05 それはそうとしてダメなことは指摘します
レイナは改めて目の前の魔王を見つめた。
「魔王様」
「は、はい」
「先ほどのお話をまとめると、魔王様は、私を唯一の妻として希望していて、これから魔王様のこと知っていき、私が魔王様のことを好きになったら結婚ということで合っていますか?」
「そうです、そうです!」
「では、もし私が魔王様を好きにならなかったら、どうなるのでしょうか?」
「それは……。仕方がないです」
目に見えて落ち込んだ魔王に、レイナは驚いた。
「仕方がないんですか?」
「はい、だって好きでもない人と結婚したらレイナさんが不幸になるじゃないですか。僕はレイナさんに幸せになって欲しいので、この結婚は諦めます」
「魔王様は、それで良いのですか?」
レイナが驚きながら尋ねると、魔王は「悲しいですけど……はい」と頷いた。
(結婚するかしないかの自由が私にあるなんて……)
すぐには信じられないが、人と魔族は根本的に考え方が違うようなので、魔族にとってはこれが普通のことかもしれない。
「あ、でも、もし私が魔王様のことを好きになっても、魔王様が私を嫌いになることもありますよ?」
魔王は「それはありません!」とすぐに否定したがレイナの不安は消えなかった。
「でも、私が魔王様のことを知らないように、魔王様も私のことをそれほど知りませんよね?」
多少ココから聞いているかもしれないが、それだけでは不十分だ。というのも、レイナは、外見だけみれば穏やかで大人しそうに見えるが、子どもの頃から『自分の意見をしっかりと持つように』という教育を受けている。
自分の意見すらはっきりと言えない王妃は、国母には相応しくないと教えられてきた。そのため、レイナは、議論で相手を負かすことや、反対の意見を持つ者を説得することも得意だ。
(王妃には必要かもしれないけど、これって、男性から見れば可愛くない女よね?)
物語に出てくるお姫様は、みんなおしとやかで守ってあげたくなるような雰囲気だった。
レイナの内面を褒めてくれた魔王も、レイナの本性を知れば嫌いになる可能性がある。
(あとから嫌われるより、先に見てもらったほうがいいわよね)
レイナがこれから魔王に言おうとしていることは、とても失礼なことだった。もしかすれば、魔王を怒らせて殺されてしまう可能性もある。しかし、なんとなくこの魔王はそんなことはしないだろうとレイナは思った。
(まだ、魔王様のことを何も知らないのにね)
レイナは覚悟を決めて小さく頷いた。
「魔王様、少しよろしいでしょうか?」
「はい」
「魔王様は、人と争うおつもりなのでしょうか?」
レイナがそう尋ねると魔王は「い、いえ!?」と慌てた。
「でしたら、私を呼ぶために上空に映像を映し出し、『獣を宿せる十六歳の娘を一人、今すぐ我に寄越せ』とおっしゃったのは間違いです。今ごろ、我が国は魔王軍との戦の準備を始めていることでしょう」
「えっ!? そうなんですか?」
「はい。四大公爵の娘である私が誘拐されたのですから、公爵たちも黙っていません。このままでは魔王領と我が国は戦になってしまいます」
魔王は、レイナの予想通り怒りもせず「言われてみれば、そうですね!?」と答えた。
「ああっ!? レイナさんとどうやってお近づきになろうか悩み過ぎて、盛大にやらかしてしまいました!」
魔王は鮮やかなの緑色の髪を、自身の両手でクシャクシャと乱した。
「こんなの、彼らが喜ぶだけじゃないですかっ!」
「彼ら?」
レイナの疑問にはココが答えてくれる。
――我が主は戦争反対派なのだが、魔族の中には『せっかく歴代最強の魔王が誕生したのだから、人に戦をしかけよう!』という戦争支持派もいるのだ。レイナの言う通り先ほどのアレは、魔王が人へ宣戦布告をしたようなもの。今ごろ、戦争支持派の奴らは喜んでいるだろう。
ココの後ろで魔王が「だから、僕は魔王なんてできないって言ったのに!」と半泣きになっている。
――魔王は一番強い魔族がなると太古の昔より決まっているのです。そうでなければ誰も従いません。魔王は強さこそが全て。賢くなくても良いのです。
「それって遠まわしに、僕のことバカだって言っていませんか?」
ココは魔王の質問には答えず、大きなあくびをした。魔王はため息をつくとレイナに視線を向ける。
「レイナさん、僕の考えなしの行動で大変ご迷惑をおかけしました。こんな僕だからこそ、レイナさんのように優秀で思慮深い伴侶に側にいてほしいんです」
魔王のトカゲのような尻尾が力なく垂れ下がり、叱られた子犬のようになっている。
(私が優秀? 思慮深い? また、魔王様に私の外見以外を褒めてもらえたわ)
嬉しくて胸が温かくなる。心からこの王にお仕えしたいとレイナは思った。
「魔王様。私は、このように温かい気持ちを味わったのは初めてです」
レイナがそっと魔王の手に触れた。
「レ、レイナさん……」
頬を赤く染める魔王にレイナは顔を近づけた。レイナを見つめる魔王の瞳は、ルビーのように美しい。
「魔王様、お願いがあります」
「は、はい!」
「もし私が魔王様のことを好きにならなくても、どうか魔王様の右腕としてお仕えすることをお許しください」
「好きにならない……? レイナさんが、僕のみぎうで……? 結婚じゃなくて仕える?」
レイナの言葉を繰り返した魔王は、「ううっ、そうならないように、全力で頑張ります!」と赤い瞳に涙を浮かべた。




