からの罰が下るぞ。今までは、俺が神と会話してなんとか収めていたんだ」とか言ってくるんだろう。
まあ、神は気に食わないが、怖いのは結局人間の方だよ。
人のことは言えないけれども。
俺は周りを見渡す。集落の男たちのほとんどは、こちらの様子を横目でうかかっているようだ。
イザは、きっと酒の効果で気づくことはないだろう。
「おい、ちょっと森の方に行ってみないか?」
イザはこちらをじっと見る。ときどき焦点がズレそうになるのをこらえながらかなりの時間思考した末に、「なんでだよ」とようやく声を出した。
「まあ、いいじゃねえかよ。太陽でも見に行こうぜ」
彼の思考が停止しているので、俺は無理やり彼の手を引いて森へ連れ込むことにした。
「お、おお、おい何すんだよ!!」
あ〜、怒ってる怒ってる。
俺は彼の声を無視して手を強く握っていたのだが、彼が思い切り振り払ったので、俺は振り返って彼を見た。そして、周囲も確認する。
まだ、仲間たちがこちらに来ていない。
そういえば、武器を忘れてきてしまった。というか、俺がこの役目をやってるならどうしようもないよな。
「お前、なんなんだよ。神の手先か?俺が、怒ってるって言ったからか?」
その程度で、神の手先を送り込んでくると思われては困る。それに、どちらかと言うと集落の手先と考えるのが自然なことだし、実際俺は集落の手先なわけだ。
「まあ、ついてきてくれよ。落ち着けって」
「お前は、神なのか?」
「違うよ」
「そ、その、俺だって別にそんなつもりで、い、いいいいい言ってたわけじゃないんだ。だから、許してくれよ。別に、俺は自分の役目を果たそうと」
だから、違うって。
・・・・・・
あれ、こいつ今なんて言ったか?
「俺、その、・・・正直に言います」
イザは俺の足元にすり寄って、地面に頭を擦り付けていた。
「俺、本気でそんなこと考えてたわけじゃないんです。ただ、
・・・め、めめめ目立ちたかっただけで、酒盗んで飲んだのも、だから、許して下さい」
これは、なんという罪なのだろうか。神が、人間を作ったなら、別にイザの責任でもないように思える。
「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
俺は彼の迫力に押されて、つい一歩下がってしまった。
先ほどまでは、「殺すには、惜しいやつかもな」くらいには思っていたのだ。なんだかんだ。
周りから嫌われるというのは、彼の罰なのだろうか。それなら、神だってもう一回くらい彼にチャンスを与えてやってほしいと思う。半分くらいは、あんたのせいだろ?
ザッザッザッ
「おい、動くな」
ようやく来たか。さすがに、俺一人じゃ持て余すな、と思っていたところだ。
「う、う、うわあああああああああああ!!!、ゆ、許して、」
イザがあまりにも俺達を怖がっているので、駆けつけた仲間たちも混乱しているようだ。
イザは立ったまま一歩二歩と下がった後、走り出した。
「おい、待て」
仲間たちが追いかけていく。俺はとりあえず近くの仲間に「武器貸してくれないか」と尋ねると、仲間は予備で持ってきていたのかわからないが、小さなナイフを俺に貸してくれた。
仕方ないが、これであいつを仕留めるしかない。
俺は、仲間たちの後をあえて追わずに、イザが逃げていった先を予想して近道を行くことにした。
いくら神から力が付与されているとはいえど、あそこまで怖がっている人間は正常な判断をできずに俺に立ち向かうなんてことはしてこないだろう。
俺は、体力を振り絞って、でこぼこの地面を強く蹴った。
まあ、なんの確信も無かったが、なんだか運命の糸のようなもので神に操られている気がするのだ。
まあ、運命は神の預かり知らぬところにあるのかもしれないが。
ここをまっすぐ走っていくと少し開けた場所に着くのだ。そこで、狩りのときにたまに休憩したりする。
正常な判断が出来ないからこそ、彼は思い切った判断をすると思うし、休憩をしているかもしれないし、なんとなく周りを見舞わせる場所に行きたいと思うんじゃないか、と思う。
だって、結局目立ちたかっただけなんだろ?
と、思った矢先、彼の姿が目に入る。
彼は、後ろを振り返りながらこの開けた場所で小休止を取ろうとしていたところだった。
まあ、俺が彼を殺してあげるしかないようだ。
俺は先程の狩りを思い出すことにした。
・・・
参考にならんな。
俺は、結局イザがいるところに向かって全速力で走った。イザもさすがに、こちらに気づいたようで、また走り出した。が、彼は酒の飲み過ぎでかなり気持ち悪くなっていたみたいで、すぐに彼の速度が落ちたので、俺はその隙に彼との距離を詰めた。
「おい、違うんだって。俺、俺は、神から言われてるんだよ」
さっきは、神に対して謝ってたじゃないか。さっきと言ってることが違うぞ。
イザが止まったままそんなことをいうので、俺は彼と睨み合う位置まで近づいた。
「俺は、言われてるんだよ。俺は、神から言われてるんだ。お前なんだろ?ケンイチっていうのは」
よくわからない。
俺はナイフを構えた。
イザはそれだけで怖気づいたようで、その場に尻もちをついて倒れた。
まあ、あまり気は進まないが、こうなったら倒れ込んだ彼に馬乗りになった。
「お前は、そのままでいいのかよ!!」
「死ぬときくらいは、静かにしてたほうが嫌われないぞ」
酒を飲んだあとの記憶って、結構曖昧なことがあるよな、と思った。
こいつは、死んだ後なんで死んだのか記憶を持たずにおんなじことを繰り返すんじゃないか、と不意に疑問に思った。このままだと、こいつは結局人に殺されて終わるんじゃないか、と思った。それは、神の知らぬところにある運命なのかもしれない。
「おい!お前は、一生苦しむことになるぞ!!罪を抱えて生きるのは、辛いことだぞ」
「まあ、どうせキミは死ぬんだよ」
結局、こいつはなにが言いたかったんだか。
どう殺すのが様になるのかわからなかった。とりあえず、俺はナイフを大きく振り上げて、彼の体の柔らかそうなところ(腹)に向かって振り下ろした。
刺した瞬間、背中に悪寒が走る。
・・・・
なんだか、こんなことが前にもあったような。
まあ、狩りの時の感覚だな、多分。
イザはゴフっという声を最期に、喋らなくなった。
手を合わせなかったら、神は怒るのかな、と思い俺はそのまま仲間に報告をしに戻った。




