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ダンジョンの奥底、女になった俺  作者: 猫の玉三郎


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49話 赤い石

 脇腹が熱くて痛い。

 全身からいやな汗が噴き出るが、ここで止まるわけにはいかなかった。少しでもあの巨象から離れなければ。そうは思うのに、体が思うように動かない。何かもかも重く感じる。槍も荷物も手放し、よたよたとおぼつかない足をなんとか前へ動かした。


「くっそ……」


 足に力が入らなくなってその場に膝をついた。ふと目をやると、無意識に脇腹を抑えていた手が血で濡れていた。すごい出血量だ。それでも大丈夫だと自分に言い聞かせ、呼吸を乱さないよう気持ちを落ち着ける。


 腕も足もまだ動いている。目も見える。音も聞こえる。ちょっとだけ腹をえぐられただけだ。これくらいの怪我なら今までにもあった。大丈夫だ。諦めるにはまだ早い。


 フロアボス、あるいはエリアボスと呼ばれる形態の魔物は、一定の範囲でしか動くことができない。あのガーゴイルがフロアボスであれば、あの狭い入口からこっちへはこないはずだ。そうでない場合は……まあ考えても無駄か。


 充分に距離はとった。あとは多少ゆっくりでもファティマの所へ行くことができれば。


 こういう時に限って走馬灯のように昔の記憶が頭に過ぎる。

 イーグルアイのみんなと冒険した日々。

 今みたいに怪我して大ピンチになっても、なんだかんだ仲間と一緒に切り抜けて、わーわー文句をいいながらみんなで教会の回復を受けに行った。そういえば、フローラが来てからは多少の無理をしても平気だと思い上がって、ほんとに死にそうになって滅茶苦茶みんなに怒られたことがあったな。


 振り返った先にはいつもイーグルアイのみんながいる。

 そしてそこにいる俺は男だ。冴えたところはないが、図体と力だけは負けなかった。パーティーの最前線に立ち、みんなの攻撃をサポートする役割を持った男だった。


 盾ひとつ持てない、こんな華奢な女じゃない。

 思わず自嘲の笑みがこぼれる。


(……そういえばトムじいがいない。はぐれたかな)


 肩に乗っかる重みもなければ、俺の周りにいる気配もなかった。

 俺を置いて逃げたのだろうか。どうもお目当てはあのゴーレムの赤い目のようだった。東部なまりの言葉を話し魔術を使い、武術の心得があるあの老ゴブリンが危険を冒してまで手に入れたかったもの。目的のものを手に入れたのなら、怪我した足手まといは不要と判断して置いて逃げたのかもしれない。


(薄情だなあ……まあ、でも……)


 べつに恨むことでもないかとも思う。

 ダンジョンに挑む人間の半分は死ぬと言われている。

 俺はあの大穴に落ちたときに一度死んでいるようなもんだ。たまたま女として息を吹き返しただけで、おまけのような時間だったんだ。


 そう思うと体からふっと力が抜けていった。

 そのままずるずると地面に崩れ落ちる。緊張の糸が切れたってやつだろう。


 ごめんなアベル。

 結局おまえの元には帰れなさそうだ。女になっても背中を預けあえる関係でいたかったけど、やっぱ無理みたい。俺なりに頑張ったんだけどな。ああ、情けないって怒ってくれよ。無関心よりそっちのほうが嬉しいからさ。

 フローラも、他のみんなもごめんな。パーティーに穴あけて迷惑かけた。だから、これからはでかくて力持ちの優秀な人材を見つけてほしい。虫が平気で、自分の世話は自分でできて、みんなが困ってたらそれとなくフォローしてくれるようなやつ。いるかな。いてほしい。ああでも、正直に言うと見つかってほしくないな……


「――ほれあそこだ急げ!」

「シュルス!!」


 意識が落ちる前に聞こえた声は、トムじいとファティマのような気がした。



 ◇



 何度か意識が浮上するたびに、ファティマの歌声が聞こえた気がする。どこか異国風の優しい歌で、もしかしたら子守歌の類かもしれない。頭を撫でられるのが気持ちよくてそのまま意識が沈んでいく。


 どれくらいの時間が経ったかは分からないが、ようやく目が覚めそうだ。

 いまだにぼんやりする頭。なんとか目をこらすと辺りは暗く、ランプの細い灯かりだけが辺りをわずかに照らしている。どうやら倒れたところからそう離れた場所ではないようだった。ゆっくり上半身を起こすと、ファティマがすぐ隣で眠っていることに気が付いた。めくれてしまった毛布をかけ直す。


「やっと目が覚めたな」

「……トムじい」


 少し離れたところに、自身の白髭を撫でるトムじいの姿があった。


「俺を置いて逃げちゃったかと思ったよ」

「なんと、そうしてやればよかったの」


 かかかと明るく笑うトムじい。

 だが、表情を改めたかと思うと、俺に向かって深々と頭を下げた。慌てたのは俺だ。


「シュルスよ、礼を言う。これを手に入れられたのは一重におまえさんのおかげじゃ」


 これ、というのはゴーレムの赤い瞳。今は紐でくくられトムじいの首からさがっている。やはりトムじいはこれを手に入れるために画策していたようだ。それが何なのか、なぜ欲しかったのかは分からない。ただ、トムじいにとってとても重要なものであろうことは分かる。


「わしはもう行く。試したいことがあるんじゃ。このべっぴんさんが目覚めたらおまえさんたちも地上に戻るといい」


 どうやらここでお別れらしい。

 何も言えずにいる俺に、トムじいはまた笑いかけた。


「なに、おまえさんが困っていたら駆けつけてやるて。礼もせんといかんし、聞きたいことはあとで教えるとの約束じゃしな」


 駆けつけるって、このダンジョンにいる間は助けてくれるってことなのかな。基本的に魔物はダンジョンの外に出られないし、無理に出たとしても魔力がない外では生きていけない。もし俺がここから出てアベルたちの元へ戻ったら、もうトムじいに会うこともないだろう。それは少し寂しいなと思った。


 続く言葉がでてこない俺に、トムじいはくるりと背を向ける。


「ではな。また会おう」


 暗闇に溶けていく後ろ姿からかすかに聞こえた言葉。


「……魔に魅入られた禁忌の子よ」


 意味はわからない。

 ただ、その響きがずっと耳に残った。



 ◇



 あとでファティマに聞いたところ、トムじいは俺が放った槍や荷物も回収してくれたようだ。しかも、やけに重いと思って中を確認すると、荷物の中に覚えのない鉱石の塊がいくつか入っていた。おそらくラズ鉱石だ。すっかり忘れていたが、当初はそれを目的にダンジョンの最下層を目指していたのだ。駄賃のつもりなんだろうか。


「あと、これは傷に効くから、粗忽者は持っておけって」


 そう言ってファティマが差し出したのは小さな軟膏だった。乾燥させた木の実の殻を器にしたもので、トムじいお手製なのかもしれない。だってこの匂いはよく知っている。もしかしたらトムじい自身、怪我した時に使っていたのかもしれない。


(そうか……トムじいは魔物だから、怪我をしても回復してくれる人はいないんだ。それどころか人間は攻撃してくるし、同族であるはずの魔物からは煙たがられてるっぽいし……)


 ずっとひとりで彷徨うダンジョンは、彼にどういうふうに見えていたんだろう。

 あの赤い石を手に入れたかったのはその辺りが関係しているのかもしれない。


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