そんな仕事やめてしまえ
たぶん急に人間の心の声を聞けるようになった俺。
このままだと、俺の心がもたない。
母親に、京都に住む婆ちゃんが何か知ってることを聞き、さっそく電話をかけるが…
◯登場人物
松岡 修二 23歳
IT企業勤務、システムエンジニア
人付き合いが苦手
松岡 真司 20歳
シュウジの弟。既婚。子供がもう少しで生まれる
松岡 京子 51歳
シュウジの母親
倉橋 キヨ 82歳
シュウジの母方の祖母
母親に教えてもらった、京都の婆ちゃんちに電話をかけた。8回くらいコールしたあと、相手が電話に出た。
「誰や!!」
出ていきなり、誰やはないだろ。
「おれおれ、シュウジだけど。婆ちゃん覚えてる?」
「なんや、詐欺の電話か!!」
勘弁してくれよ…俺は2本目のタバコに火をつけながら溜め息をついた。
「婆ちゃん、とりあえず落ち着いて聞いてくれる?婆ちゃんの娘の京子の息子のシュウジだよ」
「そんなんわかっとるわい」
わかってるんかい!!昔から婆ちゃんはなんか根っからの関西人なのかなんなのか。日常に潜む笑いをこちらに提供しようとしてくる。つーか、そんなボケわからんし。
「まぁ、わかってるんならよかったよ。母さんにね、婆ちゃんに相談しな、って聞いて久しぶりに電話かけたんだけどね。俺急に、人間の心の声みたいなものが聞こえる…というか頭に響くような感じになっちゃって」
電話口の婆ちゃんがしばし黙る。
「シュウジ、休み取ってこっちこい」
え。どういうことだ。
「え…いきなり?そんな大層なことじゃないんだけど。てか仕事なかなか休み取れないよ」
「休めんならやめてしまえ、そんな仕事。それよりも大事な話やから言うとんや。とりあえず来れる日わかったら連絡してきいや」
と、返事も聞かずに電話が切れた。婆ちゃんらしいと言えばらしいんだけど。てかこっちの言い分は無視かよ。俺もなんもわからんから聞いてるのによ…
そう言いながらも、俺自身も自分の中で、今俺に起こっていることは、只事ではないことはなんとなくわかっていた。1番最悪なのは、ただ俺の頭がおかしくなっただけの場合。
最高なのは…この力を自由に使えるようなる場合!!
◇ ◇ ◇
俺はまず、今のキーパーソンは婆ちゃんだと思ったので、もしかしたらただボケてるだけなのかもしれないけど、直接会って話を聞くのが良いと思った。というか電話では埒があかない。
翌日俺は会社に電話…は上手く嘘をつけなさそうなので、メールで体調不良と謎の感染症の疑いということで、ひとまず数日休みを取った。わかればその都度連絡をすると。幸い俺が取りかかっている案件は複数人数でしていることだったので、俺のやっている部分の共有と、これからやろうとしていたこと、一応作りかけのデータなども送っておいた。まぁそんな難しいことじゃないから、大丈夫だろう。
パパっと引き継ぎ&休暇願い(強制的に)のメールを送り、婆ちゃんちに泊まりに行く身支度を始める。まぁ…身支度といっても着替えとかそのくらいか…別に何もいらないし、必要なら買えばいい。
『休めんならやめてしまえ、そんな仕事』
俺は婆ちゃんの言葉を少し思い出していた。
学生の頃からパソコンのプログラミングとかが好きで、ホームページを作ったり、ちょっとしたゲームを作ったりしていた。高校の時は漫画研究部と軽音楽部に所属していたから、その活動内容をアップしたりして、楽しんでいた。
入った会社が決して仕事が楽しくないわけじゃない。自分のしたいことをしている。
ただ、何か燃えるような、自分の心の底から溢れるような感情というものはない。んー、もちろん今までもなかったから、何をしたからこうなるというのもわからんのだけど。
これはなんとなくだ。なんとなくなんだけど、人間が心の奥底に潜めている感情を、知ることができたら。表面の作りものの言葉や、綺麗事なんかではなく、真実を知ることができたら。そんなことは考えたことがあった。
俺自身がそんな大層な思想もなく、地球環境を良くしようとかも考えてもいない、グータラだから偉そうには言えないが、ただ俺は自分の気持ちにはいつも嘘はつかずに生きてきた。あ、これは嘘をついたことがない、というわけではなくてだな。ま、説明しなくてもわかるか。
そんな事を考えているうちに身支度ができたので、婆ちゃんの住む京都に行くことにする。俺も母親に聞くまではおぼろげだったが、婆ちゃんの住んでいるところは、京都市の左京区というところだった。簡単に言うと地図上で言うと京都の右上らへんだな。出町柳という駅があり、俺とは縁もゆかりも無い京都大学がある場所の近くだ。
携帯電話で経路を検索すると、だいたい1時間半くらいかな。出発前に婆ちゃんに1本だけ電話を入れたら、
『せっかくやから1週間くらいゆっくりしていけ』
だと。なんだ婆ちゃん、淋しいのか?んで、母親にも連絡したらなんか、どこどこの誰々の葬儀があるからとかで、忙しそうにしていた。一応いたんだな親戚。
ちなみに例の彼女からは一切連絡はない。まぁ俺もする気はない。所詮そんな程度の関係だったということだ。
電車の中で、おれはウトウトとしながらそんな事を考えていた。
なんやかんやで京都の婆ちゃんちに行くことになった俺。
なんかまぁ、それはそれで少しだけ楽しくなってきている自分がいた。
婆ちゃんから少しはマシな情報が聞けるのか。
それとも…




