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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第13章 過去と対峙するとき
121/150

潜入

ずいぶんと間が空いてしまいました……

ものすごーーーく多忙でしたので……

翌日、夜明けとともに行動を開始した。だが夜明けといってもただ空が白んでくるだけで、小鳥のさえずりなど一切聞こえない。それどころかそよ風すら吹いていない。それはこの場所が既にダンジョンの影響下にあるという証明だ。


「今準備するから」


 タニアは小屋の中央に置かれたテーブルを移動させると、床板の目釘をナイフの刃先ではずし始めた。よく見ればその一角だけ床板の色が異なる。若干新しい色の床板は作為的なもののようだ。慣れた手つきですべての目釘をはずし床板をはがすとそこには地下へと続く階段があった。

 石造りのその階段は最近まで使われていたようで、埃もうっすらと積もっている程度だった。


「ここは定期的に使われているの。私たちのグループがメインなんだけどね」

「この先はどこにつながっているんだ?」

「地下の物置よ。そこなら下働きに扮した諜報員が出入りしてもおかしくないでしょ」


 大人が何とか二人並んで通れる程度の大きさの階段は、しばらく下りると平坦な通路に変わった。通路内には明かりがないのでタニアはランタンを使っている。


「魔法は感付かれるかもしれないから。みんな、少しの間我慢して」


 タニアを先頭にして通路を歩く。通路はやや乾燥していて生き物の気配がまったく無かった。アイラ曰くモンスターの気配も無いようで、嵐の前の静けさを予感させる雰囲気だ。

 およそ小一時間は歩いただろうか、通路の行き止まりに着いた俺たちの前には一枚の古ぼけた扉があった。一枚板の扉には簡易的なウォードタイプの錠がついている。


「合鍵があるから大丈夫よ、任せて」


 タニアが懐から取り出したのは一本の鍵。何の変哲もない、こちらの世界でよく見かける鍵だ。錠もよく見かけるタイプ、鍛冶屋による一点ものの錠で、遠目から見る限り対となる合鍵のようだが一応確認しておくべきか?


「念のために確認させてくれ、ここはもうダンジョンになったとしたら何が起こっても不思議じゃない」

「そうね、いきなりダンジョン化したような場所よ、慎重すぎるくらいがちょうどいいわ」

「……わかったわ、ロック、お願い」


 タニアは鍵穴に合鍵を挿そうとした手を止め、俺に合鍵を手渡す。タニアは仕えるべき主人の安否が不安なのか、あまりにも不用心に鍵を使おうとしたことに気づいてくれたようだ。まずは鍵穴に近づき、その中を覗き込んでみる。LEDライトで照らしながら確認するが、特に異常な構造にはなっていない。合鍵の形状もこの錠に合った形状のようなので、ゆっくりと合鍵を挿入しようとしてある異変に気付く。まだ合鍵の先端が入っただけだが、微かに感じる違和感に思わず鍵を引き抜く。


「どうしたんじゃ?」

「微かに違和感を感じた。……これは魔力か?」


 合鍵を通して伝わってきたのは微弱な電流のような感覚。ぴりぴりとした独特な感覚だ。


「そうかのう、ワシは何も感じないんじゃが」

「私も感じないわね。となると相当に弱い魔力なのかしらね」

「ロックの繊細な感覚じゃから気づいたと考えるべきじゃろ」


 確かにそうかもしれない。もう一度慎重に合鍵を挿入してみるが、やはり細々とした魔力が感じられる。髪の毛ほどの太さの微弱な魔力、ミクロンサイズの魔力の流れはディノ達のような強大な魔力を持つ者は気づかないのかもしれない。


「じゃがおかしいのう、そんな弱い魔力では罠すら起動できんじゃろうて」

「そうね、どういうことなのかしら」


 ディノとミューリィがその意図を読み解こうと話し合いをしているが、その光景を眺めながら俺はなんとなくだがこの魔力の真意を理解していた。でなければリルがここに囚われていてなおかつ無事であることが説明できないような気がしたからだ。


『何かわかったの?』

「ああ、この錠の内部の魔力におおよその見当がついた」

『マスター、すごいです』


 合点がいったことんが表情に出ていたのだろう、ノワールが傍に来て話しかけてきた。桜花は俺のことを尊敬の眼差しで見てくるが、それほど大したことでもない。


「ロック、何かわかったの?」

「ああ、この錠の内部の魔力についてだが、危険度は低いと思う」

「どうしてですか?」


 アイラとセラもその理由がよくわからないようだ。だが勝手に開けてしまうわけにもいかないので皆に説明しておこう。


「この魔力についてだが、深く考える必要はないと思う。それはタニアの持つ合鍵がいまだ有効だということが理由じゃないかと思うんだ。もし完全に外部からの侵入を防ぎたいのなら、そもそもこの扉がある必要はないだろ? 正面からしか出入りできないようにしておけば誰が侵入してきたのかもすぐに把握できる」

「そうじゃの、いくつもある非常通路を残しておくなど非効率じゃな」


 そう、この扉があること自体が侵入者を防ぐという目的から反する。ダンジョンの攻略ルートが王城の正面の入口だとすると、それ以外の入口からは侵入してほしくないはずだ。なのにこの扉がここにあり、なおかつ合鍵が有効だという理由は何か?


「タニア、一つ確認するが、この通路は誰か利用する奴はいるのか?」

「いいえ、この通路はリルファニア様の指示で作られたものよ。リルファニア様本人かその配下、つまり私たち諜報員しか使わないんだけど、今は私が合鍵を持ってる。この鍵はこの一本しか存在していないわ」

「わかった、それなら納得がいく。タニアと俺達が仲間だってことは既に知られていると前提として、リルがいまだ無事。リルとここのマスターがかつての姉妹でありその関係は良好なものだったとすれば、俺達がここに来ることも予見されていたと考えるべきだ」

「どうしてそこまで考えることができるんじゃ?」


 皆の疑問をディノが代表して口にする。錠というのは鍵と対になって初めて成立する仕組みだ。つまりこの扉にはタニアの持つ鍵以外に通行する手段は無いということであり、その手段を使われることは織り込み済み。そしてタニアが仲間である俺達を連れて救出に来ることも。


「この錠はタニアがこの王城に入ったことを確認するための手段だ。そして俺達が来た事もな。ここのマスターは俺達がここに来ることを望んでいると思う。ならここは進むべきだ」

「そうね……もしここを使わせたくないならこの通路そのものを塞いでしまえばいいのよね」


 ミューリィが納得したように大きく頷く。この鍵を使えば何かしらの方法でマスターへと連絡がいくはずだ。この錠は魔力を利用した【キースイッチ】のようなものだろう。

 キースイッチというのは合鍵を挿入して回すと電気的な信号が出る仕組みのことで、わかりやすい例を言うと自動車のキーだろう。キーを挿して回すとその信号によって電気回路がつながってプラグが作動してエンジンが始動する。他にマンションの入口などにも使われている。部屋の鍵を専用の鍵穴に挿して回すことで自動ドアが開く仕組みだ。


「というわけだ。それじゃ、開けるぞ」


 皆が頷くのを確認して合鍵を挿し込んでゆっくりと回す。鍵の先端部分の突起が錠の内部のウォードに引っ掛かる感触を確認しながら回していくと、微弱な魔力が消えた感じがした。いや、消えたというよりも細い糸が切れたという言い方のほうが正しいだろう。そしてさらに回すと扉の向こう側で小さく閂の外れた音がした。


「開いたぞ、これで相手にも侵入したことが通知されているだろう」

「うむ、皆も気を引き締めるんじゃぞ。ここから先は何が起こるかわからんからの」


 ディノの真剣な表情に皆は改めて気を引き締めて頷く。それを見たディノはゆっくりと扉を開けた。最奥にて俺達を待ち受ける者へと辿り着くために。





**********




 メイドゴーストが甲斐甲斐しく給仕する中、リルはシルファリアとの茶を楽しんでいた。ダンジョンの最奥という場所にいるのに緊張感がないと言われれば確かにそうなのだろうが、今ここにいるのはかつて自分の妹だった存在だ。しかも会話の内容はかつての楽しい日々のことばかり。ついつい昔話に花が咲いてしまうのも仕方のないことと言えた。


『お姉さまも苦労なさったんですね、いきなり放逐などされてしまうなんて』

「そんなことないわ、あなたの処刑を止めることができなかったのだから。そのくらい当然よ」

『最期までお姉さまは私を庇ってくださいましたね』

「あなたは利用されただけよ。あの男にね」


 リルの言葉にシルファリアは黙り込む。それがリルの言おうとしている人物が彼女たち姉妹を引き裂いた元凶でもあるということは明らかだった。だがシルファリアは小さく首を横に振った。


『それを今更言っても仕方のないことです。甘言に踊らされたのは事実ですし……それに……』


 シルファリアは彼女の傍に佇む騎士姿の少年を潤んだ瞳で見つめる。その少年は首から上がない。いや、あることにはあった。その左腕に抱えられたその首は眠っているかのように安らかに瞳を閉じていた。


『こうやってユウイチロウ様と出会えましたから』

『…………』


 ユウイチロウと呼ばれた少年の顔を優しく撫でるシルファリア。だがその少年の首は瞳が開くこともその口が言葉を発することもなかった。


『この城をダンジョン化させたことで力が足りなくなってしまいました。なのでまだユウイチロウ様は眠っています。ですがいずれは……』

「シルファリア……あなた……」


 コンコン……

 リルの言葉を遮るように小さくノックの音がした。音のする方を見れば、そこには明らかに異質な光景があった。

 先ほどからリルのいるこの場所はダンジョン内部に作り上げられた庭園だった。木々草花に囲まれたその場所に一枚の扉があった。壁もないところに枠と扉だけが存在していたのだ。


『入りなさい』

『失礼します』


 全く音をさせずに扉を開けて入ってきたのは先ほどから給仕をしていたゴーストメイドではなく、漆黒の革鎧を纏った全身黒装束の女だった。だがその真紅に染まった瞳は彼女がモンスターであることを如実に表していた。そして首にかけている細い鎖の先には小さな宝箱がつけられていた。


(宝箱? それにあの女性、きっとモンスターでしょうけど……どこかで見た記憶がある)


 その女を見たリルはそんな感想を抱いた。だがその女はリルを軽く一瞥しただけで横を素通りしてシルファリアの元へと向かい片膝をつく。


『例の者たちがあの扉を開けました』

『そう……お姉さま、タニアがこの城に侵入したようですよ。しかも仲間を連れて……羨ましいですわ、今のお姉さまには危険も顧みずに救出に来てくれる仲間がいるんですから』

「仲間……それって……」

『ディノ=ロンバルドにミューリィ=ミューレル、他数人と……【鍵師】の男です』

『そう……まずはあなたの好きなようになさい』

『わかりました』


 革鎧の女は軽く頭を下げると立ち上がり、入ってきた扉から出て行った。その姿をじっと見つめていたリルだったが、シルファリアが続けた言葉で我に返った。


『ゲン=ミナヅキの弟子……ですか。そのお手並み拝見といきましょうか、彼女もそれを望んでいるようですし』

「どうしてあの女性が……あ! ま、まさか……」


 リルは自分の記憶の片隅におぼろげに残っていた情報と先ほどの女が一致したことを確信した。そしてそれは本来ならば起こりうるはずのないことだということも。


「どうして彼女が……まさかシルファリア、あなた……」

『私は何もしていませんよ? 彼女の強い遺志がそうさせたのでしょう』


 そう言うと平然とカップを口に運ぶシルファリア。だがリルは先ほどの女性が誰であるかをはっきりと理解した。もし彼女がリルの知っている人物と同一人物であればその狙いは間違いなくロックだろう。今回のメンバーで最も戦闘能力に乏しい彼が瀕死の重傷を負ったのはまだリルの記憶に鮮明に残っている。どうしても湧き上がる不安を払拭できなかった。


「お願い……みんな、ロックを守って……」


 何もすることができないリルはただ皆の、そしてロックの無事を祈ることしかできなかった。

活動報告にも書きましたが、異世界でも鍵屋さん2が3/7に発売されます。

今回は改稿作業がリアルの仕事の繁忙期と重なり大変でした。


徐々に更新ペースを戻していくつもりなので、これからもよろしくお願いします。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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