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黒羊傭兵団の副団長 〜王女を救えと言われたが、女団長と元同僚が俺を逃がしてくれない〜  作者: Pengin_X
第一章

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エピローグ 包囲

夜明け前の王宮は、勝者にも敗者にも優しくなかった。


大広間から離れた控えの間では、書記が走り、王宮騎士が記録箱を運び、侍従が国王の薬湯を入れ替えている。黒羊の連中は帰り支度を始めていたが、誰も完全には背を向けない。ガドは肩を巻かれたまま大盾を抱え、ミラは窓の外を見て、ノエルは俺の顔色まで勝手に診ていた。


「レオさん、ちゃんと寝てませんね」


「今それを言う場面か?」


「倒れてからでは遅いので」


淡々とした声なのに、ノエルの指は薬箱の留め具を強く押さえていた。医者としての怒りなのか、心配なのか。たぶん、両方だ。


エリスティアは椅子に座り、リーシャがその横に立っている。王女の顔色はまだ悪いが、視線は折れていない。リーシャも疲れ切っているのに、王宮連絡係として背筋を崩さなかった。数日前なら、その無理を正義感だけで押し通していたはずだ。今は違う。彼女はノエルの手元を見て、王女が話していい量を自分で測っている。


アリシアが、俺の前に立った。


濡れた手袋はもう外している。指先には紙の跡が残っていた。命令控えを握り続けたせいだろう。王宮騎士団の女団長は、疲れた顔のまま、それでも目だけは昔と変わらなかった。


「レオ」


嫌な予感がした。アリシアが俺を名前で呼ぶ時は、たいてい逃げ道を先に塞いでいる。


「国境谷の記録を洗い直すわ今回と同じ手が使われていたなら、あなたの無罪を証明できるわ」


「まだ決まった話じゃないだろ」


「決めるために動くのよ」


アリシアは一歩近づいた。王宮騎士としてではなく、昔、同じ訓練場で剣を振っていた同僚の距離だった。


「私は、あなたをこのまま傭兵で終わらせる気はないわ」


控えの間の音が少しだけ遠のいた。


「レオ。だから戻ってきなさい。王国騎士団に」


誰かが息を飲んだ。


それが俺だったのか、リーシャだったのか、黒羊の誰かだったのかはわからない。だが、次の瞬間にはセリアが笑っていた。


笑っているのに、目だけが笑っていない。


「ずいぶん勝手な話だな、騎士団長」


セリアは俺の前に割り込まなかった。代わりに、隣へ並ぶ。その方が厄介だった。守られているのではなく、逃げ場を塞がれている気がする。


「捨てたのは王国だろう。拾って、使って、背中を預けて、泥の中から引きずり上げたのは黒羊だ」


「だから捨てたままにしないと言っているの」


アリシアの声も低くなった。


「奪われたものを取り戻す。その上で、レオが選べるようにするわ」


「選べるように、か」


セリアの指が、黒羊の団章が縫われた外套を掴む。


「昔の鎖を磨き直しているだけに見えるがな」


空気が鳴るように張った。


アリシアは引かない。セリアも引かない。二人とも剣には触れていないのに、俺には刃が擦れる音が聞こえた気がした。


「レオは王国騎士だった」


「今は黒羊の副団長だ」


「過去をなかったことにはできないわ」


「今を奪う理由にもならない」


その応酬に、ガドがたまらず身を乗り出した。


「待て待て待て!副団長を騎士団に戻すって、黒羊の誰が許したんだよ!」


肩の傷を忘れたらしい。ノエルが無言で包帯の端を引くと、ガドの声が変なところで裏返った。


「ぐっ……はい、動きません、ノエル先生」


ミラは弓の弦を緩めながら、眠そうな目で俺を見た。


「副団長、いなくなると道が面倒」


「理由が実務すぎる」


「あと、副団長いないとつまらない」


その短い一言の方が、なぜか深く刺さった。ミラはすぐ目を逸らしたが、耳の先だけが少し赤い。


ノエルは俺の顔を見て、小さく息をつく。


「騎士団復帰の話は、最低でも三日寝てからにしてください。判断力が落ちています」


「俺の進路を睡眠時間で止めるな」


「顔色で止めています」


黒羊の連中が小さく笑う。けれど、その笑いは軽くない。誰も本気で俺を手放す気がないのが、嫌でも伝わってきた。


エリスティアが、静かに口を開いた。


「黒羊傭兵団を、王国に縛るつもりはありません」


セリアの視線が王女へ向く。鋭いが、敵を見る目ではなかった。


「けれど、レオ・グレイン様の名が歪められているのなら、私はそれを正したい。王国が奪ったものなら、王国が戻すべきです」


「戻したあと、また欲しくなるのが王宮だろう」


セリアの言葉は遠慮がない。リーシャが一瞬だけ眉を上げたが、今度は止めなかった。王宮の綺麗な言葉だけでは足りないと、もう知っている顔だった。


エリスティアは逃げずに受け止める。


「その時は、レオ様が選ぶべきです。私ではなく、王国でもなく、黒羊でもなくね」


「本人に任せる、ね」


セリアが俺を横目で見た。


「で、本人はどうなんだ?」


全員の視線が刺さった。やめてほしい。敵の矢より避けづらい。


俺は頭をかいた。王国騎士団に戻る気などない。そう言えば済むはずだった。なのに、国境谷という名が喉の奥で引っかかる。死んだ奴らの顔は戻らない。だが、背負わされたままの嘘をそのままにしていいのかと聞かれたら、答えはまだ出ない。


「……帰るぞ」


俺が出した答えになっていない答えに、セリアが鼻で笑った。


「逃げたな」


「撤収判断だ」


「便利な言葉だ」


アリシアはまだ俺を見ていた。諦めた顔ではない。むしろ、今夜ようやく始まったとでも言いたげな目だった。


「待っているわ、レオ。記録を暴いてから、もう一度聞かせて」


セリアの口元が少しだけ上がる。


「何度言っても同じだ。レオを連れていきたいなら、黒羊全員を相手にする覚悟で来い」


「ええ、そのつもりよ」


「いい度胸だ」


二人の間に、王宮の朝が差し込む。白み始めた窓の外で、雨はもう上がっていた。


俺はため息を飲み込んだ。


王女は救われた。リーシャは立っている。黒羊は首輪をつけられずに済んだ。


それなのに、王国の中心は、俺たちを放っておく気がないらしい。


「副団長、馬車の準備できてます」


若い団員が扉から顔を出す。片頬の男がその後ろで荷紐を肩にかけていた。帰る場所がある。それだけで、少しだけ息がしやすくなる。


「お前ら行くぞ」


俺が歩き出すと、黒羊の連中が当たり前のようについてくる。セリアは隣にいて、ミラは少し後ろ、ノエルはガドを睨みながら、リーシャは王女のそばでこちらを見送っていた。


アリシアの声が、背中に届いた。


「レオ!」


振り返らないつもりだった。


けれど、その呼び方だけは駄目だった。王国騎士だった頃、訓練場で何度も聞いた声だ。怒っている時も、呆れている時も、俺が勝手に無茶をした時も、アリシアは必ず名前で止めた。


足が半歩だけ鈍る。


「今度は、絶対に逃がさないわよ」


声は大きくない。けれど、諦める気のない女の声だった。国境谷の記録を洗うと言った時と同じ目で、アリシアは俺の背中を見ている。王国騎士団に戻れと言ったのは、勢いではない。何年も胸の奥に残していた言葉を、ようやく刃にした顔だった。


隣で、セリアが小さく笑った。


「聞いたかレオ?」


その声は軽い。だが、歩幅が俺の半歩前に出ている。アリシアの声から俺を隠すようで、同時に、俺が逃げる先まで塞ぐ位置だった。


「ああ、聞こえなかったことにしたいな」


「無理だな。私も聞いてしまった」


セリアは振り返らずに言う。銀の髪が肩で揺れ、黒羊の外套の裾が俺の手の甲に触れた。


「ずいぶん熱心な騎士団長様だ。昔の男を取り戻すには、王宮の廊下は少し狭いんじゃないか?」


背後で、アリシアの気配がわずかに強くなる。


「昔の男ではないわ」


アリシアの声は低かった。


「今も、私が連れ戻すべき人よ」


セリアの笑みが、そこで少しだけ変わった。


「だそうだ、残念だったな」


彼女はようやく振り返り、アリシアを真正面から見た。


「レオはもう、黒羊の副団長だ。欲しいなら、昔話じゃなく今の黒羊ごと相手にしろ」


俺は二人の間で、何も言わない方を選んだ。


賢明な判断だったと思う。たぶん……





――その頃、王都西門の外れにある古い酒場で、一通の封書が火にくべられていた。


狼の牙を刻んだ鉄の徽章が、卓上の灯りを鈍く返す。灰色の外套を着た男は、燃えていく王家の封蝋を見下ろし、鼻で笑った。


「第一王子殿下は失敗したか」


向かいに立つ傭兵が、無言で頷く。


男は封書の端が黒く丸まるのを待ち、杯の中へ落とした。


「ふっ!無能な王子だ。王宮の中にいて、傭兵団ひとつも潰せんとはな」


同席していた者たちの背筋が揃う。黒羊のような軽口はない。椅子の位置、剣の置き方、視線の向きまで乱れがない。


男は卓上の地図へ指を置いた。


王都から北西へ伸びる街道。その先に、黒羊傭兵団が使う帰路がある。


「だが、契約は残っている。王子が沈もうが、金は先に受け取った」


男はゆっくり立ち上がる。


「鋼狼傭兵団は、失敗した依頼主に付き合うほど甘くない。黒羊を狩る。あの連中が、自由などと吠えられなくなるまでな」


宿場の外で、馬具の金具が一斉に鳴った。


狼は、もう動き出していた。

第一章、ここまで読んでくださり本当にありがとうございます!


黒羊傭兵団とレオたちの物語を追いかけていただけて、とても嬉しいです。


もし少しでも面白かった、続きを読みたいと思っていただけたら、

ブックマーク・評価・いいねで応援していただけると励みになります。


感想も一つひとつ読ませていただいています。


次章では、レオの過去、王国側の動き、新たな傭兵団、そして新ヒロインも登場予定です。


これからも黒羊傭兵団をよろしくお願いします!


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