縛りつける因縁③
またしても間隔が開いてしまいました……
「さて、これで準備は整いましたか。あとは謁見の間での仕上げを残すのみですね」
ユーフェリア王城の中でも滅多に人の入り込まない地下の一室、地下牢の奥にある部屋に佇むランスはその顔にうっすらと笑みを浮かべながら呟く。壁一面に幾何学的な紋様が余すところなく描き込まれており、ランスの足元には大きな水たまりのようなものがある。だが水ではないことはその匂いと見た目が証明している。
むせかえる鉄のような匂いと赤黒い色。それは次第にその面積を増してくる。その発生源は部屋の奥に無造作に積み重ねられたモノだった。それは人間、いや、既に人間だったモノへと変わっている。種族も様々、老若男女問わず、全てを確認することは出来ないが、見える限りでは皆一様に苦悶、絶望といった表情を浮かべたまま絶命していた。
「これだけあれば十分でしょう。さぞや強い勇者が出来上がることでしょうね……おっと、せっかく新調した靴が汚れてしまいます」
ランスは自分に向かって広がってくる赤黒い液体に触れそうになり、慌てて数歩後退する。部屋の奥には一瞥もくれようとしない。既に興味の対象からは完全に外れてしまっているようだった。懐から時計のような魔道具を取り出すとやや困ったような表情を浮かべた。
「そろそろ時間ですか。こちらの処理は……王女殿下にお任せしましょうか。こういった後処理は得意そうですし」
ランスは踵を返すとその部屋の扉を閉めて小さく何かを唱えた。ほどなくして鍵穴を中心にうっすらと光が浮かび上がり、鍵穴へと吸い込まれてゆく。
「これで簡単には入れませんが、時間稼ぎくらいにはなるでしょう」
ランスは小さく頷きながらその部屋から離れていった。
*************
「……ここはどこだ? 俺は楽屋にいたはず?」
「ようこそいらっしゃいました、勇者様!」
茶髪の少年が混乱を隠せない様子で周囲を見回している。そこにシルファリアの喜色に満ちた声がかけられる。謁見の間の床に描かれているのは巨大な魔法陣、その傍らに立つ彼女は極限まで魔力を消耗したせいか、顔は青ざめている。だが自らの望んだとおりに召喚が成功した喜びは疲労すら忘れさせているようだった。
「おい! ここはどこなんだ! あんたらは誰だ!」
「いきなりのことで申し訳ありません。ですが……あなたに頼る以外に方法がないのです。この国を救ってくださいませ!」
「救う? どういうことだ?」
混乱しながらも【救う】という単語に反応する少年。周囲を見回せばゲームや漫画、ファンタジー映画でしか見たことのない装束や鎧を身に着けた人々が立ち並んでいる。さらに目を引いたのが先ほど声をかけてきた少女だ。艶やかな腰までありそうな金髪に透き通るような大きなブルーの瞳、細やかな装飾の施されたドレスはスタイルの良い肢体を覆っている。外国の有名女優と比べても遜色ない、いや、それをはるかに上回る美貌に一瞬だが見惚れてしまった。
「勇者殿、よくぞ参られた。余はユーフェリア国王バローム=ユーフェリアである」
「国王……様?」
少年の思考を壮年の男性の声が遮った。声のする方を見れば一段高い場所に作られた玉座から彼を見下ろす視線。その威圧感に思わず敬語になってしまう少年だったが、ほんのわずかな間だが混乱した思考を遮られたおかげで次第に落ち着きを取り戻し思考がまとまってきた。
(ゲームみたいだな)
少年は似たようなシチュエーションのゲームをいくつもやりこんでいたせいか、自分が置かれている状況をそれなりに理解していた。さらには異世界ファンタジー小説も愛好していたのもその理解力を後押ししていた。
「そなたにはこの国のために働いてもらいたい。シルファリアをそなたに付けるので、詳しいことを教えてもらうがいい」
「さあ勇者様、こちらへどうぞ」
シルファリアに案内されて別室に通された少年は、あらためてシルファリアを見つめた。芸能界という華やかな世界に身を置き、その気になれば女優、モデル、アイドルをも恋愛対象にできる彼だったが、シルファリアの美貌はそんなものが霞んで見えてしまうほど美しかった。
「あの……お名前を……」
「あ、ああ、ユウイチロウ、ユウイチロウ=ジンノだ」
「ユウイチロウ様……突然のことでまだ混乱されているでしょう。何か困ったことがあれば遠慮なく言ってくださいませ」
「ああ、よろしく」
こうしてユーフェリアで執り行われた初めての勇者召喚にて召喚された神野雄一郎の異世界での生活が始まった。いくら勇者としての扱いをされているとはいえ、日本人は自分ひとり。召喚されたときに得た不思議な力によって、とても強くなっているらしいが、それでも心の奥底にわだかまる不安を払拭することはできなかった。
一方、シルファリアも自らの運命を切り開こうと必死になって雄一郎に気に入られようとしていた。メイドたちに任せることなく自ら甲斐甲斐しく身の回りの世話を焼き、雄一郎の支えになろうとしていた。
いきなりの環境の変化に戸惑い、不安を募らせる雄一郎と、ほぼ孤立状態にあったシルファリア。境遇は違えど不安を抱えた者どうしがその身を寄せ合うようにしていくうちに、自然と二人の心はお互いを受け入れるようになっていった。
*************
『その後、ユウイチロウ様は勇者選定の儀で無事に勝利なされました。当時の勇者最有力と言われていたロニー=アーキンスを破って』
「ロニー?」
『はい、あなたの仲間のロニーです』
ロニーはユーフェリア周辺の出身だと聞いていたが、あれほど勇者を嫌っていた裏にはそんな事情があったのか。
『それ以降はあなた方の知る勇者と同様でした。次第に心を病むようになり、行動も粗暴なものが目立つようになりました。そして……皆さまも知るあの事件が起こったのです』
先代勇者であるユウイチロウ=ジンノの暴走。正式な勇者のお披露目の場での凶行、それは既に自我を失っていたためだという。生贄に捧げられた者達の声を聴かされ続ければそうなってしまうのも理解できなくはない。そして彼は……その場に居合わせたロニーに討ち取られた。ユーフェリアに拉致同然に召喚され、人生を狂わされた被害者の最期としてはあまりにも悲惨だ。
「うむ、ワシ等が知りたいのはその後のことも含めてじゃ」
『はい、ユウイチロウ様が討ち取られてすぐに、政府は私が仕組んだクーデターであるとして私を拘束しました。協力者であるランスも同様に捕縛されましたが、私が地下牢に拘留されている間、あの男の姿を見ることはありませんでした』
「ちょっと待って、それは本当なの?」
リルが疑問の声を上げるが、それはこの場の皆が思うところでもある。仮にもシルファリアは王族、ランスは没落貴族で身分に違いがありすぎる。シルファリアが地下牢への拘留ならランスは即座に処刑されてもおかしくはない。むしろそれが当然だろう。
『ランスは国王と妹に便宜を図られていました。ユウイチロウ様の得た力はあまりにも強力で、それを可能にする技術を持った人物を手放したくなかったのでしょう。事実、ランスは軟禁状態であったとはいえ、与えられた屋敷で自由に研究に没頭していました。もしかすると数年後に解放されることも打ち合わせ済みだったのかもしれません』
「それが私に知られることを恐れて放逐したのね」
そもそも何故リルがその件の責任を取らされて放逐されるのかが理解できなかったんだが、感づかれる前に放り出したのか。リルはかなり人望があったようだし、真相に辿り着かれることを恐れたか。
「でも……そのおかげで混乱を招くことがなかったのは不幸中の幸いだったわね。もし私が追及していたとしたら、最悪の場合内乱状態になっていたかもしれない。その犠牲になるのは間違いなく国民だから」
『はい、その点だけは良かったと思っています。そして私の処刑は捕縛から三日後に行われました。おそらくサフィール先生のところに連絡が入るよりも先に始末したかったんでしょう。魔道士協会が出張ってくるとなれば裏で画策したことが明るみに出てしまいますから』
複雑な表情を浮かべるリルとシルファリア。二人とも見事なまでに切り捨てられた……というよりも最初からこうする予定だったのかもしれない。自分達の権力が削がれることを恐れた連中の仕組んだ大掛かりな罠にかかってしまったんだろう。
「それでこの後はどうするつもりなんじゃ? いつまでもこのままというわけにはいかんじゃろ。今回の犠牲者はユーファリア国民だけではない、既に諸外国も国史を送り出しておるようじゃからの」
『その点については……お任せするしかありません。このような姿で皆の前に姿を現すことはできませんから。妥当な案としては属国から代表者を出し合っての合議制でしょうか』
「そうじゃのう、このまま王族に権力を持たせる危険性は皆が感じておるじゃろうからの。じゃが国民には影響が出ないようにするから安心せい」
『はい、よろしくお願いします』
ディノに向かって深々と頭を下げるシルファリアだが、どうも表情が沈んだままだ。時折神野の方をちらちらと見ているが、相変わらず彼は目を閉じている。先ほどから一度も目を開けていない。
「何か気がかりなことでもあるの?」
『お姉さま……いえ……あの……』
リルがシルファリアの様子に気づいて声をかける。ほんのわずかな機微も見逃さないところは血を分けた姉妹だからだろう。だがシルファリアはリルの気遣いにも表情を曇らせたまま言葉を濁した。
『ふふふふふ……あなたの騎士様が目を覚まさないのが不安なのでしょう? でもそれは当然のことだわ』
「ノワール?」
これまで静観していたノワールが突然割り込んできた。さも可笑しくて堪らないといった様相でシルファリアに向かう。シルファリアもノワールの素性を直感的に理解しているのか、失礼に思われないように居住まいを正す。
『やはり……御存知でしたか』
『当然よ、そしてこのままでは何の変化もないこともね』
『でも解決策がありません』
『方法があるとしたら……貴女はどうするのかしら?』
ノワールの言葉にシルファリアが目を見開く。ノワールは見た目こそ少女だがその正体はモンスターでも上位の存在である黒竜の娘だ、リッチになったばかりのシルファリアでは知りえない方法を知っていたとしても不思議ではない。
『お願いします! 教えてください! どうすればユウイチロウ様は目を覚ますのですか?』
シルファリアがノワールに駆け寄ると縋りつくように懇願する。初めて見せる必死な様子に彼女が一体何をしたくて王城をダンジョン化させたのかがわからなくなった。彼女は自分を罠に嵌めた王族が憎くて、そいつらに復讐するためにダンジョンマスターになったんじゃなかったのか?
考えがまとまらない我々を見たノワールはくすくすと笑いながら、その足元に縋るシルファリアの頭を優しく撫でる。
『この子はね、復讐とかそんな目的で甦ったわけじゃないの。ダンジョンコアは強い意志に力を貸すけど、それとは別に純粋な意志にも力を貸すのよ。そしてこの子は願ったわ、【二人で幸せに暮らしたい】と。それにコアが応えた結果、二人は甦った。だけどこの子は甦ったばかりで力も大きくないし力の使い方も完全に理解していない。なのにこの城全体をダンジョン化なんて大掛かりなことをしたらどうなるか……』
「まさか……魔力不足か?」
『流石はディノ=ロンバルドね、もう答えに辿り着くなんて』
魔力不足……つまりはダンジョンコアを作動させるための燃料不足と考えたほうがしっくりくる。そう考えれば色々と合点がいくことも多かった。
まずモンスターと遭遇しなかったこと。ミシェルはシルファリアの配下ではないと自分で言っていたから除外すると、シルファリアと神野雄一郎、そして数人のメイド以外は誰もいない。ちなみにメイドは皆アンデッドだった。とはいえ人を食べたりすることはないそうで、シルファリアの魔力で動いているらしい。
二つ目は城内の内壁だ。外壁は血管のような管が一面に走っていたが、内壁はそんな様子がどこにも見られなかった。
シルファリアは自分が甦るとまず神野を甦らせた。それから身の回りの世話をするメイドを数人作り出し、王城そのものをダンジョン化させて結界化して内部の人間を外に出さないようにした。そこで魔力が足りなくなってしまったと。
『恥ずかしながら……今の私ではユウイチロウ様を目覚めさせることは出来ないようです。これでは何のために甦ったのかわかりません』
「それじゃ何のために王城をダンジョン化させたんだ?」
『ユウイチロウ様と二人の時間を作るためです。私はこの場から動けませんので、目障りな人たちに入り込んできてもらいたくなかったんです』
そうか、ダンジョンコアによって甦ったのであればコアに縛られた状態と同義なのかもしれない。コア自体を移動させることができなければ自分が移動することもできない。苦肉の策としてダンジョン化させたことが裏目に出たようだ。
『方法は単純明快よ。そもそもここはダンジョンが存在しない国、ダンジョンコアもその力を徐々に弱めてる。ならどうすれば力を取り戻せると思う?』
ノワールが俺を見てそう訊いてきた。本来あるべき場所から持ち出されて、次第に力が減少していく……まるで携帯の電池が減っていくようだ。
「そりゃ……元の場所に戻せば……戻ったりして……」
『正解。そもそもダンジョンコアは生まれた場所にあってこそ十全の力を発揮できるのよ。なら貴女の願いを実現させることのできる場所も必然的に決まってくる。つまり……』
『クランコのダンジョン!』
『そうよ。どうやら向こうの仕込みも終わったみたいね。悪いけどそっちのエルフは後始末で残ってもらえる?』
ノワールの言うエルフってのは……サフィールさんのことだな? っておい、まさかここからクランコまで転移させるつもりか?
「……色々と言いたいこともあるけど、ここから先は迷宮盗賊ギルドだけの手に負える事案じゃないことは確かだから。いいわ、諸外国と属国の対応は私のほうでやっておくから。それからディノ、本当は貴方も残るべきだろうけど、こんな面白そうなこと放っておけるはずもないでしょうから一緒に行ってください」
「おお、さすがはサフィール、話がわかるのう」
「各国の使者相手に下手なことを口走られたら困るんです。そもそもが政治に全く興味ないからこそどこの国にも所属していないのでしょう? そんな人間が関わる余地なんてどこにもないんですよ」
何気にサフィールさんの言葉の攻撃力が高い。はっきりと戦力外通告されて若干ディノが凹んでいる。ディノが政治関連のことを対応するという姿が全く想像できないので彼女の言うことは正しいと思うぞ?
『話は決まりね。それじゃいくわよ』
ノワールが右手を上げると俺達全員を囲むように巨大な魔法陣が浮かび上がる。ディノの魔法陣とは違う、だがどことなく懐かしい雰囲気を感じるノワールの魔法陣は次第にその光を強め、やがて部屋全体を光で埋め尽くしていった。
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