私の生きた場所
いつもよりちょっと長めです。
そして若干胸くそ悪い回です。ご了承ください。
「雛子…目が覚めたのか」
看護師の方に続いて入ってきたのは白衣を着たお医者様と、久々に会う両親だった。
父と母が私の布団に歩み寄ってくる。
「婚約破棄なんてされおって…恥を知れ!」
「その上、自殺未遂で4ヵ月も寝込むなんて。お医者様は神守家がご用意してくださったのよ。清嗣様にもご迷惑おかけして、まったくなにを考えているの?」
あぁ、なにも変わらない。
この人達が大切なのは、娘ではない。
自分達の体面なのだ。
布団に横たわる私に2人して氷のように冷たい、怒りの眼差しを向けてくる。
「雛子!」
冷えきった空気の中、おもいっきり障子を開いて入ってきたのは、元婚約者だった。
「定嗣さん!わざわざお越しいただきまして!」
両親は慌てて頭を下げる。
定嗣さん…。
その顔を見ると、正直思い出したくない、あの夜のレストランでの出来事がよみがえってくる。
今までの私の努力を否定され、婚約を破棄されたあの夜。
思い出しただけで、黒いモヤモヤが胸に積もるようだった。
「雛子、よく目が覚めたな。もう安心しろ。俺が改めて婚約してやる!」
…はい?
一体何を言っているのだろう、この人は。
思わずそう叫びたい衝動にかられるが、久しぶりに意識を取り戻した私の喉はうまく動かなかった。
それを”了承”と受け取ったのか、定嗣さんは続けた。
「やはり長年、神守家の教育の元、知識と教養を身につけた君は、死ぬには惜しい存在だよ?ちょっと婚約破棄されたぐらいで自殺しようなんて考えるような、メンタルの弱い君を支えてあげられるのは俺しかいない。今回の自殺未遂騒動は、神守家として水に流してやるし、改めて婚約し直してやろう!」
まるで「私を助けてやる」みたいな口ぶりだが、自殺未遂の原因たる人間がどれだけ偉そうなのか。
自分でも初めて感じるくらいの怒りを体の底から感じる。
「定嗣さん!こんな娘に恩情をいただきありがとうございます!」
「不出来な娘をそのように仰っていただき、お礼の言葉もございません!私共からも、何卒宜しくお願い申し上げます」
そう言うなり、両親は慌てて畳に額を擦り付け、定嗣さんに土下座をした。
沸騰しかけた私の怒りが急激に冷えていく。
…どうして?どうして私の気持ちを確認もせず、了承してしまうの?
「皆様、雛子さんの体調の確認を致しますので、1度席を外していただけますかな?」
事態を見守ったいたお医者様に促され、定嗣さんと両親は部屋を後にした。
~・~・~・~・~
「1度病院できちんと検査は必要ですが、特に問題はないかと思います。声は出ますか?」
「…はい、ありがとうございます」
お医者様は優しい顔でうなずく。
目覚めた途端の目まぐるしい事態に気が付かなかったが、お医者様は神守家の侍医で、私も幼少期から何度かお世話になっている先生だった。
「ここから先は爺さんの独り言です」
そう前置きし、先生は使った器具を片付けながら話始めた。
「雛子さんが古井戸のそばで見つかったのは、そこに飛び降りたと思われる時間からかなりたった翌朝でした。お母様が発見し病院に搬送され、手術などの措置がなされましたが目を覚まさず、病院で寝たきりに、というタイミングで神守家の指示により、お家での療養に変更され、私が経過観察を受け持つことになりました」
自殺未遂から意識が戻らなかったはずなのに、自宅にいるという状況はおかしいと思っていたので、ようやく合点がいった。
おそらく、神守家にとっても都合の悪い私の自殺未遂がなるべく外に漏れないよう、清嗣様が手を回したのだ。
それくらいのこと、清嗣様には簡単なことだろう。
「雛子さんが眠っている間、神守家は大変なことになっていました。定嗣さんが清嗣様の許可なく雛子さんと婚約破棄し、昏睡状態に陥ったこと。そして定嗣さんが連れてきた新しい婚約者、エレナさんについてです」
「そもそもエレナさんは神守家の嫁になる、神社を、そして神守家を守っていく気などさらさらありませんでした。彼女が興味を持っているのは、宝石や車、土地。定嗣さんがもち、そして、今後相続するであろう神守家の財産だったのです」
「当然そのような魂胆では、神守家で行われる数多の教育についていけるわけがありません。そもそもあれだけのことを身につけるには、たゆまぬ努力ができる、そういう才能が必要です」
先生がちらりと微笑み、私を見る。
この世界での私を初めて認めてくれた、ありがたいことだ。
「ついていくどころか、エレナさんは最初の神守家の呼び出し以降、家からの連絡に応じることはありませんでした。定嗣さんとはその後も続いていたようですが」
「それが先月、突然エレナさんが神守家に現れたのです。定嗣さんも清嗣様や奥様もいらっしゃらない時でした。しかも運悪くと言いますか、新しく来た家政婦が応対しまして、彼女に言われるがままに蔵と金庫の鍵を渡してしまったのです」
「まさか…!?」
「はい、金目の物を根こそぎ持っていかれました」
「あの蔵には神事に使う大切な物もな保管されていたはずでは?」
「そういったものは手付かずでした。価値がわからなかったのでしょう」
その事には胸を撫で下ろした。
神具は家に代々伝わる、替えのきかない宝そのものだ。
「どうやら定嗣さんが色々と話してしまったようでした。家のスキャンダルになるため、警察に相談することもできない。清嗣様は大変お怒りになりました。普段は威風堂々とした方ですが、火が付くと手がつけられない」
「定嗣さんは大層怒られたようです。清嗣様もエレナさんについて静観を貫いていらっしゃったのですが、まさかこんなに速く事が起きるとは予想がつかなったようです。定嗣さんに事の沈静化と解決を命じられました」
「…その一手が私と婚約し直すことなんですね」
まずは私を婚約者という元のさやに収め、婚約関係のゴタゴタを解決させようということなのだろう。
「私なぞには定嗣さんがどうお考えかなのか、わかりません」
先生はゆっくりと立ち上がる。
「すべては爺さんの独り言です。どうぞご安静に」
一礼して先生は部屋を出ていかれた。
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