縛りつける因縁②
またまた更新が遅くなって申し訳ありません。
ユーフェリアとその属国周辺には古くから伝わる風習がある。それは「勇者信仰」だ。
国としてのユーフェリアはまだ新しく、三代前の国王が興した国である。だがユーフェリアとその周辺国を含めた地域の歴史は古く、四大国の中でも最古とまで言われていた。
そんな地域で伝わる「勇者信仰」は、常に人々の支えになっていた。意思を持つという聖剣を使い、人々に仇なす敵を倒す。苦しむ人々に安らぎと笑顔を与える者、その剣技は他の追随を許さず、闇を払う。まるでおとぎ話のようではあるが、現在までに数人の勇者が存在していたのも事実だった。
「……勇者選定の儀までに準備しないといけませんわ」
シルファリアは虚ろな瞳でそう呟く。
勇者選定の儀とは、ユーフェリアが数年に一度行う儀式であり、周辺の属国も含めて勇者候補を集め、その実力を競わせて優勝した者を勇者として認定するものだ。前回の勇者選定の儀はもう二十年以上前になる。その勇者は【大迷宮】へと挑み、再び人々の前に現れることはなかった。噂では【大迷宮】を踏破したと言われている。曰く、一国の王になった、闇に堕ちて魔王となった、誰も知らぬ異界へと旅立ったなど、様々な憶測が飛んでいた。
ランス=バロールという男が提案してきたのは、シルファリアの推す者を選定の儀に参加させ、優勝させるというもの。選定の儀はユーフェリアにおいてはかなり重要なものであり、国にとっても民衆の不満を解消するための広告塔としての役割を多分に期待していた。もしシルファリア推薦の勇者が誕生すれば、彼女の発言力も大きく増すだろう。だが外界との繋がりなど皆無な彼女にとって、勇者候補を手に入れる方法などあるはずもなかった。
「ご心配なく、私に考えがあります。ただし、それには必要な材料があるのですが……そちらの手配さえしていただければ」
ランスの提示した材料は到底信じられるものではなかった。だが不思議とシルファリアにはそれを異常と感じることができなかったのだ。この国の王侯貴族と同類に成り下がってしまったのか、それとも何か他の影響を受けてしまっているのか、彼女にそれを判断することはできなかった。まるで何かに促されるように、ランスの提示を承諾してしまった。
「ありがとうございます。これで殿下だけの勇者を喚びよせることができます。では私は準備がございますのでこれで失礼いたします。あとは当日までゆっくりお待ちください」
「わかりました。準備は任せます」
ランスの言葉にもおざなりの返事を返すシルファリア。その瞳からは輝きというものが消え失せているようにも感じられた。だがお付きのメイド達はそのことに全く気付いていない。いずれどこぞの貴族に金策のために降嫁させられることが決まっている以上、親身になって面倒をみようなどと考えていないのだろう。そんな状態のシルファリアがメイド達に下がるよう指示すると、彼女達は足早に退室していった。だが、シルファリアにとってはそんな行動すらありがたく感じた。
「うふ……うふふふ……これで……やっと会えます……私の勇者さま!」
視点の定まらぬ瞳で中空を見上げるシルファリアは、まだ見ぬ自分だけの勇者に思いを馳せながら、一人薄気味悪い笑い声をあげていた。
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「して首尾はどうだ、ランス?」
「問題なく進んでおります。儀式のための供物も着々と入手できておりますし、王女殿下への仕込みも滞りなく」
「無能なお姉さまには頑張っていただかないと困ります」
静まり返った謁見の間に小声で話す三人の声が響き渡る。まるで講堂のようにも見える巨大な部屋、そして一際高い場所に設置された玉座に堂々と座るのは豪奢なガウンを纏った壮年の男性、綺麗に整えられた顎鬚を片手で撫でながら話すのは、ユーフェリア国王のバローム=ユーフェリアだ。がっしりとした体つきと精悍な顔つきは威厳を感じさせるが、その中身はユーフェリアの負の部分をそのまま飲み込んだかのように富と権力の権化と化している。
その隣に寄り添うように立つのは第三王女のミルファリア、まだ齢にして十歳にも満たないが可憐な容姿とはかけ離れた腹黒い性格をしている。だがそんな思惑は微塵も感じさせない笑顔を浮かべる技量は親譲りのものがあるといえよう。
そんな二人の前にて跪くのは先ほどまでシルファリアと話をしていたランスだ。
「いかに属国とはいえ、勇者選定を譲るわけにはいかん。そんなことになってしまっては我が王権も揺るごうというもの」
「そのためにもあなたを召し抱えたのです。失敗など許しませんよ」
「お任せください。幸いにも選定の儀には魔道士協会は口出しできませんので私の魔法を存分に振るえるというものです」
「心配せんでもあやつらは出張ってこんよ。支部の人間はほぼ抱き込んでおる」
「そのためにお姉さまの家庭教師も解任したのですから」
「あの爺さんが出張ってくると相当厄介ですからね。ですが儀式さえ執り行うことができれば問題ないでしょう」
「あとは召喚した勇者候補がしっかりとお姉さまを誑し込んでくれることを願うのみですね」
「これミルファリア、もう少し言葉を慎まんか」
「これは失礼いたしました」
国王の窘めるような物言いにも悪びれることなく頭を下げるミルファリア。彼女は三姉妹でも一人だけ母親が違い、第二王妃の娘であった。第一王妃が原因不明の死を遂げてからはその発言力を日増しに強くしていった。そのせいか、時には父親でもある国王の言葉すら歯牙にかけないこともあった。
「使い勝手の良い勇者が召喚されると良いがな」
「そのために未熟な精神の子供を選びます。対象となる世界は十八歳にならなければ成人と見なされないようですので、まだ幼さの抜けないうちに甘い汁を吸わせればきっと堕落してくれますよ」
「お姉さまは見た目だけは良いですから問題ありません」
腹違いの妹とは思えない言葉だが、それを否定するような者はこの場には存在しない。いや、この王城の中にもほとんどいないだろう。それがこの地域の古くから続く体質だ。身内と言えども利用できるものはとことん利用する。その命の残滓まで徹底的に使い潰す。虐げられる者のことなど一切気に留めない。他人の痛みを理解するなど考えたことすらない。腐敗の巣窟の中心ともいえる部分が垣間見えていた。
そして事態はゆっくりと動きだす。彼らの書いたシナリオに極力近い形で進む流れの主人公はシルファリアだが、彼女が自発的に行動したものではない。彼女は操り人形でしかなかった。彼らの思い描く最高の結末、シルファリアにとっては最悪ともいえる結末の待つシナリオで健気に舞う操り人形でしか……
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「住人が行方不明? 貧民街では日常茶飯事でしょう?」
「ですが……行方不明になった者に不自然な点がありまして……」
リルファニアは自室にて報告を受けていた。報告しているのはアリタニア、暗殺部隊の部隊長をしている女性だ。とはいえリルファニアは彼女を暗殺者として使ったことはない。それ以前に付いた者は彼女を暗殺者として使っていたようだが、リルファニアはそんな目的で使おうと考えたことは一度もない。現に彼女は情報収集の任のみ与えられている。
そんなアリタニアが持ってきた情報にリルファニアは若干眉を顰める。彼女としても認めたくはないが、貧民街での行方不明など毎日どこかで起こっている。奴隷商人による誘拐や素行の悪い者たちによる拉致監禁、殺害、数え上げればきりがない。だが有能なアリタニアがそんなありきたりな情報を伝えてくるはずがない。
「不自然? 行方不明は貧民街で起こっているのでしょう?」
「はい、ですが行方不明者は全員が貧民街の住人ではないのです」
「……続けて」
その内容は不可解極まるものであった。行方不明者のうち情報がはっきりしているものはほぼ半数、それも老若男女、種族を問わない。唯一の共通点としては……
「加護持ち?」
「はい、攻撃系、防御系、体術系、魔法系と様々なようです。誘拐等もありますが、冒険者ギルドの関与していない依頼を請けた者が消息を絶つパターンが多いように思われます」
「その依頼元は判る?」
「いえ、巧妙に隠されております。ただそこまでの隠蔽を行える立場となると……」
「上位貴族か王族……一体何が起ころうとしているの? いいわ、あなたは引き続き情報収集をお願い。私のほうでも調べてみるわ」
「わかりました、姫様もお気を付けください」
それだけ言い残すとアリタニアは音もなく姿を消す。その様子を見ていたリルファニアは誰もいなくなったのを確認すると椅子の背もたれに身体を預けて大きなため息をついた。彼女は様々な方面からユーフェリアを変えようと奔走していたのだが、彼女が変えてゆくよりも早いスピードで腐敗が進んでいく。おそらく今回の報告も何か関わりがあるのだろうが、またしても被害に遭うのは末端の住民たちであり、決して上層部の人間ではない。
「この国はどうなってしまうの……」
悔しさを露わにしながらのつぶやきはリルファニアの心が今にも折れそうになっていることを匂わせていた。
そして数日後、謁見の間においてある儀式が執り行われることになった。それと同じくして行方不明者のうち何人かは王城へと連行されていたという目撃証言が入る。未だかつてない不穏な空気が漂う中、時間だけが流れてゆく。
今回も昔話回でした。さっくり終わらせてしまいたい……