21 のんきな神獣たち
それからは、あっという間の出来事だった。
マーガレットが首からかけていたネックレスを外し、床に落とすとその場に魔法陣が現れた。
「転移魔法を使える魔道具よ。先王……私の父が亡くなる前に、私にくれたものなの。国宝らしいわ」
「これで逃げるの?」
マーガレットは首を左右に振った。
「レイナ、アルベルトに変なものをつけられたでしょう? 首輪みたいなやつ。あれね、アルベルトと一定距離を離れると、あなたの首を絞めてアルベルトの元までレイナを引き寄せる魔道具らしいわ。あ、これ護衛騎士からの情報ね」
「ほんと、悪趣味」と冷たい瞳で呟くマーガレットは、また男の部分が出てしまっている。
「だからね、この場であなたの首輪を外すの」
「どうやって?」
マーガレットは「こうやって」と答えると、床に広がる魔法陣に手をあてた。魔法陣が輝いたかと思うと、そこから漆黒のマントを身につけた魔術師が現れた。
「先生……?」
相変わらず気難しそうな顔をしている。
「レイナさん、ご無事でなによりです」
先生は「この首の輪っかですね」と呟くと、小声で呪文の詠唱を始めた。その間にも、マーガレットは、魔法陣に手を当て、誰かと連絡をとっているようだ。
「レイナは無事です。はい。必ず」
パキンという金属音と共に、レイナの首につけられていた輪っかが外れた。
「先生、ありがとうございます」
「こちらこそ」
レイナが不思議に思い「私、先生にお礼を言われるようなことしましたか?」と尋ねると、先生は表情を少し緩めた。
「あなたが私を振ってくれたおかげで、私は私を愛してくれる素敵な女性に出会えたので」
マーガレットが言っていたとおり、先生もレイナのことは恨んでいないようだ。
「お役に立てて良かったですわ」
レイナが冗談で返すと、先生はフッと笑った。
「さぁ、レイナさん急いでください。強制的に輪っかを外したので、殿下も気がついたことでしょう」
マーガレットに「レイナ、こっち!」と呼ばれて魔法陣の上に一人で立たされた。
「マーガレットは、一緒に行かないの!?」
「私はここで罪人を捕えるわ。売国は重罪よ」
マーガレットがいう罪人は、アルベルトのことだ。
「先生は!?」
「生徒の犯罪行為は見逃せません。それにマーガレットさん……いえ、王子のこともお守りしなければ」
「先生、マーガレットの正体を知って……」
魔法陣が再び光りだし、レイナの視界は真っ白になった。気がつけば、目の前に人の姿をした魔王がいた。ルビーのような瞳を大きく見開いた魔王は、何も言わずレイナを抱きしめた。
「魔王様!?」
「……良かった。レイナさんが無事で……」
魔王の声はかすれて震えている。レイナは『私は大丈夫です』『ご心配をおかけして申し訳ありません』と言いたかった。でも、口を開いて出てきた言葉は違った。
「こ、怖かった……」
気がつけば、レイナは小さな子どものように震えながら魔王にしがみついていた。
「怖かったです。魔王様……」
「レイナさん……ごめんなさい。僕のせいで……」
「魔王様のせいじゃありません」
魔王は泣きそうな顔をしたあとに、レイナの髪にふれ、頬に優しくふれる。魔王の手がレイナの首にふれたとき、魔王の手が止まった。
「これは? 赤くなっていますよ?」
「殿下に首輪みたいなものをつけられて……そのときに」
少しきつかったので、あとがついてしまったようだ。レイナがふと魔王を見ると、見たこともないくらい顔を強張らせていた。
魔王は魔法陣に向かって、「罪人は生け捕りにしてください。魔王領の法で裁きます」と伝えると、魔法陣からは『はい、分かりました』とマーガレットの声が聞こえる。
(マーガレットは、魔王様と連絡を取っていたのね)
レイナは、もう一度ギュッと魔王に抱きしめられたあとに魔王の腕から解放された。そこでようやく気がついたが、魔王の背後には、四大公爵家当主たちと、それぞれの神獣が揃っていた。兄キースは、無事に治療を受けられたようで腕に包帯を巻いている。
「お兄様、ご無事で」
「レイナも無事で良かった」
兄がいうには、ここは王城内の一室らしい。
四大公爵家の当主たちが顔を強張らせピリピリしている空気の中、巨大な狼姿のココを含めた神獣たちは、のんきに世間話をはじめた。
――いやはや、今の魔王様とその契約者様は、仲がよろしいなぁ。
と、大きな鷹の姿の神獣が言う。
――人を守るという僕たちの役目も終わりですかね?
と、巨大熊の姿の神獣が言う。
――私は人が好きだから、このままここに残りたい。
と、大きなトラの姿の神獣が言うと、巨大熊が『魔王様に謀反をおこしたのは、トラの獣人だったんですよね? どうするんですか?』と尋ねた。
――魔獣と獣人は別種族ですよ。一緒にしないでください。
トラは迷惑そうにそう返している。オオカミ姿のココはというと『我が主とレイナはお似合いだ』と満足そうだ。
レイナが『どうしてこんなに、のんきでいられるの?』と不思議に思っていると、魔王が硬い声を出した。
「魔獣たちの力で、この城に強力な結界を張ってください。建物が壊れたり、人が巻き込まれて怪我をしたりしないように」
――御意。
神獣たちは一斉にうやうやしく頭を下げた。




