京都のばあちゃん
日々、人間の言うことなんか信用できないとは思っていたが、
急に心の声が聞こえるようになった??
たぶんだが。
どうなる俺。もしかして頭おかしくなったのか?
◯登場人物
松岡 修二 23歳
IT企業勤務、システムエンジニア
人付き合いが苦手
松岡 真司 20歳
シュウジの弟。既婚。子供がもう少しで生まれる
松岡 京子 51歳
シュウジの母親
倉橋 キヨ 82歳
シュウジの母方の祖母
彼女の家から出てきた俺は、少し……いや、かなり混乱していた。マンションのエレベーターに乗って、下に降りる。
なんだよ……なんだこれは。
彼女の部屋は十二階建てのマンションの十一階だった。途中でエレベーターに一人乗ってきた。
「こんばんはー」
俺は無言でエレベーターの隅っこで混乱していた。
‐挨拶ぐらいしろよ……
え。この目の前のおじさんが思っている声……か?
「こん……ばんは……」
‐ちゃんと挨拶できるやんか
なんだよ一体……
俺の家は、地下鉄に乗って十五分くらいのところだった。普段ならそんなくらいの道のりはなんでもない距離だったし、なんでもなかった。でも、今は違う。
‐お腹へったわぁ〜、今日のご飯なんやろ?
‐アイツなんかムカつくな……おい睨んでんちゃうぞ……
‐あぁ、早く会いたいな……大好き。大好きー!
これって、ずっと聞こえてくるのか……?どうなったんだよ、一体。人の心の中を知りたいとは思ったよ? でも、ホントに聞こえてくるなんて思いもしなかった。てか、いきなり聞こえてくるのってなんなんだ? 前触れもなく? 意味がわからん。
地下鉄に乗る。まだ帰宅時間からは外れてるから、乗客は少なめでよかった……もし多かったら……いや、乗客の数が多かろうか少なかろうがどうでもいい。俺のこの頭がおかしいんだろう。
‐殺す……あいつ、ぶっ殺してやる……
なんだよ、物騒だな……
‐うわー、あの人キモー! なんか変な顔して目ギョロギョロしてるで〜、やばぁー
人の顔のことなんかどうでもいいだろ、てめぇの顔でも鏡で見てみろっての。
‐えーと、とりあえず家に帰って、ご飯を炊いて……今日のご飯何にしよっかなぁ〜
ん、こういう声はまだマシだな
‐殺す! 絶対明日殺す!
「うるせぇよ!!」
電車の中が一気に静まりかえった。
「あ……すみません……俺の頭の中がちょっとウルサイもんで……あはは、ごめんなさい……」
‐なにアイツ、めちゃくちゃキモいやんか〜! うるせぇよ! ってなんなーん
‐なんやねん、うるせぇよ! お前がうるさいっちゅうねん! うるせぇよ! ちょっと言い方カッコええな……
どうでもいいけど。みんな好き勝手に声出しすぎだろ……あー、なんか慣れそうになってる自分がやだー。
最寄り駅に着いた。家まで歩きながら、とりあえず母親に電話をかけてみる。何回かコールしたあと、母親が出た。
「どうしたの、シュウちゃん」
「どうしたも、こうしたもねぇよ〜。なんか俺、変な声が聞こえるようになったんだけど、母さんなんか知ってるか?」
「変な声ってなんなの?」
そりゃそうだ。俺もわからないからな。
「うーん。説明難しいんだけど、人が思ってることが耳というより、頭の中に響いてくる感じがするんだよ。いきなりこんなこと言って、頭おかしいと思うだろうけど……」
「普通ならたぶんそう思うだろうけど……シュウちゃんは賢いし、無茶苦茶なことは言わない気がするからね〜。あ、全然見当違いかもしれないけど、京都に住んでる婆ちゃんいるじゃない? なんか昔に、そういうよくわからない声が聞こえるとか、そんな話をしていたような気がするよ。一度聞いてみる?」
京都の婆ちゃんとは、母親の母親、つまり俺の婆ちゃんだ。母親自体が仕事で東京に行って、そこで結婚して俺とシンジを生んで暮らしてたんだけど、たまーに帰る時があったかなというくらいで、そんなにしょっちゅうのやりとりはなく。ただ、そういう婆ちゃんはいたよなという認識だ。
というか、あまり疑問には思わなかったんだけど、俺んちってなんか親戚づきあいほとんどなかったよな……母親がそういうの苦手なのか、あまり関わりたくない理由でもあるのか。まぁあまりそういうのも関心なかった俺は、特に気にすることもなく育った。
というわけで、京都の婆ちゃんと言っても親しくもなく、遊びに行ったことも、俺が知ってる限りではない。母親に婆ちゃんちの番号と、住所だけ聞いた。
最寄り駅から俺の家、アパートまではすぐなので、電話してる間に着いた。二階建てのハイツの俺の家は二階だ。とりあえず家に着いて、まず一服した。コーヒーが飲みたい。コーヒー飲みながらタバコを吸いたい。それが俺の落ち着く時のルーティンだ。
1DKの狭い俺の部屋には、特に飾り気のあるものは置いてなくて。必要最低限の家電と、一人用のコタツと、その下にカーペットを敷いていた。電気ケトルでお湯を沸かし、スーパーで売っている安いドリップコーヒーをマグカップにセットし、お湯を落とす。
ぽとり、ぽとりとコーヒーの雫が落ちていくのを眺めていると、少し気持ちが落ち着いてきた。さっき火を点けたタバコをゆっくりとふかす。腹はさっきの女の家で作ってくれたご飯を食べたから空いていない。
コーヒーを落とし終わって、ドリップのバッグを捨て、ひとくち、コーヒーをブラックで飲む。美味くも不味くもないが、ほどよい苦味と、これは酸味はあまりないタイプで飲みやすい。
母親に教えてもらった、京都の婆ちゃんちに電話をかけた。八回くらいコールしたあと、相手が電話に出た。
「誰や!!」
出ていきなり、誰やはないだろ。
「おれおれ、シュウジだけど。婆ちゃん覚えてる?」
「なんや、詐欺の電話か!!」
勘弁してくれよ……
前途多難。
一応東京に住む母親に、なんか知ってるかもしれないという、京都の婆ちゃんの連絡先を聞いたが、
いきなりオレオレ詐欺扱い。
おいおい、勘弁してくれよ……




