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異世界でも鍵屋さん  作者: 黒六
第12章 錯綜する迷宮
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俺の選ぶべき選択肢

遅くなりました。

「そんな胡散臭いものはいらない」


 俺は即答した。もし俺があいつらと同じように子供だったなら、喜んで力を貰っていただろう。世の中のことなど大して理解できていない馬鹿な子供だったら即座に飛びついていただろう。

 一見、力を得るということは良いことのように思われるかもしれない。だがそれを支える部分が強くないと、ただ振り回されて扱いきれないだけだ。軽自動車にF1マシンのエンジンを積み込んだとして、軽自動車しか運転したことのない奴が制御など出来るはずがない。

 付け焼刃はすぐに落ち、めっきは剥がれ落ちる。それは仕事の現場で何度も見てきたことで、大概は自分の領域から離れた分不相応なことに手を出して失敗する。

 鍵屋に求められるのはミリ単位での精緻な動きを可能にする集中力と自身のコントロールだ、決して凄まじいほどの筋力でも、神速のスピードでも、膨大な魔力でもない。さらに言えば、錠についての膨大な知識と数え切れないほどの経験、それを駆使しての想像する力だ。それは他の誰かから与えられるものじゃない。


「俺は鍵屋だ、これまで必死に積み上げてきた経験と磨いてきた腕がある。あんたがそれを超えるものを与えてくれるとは到底思えない。たとえ貰えたとしてもそれは他人が積み上げたものだ。俺が好き勝手に使っていいものじゃない。だから……俺にはそんなものは不要だ」

『……そう言うと思っていました。少なくとも大きく間違った道を歩んではいないようですね』


 女性は安堵の感のこもった笑みを浮かべて俺を見据える。笑顔だがその黒曜石のような瞳の奥からは底知れぬ何かを感じる。決して俺如きが対等に会話できる相手じゃないんだろうが、俺には俺の生き方がある。よくわからない力を与えられて自分を見失うなんて御免こうむる。


「もしそんな力を貰ってしまったら、これまで俺が積み上げてきたものが全く意味のないものになってしまう。それは俺自身、それに俺の師匠への裏切りだ。絶対に許されない」

『……わかりました、それを聞いて安心しました。あなたはいずれ仲間達とともにここを訪れることになります。ですが、心しておいてください。最深部にはあなたでなければ到達できません』


 俺じゃなければダメだってどういうことなのかがイマイチよくわからない。何故こんなに俺に期待するんだろう、俺には戦うための力も無いのに。

 

 それからしばらくの間、色々と話を聞くことになった。俺を襲撃した連中はやはり日本から来たとのことで、あの誘拐事件の被害者だそうだ。ユーフェリアで勇者として召喚されたようだが、まさか召喚されたなんて警察じゃ理解できないだろう。

 それに、そのためにこちらの人間が犠牲になっていること、犠牲になった人たちが彼等を狂わせていることも聞かされた。

 襲撃された俺としては腹立たしいものもあるが、あいつらも被害者と言えなくはない。もし俺が師匠と出会う前にあいつらと同じ境遇になったとしたら、同じ轍を踏まないという自信はない。何故そんなことを思うのか、それはあいつらの今の状況も聞かされたからだ。


『あの者たちは私に連なる者の手で制裁を受けています。その力は全て奪われて、ただの子供になっています』

「……なんだと?」


 それが犠牲者の魂を救済する方法らしいが、このままではそいつらの命が危ういだろう。色々とやらかした奴等が被害者からの復讐のターゲットにされてしまうのは想像に難くない。日本でも時折そんな感じのニュースが報道されることがある。

 そもそもの原因は召喚を行った連中であり、分別の出来ない子供にそんな力を与えればおかしくなるのは当然だ。罪は償わなければならないが、かといって殺してしまってそれで終りにしてしまうのは納得がいかない。聞けばあのダンジョンにあいつらもいるらしいが、俺の仲間達に見つかればタダではすまないはずだ。となればこんなところで時間を潰している暇はない、俺の知らないところで勝手に処理されてたまるか。

 そんな俺の焦りを理解したかのように、女性は口を開く。


『あなたはそろそろ向こうに戻る時間です。あなたはあなたの道を進んでください。惑うことのないことを祈っていますよ』


 意識が朦朧としてくる。話しかけてくる声も小さく、か細くなってきて……そして俺の意識はそこで途絶えた。


『私達はここであなたを待っています……甚六・・。あなたが終わらせてくれることを……』




**********




『まさかあなたがロックの関係者とは思いませんでした』


 ウィクルの最深部、ダンジョンマスターの部屋に黒竜が巨体を横たわらせていた。しかしその口調は力ある者とは思えないほどにへりくだっている。その証拠に、その首は地に伏せており、まるで高位の存在に頭を垂れているようだった。


「アイツは知らないからな、できればまだそのままにしておきたい」

『……娘はそのままにして良いのでしょうか?』

「構わないさ、今のところ害はないからな」

『ずいぶんと肩入れするのですね』

「……色々と深い理由があるんだよ、悪いか?」

『いいえ、ただ……まるで心配性の姉のようだと……』


 黒竜の前には仮面の女がいた。しかしそこには彼女一人きり、勇者達の姿はどこにも見えなかった。


『ところで、あの者達の処遇は本当にあれでよろしいのですか?』

「ああ、そこまで我々が関与する必要はない。アタシの言いたいことはアイツが言ってくれるだろう。そのあたりはアイツを信頼しているからな」


 仮面の女は照れ隠しのように頭を掻きながら言う。仮面の端から見える肌が薄紅色に染まっているので、本当に照れているのだろう。


「さて、今のアタシの力じゃここまでしかできない。いいか、もう【大迷宮】は動き出している。もう外部から止めることはできん、乗り込んで踏破する以外に方法はない」

『それが出来るのがロックですか? 私にはそこまでのものとは思えませんが』

「まぁ普通はそう考えるだろう。だが、【大迷宮】はアイツじゃなきゃダメなんだよ。他の誰でもない、アイツ自身の力が必要なんだ」


 いきなり真剣味を帯びた声色に変わり、黒竜はその身を竦ませる。目の前にいるのは自分などよりもはるかに高みにいる存在だ。もし何か気に障るようなことがあれば即座に消されてしまうだろう。それだけでも【大迷宮】の話の真実味が窺われる。


「色々と動き出す連中が増えるだろうが、出来るだけ力になってやってくれ」

『はい、必ずや』


 黒竜の金色の瞳をじっと見つめていた仮面の女は、その言葉に嘘偽りが無いことを確認すると幻のようにその場から消え去った。




**********




「どうして誰も気付かなかったのよ!」

「ワシに聞かれてもわからん! 全く気配を感じなかったんじゃ!」

「とにかくロックのところへ!」


 目を覚ました俺は遠くからそんな怒声を上げながら近づいてくる仲間達に気付いた。

 身体は……動く、というか全く今までと遜色ないくらいだ。ただ、状況がよくわからない。アイラとセラが寝台のそばで寝息を立てている。それはまだいい、それは。


『マスター、危険です』


 俺のすぐそばで桜花がじっと見つめる部屋の隅には四人の若者の姿がある。どうやら失神しているようだが、今にも飛びかからんとばかりに威嚇する桜花。


「どうした? あの四人がどうかしたのか?」

『あの赤いのがマスターを攻撃したんです!』


 ああ、あの一撃はあいつがやったのか。だが今の姿からはそんな強さは微塵も感じられないんだが……。まるで病み上がりのように顔色が悪い。


 やがて仲間達の声がすぐ近くまで近づき、弾かれたような勢いで扉が開け放たれた。顔を見せたのはいつものギルドメンバー達。


「「「「「 ロック! 」」」」」


 まるで信じられないものを見たような顔だ。大口を開けて呆けたような顔をしたディノというのも滅多に見られないと思う。他の連中も同じような表情だが、俺の視界に気になるものが映った。


「ミューリィ、お前、どうしたんだ」

『大丈夫……ちょっと怪我……』

「どう見ても大丈夫じゃないだろう」


 ミューリィは口の周りを赤く染め上げていた。あれは……吐血の跡だ。


『平気……だから……それより自分はどうなのよ』


 掠れた声で俺の心配をしてくるが、口のまわりを血塗れにしてるお前のほうがどう見ても心配だ。


「俺は平気だ、というか前よりも調子がいいかもしれない」

「ロック……おぬしの身体に書かれているのは何じゃ?」

「ん?」


 改めて俺の姿を確認してみると、作業着やシャツは前がはだけられていて、Tシャツはたくし上げられている。だがそれ以上に気になるのは、腹から胸にかけて書かれたミミズがのたうったような、文字といっていいかどうかすら分からないものだった。言語魔法でも翻訳されないのは文字として認識されていないのか?

 ところが、その文字らしきものを見たディノの様子がおかしい。いや、様子がおかしいのはディノだけじゃない、ミューリィにサーシャ、そしてソフィアもだ。青褪めた表情でじっと俺の身体を見つめている。


「これは何かの落書きか? 誰かの悪戯か?」


 まさか仲間の誰かがやったとは思えないが、他には……そういえばあの女性が他にも今回の件で動いている者がいると言ってたな、そいつの悪戯か? とりあえず掛けられた毛布で擦ってみたが、どういうわけか全く消える気配がない。


「ロック……それは時間が経てば自然と消えるから心配しなくてもいい。それより、身体に異常は無いか?」

「どうしたディノ? さっきから顔色が悪いぞ?」


 俺の身体を見てからずっと顔面蒼白で、次第に酷くなっているようにも思える。声のトーンもいつもよりずっと低い。いや、誰もがテンションが低い。それもそのはず、他の仲間達の視線は部屋の片隅に固定されていた。そう、あの四人に。いつの間にか目を覚ましていたようで、身を寄せ合って体を震わせている。


「……どうする、ディノ? ここで始末する?」

「……そうじゃのう、生かしておいても意味は無いじゃろ」

「「「「 ひっ! 」」」」


 ロニーが普段と全く異なる低い声で呟くと、ディノもそれに応える。ロニーはゆったりとした動作で腰の剣を抜いて構える。完全に据わった目つきで四人を見るが、その瞳には感情が欠落しているようにも見えた。剣先の鈍い輝きが自分達の行末を想像させたのか、小さく悲鳴をあげてさらに身を寄せ合う四人。そして剣は大きく振り上げられ、そのまま振り下ろされ……


「待ってくれ!」


 他の三人を庇うような姿勢の白いローブの少女の首の皮ぎりぎりのところで剣が止まり、ロニーが感情の失せたような目を向けてくる。いつものロニーとは全く異なる雰囲気に、背中に嫌な汗が滲むのを感じる。


「どうして止めるんだい、ロック? こいつらは君を殺すつもりだったんだよ?」

「ああ、確かにそうかもな。でも、俺は無傷だ」

「それは……確かにそうだけど」


 ロニーはあからさまな不服の意思を顔に出した。見回せば他の仲間達も同じような表情だが、俺としてもここで流されるわけにはいかない。


「こいつらは何も知らずに召喚された、いわゆる被害者だ。確かにやってきたことは無視できることじゃないが」

「じゃが、ロックはそいつらが召喚されるときに何があったかを……」

「……こちらの人間が犠牲になったんだろ?」

「どうしてそれを!」


 どうやら俺がそのことを知っているのは想定外だったようだ。だが今はそんなことはどうでもいい、こいつらに関しては俺が被害者である以上、口出しさせてもらう。


「だがな、こいつらがそれを指示したのか? こいつらを殺しても何も変わらない。トカゲの尻尾切りをされて原因は残ったままだ。それにもうそれだけの制裁は受けている」

「制裁……じゃと? ロック、おぬし何を知っている?」

「目が覚める前に……【大迷宮の元ダンジョンマスター】に会ってきた。こいつらはもう加護の力を抜かれている。それにもう日本に帰ることも出来ない。力の無い子供としてこちらで生きていくしかない」


 俺の言葉に驚きを隠せないディノ達。それもそうだろう、まさか俺がこんなことを知っているなんて思っていなかっただろうからな。それに招待状の送り主に会ってきたなんて言い出すとも思っていなかっただろう。


「……会ったのか?」

「ああ、向こうは名乗ってはいないが、色々と状況から判断して間違いないと思う。聞いたところによると精神状態もぼろぼろで何の力もない。そんな状態でこの世界で生きていくことがどれだけ過酷かは皆のほうが理解できるだろう。トドメを刺すなんてむしろ助けてやることにしかならない」

「しかし、それでも召喚の犠牲者たちが……」

「それだよ、もしこいつらをここで殺したら、その犠牲者たちの命はどうなる? ただ召喚して殺されるだけの存在のために使い潰されるだけということになる。それじゃ犠牲者たちは何のために産まれてきたんだよ。こいつらは犠牲者達のためにも、どんなに過酷でも生きていく義務がある。その生涯をかけて、犠牲者達の命が全く無駄じゃないって証明していくことが償いになると思ってる」


 俺は日本人だし、鍵屋っていうのは防犯に関わる仕事だ。そんな人間が簡単に他人の命を奪って償わせるようなことをしてはならない。命をはじめとした財産を護るべき仕事でもあるからこそ、俺は誇りをもって鍵屋を名乗れる。

 それに一番の理由は……師匠に顔向けが出来ない。俺を育ててくれた師匠なら絶対にこの選択をする。それ以外の選択肢を想像することができない。


「なぁディノ、師匠はこんなときにどうしてた? 簡単に殺すことを選んだか?」

「……いや、ロックと同じく生きて償わせておった」


 やはり俺の考えは間違っていなかった。師匠は俺と知り合った当初、いつも言っていた。子供が道を間違えるのは周囲の大人が導いてやれないからだと。間違えた子供を切り捨てるのは簡単だが、それでは何も解決しないと。自分のしたことをきちんと認識させて償わせて初めて解決するんだと。


「……お前らもこんなところで死にたくないだろう?」

「は、はい……」


 涙と鼻水で汚れた顔をくしゃくしゃにしている白ローブの少女に話しかける。こっちの世界の常識から言うと甘いと言われるかもしれないが、俺はこういう考え方しかできない。どっちが正しいかなんて俺には判断できないが、俺の納得する方法はこれしかなかった。


「おぬしはそれでいいのか?」

「死んで終わらすというのは、その場しのぎでしかない。きちんと生きて償わせるからこそ、その先に続いていくと思ってる。だからこいつらにはその生き様で償ってもらわなきゃいけないんだよ」

「あ……ありがとう……ございます……」


 嗚咽まじりで何度も礼を言う少女。周りの仲間達を見回せば、半ば呆れたような顔をしてはいるが、反対の意見は無いようだ。

 まったく、俺がもう少し目を覚ますのが遅かったらとんでもないことになってたかと思うと背筋が寒くなる。それに……腹に書かれているものが何かも気になる。アイラとセラはまだ起きてくる様子は無いが、きっと目を覚ませば大騒ぎするんだろう。心配かけたのは事実だし、きちんとケアしてやらないとな。

ロックとしては、罪はきちんと償わせるべきと考えています。死というのは罪を犯した者への救済になってしまうとも考えています。

彼等のその後などについては次回にて……


読んでいただいてありがとうございます。

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新作始めました。現代日本を舞台にしたローファンタジーです。片田舎で細々と農業を営む三十路男の前に現れたのは異界からの女冒険者、でもその姿は……。 よろしければ以下のリンクからどうぞ。 巨人の館へようこそ 小さな小さな来訪者
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