12.貴族縛り
翌朝、いつものように早起きをし、服を着替える。
どなたかが荷物は持ちだしてくれたようで、今までの服もそろっている。
よかった。
ほかの方にとって粗末なものでも、これはわたしたちの一族からしてみたらとても高価なものだから。
と、その服を着ておずおずと扉を開けるとまだ部屋は薄暗い。
侍女さん起きてないのかな?
そっと扉をくぐり、明かりを探す。
「あ、これ…ああ、むりか」
呪術で灯るタイプの道具だ。
便利なはずの道具も、わたしたち一族にとっては使えすらしない無用の長物になる。
はあ、とため息をつき、大きな窓から外に出る。
そういう面でもあの小屋は快適だったのに。
へたくそな歌を小声で歌いつつ、地面にその歌詞を書き連ねるのだ。
この豪華なお部屋には専用庭みたいなのが備え付けられているため、ここまではまだ逃げたことにはならないはずだ。
ならないよね!?
木の枝でがりがりと地面に詩を書いていると、がたん、と後ろから大きな音。
なんだろ、と振り返ると随分ショックを受けたお顔の侍女さんだ。
「あ、おはようございます」
「いいいいけません雛姫様、そのような…!」
あ、もはやなんて表現すればいいのかわからないって顔だ。
地面に詩を書くのそんなにはしたなかった?
いやはしたないか。貴族的に完全アウトか。
「お早くお部屋へお戻りください」
慌てていらっしゃるので素直に従い部屋に入る。
「まずはお湯あみです!」
とこの豪華な部屋には備え付けられているらしいお風呂に入れてもらう。
すごーい!
おそらく最上級であろうこの辺りの部屋は庭付きお風呂付なんだ!
丁寧に洗われて、さっきまで着ていたのとは違う、おそらく雪姫様にいただいた服を着せられる。
袖も裾もオーバーサイズだ。
「そういえばあなたのお名前をまだお聞きしていませんでした。よかったら教えてください」
「わたくしは雨と申します」
「雨様、ですか。わたしのような者のお世話をさせてしまい本当に申し訳なく思います」
ぺこりと頭を下げると、ほわりと微笑まれる。
わあかわいい。
「そう思われるのでしたら是非にお嬢様らしくなさってください。書をされるのであれば紙を用意します。お早くお目覚めになってもわたくしが声をかけるまでお部屋にいらしてください。」
「ハイスミマセン」
甘やかしてはくれないお返事にちょっと遠い目になるのは許してほしい。
「お食事の準備をしてまいりますのでお茶をお飲みになってお待ちください。」
「あ、雨様。朝はその、果物だけで大丈夫です」
「はい?」
雨様怖いんですけど!!
羊族が穏やかで優しいって嘘かよ!!
偶蹄目独特の目が怖い!!
「なんでもないです…」
椅子にちょこんと座り、お茶を飲む素振りを見せると慌ただしくも優雅に部屋を出ていかれた。
怖かった…!
しばらくして、ノックの音する。
だれだろう、と扉を開けると、鼠族の騎士の方のようだ。
「雛姫様、部屋付きの侍女は?」
「今ご飯を取りに行ってくださっています」
「そうですか。では私からご忠告ですが、雛姫様は扉は開けてはいけませんよ」
という忠告と共に渡されたのは、どうやら鼠王陛下からの賜り物らしい。
「本日の夕刻、お食事の前あたりにお手紙を受け取りに参ります」
言いたいことだけ言うと騎士2人組は去っていった。
そういえば他の方の部屋の前には騎士がいるな、当たり前か。
わたしの部屋の前にはいないけど!
小さな包みを開くと、かわいらしい金平糖が入っていた。
「ひええ高級品…!!」
こんな砂糖の塊たる高級品、雛の故郷では存在すら御伽噺レベルだった。
この雛の体になってからそもそも砂糖なんて口にしたことはない。
蜂蜜は取れるから甘味はそこからだったし。
「雛姫様、お掛けになってお待ちくださいと申し上げたはずですが」
「ひえっごめんなさいノックがしたので…」
「もしや扉をあけられたのですか!?」
「あけました…け、けど鼠王陛下のお使いでしたから!!」
そういう問題じゃねえぞみたいな顔されても開けちゃったものはしょうがない。
「それではお食事になさってください。」
と、テーブルに並べられた食事をみてわたしは言葉を失った。
想像はしていたけれど、豪華すぎる。
あまりの豪華さに、さすがにちょっと悔しくなってきた。
だって、故郷でこんなの見たことないんだもの。
わたしたちが何をしたっていうんだ。
おずおずとスープと果物にだけ手をつけ、雨様をちらりと見る。
「もうよろしいのですか?」
「は、はい」
「食の細い種なのですか?」
「…食べ物がこんなにありません」
自給自足なんだもの、仕方ない。
出来の悪い年なんかは野菜というよりその辺の草を食べたことだってあった。
神の末裔なんて遠い昔に忘れられて、細々と生き繋ぐしかなかった種族だ。
呪術すら使えない、脆弱な種族だ。
こんなところに呼ばれなければ、それでも小さな幸せだけ抱いて生きて行けたのに。
ぐっと奥歯を噛み、涙を堪える。
「ごめんなさい、本当にこんなにたくさん頂けないのです。明日から減らしてはいただけませんか」
「わかりました。ではこうしましょう。残りはわたくしが頂きます」
と手をつけた雨様は、瞬く間にたくさんのお食事を胃に収めたのでした。
え、すご。
「ですから少しずつで結構ですので、色々召し上がってはいただけませんか?」
という雨様は、どうやらわたしなんかのことを心配してくださっているらしい。
わかりました、と頷くと、今度は紙をどさりと渡された。
「ではこちらを。お礼のお手紙をお書きになるのですよね?」
えっこわいまだ何も言ってないのに!
「お茶会までまだお時間がありますから、今書かれるのがよろしいかと」
文机に促され、その前に立つ。
こちらは椅子がないので、わたしは立ち膝で書くしかない。
座ると手が届かないからね!
見かねた雨様が、クッションを重ねてくれる。
「あ、ありがとうございます」
「しばらくは我慢くださいませ」
ふかふかのクッションに座り、筆を執る。
手紙にはお礼と、勿体なくて食べられません的なことを書き封をした。
貴族のお作法とか知らないし、下手に前世の知識で書いてつつかれても困るので、本当にそれだけを書いた。
「そろそろお時間です」
と雨様に声を掛けられ、わたしはお茶会へ赴くことになった。
「あの、雨様、どこへ行けばいいのでしょう?」
「お連れしますからご安心を」
何故かしっかり手を握られて、部屋から出る。
どうせこのあたりの部屋の方とやるのにどこに行くんだろうなあなんて考えつつ連れられた先は、藤姫様専用の御庭らしい。
部屋についているお庭じゃなくて、お茶会用の。
上流貴族ってすごいなあ、待遇差。
「お、お招きいただき感謝いたします」
と待っていたみなさんに挨拶をする。
雨様に言われてきたけど最後だ!不敬じゃない!?
「お待ちしていましたわ。どうぞお掛けになって」
という藤姫様の言葉に従い、空いた席に座った。
初めてのお茶会スタートです。
既に帰りたいんですけど。
毛色は違いますがよかったらこちらもお願いします。完結済みです。
『光の勇者は竜の姫と月の騎士に執着される』
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