兄弟の確執と団らんのなべ
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「お忙しい中、お越しいただきありがとうございます。どうぞこちらにお掛けください」
「…フェリスティア、これは一体…」
「いい匂いがするけど、これ、料理?」
クロフォードとレナフォードの視線は部屋の中央、テーブルの隣に据えられた火鉢の上の鍋に注がれている。
「はい、料理です。今ご用意致しますのでどうぞお掛けになって少しお待ちください」
困惑顔の2人を席に促し、目の前で鍋の蓋を開ける。
白い湯気と共に現れたのは、肉や魚介、野菜がぎっしり入った文字通り「なべ」だ。
フェリスティアは具材をバランスよく小振りの皿によそうと2人の目の前に置く。
アメリアとミリーは飲み物の準備をすると部屋を退出し、部屋にはクロフォード、レナフォード、フェリスティアの3人だけが残された。
「先日、学院の騎士論の講義の中で、新人騎士の皆様が初めての遠征訓練先で行う『仲固めの儀式』なる慣習があることを知りました。クロフォード様とレナフォード様はご存知ですね」
2人は揃って首を縦に振る。
仲固めの儀式とは、学院の騎士課を卒業し、騎士として初めての遠征訓練先で過ごす野宿の夜に同期や先輩騎士達と共に、自ら煮炊きした食事を囲む儀式なのだそうだ。
作る料理に取り決めはないようだが、遠征先の屋外で手軽に作れ、失敗も少ないことから鍋いっぱいに具だくさんのスープを作り、食べることが多いと聞いた。
食事作りは新人騎士の仕事で、先輩から作り方を習い、作った初めての食事を同僚達に振る舞い、共に食べることで新人騎士は初めて騎士団の一員、同胞と認められるのだそうだ。
まさに前世で言う「同じ釜の飯」だ、と講義中1人感心していた。
かたや貴族、とりわけ王族は1つの鍋から目の前で互いに取り合っていただく食事を経験することはない。
基本的にはコース仕立てで自分の分の食事が自分の皿によそわれた状態ででてくる。
1番の理由は万が一食事に毒が盛られた際、一家全滅を避けるためという物悲しいものだ。
ゆえにクロフォード様もレナフォード様もご兄弟とはいえ、目の前で1つの鍋からそれぞれの食事をよそってもらうのは初めてのはずだ。
「はじめに毒見をさせていただきます」
王族の食事の際には必ず毒見係がおり、味や食事の状態に異常がないか確認してから食事が始まる。
この部屋には3人きり。
そのためフェリスティアが毒見係を勤めることにした。
フェリスティアは自分の皿に少し具材とスープをよそい、断ってそれらを口にした。
もちろん毒など入れていないので、気分的には味見である。
前世のように味噌や醤油は手に入らないが、魚介や肉からしっかりと出汁を取り、なるべく雰囲気だけは演出したつもりだ。
味の方は用意された素材が良いせいか、想像していたよりずっと美味しくできていた。
それと同時に「ようやく食べられた」という深い感慨が胸にこみ上げる。
年末ということで久しぶりに前世のことを思い出したり、心労が重なったりしたせいでフェリスティアは一種のホームシックに陥り、前世の味が恋しくなっていたのだ。
前世だって破綻しかかった家族と温かい食卓を囲んだ記憶はほぼないのに不思議なものである。
今世に来て、部屋で暖をとるための火鉢というものを見た時、この世界ではそのような文化はないものの、調理に利用できないかとずっと考えていたのだ。
火鉢で餅を焼いたり、魚を焼いたり…と想像だけはふくらんでいたのだが、なかなか実行に移す機会はなかった。
しかし、きっかけは残念なことであるものの、ようやく今日、一種の夢を実現することができた。
目の前の2人にはこれでもかと具材を入れたスープに見えているだろうが、フェリスティアにとってこれはまごうことなき前世のなべだ。
2人の前に置かれた皿もそろそろちょうどいい温度になったことだろう。
フェリスティアは毒が入っていなかったことを伝えると、こう切り出した。
「この通り、おかわりはまだまだございます。殿下方にこのようなことをお願いするのは心苦しいのですが、おかわりはご自身でよそってくださいませ。取り分け用のスプーンとフォークはこちらに置いておきますので。なにか困ったことがございましたら、そちらのベルを鳴らしていただければアーリア家の侍女が参ります」
フェリスティアは一息に用件を告げると最上級の礼をして、部屋から退出しようとする。
後ろから少し慌てたようなクロフォードの声が聞こえた。
「フェリスティアは一緒に食べないの?」
フェリスティアはゆっくりと振り返ると、強い眼差しを2人に向け、こう告げた。
「これはクロフォード様とレナフォード様にとっての“仲固めの儀”です。どうぞごゆっくりとお過ごしください」
まだ湯気のたつ皿を前に固まっている2人を残し、フェリスティアは部屋をあとにした。
~・~・~・~・~
「フェリスティアちゃーん、待ってたのよ~!早く座って皆でいただきましょ!」
「お待たせしてしまい申し訳ございません」
クロフォードとレナフォードを部屋に残し、フェリスティアが向かった先の別室には、国王ジェラルドと王妃シェリル、上皇后ソフィア、そしてシェリルのマシンガントークに付き合わされたのであろう顔色の悪い養父ルーベンが卓について待っていた。
テーブルには先程クロフォードとレナフォードにも出したものと同じなべが用意されており、グツグツと美味しそうなにおいをしている。
「こういう風に出来立てのお鍋から目の前でよそってもらってお食事をいただくのって初めてだからワクワクしちゃうわ」
すでに毒見が済んだなべから給仕の者達が具材をよそい、銘々の前にサーブしていく。
美しくセッティングされたスプーンとフォーク、グラス類の中に置かれるとなべの小皿ですらコース料理の1品に見えるからなんとも不思議なものだ。
「形式ばったものではないけど、せっかくだから乾杯しようか」
皆が目の前のグラスを持ったのを確認すると、ジェラルドはにっこりと微笑んだ。
「では、絶好の機会をくれたフェリスティアの心の平穏と息子達の仲固めの儀の成功を祈って、乾杯」
~・~・~・~・~
「とっても美味しいわ。火鉢でお食事を作るなんて斬新ね」
シェリル妃は早々に自分の小皿を空にすると、給仕担当におかわりをよそってもらっている。
「味付けはどうなっているの?」
「今日のものは入っている具材から出た旨味とお塩だけです」
「あら、それならエスプリ城でもできそうね。帰ったら皆で試してみるわ」
ソフィア上皇后はなべの具材や味付けについて侍女にメモをとらせている。
本当に普段のお住まいであるエスプリ城でも作るおつもりなのだろう。
いつも凝ったお食事になれている王家の皆さんにとっては味気ない食事なのではないかと気になっていたが、逆にこの質素な味が珍しいのかもしれない。
「それにしても驚いたよ。フェリスティアが大声をあげたなんて」
ドキリとして発言の主である陛下を見ると、心底楽しそうにニコニコとしている。
「先程は陛下や妃殿下の御前で、本当にはしたなく、無礼な振る舞いをしてしまい申し訳ございません」
「いや、いいんだよ。むしろこちらがお礼を言いたいくらいなんだ。ありがとう」
クロフォード様とレナフォード様の仲の険悪さに端を発して、1度ならず2度までもレナフォード様が私の侍女をわざと怖がらせるような発言をなさったので、思わず我を忘れて2人を大きな声でたしなめてしまったのだ。
王子2人に向かって大声をあげたあげく、その現場は運悪く謁見の間の側。
何事かと驚いた陛下のお側に控えていた近衛兵まで飛び出てきて、陛下のお耳にも入る事態となってしまったのだ。
「むしろかっこよかったわ~フェリスティアちゃん。男性相手にも怯まず言いたいこと言えて。いいのよいいのよ、どんどん言っちゃって」
「全くあの2人、聞けばお互い「大丈夫です。自分で解決します」なんて言いながら何年もあのままだったからね、本当に今回はいいきっかけになったよ」
未来の義父母はすぐにこうして私を甘やかすので、本当に大丈夫なのか、非常に不安だ。
ちらりと上皇后様を見ると、「大丈夫」と言うように微笑まれた。
「貴女が気にすることはないのよ、フェリスティア。ジェラルドが言う通り、元々あの子達が自分達の問題をいつまでも棚上げしていたのが悪いんだもの。それに私も貴女が啖呵を切ったと聞いて感心していたのよ」
「感心…ですか?」
「えぇ、先日言ったわよね。「王となる者の道を正すことも、王家に嫁ぐ者としての勤め」。あの2人の状況は王家として考えても、決して良いものではなかった。だから解決のきっかけが必要だった。今回、それを貴女が作ってくれたのよ」
「私、そこまで考えてやったわけでは…」
「フェリスティアちゃん、卑下しなくていいの。貴女はしっかり未来の王太子妃として歩んでいるわ」
「私が保証するわ」と言って日の光のように笑うシェリル妃殿下に思わず視界が滲んだ。
この1年、しっかり歩めていたか。
年の瀬になると繰り返される自分の中の問いに、初めて合格の印を押してもらえたような気持ちだった。
「さっ、冷めないうちにどんどんいただきましょ!こんなに美味しいもの家族でいただく機会、滅多にないんだから」
いつの間に食べ終えていたのか、シェリル妃殿下は3杯目のおかわりを給仕係にお願いしている。
「そうだね、あとは同じものを食べている2人がどう頑張るか、だ」
別室に思いを馳せる陛下に倣い、私も窓の外を見た。
この同じ寒い夜闇の下、同じ屋敷で同じ物を食べているはずの2人。
どうか、うまくいきますように。
フェリスティアは外に光った一番星に静かに祈りを捧げた。
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