導きし者?
遅くなりました……
「はい、あーん」
「今度は私の番ですよ」
両側から差し出されるスプーンにどう対処したらいいのか困惑している。俺がいるのはギルドの自室のベッドの上だ。
あれから十日経ったのだが、万が一のことを考えて自室待機をさせられている。身体にはもう問題はなさそうなんだが、アイラとセラが涙ながらに安静にしろと訴えるので仕方なくベッドで休んでいる。
十日前、あの四人への処遇をとりあえず大まかに決めた後、二人は目を覚ました。かなり大騒ぎになると覚悟してはいたんだが、二人とも俺の顔を見るなり抱きついてきて大泣きした。いくら諭しても離れてくれず、泣き疲れて眠ってしまってもその手は俺の服を離さないほどだった。
心配かけてしまったのは事実だし、俺としてもここまで想っていてくれたのかと思うと無碍に断ることも出来ない。というわけで、今は二人に絶賛看護されている。
『お腹すきました』
桜花が物欲しそうな顔でベッドに飛び乗ってきたので、膝の上に乗せて頭を撫でてやる。それを見たアイラとセラが一瞬顔を引き攣らせるが、こいつにもかなり心配かけたんだからこのくらいは大目に見てもらいたいものだ。不満そうな顔をするアイラからパンを受け取って渡すと、はむはむと食べ始める。
「もう! 心配したんだからね!」
「そうです! でも、本当に良かった……」
二人がまた瞳をうるうるさせ始め、やがてしくしくと泣き始めた。食事の世話を焼いてくれるのは嬉しいんだが、その都度こうやって泣き出してしまうのには困る。女の子に泣かれるというのは精神的にくるものがある。
「もう泣くな、こうして無事でいられたんだから。そんな泣き腫らした顔じゃ可愛さも半減だぞ」
「え……そんな……」
「恥ずかしいです……」
最初はいくら宥めても泣き止まなかったんだが、一昨日の夜あたりからこんな感じになってきた。結構余裕あるじゃないか。
「さあ、食事も済んだしそろそろ休ませてくれ」
「えー」
「あの、もう少し」
「……こんなときにゆっくり休ませてくれたら最高なんだけどな」
「セラ、早く後片付けするよ!」
「ええ、アイラ!」
慌てて食器を片付けて部屋を出て行く二人に少々頭痛がしてくるが、あまり長居してもらっては考え事も出来ない。色々ありすぎて混乱した頭を整理するには時間が必要だ。特に自分が当事者となってしまったのでは尚更だろう。その為にも一人の時間が欲しかった。
この十日で色々と動きがあった。まずはあのダンジョンについてだが、しばらくは探索者の立ち入りは禁止になった。だがそれは危険ということではなく、ダンジョンマスターの意向であまり探索者に立ち入ってほしくないからということらしい。ただし、勝手に入り込む連中には攻撃してくるそうだが、それは仕方のないことだろう。
そういえば、三日前にあのダンジョンマスター付きのメイドがやってきたんだが、その時にちょっと気になることを言っていた。
『あなたはこれから、複数のダンジョンマスターに狙われるかもしれません』
その言葉の真意を測りかねていると、彼女はさらに言葉を続けた。
『あなたが【招待状】を贈られたことは全てのダンジョンマスターが知っています。ほとんどのダンジョンは【大迷宮】の支配下にあるので、危害を加えられるようなことは無いと思いますが、全てのダンジョンが完全服従しているということではないんです。難易度の高いダンジョンのマスターほど強い力と強い自我を持ちます。そういう存在は自分のダンジョンに誇りを持っており、あなたの持つ力を試そうとするでしょう。くれぐれもお気をつけください』
こんな感じで言いたいことだけ言って帰っていった。見舞いにきたのか冷やかしなのかよく分からなかったが、今後気をつけろという忠告を見舞い代わりに置いていったということだと考えるべきだろう。
とはいえ、今の状態ではどうすることもできないんだが。俺はこの有様だし、ギルドとしても色々と処理することがあるらしく開店休業状態だ。
それと……俺をこんな目に合わせた連中だが、すぐに結論は出ないらしいが俺の意思は尊重してくれるようだ。だが、今回の犠牲者は複数の国に跨っているので一筋縄ではいかないらしい。そろそろ詳しいことが決まるらしいが、あいつらにはきちんと償いができるような処遇を期待したい。
仲間達もそうだったが、処刑という意見も多く出たようだ。その気持ちは理解できなくはないが、だがその原因はユーフェリアの連中が仕組んだものであり、ただ怒りのままに処刑するというのはユーフェリアの【トカゲの尻尾切り】的な逃げ道を作ってしまうことになりかねない。全てがうやむやになることだけは絶対に避けてほしい。
それから、俺の身体に書かれていた文字のようなものは内容が理解できなかった。目が覚めてから数日は残っていたが、次第に薄くなっていき今は完全に消えてしまった。ディノの言語認識の魔法でも翻訳できない文字らしいが、ディノ達にはその内容が理解できたようだから後で教えてもらおう。かなり複雑な表情をしていたが、どんなことが書かれていたのかとても気になる。
「身体は全然平気なんだがな……」
ベッドの上で軽くストレッチをしながら身体の動きを確認するが、別段違和感を感じるような部分は無いと思う。両手の指をわきわきと動かしてみるが問題なく動いている。指先に息を吹きかけてみたり、桜花の髪を撫でたりしてみるが感覚が鈍いということもない。
心配なのはこんなに仕事から離れたことが今まで無かったことだ。日本では盆正月でも仕事が入ることがあったので、長期の休みというものを経験したことがない。これが現場に悪影響を及ぼさないか不安だ。
*******
「ロック、起きておるかの?」
「……ああ」
暇つぶしに桜花に昔話を話し聞かせていると、控えめなノックの音に続いてディノの声がした。俺の知っている昔話も出尽くしてしまっていたので、このタイミングはとても助かった。なので即座にOKしたが、遊びを邪魔された桜花は少々機嫌が悪くした。なので宥めて膝の上に座らせて頭を撫でてやるとようやく笑顔が戻った。
扉が開くと、そこにはディノとフラン、そしてミューリィの姿があった。神妙な面持ちで入ってくる三人だが、実はあの後まともに話を出来ていなかった。こちらとしても身体を最優先にしていたし、ディノ達も各方面への連絡やら事実確認やらで忙しかったといこともあった。
「ちょっと時間を貰ってよいか?」
「ああ、まずは座ってくれ」
いつもの飄々とした雰囲気が全く感じられないことから話が長くなることを予感したので、まずは椅子を勧めて話しやすい状況を作ることにした。ディノはおろかミューリィですらどこか元気がない。俺が知る限り、この二人がこんな表情をするのを見たことがない。なんとなく嫌な空気が俺達を包み込む。
「……身体の具合はどうじゃ?」
「問題ないと思う。動きにも不具合は無いはずだ」
問題ないことを見せるように、大げさに腕を回して見せた。それを見たディノ達は少しほっとした顔を見せたが、すぐにまた神妙な表情に戻ってしまった。これから話す内容がかなり重いものであることを十分に予感させる。
「ロック、私達は貴方に謝らなければいけないの」
「待て、フラン。それはワシが……」
「いいえ、ギルドとしての決断をしたのは私よ、その責任は私にある。だから私が謝罪しなければならないのよ」
制止しようとしたディノを言葉で抑えるフラン。その表情はギルドの代表としての強い意志が感じられるが、謝罪というのは……。
「もしかして、俺に治癒魔法が効かないことか?」
「……知ってたのね」
おそらく【大迷宮】の中であろう場所で出会ったあの女性にこのことは聞かされていた。詳しいことはよく理解できなかったが、簡単に言えばこの世界において俺は異物として認識されているようだ。だが排斥されるようなことはなく、何もしてこないようだ。何もしてこないというのは良いことのようにも聞こえるが、実はそうでもない。
こちらの世界の人間が使う魔法はほぼ全てが属性を持つ。それはこの世界の神々の恩恵でもあるのだが、俺にはその恩恵がない。つまり、この世界の人間が俺に治癒魔法を使っても、その恩恵の部分は適応されないということだ。ちなみにあの四人も恩恵を受けていたために俺には魔法は効かなかっただろうということだった。
「どこでそれを……いいえ、それはもう意味が無いことね」
「……どういうことだ?」
意味が無いという言葉の意味がよくわからない。俺がこのことを知っているとは思わなかったということか?
「ロックの身体に書かれていた文字、あれは私達に向けた警告だったの。あなたをしっかりと護れっていう【大迷宮】からのね」
「わしらがおぬしに隠していた事実を全て書き記しておった。もしおぬしが言う通りに【大迷宮】の意思を聞いたのであれば、警告の内容は既に知っておるのじゃろう」
治癒魔法が効かないというのはかなり不利なのかもしれないが、正直なところあまりピンと来ない。それが何故かもうっすらとだが理解してる。そもそもの話だが、日本……というよりも向こうには治癒魔法どころか魔法そのものがない。瀕死の重傷を負ってしまったら、対処を間違えれば確実に死ぬ。そんな常識で育った俺としては、瀕死の状態でも全快させてしまうほうが異常に見える。どんな原理でそうなってるのかを誰か教えて欲しい。さすがに即死に近いものは回復できないっぽいが、それでも十分に俺の理解を超えている。
「それは……どうしようもないことだろう? 俺に治癒魔法が効かない事実を覆す手立てが無い以上、どうしようもないだろう? それに色々とその対策に奔走してくれたようだし」
「…………」
並べられた椅子の端で俯いているミューリィをちらりと見てから言葉を選ぶようにして話すと、その内容を聞いた彼女の細身の身体がびくりと反応する。ミューリィがかなり無茶をしたというのは既に聞き及んでいる。受け付けないはずの無属性の魔力を扱ったせいで彼女の喉は酷い火傷のような状態になっており、無属性での怪我ということで治りも遅いらしい。いつもの軽口が出てこないのはまだ喋ると痛みが走るからとのことだ。
「ただ、こういうことは事前に教えて欲しかった」
「それがのう、これはゲンの言い残しておったことなんじゃよ。ゲンも病を治癒できなかったんじゃが、再び鍵師を連れてくる際には治癒魔法が効かないことを必ず伏せるようにとな」
「……師匠が?」
「うむ、もし怪我が即座に回復できたり蘇生が出来たりということを知ると、生命の重さを重要視しなくなる可能性がある、だからそのことは必ず伏せろとな。自分の仕事が生命の鍵を握るかもしれないという自覚を常に持たせておくべきとのことじゃが……」
何をしてくれてるんだと説教してやりたくなったが、確かに命の危険が伴うと知れば誰も来ないだろう。俺だって師匠の生き様を、その背中を間近で見ていなければ来なかっただろう。何度も見せ付けられたその凄みすら伴う仕事ぶりにどれだけ自分の未熟さを感じたことか。そんなことを考えていると、ディノがやや躊躇いがちに言葉を続けた。
「確かにゲンの言いたいことは理解できるんじゃが、果たしてそこまでの強い意志を持った鍵師というものが存在するのかが不安だったんじゃ。そう考えると、もしかすると……ゲンはおぬしがこちらに来ることを見越しておったんじゃないかと思えるんじゃよ」
やっと纏まりました。
次回でこの章は終りです。その後は閑話を挟んで次の展開に移行する予定です。
読んでいただいてありがとうございます。




