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貴方と私と恋の歌  作者: 赤代キイロ
1/1

#1

更新は亀かもしくはなめくじです。

微糖からはじまります。



「シェラさん!」

がやがや昼時特有の賑わいを見せるカロッテ亭が、新たな挑戦者の声にざわめいた。

「はい、何か。」

くるりとエプロンのひもを翻して振り替えった女は、いつものように口元に柔らかな笑みを浮かべて客に応える。

「・・・ッ明日の花祭りで僕と踊ってください!!」

一瞬静かになっていた周りの客たちが、どっと歓声に沸いたが、それを気にすることなく返された女の返事は、今日も新たな敗者を生み出した。






「――『先約がいるから』なんて・・・5歳児との約束を律儀に守る必要ないんじゃないの?」


シェラは、たっぷり時間をかけて淹れた紅茶をカップに注ぎ、長年の親友に差し出した。

一番忙しい昼時を過ぎて、今はやっと一息つける時間帯だ。利用する客は、遅い昼ご飯を摂りに来た男たちか、雑談に花を咲かせる主婦や娘たちがちらほらいるくらい。シェラは休憩から戻ってきたころに姿を現したミカに、いつも通りの紅茶と焼き菓子のセットを出している。

「だって、ルゥ君と約束したのは2か月前だし・・・。」

言い訳がましい返事をしている自覚があるシェラは、後ろめたさからぼそぼそと小さく返事をした。

ありがと、と言ってミカは慣れた手つきでカップを口元に運び、ふうと息を吹きかけながらお気に入りの紅茶を啜る。その表情は、思い切りしかめられていた。

「大体ねぇ、ばれてないとでも思ってるの?毎年毎年子どもとしか踊らないこと、町の男はみんな知ってるわよ。」

「だって・・・。」

「ごまかすくらいなら、言ってやればいいのよ。『私は、私のために騎士になって帰ってくる大好きな彼としか―――』」

ぱしっと華奢な手のひらに続きを遮られたミカは、頬を赤く染めて俯きながら睨みつけてくるシェラを半目で見つめ返す。

「・・・そんなんじゃないって、わかってるでしょ。」

潤んだ瞳で紅色の唇をかみしめる様は、その言葉の真逆を意味しているようにしか見えない。しかしあまり追い詰めると、後から目の前の親友を不安にさせている原因である男に文句を言われるので、今はそれ以上の追及はしないことにした。

「ま、どっちでもいいけど。とりあえず今年はさっきの断り文句通じないから、次申し込まれたときの返事は考え直した方がいいわよ。」

「え―――?」

ミカの言葉の意味を聞き返すより早く、店の扉が限界まで開かれる。


「シェラねぇ!!―――アスにぃがかえってきたよ!!」


ばたばたと聞きなれた足音とともに、見慣れた少年が入ってくる。


「ルウ・・・・・君・・・・・」


音がした方を向いて、そのままシェラは固まった。



「・・・ただいま。」



いるはずのない人が、そこにいた。


金茶の髪をきちんと撫でつけて、詰襟の騎士服と背中までのマントで身を包む姿は、まるで知らない人のようで。


「・・・・・・おかえり、なさい。」


シェラは返事を返すのに精一杯だった。







店じまいをしてから半刻ほどたった頃、ドアベルがコロン、と鈍い音をたてた。

料理場で食器を片付けていたシェラは、遅くに来た客に閉店を告げようと暖簾をくぐる。

「すみません、もう店じまいを―――・・・したの」

客用に浮かべた笑みを固めて息を止めた後、入り口に立つ男に向かってぎこちなく言葉を紡ぎだした。

「・・・食事はいい。いやって程家で食わされた。」

眉を寄せて髪をかき上げ、入り口からシェラの奥を眺めてから尋ねた。

「まだかかるか?」

「え?」

「片づけ。まだ時間かかるなら外で待ってる。」

それは、迎えに来たという意味なのか。

シェラは聞き返したかったが、まだ再会してから二度目でうまく会話の調子が思い出せずになんと言葉にしていいか分からない。

「シェラ?」

「あ・・・いや、もう終わるところ。」

「そうか。」

入り口の柱に凭れたアスは、綿のシャツとすらりとしたパンツ姿だった。シェラが昼間に見た騎士服よりも昔から知っているアスの姿に近かったことに、無意識に小さく息を吐いて、そんな自分に気づいて驚く。

アスの服装を眺めていたシェラは、そのまま視線をあげて、じっと見つめてくるアスに気づく。時を忘れて無言で見つめ返すが、はっとしたように自分のやることを思い出すと逃げるように料理場へ駆け込んだ。

――こうしている間もアスが待っている。早く、早く終わらないと。

拭き終えた食器を戸棚にしまって戸棚の扉を閉めたところで、動悸している自分にため息をつく。

「・・・だめだ、私。・・・しっかりしないと。」

――アスに会えたら、話したいことがたくさんあったのに。こんなんじゃ返事もまともにできない。

原因はわかっていた。

アスのいない5年間は気が遠くなるほど長かった。他の人の口からその名を聞くたびに、胸が軋んだ。夜、一人のときに名を呼べば、恋しさに胸が痛んだ。手紙を書いて送っても返事が無いことに絶望した。

――十分、わかってる。

きゅっと唇をかんで、涙と一緒にこぼれ落ちそうな思慕を堪えた。








幼馴染万歳。


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