胃痛と夜のお客様
「フェリスティア様?体調はいかがですか?」
天蓋の向こうからミリーか心配そうに声をかけてきた。
「すみません、ミリー…起き上がれないです…」
お城の豪勢な貴賓室への居候が始まって2日目、私はフカフカベッドの上で、激しい胃痛に苦しめられていた。
おとぎ話のような世界にやって来た翌日、目を覚ましてあたりを見回し、夢じゃないということを確認した私は、貴賓室内でミリー曰く「簡単な」朝食フルコースを堪能し、アメリア曰く「質素な」お姫様ワンピースに袖を通し、グレイソンから今日の午前、国王様から国民に、新しい信託の巫女が見つかったことと明後日、雨が降る旨の精霊のお告げがあったことが伝えられると報告された。
「フェリスティア様はお部屋でゆっくりとお休みください」と3人が息の揃った惚れ惚れするお辞儀をして部屋を退出した直後、急に猛烈な吐き気と胃痛が襲ってきたのだ。
「フェリスティア様、ご無理なさらずそのままベッドでお休みください、少しでもお食事をお召し上がりいただくことできますでしょうか?宮廷医からお薬の前に、少しでもなにかお腹にいれるようにと言われておりまして」
「うぅっ…スープならなんとか…迷惑かけて本当にごめんなさい」
「いえ、どうぞ謝らないでくださいませ。今、お持ちいたしますのでそのままお休みください」
謝りたくもなる。この胃痛はどう考えても病気ではない。不安と緊張という私の不甲斐なさからくるものだ。
昨日、部屋に1人になってから、痛みのあまりソファの上で行儀悪く、のたうち回っていたところをミリーに発見され、それから大騒動となった。
アメリアとミリーにすぐさま着替えさせられ、ベッドに寝かしつけられると、宮廷医と呼ばれるお医者様が5人もやって来て、熱は、だるさは、咳はと総動員で問診された後、苦い薬草を処方され、すっかり病人待遇となった。
どう話が回ったのか、王女様からは「お見舞い」として、相当に上等な、軽くて柔らかく温かい純白の毛布が贈られてきて本当に恐縮甚だしい。
(あとでアメリアに聞いた話によると、最初、王女様は自らお見舞いに行きたい!といってちょっとした騒ぎになったらしく、お見舞いの品は、グレイソンや王女様の侍女のみなさんとの間でなんとか考えられた折衷案だったらしい。本当に関係各所に申し訳ない気持ちだ)
キリキリ痛む胃を騙しながら、なんとかスープをすすって、煎じた薬草をなんとか飲み干すと、広いベッドの上で1人安静に寝転んでいるしかない。
アメリアが気を遣ってゆっくり休めるようにと人払いしてくれたため、この世界にやって来た日が嘘のように静かだ。
私が雨が降ると予言したのは明日―。
皆、予言が外れるなんてこと微塵も思っていないようだ。
きっと今までの神託の巫女達は、予言を外すなんてことしてこなかったんだろう。
もし、私が明日の予言を外してしまったら、きっと私自身もただじゃ済まない。
この世界に来たときは、たまたま王太子様が助けてくれたからなんとかなったけど、このお城から放り出されてしまったら、行くところもなく本当にのたれ死ぬしかない…。
それに1番恐いのは、もしも雨が降らなかったら、それを待ち望んだ国民の皆さんをがっかりさせてしまうことや、国王様達に迷惑をかけてしまうことだ。
特に助けてくださった王太子様を落胆させてしまうのは本当に心が痛む…。
不穏なことをぐるぐると考えていたら、眠ってしまったらしく窓の外はすっかり真っ暗だった。
ベッドサイドのテーブルには、まだ湯気のたつスープか置かれている。
きっとミリーが気を遣い、起こさないでいてくれたんだろう。
しかし、これだけ気を遣われているというのに、胃の方は全く良くならなかった。
朝と同じく、なんとかスープをすすり、薬草を飲み込み、少し気分転換のため、外の空気がバルコニーに出てみる。
思いの外、夜風が強かったが雲ひとつ掛からず、月が闇夜に輝いていた。
雨が降る兆しなんて、少しもない空だ。
「調度よかった!フェリスティア嬢?ご気分はいかがですか?」
「ひえっっ!?!むぐっ………」
「しっ!驚かせてすまない。人が来てしまうから静かに」
「おっ、王太子様!!」
物陰から急に声をかけられ驚いてバランスを崩した私を抱え、優しい笑顔で口を塞いでるのは、紛れもなく王太子様だ。
「おっ王太子様、どうしてこんなところに…!?」
「こんな時間に女性の部屋をこっそり訪ねて申し訳ない。どうしても様子を見に来たかったんだ。具合はどうですか?」
「あっ、あまりに、驚き過ぎて一瞬胃痛が引っ込みました」
本当に驚きすぎて正直に返すと、王太子様は口を手で押さえて必死で笑いを堪えている。
「正直な方ですね。グレイソンから胃を痛めて休んでいると聞いて、本当はすぐにお見舞いにと思ったんですが、この2日ほど忙しかったのと、母上…女王が侍女達に止められているのを見て、僕も正攻法で行っても会いにいけないなと思いまして、闇夜に紛れてこっそり伺いました」
国王様に報告していたときとは違ういたずらっ子みたいな笑顔だ。
初めて見たときは年上だっと思っていたが、案外そんなに年齢は変わらないのかもしれない。
「クロード!あまり時間はないぞ!」
バルコニーの下から鋭い声がしたので恐る恐るのぞきこむと、王太子様のお付きの騎士様が辺りを警戒しながらこっちに目礼してきた。
「リュークは僕の配下の騎士として活躍してくれていますが、元々幼なじみなんです。今日も無理を言ってここに来るのを手伝ってもらいました」
「王太子様にまでご心配をお掛けし本当に申し訳ございません…」
「いえ、記憶もない中、急に巫女として城にお招きしてしまい、…それにお告げが当たるかについて気にしていたようだったので、気になって…もしかしてそれが胃痛の原因ですか?」
「…こんなに雲ひとつない夜空で、急に明日、雨が降るなんて思えません。ましてや自分のことさえよくわからない私なんかの言葉が当たるなんて到底思えません。国王陛下や助けてくださった王太子様やこんな私を信じてくださった国民の皆様に申し訳ないんです。」
私は深く深く頭を下げた。
明日雨が降らず、即このお城から追放となれば、悠長に謝罪する場面すらもらえないかもしれないのだ。
「…顔をあげてくださいフェリスティア嬢」
「ですが…」
「ここから1番手前の木の枝に銀色の尻尾の鳥がとまっているのが見えますか?」
「鳥…見えます。…かわいらしいですね。」
たしかに枝にはカラスくらいの大きさの長い尻尾をもった銀色の鳥がいる。
その鳥はこちらの気配を察知したのか、飛び立っていった。
「あの鳥は『流れ星鳥』の愛称で国民から親しまれています。見ると願いが叶う、吉報の象徴とされています」
「吉兆の鳥ですか」
「えぇ、そうです。どうやら貴女はご自身が信じられないらしい。でしたら、私を信じてくださいませんか?」
「王太子様を…ですか?」
「はい、明日、必ず雨は降る。流れ星鳥に誓います。
一昨日出会ったばかりの人間なんて信じられないかもしれませんが。」
先程のいたずらっこみたいな笑顔でニヤリと笑う王太子様に、ブンブン首を振る。
「滅相もありません!!」
「よかった。」
私の肩にふわりと温かなものがかけられた。
驚いて見ると柔らかな白のストールだ。銀糸が編み込まれていて月の光を受けて輝いている。
「夜風は体を冷やします。どうぞ温かくしてごゆっくりお休みください。」
そう言うと、王太子様は、ひらりとバルコニーから地上へ飛び降りた。
ここ2階ですけど!?と驚いて下を覗きこむと、華麗に着地した王太子様は笑顔でこちらに手を振り、お付きの騎士様と颯爽と闇夜に消えていった。
かけられたストールに顔をうずめると微かに甘い、心が静まるような匂いがした。
久しぶりに穏やかな眠りにつけそうだった。
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