十
「おっ、理桜じゃねーか」
颯希が席を立ち、店の奥から出てきた少女に抱き着いた。
「理桜、戻りな。今は関係者以が――」
「えー、なんでー? あたしも颯希さんとおしゃべりしたいなー?」
理桜は抱き着く颯希の陰から顔を出して、むーっと頬を膨らませた。
「それはいつでもできるだろ……」
呆れる泰樹をよそに、少女は六人テーブルに顔を向け、
「あ、もしかして後輩さん?」
颯希から離れてテーブルに歩み寄る。
「初めまして、柴山理桜です」
湊輔たちに一礼してから泰樹を一瞥し、
「生まれ持っての深刻な仏頂面の兄ですけど、中身はちゃんと真面目なのでどうかよろしくお願いします」
とまた一礼した。
「理桜ちゃん」
美結が呼んだ。理桜の顔が向いたところで続ける。
「我妻雅久くんと、遠山湊輔くんと、泉有紗ちゃん、だよ」
「よろしくぅっ」
雅久がキザっぽい笑顔を見せた。
一瞬泰樹が目を鋭く細めたものの、雅久はそれに気づいていない。
「よろしく……理桜ちゃん――」
湊輔は殺気染みた威圧感を覚えた。
理桜の後ろ、カウンターの向こう。
どす黒い瘴気と、その中に灯る二つの鬼火が視界に映った。
「あ、ご、ごめん、ちょっと馴れ馴れしい、かな……」
理桜は目を丸くしてから、朗らかな笑顔を浮かべて首を横に振った。
「いえ、全然大丈夫ですよ」
それから肩越しに背後を見た。
「ね、お兄ちゃん?」
途端に湊輔の視界に映っていたどす黒い瘴気と鬼火はすうっと消え、灰色のエプロンへと戻った。
「理桜、とにかく今ははずしてくれ」
「はーい」
一段と低くなったハスキーな声からなにか察したか、あるいは観念したか。
理桜はすんなり奥に引っ込んでいった。
その背中を見送ると、泰樹はうな垂れて小さくため息をついた。
「もしかしてあの奥って柴山先輩の家なんスか?」
雅久が席に戻った颯希に尋ねた。
「あぁ、家と店がくっついてるってやつだな」
「へぇー」
「さて……」
颯希が湊輔に視線を移した。
「今日のことだけどよ、あの骸骨頭のヤロウの胸に穴開けたのは湊輔だって、剣佑が言ってたな。ありゃ本当か?」
「それは……」
答えられないわけではない。
しかし答えたとしても、今度は肩を落として俯かれる、なんてことにはならないだろう。
むしろ、苛立たせてしまうんじゃないかと邪推する。
湊輔がふと雅久に横目を向けると、
「遠山くんはそのときのことを憶えていないみたいです」
意外にも有紗が助け船を出してくれた。
「憶えてねぇ……?」
颯希はやはり苛立ちを帯びた面持ちになった。
「てことは、だ。その前に戦ってた翼人型ってヤツの腹に剣をぶち込んだのも、憶えてねぇってことか?」
「それは……その」
湊輔は俯いて目を泳がせた。
なんとなく思い出した。
いつの間にか、腹を押さえてひざをついていた翼人型の姿を。
「お、憶えて……ません」
「ふーん……なんつーか」
颯希は隣の美結を横目で見た。
「――憑依みてぇだな」
「んー……」
美結はあごに人差し指を当てて天井を仰ぎ、颯希に顔を向けた。
「似てるといえば、似てる……かも?」
颯希は湊輔に向き直った。
「成績表見ただろ? 戦技と素質にはなにがあった?」
「成績表……」
湊輔は薄い紙束に書かれていた内容を思い返した。
「えっと……全部は憶えてないんですけど、確か、先見と死逃視眼っていうのがありました……」
「長岡」
泰樹がため息混じりに呼んだ。
「遠山の成績表、見てねえのか?」
颯希は肩をすくめて笑った。
「悪ぃ悪ぃ、剣佑シメてたら忘れてたぜ」
「おめえなぁ……」
「あのー」
雅久が小さく挙手した。
「デスエンチャントってなんなんスか?」
「憑依ってのは」
颯希が美結に親指を向けた。
「美結が持ってる動的でよ、使うと、敵によっちゃでかいヤツでも一発でやれるほど強くなれんだぜ」
「一発でッ? マジッスか?」
雅久が見開いた目を向けると、美結は静かに頷いた。
「ただ、一度使うと周りの敵を狩り尽くすまで止まらねぇし、その間は自分の意識も記憶もねぇんだ」
「なんか……ホントに湊輔みたいな戦技ッスね」
「ま、動的だから使いどころは選べるけどよ……そこが違えんだよなぁ」
颯希は気難しそうな顔をして、頭の後ろで手を組むとふんぞり返るように背もたれに寄りかかった。
「これは俺の憶測だが」
泰樹が割り込んだ。
「日下の話と、俺が見た感じから考えるに、遠山の急に強くなる、みてえなことは、遠山がやられかけたときに発動するんじゃねえか」
やられかけたとき。
湊輔はその言葉が引っかかった。
やられかけるというよりも、一度やられている――殺されているはずだ。
殺されて、それから巻き戻り、気がつけば敵を斬りつけた直後になっている。
いったいなにがどうなってるのか、そもそもこれがどういう力なのか、誰でもいいから教えてほしい。
「それともう一つ、気になっていることがある」
もう一つ……?
ああ、もしかしてあれか。
湊輔はこれから泰樹がなにを口にするか、なんとなく期待した。
「福岡の猛嚇咆が効かなかったことと、遠山が初めて戦ったとき、屍人型と骨人型が俺たちに見向きもしなくなったことだ」
違った。
湊輔が気になっているのは、急に全身を襲う燃え上がるような感覚。
あれのせいで今日、骸骨頭に不意を突かれた。
「これはもう一つの静的か素質のどっちかだ。遠山、身を守る戦技がねえ以上、敵に目をつけられたらとにかく逃げろ。正直おめえにとっては嫌な解釈かもしれねえが、敵がおめえにかまけている間、他の仲間が叩きやすくなる。それが今のおめえにできる戦い方だってことを憶えときな」
「はい……」
湊輔は力なく返事して俯いた。
それから食器やテーブルの後片付けを手伝って店をあとにすると、湊輔は雅久と有紗と並んで商店街を歩いた。
「にしてもひでー話だよな」
雅久がぼやいた。
「やられかけて発動する戦技はとにかく、剣一本しかねえってのに、斬ったら敵を引き寄せちまうってなんだよ。だったら盾持ってる俺のほうが合ってるだろ」
「ホントにな」
斬れば敵に追い回される。
なおかつ仲間の援護が効かない。
逆になにもしなかったら、ただの役立たず。
湊輔はふと有紗を一瞥した。
役立たずって、かっこ悪いのって嫌だ。
でも、敵に追いかけられて、体が熱くなってボーっとしてしまうほうが、ずっと嫌なんだよな。
「あ……」
「どした?」
急に足を止めた湊輔に、雅久と有紗が不思議そうな視線を向けた。
湊輔は首を横に小さく振った。
「いや、なんでもない」
悲観するにはちょっと早いかもしれない。
一つ、いや二つ?
その二つが合わさるから一つか。
とにかく、試せることがあった。
もしかしたら、あれなら――




