チリ地震津波(五月二十四日)
家屋の流出とか酷かった東日本大震災に比べると建物は残っていたようだ。蔵が街の至る所にあって、それを見るのが好きだったって言う絵美。それも、東日本大震災では全て流されてしまった。
絵美のお父さんの実家は高台に家がある。実は、元々、町内のチリ地震津波があった後に、高台に再建して移転したようだ。ただし、牡蠣の養殖に使う道具などは海の近くにあるので、そちらは東日本大震災の時には、全て流された。でも、広島の人たちのお陰もあって、無事に養殖業を再開させることが出来たそうだ。
海は怖いけど、やっぱり、好きなんだよね。海沿いを車で走るたびに思うようだ。うん、私も海は好きだ。穏やかな時も荒れ狂うときもあるけれど。その私の思いを歌に乗せた。
『Mother port』毎年、この日に歌うこの歌は、もちろん、絵美のためっていうのもあるけれど、海が好きな人のためにも歌っている。この曲が誰かに安らぎになって、そしてどこまでも広がって欲しい。私のこの歌が風に乗って海を渡ってどこまでも響いてほしい。そんな思いを乗せた。
「故郷を思う歌って良いね」
「うん、戻れる故郷があるってすごく大事だ」
「ああ、そうだね。三陸の人たちは、やっぱり、その思いが人一番強いんだろうな」
「あ、ごめんなさい」
「気にしないで。俺って、市内じゃ無いから。それと、もしかしたら、三重から渡ってきた来た人たちの末裔かもしれないんでしょ?」
広島は戦災で焼け野原になった。帰る故郷を無くした人もいるかもしれない。それと、遥くんのところのように戻ってきて、再建する人もいたね。だったら、気持ちは一緒だ。
「広島だって、海が近いじゃん。じゃあ、この歌を歌っても良いよね」
「はは、確かにその通りだ」
私の歌う歌が、広島の地まで届くと良いね。私の声に乗せて、嘉くんもこの『Mother port』の歌にハモってくれた。
2026/05/24 活動報告掲載




