消えたヒロイン
ようやく日が昇り、空が明るくなってきた時分、国王ジェラルド、王太子クロフォード、神官長ルーベンと神託の巫女であるフェリスティア、そして各々のお付の者や文官らが謁見の間に集まっていた。
相当の人数が一同に会しているにも関わらず、誰も口を開くことなく広間は重苦しい沈黙に包まれている。
その痛いほどの静寂を破ったのは謁見の間の扉を叩く音だった。
「入りなさい」
国王陛下のいつにない低い声の入室許可を受けて扉を開いたのは陛下付の近衛兵だ。
神妙な面持ちで歩いてくる騎士を陛下は片手で制した。
「この場にいる皆に関係する話です。報告はそこから聞く」
王の言葉を受け、近衛兵が王座へと続く赤絨毯の上で最敬礼する。
「国王陛下、恐れながら申し上げます。地下牢に入っていた罪人、エレーナ・アナスタシアですが…牢から消えておりました」
息を飲む者、唇を噛みしめる者、青筋がたつほど拳を握り込む者、それぞれがそれぞれの態度で苦悶の感情を露わにする。
そんな中、唯一表情を崩さなかった国王、ジェラルドは別の近衛兵に告げた。
「早馬を出して騎士団長とバランタイン家の者を至急呼びなさい」
〜・〜・〜・〜・〜
フェリスティアは精霊の間を出ると別室で控えていたルーベンにすぐに精霊のお告げについて報告した。
自身が死ぬ可能性があると告げた時、ルーベンは一瞬目を見開いたが、その後は落ち着いた様子で話を聞き、すぐにあちこちへと指示をとばし、書状をしたためていった。
その中には国王陛下へのご報告もあったようで、ちょうど日の出の頃には陛下とお会いする時に使われる謁見の間が開かれ、陛下と王太子殿下や王城に勤める関係者が集まった場で報告がなされた。
陛下はすぐに控えていた近衛兵の1人に地下牢の様子、ひいてはエレーナ・アナスタシアの様子を確認に行かせたのだが、そこにすでに彼女の姿はなく、もぬけの殻となっていたのだ。
「陛下」
1人の年嵩の執事が陛下のすぐ後ろから小さく声をかける。
彼の話を聞き受けてなにかを指示するとすぐに謁見の間が開かれ、グリンフィールド王国騎士団長であり、バランタイン当主であるリカルド・バランタイン公爵とその子息女であるリード、リューク、ロザリアの三兄妹が参上した。
皆、騎士服を纏い精悍な立ち姿ではあったが、引き結んだ口元はとても厳しいものだった。
国王陛下の足元に続く階段の最下段まで辿り着くと4人は足を折り頭を垂れた。
「国王陛下、恐れながら申し上げます」
「聞こう」
「前回の騒動に続き、この度の不始末誠に申し訳ございません」
「騎士団長、頭を上げなさい」
「許されません。管理を任せれた罪人を放ち、国の宝たる神託の巫女を危険にさらしているのです。バランタイン家、そしてなにより当主である私が陛下や巫女殿に顔向けできるはずもありません」
「リカルド」
国王陛下が騎士団長を名前で呼ぶと、バランタイン公爵の肩が少し震えた。
以前、クロフォード殿下バランタイン家次男のリューク様とはとても仲が良いですね、とロザリア様に話したところ、お二人は年も近く、幼少期の教育係が同じだったため、よく顔を合わせるうちに仲が良くなり、リューク様がクロフォード様のお付の騎士になったこと、そして息子たちと同じようにジェラルド国王とバランタイン公爵も昔から親交を深めており、立場の問題もあって頻度は減ったものの、今でも友人としての交流が続いていると言っていたことを思い出した。
バランタイン公爵がゆっくりと面を上げる。
国王陛下は静かに告げた。
「今はまだ事の渦中にある。まずは対策と対応が先でそなたへの沙汰は後だ」
「…広い御心に感謝致します」
「精霊のお告げの内容と地下牢の件はすでに報告を受けているな?」
「はい、当直の近衛兵団の一部に王城内でのエレーナ・アナスタシアの捜索、地下牢の衛兵たちへの聞き取りはすでに始まっています。今のところ城内での発見には至っておりません。陛下のお許しをいただければ私兵を用いて城下町の捜索もすぐに開始できます」
「城内の捜索にあたっているのは何名ほどだ?」
「夜間待機であった近衛兵のうち15名ほどになります」
「私兵は今回の件について知っているのかい?」
「いえ、伝えておりませんが当主より命のあるまで、屋敷にて全員待機を命じております」
「ルーベン、アーリア家の方でお告げについて知っている者は?」
「王城に帯同した執事1名、侍女3名のみです」
それを聞くと国王陛下は考えを巡らすようにしばし沈黙した。
部屋にいる皆が陛下の次の言葉を待っている。
陛下は細く息を吐くとフェリスティアにちらりと視線を寄越し、目配せをした。
まるで謝罪でもするかのように。
「まず騎士団長、王城内捜索は今の人員のまま特別隊を組め。城内を隈無く探し、今日中に発見に至らない場合でも特別隊に常時城内を警備させ、万が一外からの侵入に備えさせる。そしてバランタイン家の私兵にエレーナ・アナスタシアの外見のみを伝え、城下町の捜索にあたらせなさい。その際、兵としての格好は慎み、あくまで平民の格好をし極秘裏に行うこと」
「かしこまりました!」
「神官長は各地の教会にエレーナの名は伏せたうえで探し人として通達し、情報があれば上げてもらうように」
「かしこまりました」
「そして本件については箝口令を敷く」
「箝口令…ですか?王国内にエレーナの手配書を示したほうが早く発見に至るのではないでしょうか?」
リカルドが理解できないという表情で疑問を口にした。
陛下は静かに頷く。
「エレーナ・アナスタシアの悪行はまだ国民たちの記憶の新しいところ。もしも彼女が市井に紛れた可能性があるとわかれば国民を不安に陥れるだろう。今年は雨期の訪れがわからないという異常事態に始まり、土壌汚染や世界樹の存在の開示など民の心を波立たせることばかりだった。これ以上彼らを不安にさせるわけにはいかない。神託の巫女よ、済まないが君は安全が確保されるまで外に出すことは出来ない。城に部屋を用意させるのでしばらくはそこで過ごしてくれ。接触できる人間も限らせてもらう。ルーベン、侍女については今回城に連れてきた者と屋敷の中で信頼できる執事1名、侍女2名をのみ付けるように。侍女や護衛たちの部屋もフェリスティアの部屋のそばに用意させよう」
「陛下!フェリスティアの身の安全を考えるならいち早くエレーナ・アナスタシアを探し出すのが専決ではないですか!?」
「クロフォード、弁えなさい。神託の巫女としても次期王太子妃としてもフェリスティアは王室側の人間だ」
「ですが!」
「クロフォード殿下」
本来王室の人間の発言を遮るのはご法度だ。
だが、あえてフェリスティアは声を上げた。
周囲の視線が集まってくるのを感じる。
「殿下のお言葉の最中の発言をお許しください。私は陛下の命に従います」
「フェリスティア!だが…」
「殿下、お気遣いをいただき、身に余る光栄でございます。まだまだ不束かで精進の足りない身ではございますが、神託の巫女として、そして…王太子殿下の婚約者として、グリンフィールド王国の国民の心の安寧を守る覚悟はできているつもりでございます」
クロフォードか俯いて唇を噛むのが見えた。
フェリスティアは心の中で謝罪する。
「行き過ぎた進言をどうかお許しください。陛下の仰るとおりに」
「…ありがとうクロフォード。警護として女性騎士団から2名、神託の巫女につけなさい。1名はロザリア…頼めるね?」
「はい、我が命をかけてもお守り致します」
「そしてクロフォードにも2名、常時護衛をつける。フェリスティア殺害を目論んでいるとしてその目的が判然としない。理由がクロフォードへの執着である可能性もある。ただ、周囲に気取られないよう、クロフォードは普段通りに公務を行うように」
「かしこまりました」
「神託の巫女の存在は国民の支えだ。再びエレーナを確保し、必ずや巫女の身を守りぬくように」
国王陛下はそう言い切ると謁見の間を後にする。
国王が退出すると止まった時が動き出すように慌ただしくなった。
フェリスティアはぐっと拳に力を入れる。
国民のためにもなんとしても死ぬわけにはいかない。
でもエレーナ様は一体どこへ消えてしまったのだろう。
不安な気持ちになりつつもフェリスティアも自身の身の振り方を整えるため、侍女やロザリアを伴い謁見の間をあとにした。
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