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魔王討伐後に追放された元勇者、辺境教師になったら教え子全員がラスボス候補でした 〜災厄になる前に、まずは給食を食べような〜  作者: 早野 茂
第4章 血塗れ女帝編

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第36話「紅蓮の作戦会議」

辺境学院の旧校舎。

エリスが血相を変えて飛び込んできたことで、特別隔離教室の空気は一瞬にして張り詰めた。


「レオン先生!大変です、緊急事態です!」


エリスのただならぬ様子に、隔離クラスの生徒たちの視線が一斉に集まった。

セレスも顔を上げ、エリスの手にある赤い封筒を見つめる。

エリスは息を切らしながら、信じられない事実を口にした。


「今朝未明、学院から十キロほど離れた場所にある王都軍の『辺境補給倉庫』が、何者かによって襲撃されました!倉庫は半壊し、備蓄されていた大量の物資が焼失、または強奪されたとのことです!」


「補給倉庫の襲撃?ただの盗賊か?」


レオンが気だるげに問うと、エリスは青ざめた顔で激しく首を振った。


「違います!現場には、隔離クラスの生徒たちが関わったとしか思えない痕跡が残されていたそうです!」


エリスは震える手で赤い封筒をレオンに差し出した。

レオンは封を切り、中の報告書に目を走らせる。


「……黒炎、氷壁、獣の爪痕、死霊術の残留魔力。ずいぶん都合よく揃ってるな。ご丁寧に、襲撃の犯行計画に使われたと思われる詳細な行動記録の写しまで残されているらしい。王都から派遣された警備隊は、これを『辺境学院の隔離クラスによる反逆行為』と断定し、すでに俺たちを捕縛するための討伐部隊をこちらへ向かわせているそうだ」


レオンが読み上げた内容に、教室の空気が完全に凍りついた。


「はあ!?俺たちが倉庫を襲っただと!?」


ガルドが目を丸くして怒鳴る。


「私、昨日の夜はずっと寮の部屋にいました!そんなこと、絶対にしていません!」


ミリアも必死に首を振る。

ノアもリュカも、当然ながら全く身に覚えがない。

だがレオンはすぐに事態の全容を悟り、舌打ちをした。


「王都の連中らしい安い罠だ。それにしても王都軍の動きが速すぎる。襲撃から数時間で捕縛部隊を派遣できるのは、最初から隔離クラスを犯人にする手筈が整っていた証拠だ」

「罠、ですか?」


エリスが問う。


「黒炎、氷壁、獣の爪痕、死霊術の残留魔力……そして詳細な行動記録の写し」


セレスの赤い瞳が、報告書の一文に釘付けになった。

行動記録。魔力特性。誘導方法。

それは彼女が赤いノートに記していた情報そのものだった。


「……私の、ノートですわ」


その声は、自分自身を断罪するように震えていた。

昨日、手帳の切れ端がびっしりと貼り出されていた黒板を、セレスは絶望的な目で見つめる。

レオンは報告書から目を離し、静かに頷いた。


「気づいたか。ああ、昨日の昼間に侵入した王都の工作員は、お前のノートを使ったんだろうな。こいつらを犯人に見せるための偽装として」

「そんな……!隔離クラスを危険指定する口実を作るために、そこまでするなんて……!」


エリスが絶句する。

王都の連中は最初から隔離クラスの生徒たちを処分する口実を探していた。

そしてその最高の材料を提供してしまったのは、他でもないセレス自身だったのだ。


セレスは全身の血の気が引き、足元から崩れ落ちるような感覚に襲われた。


「私の……弱点ノートが……」


自分の身を守るために書き溜めていた情報。

クラスメイトを管理し、支配するために集めていたデータ。

それが今、最も最悪な形で王都の連中に利用され、クラスメイト全員の首を絞める凶器となってしまったのだ。

このままでは彼らは反逆罪の濡れ衣を着せられ、王都研究塔へ送られるか、最悪の場合は処刑されてしまう。

自分の冷酷な支配欲と裏切りへの恐怖が、何の罪もない彼らを本物の破滅へと導いてしまった。


「私のせいですわ……。私が余計な記録を残したせいで……皆様を、危険に晒してしまった……!」


セレスは両手で顔を覆い、必死にその場に踏みとどまった。

アンナに裏切られた日から、二度と傷つかないために築き上げてきた完璧な防衛網。

それが今、自分の手で自分と仲間たちを殺す罠へと反転したのだ。


あまりの絶望と罪悪感に、セレスの呼吸が浅くなる。

今朝完璧にこなしたはずの謝罪が、いかに薄っぺらく自己中心的なものだったかを彼女は骨の髄まで思い知らされていた。


「後悔して泣いている暇があるなら、頭を回せ」


不意に、レオンの低く鋭い声がセレスの頭上から降ってきた。

セレスが顔を上げると、レオンは気だるげな表情を完全に消し去り、厳しい戦士の瞳で彼女を見下ろしていた。


「昨日、お前に言ったはずだ。お前が壊した信頼だ。お前が直せ、とな」

「先生……」

「お前が蒔いた種だ。あれだけ完璧な盤面を組み上げてきたお前なら、この絶体絶命の盤面も凌げるはずだ。俺たちに示してみせろ」


レオンの言葉は単なる命令ではなかった。

それはセレスの才覚を信じ、彼女に信頼を取り戻すための『行動』の機会を与えるものだった。

謝罪は入口だ。

信頼は、行動でしか戻らない。


セレスは自分の震える両手を見つめた。

今までは自分を守るために頭を使ってきた。

他人を陥れ、利用し、支配するために計算を巡らせてきた。


だが今は違う。

自分の過ちで窮地に陥らせてしまった彼らを、全力で守り抜くために頭を使わなければならないのだ。

セレスはゆっくりと立ち上がった。

そして無言のまま黒板の前に歩み寄り、チョークを手に取った。


彼女の優秀な頭脳が、即座に現状の戦力と敵の動きを演算し始める。


(現場の魔力痕跡が偽装されたものであると証明するためには、倉庫の残骸から王都の魔導具の痕跡を見つけるか、工作員そのものを捕らえるしかない。まず必要なのは三つ。捕縛部隊を無傷で止めること。倉庫跡に残された偽装の痕跡を見つけること。そして、王都工作員がまだ学院周辺にいるなら、その足取りを追うこと……)


流れるような作戦の第一案が、彼女の頭の中で組み上がっていく。

だがチョークを持ったセレスの手は、黒板に文字を書き込む前にピタリと止まった。


(違う。このまま私が作戦を示しても、それはまた彼らへの『命令』になってしまう)


論理や利害だけで人間の心は動かせない。

どれだけ完璧な盤面を描いても、駒となる人間が信頼してくれなければ、その盤面は決して機能しない。昨日、彼女自身が痛いほど思い知らされたことだ。

セレスの脳裏に、エリスの言葉が蘇る。


『人を駒として扱う者は、最後に必ず自分が一番孤独になります』


そうだ。私はずっと自分が傷つきたくないから他人を遠ざけ、上から見下ろすことで安心を得ようとしてきた。

相手の心に寄り添うことも、自分の弱さをさらけ出すことも、ずっと逃げてきたのだ。

だがそれでは彼らを守ることはできない。

この盤面をひっくり返すためには、私自身が変わらなければならない。


セレスは手にしていたチョークを置いた。

そして常に自分の感情を隠す盾として持ち歩いていた扇子を畳み、教卓の上に静かに置いた。

クラスメイトたちの前に進み出ると、深く、心の底から頭を下げた。


「ガルド君、ミリアさん、ノア君、リュカさん」


セレスの声は微かに震えていた。

貴族令嬢としてのプライドも、完璧な統治者としての仮面もすべてを投げ捨てた、一人の少女の素顔の言葉だった。


「私のこれまでの振る舞いが、皆さんの心を深く傷つけたことは、重々承知しております。すぐに私を信じることなどできないのも当然です」


セレスは顔を上げ、ガルドたちを真っ直ぐに見つめた。


「ですが、今だけは……私を信じられなくても構いません。私のことは疑ったままでいい。けれど王都の罠を破るために、皆様の力を貸してください」


それは支配者としての命令ではない。

完璧な令嬢からの、初めての泥臭い『協力』の要請だった。


「皆様を危険に晒した責任は私にあります。だから今度こそ、皆様を守るために頭を使わせてください。私一人ではこの盤面は覆せません。どうか……私に、力を貸してください」


教室に静寂が落ちる。


ガルドは目を見開き、ミリアは小さく息を呑んだ。


ノアも本から顔を上げ、リュカも耳をピンと立てている。


いつも上から目線で弱みを握って人を動かしてきたあのセレスが、一切の計算を捨てて頭を下げ、個人の名前を呼んでいるのだ。

その姿にはかつての冷たい支配者の面影はなかった。


「……ちっ」


沈黙を破ったのはガルドの舌打ちだった。

彼は乱暴に頭を掻きむしると、ドカッと椅子に座り直した。


「てめえがそこまで言うなら、一回だけ乗ってやるよ。だが俺はてめえの駒になったわけじゃねえからな。俺は俺の意志で、この学院を守るために戦うんだ」

「ガルド君……」


ミリアもまた、小さく頷いた。


「私も……まだ、全部信じられるわけではありません。でも、今のセレスさんが私たちを守ろうとしてくれていることは……分かります。だから、今だけは力を貸します」

「ミリアさん……ありがとうございます」


ノアがパタンと本を閉じ、立ち上がる。


「……今のセレスの声には、計算じゃない響きがあった。だから、行くよ。現場の偽装の痕跡を調べればいいんだね」


リュカも尻尾を揺らして立ち上がった。


「セレスの匂い、まだ冷たい。でも、少し違う。リュカ、王都の嘘つきの匂い、見つける」


四人のクラスメイトたちが、セレスの言葉に応じるために動き始めた。

完璧な計算でも、恐怖でも利害でもない。

彼女が初めて見せた『弱さ』と『誠意』が、少なくとも今この瞬間だけは、彼らを動かしたのだ。


レオンは教卓からその光景を静かに見守り、満足げに口元を緩めた。


「ここからは、お前の仕事だ。やれるな、セレス」

「……はいっ!」


セレスは力強く頷き、再びチョークを手に取って黒板に向かった。

彼女の頭上で明滅していた『未来の血塗れ女帝』の赤い文字が、ほんのわずかに揺らいで見えた。

裏切りを恐れ誰も信じようとしなかった孤独な令嬢は今、初めて仲間に背中を預けることを選んだ。

迫り来る王都の捕縛部隊を前に、彼女の本当の戦いが幕を開けようとしていた。


こうして、紅蓮の作戦会議が始まった。



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― 新着の感想 ―
セレスは、人を見下すのではなく、自分の気持ちを正直に語った。直前の薄っぺらい言葉よりクラスメイトの心に響いた。4人がセレスの言葉に応じるために動き出す。 さあ、セレス!自慢の頭脳をフル回転させて王都の…
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