22 強者の余裕
魔王はレイナを振り返った。
「僕が今まで魔王らしく振る舞えなかったせいで、レイナさんを怖い目に合わせてしまい、本当に申し訳ありません」
魔王の顔には後悔が滲んでいる。
「いいえ、今回のことは、アルベルト殿下を正しく対処できなかった私のせいです」
二人の後ろで、のんきな神獣たちが世間話を始めた。
――四百年ほど人を見てきたが、何を言ってもダメな奴はダメだったなぁ。どれほど周りが助言しようが、そいつを救おうとしようが、結局、誤った道に進んでしまう。
と、大きな鷹の姿の神獣が言う。
――己に不都合な現実を受け止めず暴挙に出るのは、人も魔族も同じですね。
と、巨大熊の姿の神獣が言う。
――どうしてそうなってしまうのでしょうか? 不満を抱えていても暴挙に出ない者のほうが多いのに。
と、大きなトラの姿の神獣が言った。
大きなオオカミ姿のココは魔王に『強力な結界を張りました』と報告したので、レイナは『こんなにのんきに会話しながら、やるべきことはやっているのね』と感心した。
魔王はレイナの右手を両手で握りしめた。
「レイナさん、僕は魔王として将軍を捕え、この件を解決してきます。これが終わったら、その、僕と結婚してくれませんか?」
魔王の突然の結婚の申し込みに、言われたレイナより、神獣たちのほうがざわめいた。
――この状況下で契約者様に、あいまいにされていた結婚を承諾させようとは、魔王様もやりますなぁ。断りづらいったらありゃしない。
と、大きな鷹の姿の神獣が言う。
――受け取りかたにもよりますが「この事件を解決してほしければ、俺の嫁になるのだ。フハハハ」にも聞こえますね。魔王様もご立派になられました。
と、巨大熊の姿の神獣が言う。
――こんな、ついでのようなプロポーズなんてひどい。ロマンチックの欠片もない。
と、大きなトラの姿の神獣が言ったので、魔王は半泣きになりながらレイナに「す、すみません、そういうつもりではなかったんです! 貴女への気持ちが溢れてしまって、つい」と謝った。
「レイナさん、僕は先にやることやってきますね!」
魔王は一瞬にしてその場から消えた。それまで静かに事の成り行きを見守っていた四大公爵家当主たちが「無詠唱魔法だと?」や「魔王様に勝ち目はあるのか?」と騒いでいる。
――勝ち目があるか? だと?
ココはあきれながら壁一面に外の映像を映し出した。そこには、将軍と呼ばれるナンバー2の魔族と、人の姿のままの魔王が対峙している。
「魔王様……」
ココは『レイナ、案ずるな』と言いながら、レイナの身体に大きな頭をこすりつけた。ココのフワフワの毛並みをなでると少し心が落ち着く。
――我らが主は強いのだ。
「でも、ケガをしてしまうかもしれません」
巨大熊の神獣がレイナの側に寄ってきた
――ご心配は無用ですよ。魔王様の強さは圧倒的です。
壁に映された映像では、将軍は魔王を鋭い爪で切り裂こうと襲いかかっていた。その攻撃を魔王は避けている。
「そういえば、将軍は試合中に魔王様が逃げまどっていたって言っていました。魔王様が勝てたのは偶然だと」
神獣たちは顔を見合わせた。ココがクックッと忍び笑っている。
――レイナ、我が主は逃げまどっているのではない。今は、力の調整をしているのだ。
「調整?」
――我が主は、普段は周りを傷つけぬために、その巨大な力を封じておられる。でなければ、レイナに触れただけでその骨を砕いてしまう。
「では、魔王様がお力を解放すれば勝てるのですか?」
――まぁ、そうなのだが。
ココはのんきに大きな欠伸をしたあとに、物騒なことを口にした。
――主いわく、『相手を殺さないように力加減するのが難しいんです』とのことだ。




