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ダンジョンの奥底、女になった俺  作者: 猫の玉三郎


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52話 セラフィン・ヴァルムという名の変態

 ついに三本の触手が俺に向って来るようになった。

 いくら動きが単純だからって三か所から同時攻撃はちょっときつい。槍と盾ではじきながらなんとか触手の魔の手から身を守る。羞恥地獄はごめんだぞ。


 視界の端でセラフィンが這って逃げ行くのが見えた。無事脱出したらしい。しかしこれが油断だったらしく、一瞬の間で触手に左の足首を強く掴まれた。


「ひえええええっ」


 やられた。

 四本目がいつのまにか足元にいやがった。


 触手に足首を掴まれて一気に宙づりにされる。服がめくれ、他の触手が迫って来た。先端にぬめりがあって生理的嫌悪がすごい。


「やめろまさぐるな!」


 肌を撫でるようにして這う触手にゾッとした。たまらずに手に持っていた槍で思いきり本体を突き刺す。リーチが長いことに感謝だ。もし槍が手元になかったとしても、あらゆる魔術を使ってスケベ草を攻撃していただろう。魔術使えることに感謝だ。

 直後にスケベ草全体がぶるりと大きく震えた。それから一気に萎びていき、拘束が緩んだ好きに逃げ出すことができた。倒しきったわけではないが、大方無力化できたんではなかろうか。ちょっと受け身をとりそこねて不格好に落ちたけど結果オーライ。触手の届かないところまで逃げることに成功した。


「シュルス大丈夫!?」


 駆けつけてきたファティマが俺の身を案じてくれる。なんだかくすぐったい気持ちだ。いや彼女は回復師なんだから人の状態を確認するのは職業上当然と言えば当然か。にやけた顔をなんとかもとに戻して、俺は極力さわやかな笑みを浮かべた。


「なんとか。ファティマは何もなかった?」

「うん。私は平気。周囲も異常なしよ」


 そして俺たちの視線は地面で伸びているセラフィンへ向かった。


「彼も……無事と言えば無事かしら」

「恰好はすごいけどな」


 どうやら逃げ出したことで体力を使い果たしたらしい。

 見た目はとんでもないことになっており、服はもはや局部をなんとか隠すことができる布切れ状態。謎の液体であちこちがぬるついていて近づきたくない。


「うう……頭がくらくらする」

「しっかりしろよ」


 なんとか上半身を起こしたセラフィンをファティマと両側から支える。近づきたくはなかったがしょうがない。ファティマは外傷がないかを確かめているようで、仕事熱心さに頭が下がる思いだ。


 改めて確認したが、この男はダンジョン連盟から派遣された調査員セラフィン・ヴァルムで間違いないようだ。見た目はいかにも研究職していそうな男だった。くすんだ金髪をうしろで適当に結び、無精ひげがちらほら。武よりも知といった感じで頼りない雰囲気はあるものの、案外体つきは悪くない。フィールドワークを重視するタイプの調査員であれば納得だ。チャロアイトさんも小柄な女子に見えてばりばりの現場タイプだったし。


「まったく、どうしたらこんな変質者みたいな格好になるんだよ」

「あはは。面目ない」


 これまでの調査とはぐれてからの単独行動で布地が痛み、それにスケベ草の災難が重なった結果のようだ。憐れというか自業自得というか。


「いやあ、つるの先に実がなっていたんだよ。この手のダンジョン植物に実がなるなんてこと今までにあったかなと思って、つい採取を試みたんだけど……いやあ、迷惑をかけたね。恩に着るよ」


 応急処置としてファティマが持っていた大判の布を腰に巻き、とりあえずの身なりを整えた。それでも他人から見たらぎょっとするだろうが、本人はさほど気にしていないようだ。幸いにもそこらに散らばっていたセラフィンの荷物も回収できたので、気になることも思い残すこともなし。さっさとこのダンジョンから抜け出すことに異議はなかった。


 魔物とエンカウントしてもさっさと逃げ、最短距離で地上を目指す。

 そうして俺たちはようやく太陽の下に出ることができたのだった。




 ◇




 ダンジョンの入口付近には職員がいる受付カウンターがある。そこでダンジョンへの入出管理や戦利品の査定と買取を行うので、俺たちはひとまず帰還の報告をした。


「セラフィン・ヴァルム調査員、ご無事で何よりです」

「いやあ、ご心配かけたみたいですみませんねえ」


 言葉こそ丁寧だが、腰布一丁なセラフィンの恰好にドン引きしている職員さん。気持ちわかるよ。本人がへらへらしてるぶん、余計変質者っぽいよな。


 入口近くで待機していたジョンやサラ、それにエリオたちとも合流を果たし、俺もひと息つけそうだ。エリオたちからはめちゃくちゃ感謝されて、今度飯と酒をご馳走になることになった。タダ飯にありつけるので俺もほくほく笑顔になる。とは言えみんなダンジョン帰りなので、いったん宿に帰って体を休めようということになった。異議なしだ。疲労はまあそこそこあるけど、それよりも荷物整理や道具の点検をやりたい。必要なものはまた買い足しにいかないとだし、お疲れさま会をやるんだったらその辺りをスッキリさせてからの方がありがたい。


 そう思ってファティマたちに挨拶をしてさあ帰ろうとした時だった。

「ねえ」という呼びかけと共に俺の肩にぽんと手が置かれた。振り返るとそこにいるのはセラフィンで。


「ねえ、きみってシュルスって名前だよね。少なくともそう呼ばれてた。そして栗色のボブヘアに特徴的なイーグルアイ。整った顔とは裏腹に男のような振る舞いの少女は、そう多くはないと思うんだ」


 にこりと笑った目の前の男。悪寒と共に脳内に警報が鳴り響く。そして頭の片隅にあった記憶が突然どんと思い出された。


『今回の依頼が終わったら、どこかに身を隠す予定とかないかい』


 以前チャロアイトさんが俺に言った言葉だ。

 ダンジョン連盟に俺の女体化を報告した。その時にえらく興味を持ったやつがいたから気を付けろと。


『ヤツは優秀なんだが、好奇心がおもむくままとんでもないことをしでかす要注意人物。依頼が終わったとなったら直に接触をはかる可能性が高い。下手したら、任意の実験と称して拉致監禁からの人道ガン無視人体実験がくり広げられ……』


 その時に感じた恐怖が改めてこみ上げてきた。


「もしかしてチャロアイトが言ってたあの『シュルス』なのかい!?」


 セラフィンの顔面がずいっと迫り、逃げようにも体がうまく動かない。見るからに興奮して鼻息荒い男が、がしりと俺の両肩を掴む。はたから見たらほぼ半裸のヘンタイに絡まれているに等しい。いやはたから見るも何も、正しく半裸のヘンタイだ。どうしよう。


 俺の無言を是と受け取ったらしいセラフィン。


「うわあああ、きみに会いたかったんだよ! 嬉しいなあ!」

「ちょ、やめろよ!」

「あははははっ」


 うわ。こいつ目がキマッてる。

 非常事態を感知したのか、俺の目に涙がにじむ。


「ふ、ふええええ……」


 俺が幼女のように怯えたとて誰も責めることはできない。

 だってこいつ怖いんだもん……!!

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