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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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第6話 王女の依頼

「エリスティア王女殿下を……白鐘離宮から、お救いください」


リーシャ・エルネストの声は、倉庫の雨音に消えそうなほど細かった。けれど、消えなかった。


作業台の上で横たわる彼女は、顔色も悪く、指先もまだ震えている。ノエルの灰鐘薬で意識だけを無理やり引き上げられている状態だ。まともな医者なら今すぐ眠らせる。


ノエルはリーシャの手首に指を添えたまま、俺を見た。


「長くは話せません。必要なことから聞いてください」


淡々とした声だった。だが、その目は笑っていない。必要以上に喋らせたら、俺でも容赦なく怒られる目だ。


「黒羊傭兵団の副団長、レオ・グレインだ。あんたの依頼を聞く前に確認する。これは国王陛下の命令か?」


リーシャの瞳が揺れた。王宮育ちの人間なら、ここで「王命です」と言いたがる。だが彼女はすぐには頷かなかった。


「……王命では、ありません」


セリアは腕を組み、壁にもたれたままリーシャを見ていた。サイラスは帳簿を抱えた手を止めた。


「なら、誰の依頼だ」


「エリスティア王女殿下の……ご意思です。殿下は白鐘離宮で療養されていることになっています。でも、あれは療養ではありません」


リーシャの声がそこで掠れた。ノエルがすぐに水を差し出す。言葉を通すために、唇を湿らせるだけの水だ。


「離宮では何が起きている」


「眠り草が使われています。少量なら薬です。けれど、殿下に使われている量は……眠らせるためでも、癒すためでもありません。目を覚ましても意識が曇り、言葉が出ない。周りの者は、殿下が弱っているだけだと説明する」


アリシアの表情が硬くなった。王国騎士として聞きたくなくても、聞かなければならない話だった。


サイラスが低く呟く。


「眠り草の大口納品なら、薬草商の帳簿に痕跡が残る可能性があります。白鐘離宮への定期便、王宮薬務経由、あるいは別商会を挟んだ偽装。嫌ですね。金の匂いより先に首が飛ぶ匂いがする」


「調べられるか」


「調べます。頼まれたからではありません。知らないままでいる方が高くつくからです」


リーシャはサイラスを見て、少しだけ目を丸くした。


「……ずいぶん、騒がしい方々ですね」


「嫌味は事実の包装です。中身は誠実ですよ」


サイラスが胸に手を当てると、リーシャは苦しげに眉を寄せた。


「包装が悪すぎます」


ガドが小さく吹き出しかけた。ノエルが視線だけを向けると、彼は即座に口を閉じる。


「はい、ノエル先生」


何も言われていないのに返事をするな。


リーシャの目元が、かすかに緩む。


「礼儀は……ありませんね」


呆れはある。けれど拒絶ではない。彼女の目の警戒は、少しだけ薄くなっていた。


俺は封筒を作業台の上に置いた。雨で濡れた王家の封蝋は、まだ赤く残っている。


「中を確認していいか」


「はい。殿下から……黒羊傭兵団へ」


「黒羊へ?」


アリシアが思わず声を出した。王女が王国騎士団ではなく、評判の悪い傭兵団へ助けを求めた。それだけで異常だった。


リーシャは浅く息を吸う。


「殿下は、王宮内に味方が少ないと判断されました。誰が宰相府に近く、誰が第一王子派に繋がっているのか、もう見分けがつかないと。だから……王宮に縛られていない者へ頼むしかないと」


セリアの目が、少しだけ細くなる。


王宮に縛られていない者。


その言葉は、黒羊の一番奥に触れる。


俺は封筒を開いた。中には短い文面と、王女の私印が押された紙片があった。白鐘離宮へ来てほしい。自分の状態を確かめてほしい。可能なら、王宮の記録に届く場所まで自分の言葉を運んでほしい。


王女を助けるだけではない。王女の言葉を運ぶ。剣で敵を倒すより面倒な仕事だ。


アリシアは紙片を見て、唇を結んだ。


「王女殿下の依頼を傭兵団が受ける。それが王宮でどう扱われるか、わかっているの?」


セリアは入口から外の雨を見たまま答える。


「王宮がどう扱うかより、依頼人が何を望んだかだ。黒羊はそこを間違えない」


俺は紙片を見た。次に、作業台の上で息を整えるリーシャを見る。灰鐘薬で無理やり繋いだ命。雨の中で潰れかけた封蝋。荷台の血を洗う暇もない団員たち。


これは綺麗な王命ではない。泥と血と薬の匂いがついた、個人から個人への依頼だ。


「王命なら断る」


リーシャの目が大きくなる。


「王命なら、俺たちは王国に従う形になる。黒羊は王宮の犬じゃない。だがこれは王女個人の依頼だ。王宮に縛られていない傭兵団へ助けを求めたなら、契約として扱える」


リーシャはしばらく俺を見ていた。忠義でも、正義でも、王命でもない。契約。そこに戸惑い、少しだけ安心した顔をする。


「契約なら……助けてくださるのですか」


「内容次第だ。報酬、危険、達成条件、撤退条件。そこを曖昧にしたまま動けば、仲間を死なせる」


リーシャの表情が曇る。冷たく聞こえたのだろう。だが、ここを綺麗な言葉で誤魔化す方が不誠実だ。


「でも、雨の街道で命を削ってまで運んできた依頼を、聞かなかったことにするほど安くもない」


リーシャの指が、布を掴む力を少しだけ強めた。


「……本当に、荒っぽいですね」


「よく言われる」


彼女は息を整える。ノエルが少しだけ目を細めた。もう長くは話させられないという合図だ。


「でも、悪くありません」


その言葉に、今度は俺が少し困った。アリシアがこちらを見ている。セリアも見ている。ミラは外を見ながら耳だけこちらを向け、ガドは何か言いたそうにしているがノエルの前なので黙っている。


なんだこの空気は。非常にやりにくい。


サイラスが帳簿を閉じた。


「では、報酬の話をしましょう。王女殿下の私印つきなら後日請求は可能です。もっとも、請求先が生きて王宮に戻れば、の話ですが」


リーシャは驚いたように商人を見た。


サイラスは帳簿の角を指で叩く。


「お金の話をする者が一人もいない依頼は、たいてい失敗します。誰が何を払い、誰が何を失うのか。そこを曖昧にした善意ほど、あとで高くつく」


「……嫌な言い方ですね」


「よく言われます。ですが、嫌な言い方をする者が一人いた方が、綺麗な言葉だけで人が死なずに済むこともあります」


サイラスは封筒を見て、次に俺を見た。


「王家の私印、王国連絡係の証言、白鐘離宮の異常。投資する価値はあります。最悪、損失はレオさんにつけます」


「なぜ俺だ」


「黒羊の窓口でしょう。副団長とは、そういう損な役目です」


セリアが入口で小さく笑った。否定したいところだが、サイラスの言い方が妙に正しいせいで、俺は返す言葉を探し損ねた。


だが、すぐにリーシャの表情が変わる。


「私も……行きます」


リーシャは作業台の布を握った。指先は震えている。立てる体ではない。それでも、目だけは王国連絡係のものへ戻っていた。


「白鐘離宮の中を知っているのは、私です。殿下の部屋へ続く廊下も、薬を運ぶ者の顔も、誰が嘘をついたのかも……私が見ています」


声は細い。だが、その言葉だけは倒れなかった。


ノエルはリーシャの手を静かに押さえた。乱暴ではない。けれど、絶対に譲らない手だった。


「ここまでです」


倉庫の中で一番強く響いた声だった。灰鐘薬を使ったあとの時間が、どれほど高くつくかを黒羊の連中は知っている。


「リーシャさん。これ以上話せば、倉庫を出る前に倒れます」


「ですが、私は……」


リーシャは起き上がろうとした。作業台の布を握る指に力が入るが、肩はほとんど動かない。薬で立たされた意識に、身体が追いついていない。


ノエルはその手を押さえたまま、静かに告げる。


「同行するつもりなら、今は黙ってください」


倉庫の空気が止まった。


同行。


その言葉を、俺たちは全員少し遅れて理解した。


「歩かせる気はありません。運びます。王女殿下の居場所、離宮内の人の配置、使われている薬の状況。彼女がいなければ判断できないことがあります」


「それは治療方針か?」


俺が聞くと、ノエルは眼鏡の奥からこちらを見た。


「生存方針です」


反論の余地がなかった。


ガドが大盾を持ち直す。


「担ぐなら俺がやる。ノエル先生の指示通りに運ぶ」


ノエルはリーシャから目を離さず、淡々と釘を刺した。


「揺らしたら、処置対象が一人増えます」


「はい!」


返事だけは見事だった。大盾の大男が背筋を伸ばすのを見て、リーシャがかすかに笑う。苦しそうで、今にも途切れそうな笑みだった。けれど、雨の街道で倒れていた時より、生きている顔だった。


「本当に……荒っぽい方々ですね」


「悪くないんだろ?」


俺が言うと、リーシャは目を閉じかけながら、小さく頷いた。


「……悪く、ありません」


ノエルが彼女を眠らせるように布をかける。


セリアは剣の柄に手を置き、入口の雨を見た。アリシアは王宮の方角を見ている。サイラスは帳簿を開き、ミラは外の足音を拾い、ガドは担架代わりの板を確かめ始めた。


俺は王女の私印が押された紙片を、もう一度見た。


黒羊を縛る鎖ではなく、黒羊が選べる契約だ。


「セリア」


「聞いている」


団長は振り返らなかった。


俺は紙片を折り、濡れないよう懐へしまう。


「黒羊傭兵団は、エリスティア王女殿下からの依頼を受ける。目的は白鐘離宮への接触、王女本人の状態確認、可能なら救出。王宮命令ではなく、契約としてだ」


セリアが笑った。


雨の音の中で、その笑みだけが鮮やかだった。


「よし。面白くなってきた」


やれやれ。


その一言で、もう後戻りできない気がした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます!


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