01転生したんだけど何か質問ある?
ティリエン・ナデシュタエン、それが今世の名前だ。最高最高。華やかな貴族の屋敷、贅沢な食事、何不自由ない生活は傍から見れば誰もが羨むお姫様ライフだろうけれど、こっちに言わせればこれは呪い。
最悪、下手に記憶があるせいでこの世界のキラキラした何もかもが、とてつもなく白々しく見えて仕方ないのだ。特にその筆頭がナデシュタエン家が誇る、皆の愛され令嬢こと妹のユニメラ。
「お姉様、こちらの花束は庭園で摘んだのですよ。お姉様の瞳の色に似ていてとても美しいでしょう?」
ユニメラは朝食のテーブルに瑞々しい花束を掲げ、天使のような微笑みを浮かべた笑顔は教会のステンドグラスから差し込む光のように神々しい。
(は?瞳の色?濁った茶色なんですけど。あと、それ摘んだの庭師。ただ見てただけでしょう)
いらっとする。ユニメラの瞳は空の青を映したような澄んだサファイア色で、髪は太陽の光を浴びた金糸のように輝いている。
絵に描いたような美少女、美貌と心根の優しさで彼女は老若男女問わず屋敷の全員から愛されていた。
使用人たちは皆「ユニメラ様は天使のようだ」と口々に称賛し、父や母は溺愛。婚約者である国の王子までもが彼女に夢中だった。
(ま、私は婚約破棄された身だから関係ないんだけどね。清々する)
元々、王子の婚約者だったのは己だったけれどユニメラが成人するや否や、王子は一目惚れしあっという間に婚約を破棄された白紙に近い破棄。
普通なら嘆き悲しむところだろうが棚から牡丹餅だ。面倒な王妃教育も堅苦しい王族との付き合いも、すべてが御免被りたかったのだからやった〜と言いたい。
「ティリエン姉様、お気に召しませんでしたか?」
ユニメラが不安げに首を傾げる。仕草すら計算され尽くしたかのように可愛らしい。
(いや別に。すごーくどうでもいい)
「ええ、とても綺麗よユニメラ」
事務的な返事を返し、パンにナイフを入れるものの感情のこもらない声にユニメラは少しだけ眉を下げた。こっちこそ、その顔をする権利があると思うんだけど?
(はいはい、悲劇のヒロイン演技、お疲れ様です。次は何?)
予想通り午後、事件は起こった。ユニメラは屋敷の庭園で慈善事業の子供たちとお茶会を開いていて。彼女が企画したこのお茶会は、貧しい子供たちに温かい食事と笑顔を届けるという、聖女のような行い。
もちろん、こっちは眺めながら自室の窓から紅茶を片手に高みの見物。
(よくやる、ああいうの。子供なんてすぐに汚すし、騒がしいし、面倒の塊なのに)
紅茶を一口啜り、口元を拭うと庭園から小さな悲鳴が上がった。
「ああっ、ユニメラ様!」
見れば一人の子供が躓き、ユニメラが大切にしていたティーセットを倒してしまったようだ。高価なティーカップが地面に散らばり、カシャンと音を立てて割れる。いくらするのか、考えるだけで嫌になる値段だった気がしたけど。
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい、ユニメラ様……ごめんなさっ!」
子供は顔を真っ青にして震えているし、周囲の子供たちも光景に固唾を飲んだ。普段なら優しいユニメラも、これには怒るだろうと誰もが思ったに違いないがユニメラはゆっくりとしゃがみこみ、割れたティーカップの破片を拾い上げてから震える子供の頭を優しく撫でた。
「大丈夫よ。あなたが怪我をしなくてよかったわ。ティーカップなんて、また買えばいいもの。ね、泣かないで?」
子供はさらに大粒の涙を流し、ユニメラの胸に顔を埋めた。
(なにそれ?)
周囲の大人たちは皆、光景に感動し、中には涙を拭う者までいた。
(うわ、出たよ。天使ムーブ。怪我を心配するのはいいとして、あれわざとじゃないの?わざとらしいよね、その言葉。ティーカップなんて、って、それあなたのじゃないでしょ。うちの家のお金でしょ。それに、それ、アンティークのティーカップだからね?簡単には買い直せない代物だよ?知らないの?あ、知らないか。そういうことに無頓着だし。さすが愛され令嬢。全部周りがやってくれるから、物の価値なんて知ったこっちゃないってか。はは、笑える)
内心で舌打ちし、再び紅茶を一口啜った。
「はぁ」
ため息混じりの呆れ。翌日、ユニメラの優しさが屋敷中に広まり、彼女への称賛はさらに高まった。
「やはりユニメラ様は女神のようだ」
「あんなお優しい方は、他にいない」
そんな声が、屋敷のあちこちで囁かれている。
(はあ、お腹いっぱいなんですけど。吐きそうになる)
自室で、魔導書を読んでいた。
魔法は、詠唱と魔力の操作によって発動すると前世の知識がある分、理解は早かった。特に、闇魔法に惹かれている。理由は単純、誰もが嫌がる、使いたがらない魔法だから。
「闇よ。深淵より来たりて汝が敵を滅ぼせ」
小声で詠唱すると掌から漆黒の霧が立ち上るそれがゆっくりと、形を変え小さな球体に。
(ふーむ、もう少し圧縮できるな)
闇の球体をさらに凝縮させ、指先で弄ぶ。魔法を使えば、妹の汚らわしい善人アピールを、一瞬でぶち壊せるのに、と思う。もちろん、そんな面倒なことはしない、いつでもできるという事実が、精神安定剤になる。
夕食時、父が興奮した様子で食卓に着いた。
「ティリエン、ユニメラ!聞いてくれ!ユニメラが、王宮主催の慈善舞踏会の代表に選ばれたのだ!」
慈善舞踏会、それは貴族たちが一同に会し、貧しい人々への寄付を募る一大イベント。代表に選ばれるということは、貴族社会における名誉の象徴であり、将来を約束されたようなもの。
「まあ、ユニメラ、おめでとう!」
母が嬉しそうにユニメラの手を取った。頬を赤らめ、はにかむように微笑む。
「わたくしなど、まだまだ未熟なのに……身に余る光栄ですわ」
(嘘つき。その顔、完全に狙ってた顔。裏で何か画策して。慈善事業に熱心なアピールを怠らなかったもん。本当、抜け目ない)
冷静にスープを口に運んだ。この手の華やかなイベントは、本当に面倒くさい。ドレスを選び、着飾り、愛想笑いを振りまき、見知らぬ貴族と社交辞令を交わす、考えただけで胃が痛くなる。お腹を無意識に押さえた。
「ティリエンも、ユニメラと一緒に参加するのだぞ」
父が、視線を向ける。
(え?やだ。面倒くさい。絶対に行きたくない。顔も合わせたくない連中ばっかりでしょうに、どうせ)
「わたくしは、結構です。人混みは苦手ですし、ああいう場所はユニメラに任せるのが一番でしょう」
即答したけど、父は不満げな顔をする。
「何を言っている。お前もナデシュタエン家の令嬢だ。社交界に顔を出すのは当然だぞ」
「わたくしは、ナデシュタエン家の、恥さらしとして有名ですから。顔を出せば、かえって迷惑をかけるかと」
皮肉たっぷりに言い放つ。




