遭遇
更新が遅れてすみません。
「ちょっと拍子抜けしちゃうわね」
初めて入るダンジョンの中だというのに、そんな気の抜けた声が前方から聞こえる。声の主は先頭を歩くアイラを護衛しているソフィアだ。だがそれを咎めるような者はいない。
それもそうだろう、先ほどの扉をくぐってからずっと石造りの地下通路を歩いているんだが、モンスターに遭遇していない。時折小さなコウモリが飛んでいるが、モンスターと呼ぶにはふさわしくない小さなコウモリだった。通路はごくありふれた石造りで、罠の気配すらない。
「……全然気配がないよ、臭いもしない」
アイラが小さく呟く。アイラは先頭で索敵しながら進んでいるんだが、モンスターの反応はまったく感じられないらしい。それらしい臭いもしないようだ。……ダンジョンってこういうものなのか?
「どうしてモンスターが出てこないんだ?」
「わからん、じゃが油断させるためかもしれんから気を抜かんほうがいいじゃろ」
ディノも若干不思議そうな表情を見せながらも全員に注意を怠らないように促す。何が起こるかわからないのがダンジョンとはいえ、こうも何も起きないと違う意味で危険だ。緊張しすぎると実力を出せないなんてのはアスリートでもよくある話で、適度のリラックスは必要だがそれも行き過ぎると逆効果だ。緩みすぎた緊張の糸を再び張りなおすのは一流のアスリートでも至難の業であり、ここはダンジョンの中ということを考えればその大きな隙は命取りになりかねない。
「通路は……ただの石造りっぽいな、王城の外壁のような様子もない」
「そうね、あれも異様だったけどこの通路も異様よね。何か意図的なものがあるのかしら」
ミューリィも首を傾げながら周囲をしきりに見回している。彼女も先ほどから精霊を呼び出して探っているが異変らしいものは感じ取れていないようだ。
ランタンの灯りに照らされて浮かび上がる周囲の様子を見れば、魔法の灯りの媒体でもある水晶のようなものが等間隔で設置されているが、そのどれもが作動していない。これまでに潜ったダンジョンではいずれも灯りがついていたが、これにも何か意味があるのだろうか。
真っ暗な地下道をランタンの灯りだけを頼りに歩き続ける。ぼんやりとした灯りはほんの数メートル先しか照らすことができず、これまでにない不安を感じさせる。だが……
『マスター、このまま真っすぐ進んでください』
「あ、ああ、よくわかるな」
『えへへへ……』
俺に背負われるような格好で肩口から前を見ていた桜花が何もないことを伝えてくる。視界が狭いこの状況で周囲の様子がわかるのはとてもありがたい。褒めようとして桜花の顔を見るとその瞳が紅く光っている。思わず声をかけるのを躊躇ってしまったが、軽く頭を撫でてほめてやるとはにかんだ笑顔を見せる。そういえば桜花はアラクネだからモンスター独自の感覚を持ってるんだろう、暗闇でも周囲のことを見ることができるのはかなり有利になるな。鍵の仕事では明かりの無い場所での仕事もあるので、いずれ桜花にも色々と教えてみよう。
およそ小一時間ほど歩いただろうか、全く変わりばえのしない風景にようやく変化が訪れた。これまで大人二人が並んで歩けるくらいの幅はあった通路がいきなり狭くなった。それこそ大人一人がようやく通れるくらいだが、それよりも明らかに違う変化といえば……
「階段か……」
「そう、ここから王城の地下倉庫に入るわ」
タニアの答えに皆の間に緊張感が走る。目の前に現れたのは上へと続く階段だった。ランタンの灯りを頼りに目を凝らしてみると、階段の先の天井部分には数枚の長細い木製の板のようなものがかろうじて見えた。タニアはその板に近づくと、決して明るくはないランタンの灯りの暗さにも戸惑うことなく板を外してゆく。その手つきはその行為が何度も繰り返されていることの証明だろう、てきぱきと手際よく全ての板を外してしまった。その先に見えるのはこれまでと同じ暗闇かと思ったんだが……
「誰だ!」
アイラが突然暗闇に向かって身構える。その耳は暗闇の奥に潜む何かの発する些細な音も逃すまいとその視線の奥へと固定されている。皆が数歩後ずさり、各々戦闘態勢をとる。すると暗闇の奥から二つの真紅の輝きが見えた……と思ったらすぐに消えてしまった。見間違いかと思ったが、アイラの行動がそれを証明してくれた。
「あれ? あれ? どこに行ったの?」
アイラが突然うろたえはじめた。その耳はあらゆる方向をせわしなく向き、必死に音を拾おうとしているが芳しくないようだ。鼻をひくひくさせてニオイを追おうとしたりしているが、どうやら完全に見失ってしまったようだ。
「ごめんなさい、見失っちゃった」
「そんなに落ち込まんでいい、むしろ無闇に突っ込んで大事に至ることこそ避けねばならん。それに反応が無くなったということは危険度が下がったとも考えられる」
わかりやすいほどに意気消沈しているアイラ。それを見かねたディノがすかさずフォローを入れる。何が起こるかわからない状況ではメンタル面でのフォローは大事だ。皆が緊張を解く中、タニアだけは用心深く階上の状況を探っている。
「……ここは食料の備蓄庫のはずなのに……どうしてこんなものが置いてあるの?」
そのまま階段を上がっていったタニアの呟きが耳に入ってきた。ただ立ち尽くしている様子から危険度は低いと判断した俺たちは慎重に階段を上がる。そしてタニアの持つランタンに照らし出された物体を見てタニアの呟きの意味を理解した。埃のかぶった木箱がたくさんおいてある備蓄庫の中央には宝箱が置いてあった。
その宝箱は華美な装飾などないシンプルなもので、初級ダンジョンでよく見られるものに酷似していた。錠も単純なウォード錠なのは一目見て判別できたんだが、その宝箱はいつも俺たちが見ているものとは違った。
「開いてる……よな?」
『はい』
ぼんやりとしたランタンの灯りでははっきりと見えなかったので桜花にも確認してみたが、やはりその宝箱は開いていた。全開というわけではないが、ほんの少しだけ蓋が開いていた。そしてその隙間から、赤く光る目のようなものがこちらの様子を伺っていた。
「そこにいるのは誰だ!」
とっさに声を上げてしまった。というのも、その目からは何かしらの意思のようなものを感じたからだ。もしこれが完全な悪意だったとすれば、不用意に近づけば命の危険性がある。なので皆に周知させる意味合いもこめて声を出したんだが、宝箱は予想外の動きを見せた。
ぱたん、かちゃり。
小さな音をたてて蓋が閉まった。それどころか鍵もかかったらしい。ということはやはり中には何かが存在していたようだ。
「もしかして……偽宝箱?」
「じゃがいつもはもっと派手なんじゃがのう」
「様子をうかがっていたみたいだけど、そんなの聞いたことないわ」
ディノとソフィア、そしてミューリィが自分たちの過去の経験からこの宝箱の分析をしている。だが今起こったような状況、そして宝箱そのものと偽宝箱がうまく結びつかないようだ。
『大丈夫よ、もうその宝箱に危険は無いわ』
「お前に比べたら余程の強力なモンスター以外はそうだろうよ」
『違うわ、もうこの宝箱の中にはいないということよ』
「どういうことだ? となれば開けてみるのが手っ取り早いんだが」
思いがけないところから声がかかった。黒竜であるノワールから比べればそのへんのモンスターなど雑魚同然だろう。だがこの中にはいないってのがいまいち理解できない。
「そうじゃの、まずは開けてみてから判断するべきじゃろ。となればしっかり援護できる準備をせねばのう、ソフィア、ミューリィ、早く準備せい」
ディノの指示にミューリィとソフィアがすかさず反応して防御障壁を張るべく俺の両脇に控えて魔法の詠唱準備に入る。アイラとタニアは周囲の警戒、ディノとセラは万が一に備えてやや離れたところからいつでも魔法を放てるようにしている。
「桜花は俺のそばにいてくれ、何かあったら頼むぞ」
『任せてください』
桜花には緊急離脱の対応をしてもらう。とはいってもそんなに難しいことをする訳でもなく、あらかじめ体に糸を巻き付けておいてもらい、桜花が離脱するのと同時に引っ張ってもらうというだけなのだが、攻撃を弾くような強固な防御魔法や神速の移動を可能にする身体能力も持たない俺にとっての秘策だ。
「作業の邪魔にならないように糸は腰のあたりに巻き付けてくれ。離脱の合図をしたらすぐに離れてくれよ」
『はい!』
頼ってもらえることがとても嬉しいらしく、桜花はにこにこと笑顔をふりまきながら俺の腰へと糸を巻き付けている。それが終わるとやや離れた場所に網を張りはじめた。万が一に強く引っ張りすぎた時のための受け止め用の網のようだ。そこまで強く引っ張らなくてもいいと思うぞ?
「準備も整ったようだし、始めるぞ?」
「頼んだわよ、お手並み拝見するわ」
タニアが店でのやり取りのように軽い口調で声をかけてくる。あくまでも普段通りを装うつもりなんだろうが、その表情にはほんの僅かだが翳りが見える。それもそうだろう、自分の仕えるべき存在のリルが囚われているのだから。彼女なりに俺達への負担を軽くしようという考えなんだろう、だがそれはかなり無理していることに他ならない。できる限り迅速にタニアも救い出してやらないといけない。
軽く両手で頬を叩いて気合を入れなおすと、まずは宝箱の鍵穴をよく観察することから始める。LEDライトで鍵穴の奥を照らすと、構造は至ってシンプルなウォード錠だ。そう判断して視線を鍵穴の奥から外さないまま左手で腰につけた道具入れからピッキングツールを取り出そうとしたところで動きを止めた。
「あの光の反射は何だ?」
「どうしたの、ロック?」
つい漏らした呟きを聞き逃さなかったミューリィが魔力を高めたまま聞いてくるが、それに応えている暇はない。その光の反射は明らかに金属のそれとは異なるものだった。記憶の底からそれに似た光の反射をするものを思い出そうとしばし手を止めて考え込む。その光の反射は鍵穴の奥でゆらゆらと揺れていた。それに酷似したものを俺はよく見たような気がする。
「まるで……小さな瓶に入ったウィスキーみたいだ。となればあれはガラスの類か? 鍵穴の構造に壊れやすいガラスを使うなんて考えられん。となればあれは何も知らずに鍵開けをしようとした奴に割らせるためのものか? だとすると中身は毒かそれに近いものかもしれない」
「毒? もしかして罠があった?」
「ああ、それらしいのがな。だが位置は把握したから心配するな」
心配そうなミューリィを安心させるべく、平静を装って返事をする。だが内心はかなり緊張している。構造自体はシンプルだが、開けようとした者に対しての悪意に満ちた罠というものに遭遇したからだ。ペトローザの屋敷で見たような大掛かりなものとは違い、この小さな鍵穴の奥に仕掛けられた罠は一見無害そうだが、こういうタイプを侮ってはいけない。
「奥のガラスみたいなのを割るとアウトか。となればウォードはその手前までしかない。だが微妙な位置の違いがあるとまずい……となれば使うのは……コイツだな」
道具入れから取り出したのは弾性のスチール線。これならばガラスに触れてもいきなり割れるということはない。テグスを使ってもいいんだが、テグスでは触れたものの材質を判断することは少々難しい。
スチール線を慎重に鍵穴に挿し込んでいくと、突き当りの部分の感触が違う。手に伝わってくる感触ではやはりガラス系の材質のようだが、その感触がやけに軽い。これは材質の厚みがあまり無いせいかもしれない。となればほんのわずかな誤差も許されないだろう。スチール線にあらかじめ付けておいた目盛から鍵穴の奥までの長さを計測する。
「よし、これで罠までの距離は判別した。あとは開けるだけだな」
「…………」
スチール線を抜き、いつもの道具を挿し込んでウォードの隙間をゆっくりと探る。と、時計回りの方向にスペースがあった。その位置は罠から一ミリ手前、もし何も知らない奴が無造作に鍵穴を弄ったのなら、そのまま奥のガラスを破って罠の餌食だろう。思わずほっとして緊張が解けそうになるのを堪えながら、ゆっくりと道具を使い解錠させる。決して焦らず、ゆっくりと鍵穴に挿し込んだ道具を回転させる。
かちゃり
小さな解錠音とともに、内部のロックが外れる感触があった。だが安心するのはまだ早い。ゆっくりと道具を引き抜くと、両脇にいるミューリィとソフィアに合図する。
「鍵は開けた。あとはできるだけ慎重に蓋を開けてくれ、鍵穴の奥に毒薬のようなものが入った容器があった」
「わかったわ、まかせて。ソフィアちゃん、ゆっくりと開けて。何かあったときのために風を展開させておくから」
ソフィアに開けるように指示すると、即座に詠唱に入るミューリィ。もし俺の言葉通りに毒薬で、しかもそれがガスのようなものだったとすれば、こんな狭い通路では全滅の危険がある。そのために風魔法で毒が噴出した場合の備えをしているんだろう。
「それじゃ開けるよ……うわ! スライムよ!」
ゆっくりと蓋を開けたソフィアが思わず声を上げる。スライム?
宝箱に近づいて中を見ると、中身は空っぽだった。だが鍵穴のある場所には小さなガラスのような小瓶が取り付けられていた。缶コーヒーくらいのサイズの小瓶の中には、オレンジの蛍光色の粘液のようなものが波打っていた。全く動かしていないのに、だ。これがスライム? 周囲を見ればノワールと桜花以外の表情が強張っている。
「スライムって雑魚じゃないのか?」
「何言っておるか! スライムは素早く人体に入り込んで内部から食われてしまう恐ろしいモンスターじゃ! なんという悪質な罠じゃ!」
その恐ろしさを熟知しているであろうディノが声を荒げる。そんなに危険な罠だったのか……それにスライムって雑魚じゃなかったんだな。体の内部からって……怖すぎだろ。
「でもおかしいわね、偽宝箱なら何か攻撃してきそうなものだけど、実際は罠だけ。もしかして違うモンスターだったのかしら」
「でも確かに何かいたんだがな」
宝箱の蓋が閉まる音と施錠される音は皆が聞いているから、何かがいたのは間違いない。だがそれが一体何なのか? ミューリィは空っぽの宝箱を見ながらしきりに首を傾げている。
「ここは既にダンジョン内部なんだし、何が起こっても不思議じゃないだろ? それよりも先に進んだほうがよくないか?」
「ロックの言う通りよ。ここは間違いなく王城の食料備蓄庫、また先導するからついてきて」
タニアはそう言うと、備蓄庫の入口の扉を開けて出て行った。皆もそれに続いてぞろぞろと出ていく。俺も最後に出ようとして何気なく宝箱の横を通り過ぎた時、ふと宝箱の底に記されたものに視線が釘付けになった。それはこの世界に存在するはずのないものだった。
【 六 】
漢数字の六、本来ならこの世界にあるはずのない文字。だが俺が釘付けになった理由はそれだけじゃない。六、すなわち六月の別称は……水無月。これはただの偶然だろうか?
「……まさか師匠がこのダンジョンにかかわっているなんてことは……ないよな」
心の片隅に若干の胸騒ぎを残しながらも、俺達はユーフェリア王城への侵入に成功したのだった。
年度末の超多忙と体調不良が重なるという事態になかなか執筆の時間が取れませんでした。もう少しペースを戻したいです……




