風を描く
センターの中庭にはセミの声が満ち、ガラス越しの熱気がゆらいでいた。
中庭のベンチで出会ってから数週間。
三人はそれぞれの通院やリハビリの合間を縫って、自然と同じ時間に集まるようになっていた。
拓真はスケッチブックを開き、大地はストレッチをしながら談笑し、美咲は薬の入ったポーチを膝の上でいじっている。
「ねえ拓真くん、その絵、また木?」
「うん。でも今日は風を描こうと思って」
「風って……見えないじゃん」
「見えないけど、描けるんだよ」
美咲が首をかしげると、拓真は笑った。
「葉っぱが揺れる方向とか、影の形とか。
見えないものを “感じて描く” って、ちょっと楽しいんだ」
「ふぅん、詩人みたい」
「褒めてる?」
「もちろん。詩人も絵描きも、だいたい変人だもん」
「……褒めてないよねそれ」
二人のやりとりに、大地が低く笑う。
「仲いいな、お前ら」
「え?別にそんなこと――」
「“別に” って言うやつが一番仲いいんだ」
大地は苦笑しながらも、どこか温かい目で二人を見つめた。
事故以来ずっと人を避けてきた自分が、いま笑っていることに気づいていた。
その日の帰り際、美咲がふとつぶやいた。
「……私、昨日倒れたんだ」
拓真と大地の動きが止まる。
「倒れたって、どこで?」
「家で。いつのまにか意識が飛んだみたい。でも大丈夫、今日はちゃんと注射もしたし」
そう言って笑う美咲の笑顔は、いつもより少しだけ強がって見えた。
大地が静かに口を開いた。
「突然飛ぶんだろ?外怖くないのか」
「怖いよ。でもね……怖いからって、閉じこもってたら何も見えないじゃん」
その言葉に、拓真は無意識に鉛筆を握る手を強めた。
――見えないものを描く。それは、自分の恐れと向き合うことにも似ていた。
「俺も……一回全部やめようと思ったんだ」
大地の声が、夕方の風に混じる。
「リハビリも、社会復帰も、全部」
「でも、ここに来たら……もうちょっとやってみようかなって思えた」
美咲が微笑んだ。
「それ、私も思ってた」
拓真も、うなずくようにスケッチブックを閉じた。
三人の間を、またあのケヤキの風が通り抜けた。
その風は、まだ弱く不安定だったけれど――確かに、彼らの心を結び始めていた。




