八年ぶりの再会
間隔が開いて申し訳ありません
鬱蒼とした森の中は異様な雰囲気に包まれていた。静寂に包まれた森に響き渡る剣戟の音、それ以外の音が存在していなかった。本来なら獣や鳥、虫たちの声がしているはずが、何かに怯えるかのように音を発していなかった。
『ふむ、まだまだ粗いが見どころはあるか』
「ま、まだまだ!」
木々が切り倒されて開けた森の中心で剣を交える黒騎士とロニー。やや息の上がっているロニーに対して黒騎士の動きに陰りは見えない。だがロニーは自分を奮い立たせるように気合を入れなおすと攻撃のペースを上げる。身体中に細かい傷はたくさんついているが、大きな傷は負っていない。そしてその光景をやや離れた場所で見つめる男が一人。
「ロニーも大概にバケモノだと思ってたが、あの黒騎士はそれを遥かに超えてやがる」
愛用の戦斧を傍らに置き、切り株に腰を下ろしたガーラントが懐から小さな水筒を取り出して一口含む。
ガーラントも最初は参戦していたのだが、次第に激化する闘いについていけずに脱落していた。そもそもが彼らとガーラントでは戦い方が根本的に違う。防御ごと力任せに叩き潰すのがガーラントの戦い方であり、その真価は混戦・乱戦時に発揮されることが多い。少なくとも一対一での戦いには不向きで、しかも相手は明らかに格上だ。
「ま、俺にはこういう戦い方しかできないからな」
技の応酬、手の内の読みあいといったことはしないわけではないが、ガーラントの経験と知識がそのまま通用する相手ではないことは最初の数合で把握した。ならば自分はロニーの邪魔にならないようにと自ら退いたのだ。
ガーラントは考えを巡らせる。わからないのは黒騎士の真意だ。見立てではロニーでも敵わないほどの実力の持ち主だが、どうにも本気というものが感じられない。
「……遊んでやがるのか? それとも俺達がまだヤツの本気を引き出せていないってことか?」
もしくはその両方かもしれないとガーラントは思う。その証拠にロニーは何度も致命的な隙を見せているが、黒騎士はそこをついてくることはしていない。まるで熟練者が未熟な者に指導するように、小さな傷を負わせていく。
「間違いねぇな、そのおかげでロニーの動きが次第に良くなってやがる。動きのキレが段違いだ」
ロニーとは五年以上共に戦ってきた。死線をくぐったことも数え上げればきりがない。そんな仲間の変化を気付かないはずがない。
「だとすると黒騎士がこんなことをする理由がわからねぇ。一体どこのどいつだよ」
黒騎士の正体が分からないことに若干イラつきながらも、さらに激化する二人の剣戟にい見入っていた。
*************
静かな森に鈍い金属音が響く。ロニーは大きく弾かれた剣を離すことはなかったが、両腕は跳ね上げられてしまっていた。まさに致命的な隙を黒騎士に晒してしまったのだ。ロニーは思わず目を閉じて己の最期を覚悟したが、来るはずの衝撃は一向に来なかった。ゆっくりと目を開けるとそこには剣を収めた黒騎士の姿があった。
「……どうして止めを刺さない?」
『その価値があるとでも言うのか』
あまりにも見下したその言葉に歯噛みするロニーだが、否定しようにも彼我の実力差がはっきりしすぎていて反論の余地がない。いくら言葉で取り繕うにも、この様では何の説得力もない。
「悪いけど僕はもっと強くならなきゃいけないんだ。大事な仲間を護るために。だから……頼む、力を貸してくれ」
『……』
ロニーが自らの剣身に片手を添えると剣が青白い光に包まれる。以前、勇者に襲撃されたときに使った技だが、これが黒騎士に通じないことはわかっていた。既に何度も使っているのだが、その悉くを防がれていたからだ。
「はああああああああ!」
裂帛の気合とともにロニーの殺気が高まる。あたかも彼自身が剣になったかのごとく、研ぎ澄まされた鋭利な殺気が全身を覆う。そしてそれは次第に剣身に添えられた手を通じて剣へと流れてゆき、剣は青白い光から燃え盛る炎のような朱へと光の色を変えていった。
「これはまだ未完成で危険すぎる技だけど……ロックを護るためなら躊躇わない!」
ロニーが目を見開くと、これまでとは比較にならない俊敏な動きで黒騎士との間合いを詰める。だが黒騎士もその動きに反応し、即座に剣を構えた。このままいけば防がれてしまうだろうが、ロニーは不敵な笑みを見せる。
「剣で防がれてしまうなら、剣ごと斬ればいい! この一撃、防げるものなら防いでみろ!」
『くっ! いかん!』
黒騎士が大剣でロニーの一撃を受け止める。これまではここで大きく弾かれてしまっていたロニーの剣だが、今は朱色の輝きが黒騎士の剣に食い込んでいた。ゆっくりと侵食するがごとく、黒騎士の剣に細かい罅が入り始める。そしてロニーが口元に小さな笑みを浮かべるのとほぼ同時に、黒騎士の剣の刃が砕け散った。
「な、なんだよ、こいつは……」
遠くで見ていたガーラントのつぶやきがロニーの耳に入ってきた。だがロニーはその結末が予想できていた。おそらくこの黒騎士ならば必然的にこうなるであろうと。
『まさかここまでのものを秘めていたとはな』
「憧れましたから、あなたたちの活躍に」
ロニーの口調がフランクなものから明らかに目上の者に対するものに変わっていた。ロニーの剣は黒騎士の剣を砕いたにも関わらず、黒騎士に届いていなかった。根元から砕けたはずの剣は、柄の部分から一点の曇りなく透き通った水晶のような刃が生まれ、ロニーの朱に輝く剣を受け止めていた。
「やはり……その剣は守護剣エクエス。あなたは初代勇者様ですね」
『何故そう思う』
「その剣は初代勇者ラリーが愛用した剣、全属性の力を纏わせて魔力の刃を創造する伝説の剣。僕はあなたに憧れて勇者になろうとしたんだ、間違えるはずがない」
**********
「初代勇者だって? あの大迷宮で消息を絶った?」
「そうだよ。エクエスは初代勇者に女神が授けたとされる剣、未だかつて複製を作り出した者は存在しない。ということはその剣を持つ者が本人ということさ」
初代勇者、といってもユーフェリアで召喚されたような紛い物ではない。気の遠くなるような鍛錬の末、女神に認められて守護剣を授かったという伝説はこの世界の人間ならば知らない者はいない。ガーラントですら幼い頃はその雄姿を空想して心躍らせたものだ。
「だが年齢が……いや、大迷宮を踏破したのならそのくらいのことはできるか。だがよ、どうして今俺達の前に現れたんだ?」
「決まってるよ、僕らが弱いからさ。そのせいでロックが瀕死の状態になった。あなたはロックの関係者なのでしょう?」
『……』
「無言は肯定と受け取りますよ。ただ直接手出しができないのでこういう間接的な手段を使っているのでしょう」
「ロックの関係者って……ロックは孤児だって聞いたぞ?」
『……それはいずれわかる。今はそれをお前たちが知るべきではない。それにお前たち、いやロニー=アーキンス、お前には今やらねばならぬことが残っている。今のお前ならばそれを終わらせることができるだろう』
「僕に?」
黒騎士はロニーを名指した。だが当のロニーはすぐにその答えに辿り着くことはできなかった。それを見た黒騎士は言葉をつづける。
『八年前の件だ、お前は無関係ではないはずだ』
「……あれは終わったはず」
『まだ終わっていない。だからこそお前は決着をつけなければならない。今まさにあの者は苦しみ続けている。全てを終わりにして楽にしてやれ』
そう言い終わると黒騎士は懐から小さな赤い石のようなものを取り出して砕いた。と同時に地面に浮かび上がる魔法陣。状況の突然の変化を敏感に感じ取ったガーラントは戦斧を握るとロニーの傍らへと駆け寄った。
「おい、これは転移魔法陣だろ! 何をしやがった!」
『心配ない、行先はお前たちのよく知る場所だ。くだらない因縁に決着をつけろ』
その一言をきっかけにロニーとガーラントの姿は強烈な光に包まれた。光が収まるとそこには黒騎士の姿のみ。
『全く嫌な役回りばかり押し付けるよ。でもこれは君たちの世界の人間が起こした問題の後始末だよ。それが終わらなければ大迷宮は完全に目覚めない。そうしなければ彼は解放されずに苦しみ続ける。頼んだよ、勇者君』
先ほどまでとは一変した軽快な口調で一人呟く黒騎士は、自らの剣を大きく一振りすると、その姿を消してしまった。
**********
「ここは……クランコだよな。あの扉は見覚えがある」
『問題なく着いたわ。私を誰だと思っているの?』
「ノワールを疑ったわけじゃない。ただいきなりユーフェリアからこんなところに飛ばされて混乱しているだけだ」
『……それならいいけど』
俺のつぶやきに不満を露わにしたノワール。その様子があまりにも可愛らしかったので思わずその頭を撫でてしまった。いつもみたいに素っ気ない返事だったが、その顔に露骨な拒絶が見えないので、嫌われたということではなさそうだ。
『ここがクランコ……確かにダンジョンコアが輝きを増しているわ。力を取り戻しはじめているようですね』
シルファリアの両腕に抱えられているダンジョンコアがうっすらと赤い光を纏っていた。どうにもバッテリーを充電しているイメージが頭から離れないのは職業病なのか?
『ここでしばらく魔力の回復を待てば力が使えるようになるはずよ。ただ彼に関しては別の力を使わないと完全に復活しないわ』
『それはどのようなものなのですか?』
ノワールの言葉に縋るように、対処法を問いかけてくるシルファリア。だがノワールはいつもの調子を崩すことはない。
『あのとき、あの場所にいた当事者どうしでなければ終わらせることはできないわ。でもそっちの準備も終わったみたい、もうすぐこちらに来るはずよ』
「気をつけるんじゃ、何かが来る!」
突然ディノが声をあげた。ディノは元モンスターハウスだった部屋の中央に浮かび上がった魔法陣をじっと睨みつけている。
「転移魔法陣……それもかなり複雑じゃな。これを使った存在は間違いなく人間ではないじゃろう。魔力の大きさ、質、制御の精緻さ、どれをとっても人間が扱えるレベルをはるかに超えておる。ワシでもここまでのものは使えん」
「来るのは……敵か?」
「わからん。ロックは下がっておれ」
『大丈夫、心配いらないわ』
ノワールがどこか含みのある笑顔で言う。何が心配いらないのかがよくわからないが。だがその間にも魔法陣はその光を強くしている。そして光が直視できないほどに強くなった瞬間、魔法陣の中心に二つの人影が浮かび上がった。
「ロニー! それにガーラント!」
その人影の正体は俺達のよく知るギルドメンバー、ロニーとガーラントだった。
次回でこの章が終わる予定です。
読んでいただいてありがとうございます。