06 理想のお方
神獣のココは、普通のオオカミがするように、床に身を伏せて眠たそうにしている。レイナは、ココに近づくと鼻の根元部分を優しくなでた。フワフワの毛並みが心地良い。
「ココ様。魔王様に人と争う意思がないと分かったので、私は一度、家に戻ろうと思います」
ココは金色の瞳を開いて『それがいい』と言った。
――先ほどからずっと、キースが我に呼びかけている。
「お兄様が……」
レイナの兄キースは、レイナより五歳年上で、亡くなった両親に代わり、若くしてヴァエティ公爵家を継いでいる。
――キースには、『レイナは無事だ。我がついているから心配するな』と伝えておいた。
「ココ様、ありがとうございます」
レイナは魔王を振り返った。
「魔王様。そういうことで、私は一度家に帰らせていただきますね」
魔王は「はい、急に連れてきてしまい申し訳ありませんでした」と頭を下げた。その様子にレイナは驚く。
(魔王領の王が頭を下げて謝ったわ。この方は、本当に王に向いていないのね)
王族は例え自分が間違っていても簡単に頭を下げてはいけない。本来ならばあきれるところなのだが、レイナの心は不思議とときめいていた。
元婚約者のアルベルト王子に、壊れやすいガラスのように大切に扱われていたときには、こんなにも胸がときめくことはなかった。
(ココ様のお話では、魔王様は歴代最強とのこと。誰よりも強いお力を持っているのに、こんなにも謙虚だなんて……)
レイナの中で、魔王に仕えたい欲求が跳ね上がっていく。
(私って男性に守られるより、男性を守ってお仕えしたいのかも?)
自身の新たな一面に気がついて驚いてしまう。
レイナは、『今すぐにでも魔王様の臣下になりたい』という思いを抑えこみながらニッコリと微笑んだ。
「今後のことをお兄様と話してきます」
魔王は、頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「はい。レイナさん、あとで必ず迎えに行きますね!」
魔王がパチンと指を鳴らすと、レイナはヴァエティ家の自室にいた。
「ここは、私の部屋だわ……」
魔王クラスにもなると呪文の詠唱もなく魔法が使えるらしい。
「なんて優秀な方なの!」
それなのに、あの謙虚さと素直さ。レイナはうっとりと乙女が祈るようなポーズを取りながら「魔王様こそ、私がお仕えするべき理想のお方だわ」と、魔王が聞いたら泣いてしまいそうな言葉を呟いた。




