九
泰樹に指定された『喫茶イチゴ』には、十八時半過ぎに集合するように、とのこと。
部活動によっては終わる時間が若干ずれるため、大雑把な時間が指定されたらしい。
そしてその喫茶店があるのは尾仁角高校から一キロ圏内。
普通に歩いても七、八分で着く場所にあった。
そのため湊輔は、部活が終わる時間に雅久と有紗と昇降口で落ち合うことにした。
とはいえ、湊輔は部活に入っていない。
入学後は親の勧めもあり、日ごろ登下校で利用する尾仁鳴津駅付近の運送屋でアルバイトを始めた。
今日はシフトが入っておらず、なんとなしに図書館で時間を潰そうと思った。
これまで図書館に足を運んだ機会といえば、入学後に行われた学校案内のときだけ。
普段このような施設をあまり使わず、加えて別棟という環境が拍車をかけているのかもしれない。
だから、表口から足を踏み入れることと、いかにも木造らしい彩りの外観と内装には新鮮味と違和感を覚えた。
あのモノトーンに染まる空間のほうが異常だというのに。
雑誌やマンガを読みあさっていると、雅久からリレイトが来た。
あっという間におよそ二時間が経過したらしい。
まもなく有紗からもリレイトが送られてきて、足早に昇降口に向かった。
二人と合流して、さっそく集合場所である『喫茶イチゴ』に向かう。
尾仁角高校から北西、尾仁坂駅に続く通学路の途中にある尾仁坂商店街。
高校側の東口から入り、二つ目の交差点を右折。
道なりに進んだ右手に、その喫茶店はあった。
「はぇー……なんつーか、レトロ? ってゆーのか、これ?」
雅久が物珍しそうな目をそれに向けた。
レンガを模した暖色系の壁。
矩形のガラスが四枚はめ込まれた木製の玄関扉。
いかにもずっと前からあったような、懐古的な雰囲気が漂う外観。
扉の上には、『喫茶イチゴ』と書かれたある看板が。
「なあ、ホントにここで合ってんのか? 準備中ってなってるぜ」
雅久の言葉通り、扉にかけてある板は営業時間の終了を示していた。
「店の前に着きました、って柴山先輩に訊いてみたらどーだよ?」
「うん、そうする」
湊輔はスマートフォンを取り出し、店の前に到着した旨を泰樹に伝えた。
すると今度は三分ほどで返信が来た。
「ちょっと待ってろ、だって」
それからややあって、店の扉が開いた。
「待たせて悪いな」
中から出てきたのは、いつも通りのしかめ面を浮かべた泰樹だ。
薄いストライプの入った白いワイシャツに黒いジーンズ、そして暗い灰色のエプロン姿。
雅久も湊輔も、そして有紗も泰樹の恰好に呆けていると、
「とっとと入んな」
と促され、店内に踏み込んだ。
「あ、もしかしてここって柴山先輩のバイト先ッスか?」
雅久が物珍しそうに店内を見渡しながら尋ねた。
「いや、うちの親がやってる店だ。今日は特別に貸してもらったんだよ。とりあえずそこに座んな」
泰樹がカウンターの裏に回ったあと、三人は六人掛けのテーブルに、奥側から雅久、湊輔、有紗という並びで着席した。
「そのうち長岡と阿久津が来るんだけどよ」
泰樹はおしぼりを三つ乗せたトレーをテーブルに置いた。
「なんか食いてえもんあるんなら言いな。作ってやる。……一応、俺のおごりだから細けえことは気にすんな」
「マジッスか! あざッス!」
雅久はメニューを取り出すと、三人で見られる位置に差し出した。
泰樹に注文を伝え終えたところで、カランカラン、と鈴音が鳴った。
入ってきたのは颯希と、泰樹が阿久津と言っていた、湊輔には見覚えのない女子生徒だった。
「遅えぞ」
泰樹が呆れたように言うと、颯希は鼻を鳴らした。
「別にいいだろ? こーやってちゃんと来たんだからよ」
そのまま三人の座るテーブルに歩み寄った。
「よぉ、お揃いだな。ん? あぁ、雅久っておめぇか」
雅久は座ったまま敬礼した。
「うッス。我妻雅久ッス。今日の昼休みぶりッスね、長岡先輩」
「ははっ」と颯希は陽気に笑った。
「なんだよ、昼休みぶりって。まぁいい。――美結、こいつらが最近入った後輩だ」
湊輔は颯希の視線を追って、もう一人の女子生徒――阿久津美結に目を向けた。
「はぁーい……」
美結はゆったりとしたか細い、朗らかな声で答えると、颯希と替わるようにテーブルの横に立った。
「えっと、初めまして、阿久津美結です」
毛先に緩いウェーブのかかった長い黒髪。
颯希と同じくらいの高身長。
ただ、華奢という言葉が似合うほど細身で、どこか病弱に思えるような白い肌。
そのくせ、胸元は豊かな丸みを帯びている。
顔の左半分が前髪に覆われており、颯希とは対になるもののお揃いのようにも見える。
美結があいさつと一緒に柔らかく微笑むと、
「う、うッス! 俺、我妻雅久ッス! よろしくお願いしまッス!」
と雅久が立ち上がらんばかりにテーブルに両手をつき、声を上ずらせた。
「泉有紗です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……阿久津先輩」
有紗の無機質な声に続き、湊輔は小さく頭を下げた。
「んー……」
美結はあごに人差し指を当てて小首を傾げた。
「美結、って、名前で呼んでほしいな……?」
「え、あ、はい……美結、先輩?」
湊輔が言い直すと、美結はゆっくりと首を横に振った。
「美結さん、がいいなぁ……?」
「あ、はい、美結さん……?」
「うんっ……」
美結は満足そうに頷き、すでに着席している颯希の隣に腰かけた。
泰樹は颯希と美結の注文を聞き、五人分の調理に取りかかった。
今日のこと、いつ訊かれるんだろ、と湊輔は内心身構えた。
しかし次々繰り出されるのはただの雑談。
「さぁて湊輔」
五人が料理を平らげたところで、颯希がいじわるそうに笑った。
「こーやって呼び出された理由はだいたい分かってんだろ?」
湊輔は縮こまってからぎこちなく頷いた。
「まぁ、はい……なんとなく……」
「おい長岡――」
「颯希ちゃん、湊輔くん、怖がってるよ……?」
泰樹がなにか言いかけた矢先、美結が割り込んで颯希をたしなめた。
やれやれ、というように颯希は肩をすくめた。
「怖がらせてなんかねーよ。シバじゃあるまいし。――な、湊輔?」
「え、えっと……」
湊輔は言葉に詰まった。
この場合、どう答えてもどちらか一方を敵に回してしまいそうで。
「おいそれどういう――」
「あーっ、颯希さんだー!」
またも割り込まれ、泰樹は俯いてため息をついた。
今度の声は、五人以外のもの。
湊輔がそれの聞こえた店の奥を見ると、少女が顔を覗かせていた。




