【4】
りんご飴。
ちょっと遅めの投稿です。
何だろう、この状況……。
目の前にはテーブルに乗った植木鉢。その向こうにはこの国の第三王子、レオン。椅子に座って私と向き合っている。
ポンチョとは何でもないですと白状した後、ポンチョは呆気なく追い出され、なぜかグウェンまで部屋の外にやられた。
そわそわと植木鉢とレオンを見比べていると、やっと沈黙が打ち破られた。
「単刀直入に言うが、君は我が妃に選ばれた。おめでとう」
……なぜだ。
「絶対私よりもお妃様向けな人、いますよね。それとも何ですか、ドッキリですか」
「いや、なんでそうなる。君は正式に選ばれたのだ」
私はビシッと手を上げた。
「拒否権を使います」
「そんなのないからな」
うぅ、もう頭を抱えるしかない。
「何で私なんですか! だいたい、私は花嫁候補になんてなった覚えは……」
「ハーモン公爵には既に話を通してある」
なんてこと!! 何を勝手に……。帰ってきたら怒ってやる……!
拳を思わず固める私を見て、レオンはテーブルに頬杖をついた。
「それより、何で君は花嫁になることを嫌がってるんだい? 別に君にとっても悪い話じゃないはずなんだが」
「そりゃ嫌よ! だって王子なんかと結婚したら、私は普通じゃなくなっちゃうじゃない!!」
キョトンとしたレオン。一拍おいてから大声で笑いだした。
「何だ、その普通ってやつは!」
「何笑ってんのよ! 私にとって普通っていうのは何より大事なんだから!!」
はいはいと涙を拭うレオンを見て、私は頬を膨らませた。別にそこまで笑う必要はなくない?
だって現に前世で私は世界を一つ消し飛ばした。普通ということの幸せをこの人はもっと噛みしめた方がいいと思う。
「まぁ、とにかく花嫁の件はわかっておいてくれ」
あ、そうだった。その話をしてたんだった……。
「だから、私はそんなのには……」
言いかけた時、私の横で再びボフッと煙が上がった。また誰か来るのかと半ばうんざりしていると、出てきたのはあのウサ耳君、シリルだった。
「全く、どこに行っているかと思えば、こんなところにいたんですか。私としてはレオン様に勝手にどこかへ行かれると困るんですがね」
そう言って服をパンパンと払っているシリル。いや、私としては、こうほいほいと私の部屋に何人も直接テレポートして来られると困るんだけどな……。
そんなことを勝手に思っていると、レオンがすっくと立ち上がった。くいとシリルの襟の後ろ側を掴み、ズリズリと引きずって行く。私の部屋のドアまでたどり着くと足を止め、ドアを開け放つ。そのまま大きく振りかぶって、シリルを外へと放り投げた。
っておい。
ドアを再び閉め、何事もなかったかのように戻ってくるレオンに私は噛みついた。
「ちょっと待って、自分の側近あんなふうに投げていいわけ!?」
「心配するな。あやつはあんなものでは死なない」
いや、そういう問題ではないよね……。
「というか、あの人はあなたの側近でいいのよね?」
「その通り。決まりの上ではいつも彼を連れていないといけないことになっている」
「……でも明らかに連れてないよね」
「何を言う。王子にもプライバシーは必要だ」
まぁ、そうかもしれないけど……。
「君だってあのネコの娘を常に連れ歩いているわけではないだろ?」
うーん、そう考えれば納得できるか……。
「そういえば、君はあのネコの娘と特別仲がいいみたいだな」
やっぱりばれてたか。恐る恐るレオンの目を見ると、はちみつ色に浮かんでいるのは好奇心。別に咎める気はないようだ。一安心。
「グウェンは小さい頃からずっといる、言ってしまえば家族のようなものだから」
「そうか……。だがあまり深入りすると主従関係にひびが入るから気をつけろよ」
咎められた、というよりは注意された。いや、心配されたといった方が正しいか?
渋々頷くと、レオンが椅子から身を乗り出し、植木鉢にそっと片手を置いた。
「話が落ち着いたところで、先程からかなりシュールな雰囲気を醸し出してくれている、この植木鉢について説明しようと思う」
おぉ、ついに来たか。何をするつもりなのかと見守っていると、レオンはもう片方の手も植木鉢に添え、グッとこちら側に押し出してきた。
「これを君にやる」
「へ?」
私が口を半開きにしていると、レオンは背もたれに寄りかかり、腕を組んだ。
「種はすでに蒔いてあるから、これを育ててほしいんだ」
「な、何が育つんですか?」
恐る恐る聞くと、レオンは人差し指を口に当て、片目をつぶった。
「それは育ててからのお楽しみだ」
……ごめん、吐いていいかな。
何なんだ、このレオンの仕草は。吐き気が……。
「そこ、なぜ手を口に当てて俯いている!!」
「吐き気を堪えております、陛下」
「王子に対して何たる無礼。花嫁変えてやろうか……」
「ホントですかっ!!」
手を胸の前で組み、目を輝かせて身を乗り出すと、レオンが一言。
「嘘だ」
ガックリと肩を落とし、椅子へと身を戻す。
「んじゃ、この得体の知れない植物に水を毎日あげていればいいんですか」
「その通りだ。話が早い」
ただし、とレオンは付け加えた。
「必ず、いいか『必ず』毎日やらなければいけない。一日でも水をやらない日があれば、この植物は枯れてしまう」
そしてもう一つ、と人差し指を上げる。
「何があってもこの植木鉢に布を被せたり、箱に入れたりしないこと。そんなことをしたらこの植物は成長途中のままで死んでしまう」
いいな、と聞かれ、私は仕方なく頷いた。植物を育てたことなんて今までないから出来るかはわからないが、まぁやるしかないのだろう。
その時、私の耳は屋敷の扉が閉まる音をとらえた。立ち上がり、窓に走り寄ると、ちょうどポンチョが真下を通るところだった。
ポンチョには本当に悪いことをしてしまった。元々先に来ていたのは彼なのに、レオンの勝手な都合で追い出されてしまったのだから。
だから、また明日改めて来てほしかった。
「明日もまた来てね―――!」
ポンチョは笑顔で手を振り返してくれた。顔を部屋に戻すと、レオンがじっとりと湿った目つきでこちらを見ていた。
「本当に、そのポンチョとやらは君と何の関係もないんだな?」
「ただの友達だってさっき言ったでしょ」
そうかそうかと頷くレオン。
「ならば、そのブローチを捨てろ」
「……え」
レオンの視線の先には私の胸にとめられた桃色のブローチ。ついさっきポンチョがくれたものだ。
「でも、せっかく貰ったものだし……」
「信じられなくて苦痛を感じているのはこちらだ。君が最初に彼氏だなどと嘘をつくから、ならばそれが本当に嘘であるという証拠を見せろ、と言っているのだ」
うっ。そう言われると、私が悪いんだということが胸に刺さる。
「……わかった。捨てればいいんでしょ」
罪悪感で喉が詰まりそうになりながら、私はブローチをゴミ箱へと落とした。ごみ箱の中で場違いなブローチは、未だ光を放ち続けていた。
「ありがとう」
視線を上げて、驚いた。泣き笑いのような顔をしたレオンがそこには立っていた。なぜ、そんな顔をするのだろう……。さっきまであんなに元気だったのに……。
何かやってしまっただろうか……。あんなに嫌いだったはずなのに、また胸にチクリと何かが刺さった。
「……悪いが、ネコの娘……グウェンを呼んでくれないか。ちょっと二人で話したいことがあるんだが……」
なぜグウェンと話したいのか、気になったが、この状況で断れるはずもなかった。
そして、グウェンとほんの少し何かを話した後、シリルとレオンは城へ帰って行った。
ハーモン公爵が帰ってから殺されないことを祈りましょう……。