20.二人の未来
『セレス、僕は君のことが好きだ。君を幸せにしたい』
バーレー家の馬車に1人揺られながら、金の薔薇園でのアルミオの言葉を思い出す。
窓の外から見える景色が、じんわりとぼやけて見えた。
あの後、大広間に戻ることもできずに帰ることになったのだが、アルミオはセレスティアに、自分の馬車に1人で乗って帰るように言った。
告白してきた男と密室で2人きりになるのは気まずいだろうと気を遣ってくれたのだろう。
アルミオは屋敷からもう一台迎えを寄越すことにしてくれ、別々に帰宅することになったのだ。
正直ほっとした。
(アル、いつからあんな風に思っていたの?)
幼馴染だと思っていた。一体アルミオは、いつから自分のことをそんな風に見つめていたのだろう。
あの悲しい結婚式の朝、同じように「幸せにする」と言ってくれたアルミオも、同じ気持ちだったのだろうか?
アルミオの告白への返事は決まっている。当然、受け入れることなんてできるはずがない。彼を不幸に巻き込んでしまうことは、許されない。
脳裏にこびりついて消えない最期の姿……あんな未来を繰り返してはいけないのだ。
それなのに、アルミオの言葉を思い出すと、セレスティアの胸はじんわりと熱くなる。やっぱり涙が溢れてしまう。
戸惑いだけではなかった。どうしようもなく、嬉しかったのだ。
(私はアルを必要としていた。そしてアルも私を必要としてくれていたのね)
父の死への同情でもなく、両親を亡くした者同士の慰めでもなく、幼馴染の馴れ合いでもなく。
人と人として、互いを必要とし、愛してくれていたのだ。
そっと唇に触れた。
アルミオと触れ合った時の感触が鮮明に蘇って、顔が熱くなった。
(アルはいつも、私を守ってくれた)
離れていた時期も長くあった。でも、どんなに逆境に立たされてもアルミオはセレスティアを信じてくれていた。
いつもセレスティアに、勇気をくれた。
(私はアルに、絶対に幸せになってほしい)
それだけじゃない、私は――
大切な幼馴染。かけがえのない存在。そんな言葉で自分のことすら騙していた。
アルミオを遠ざけなければと思う一方で、幼馴染の関係が壊れてしまうことを恐れていたのかもしれない。
唇が触れた時の熱と、一緒に踊った時の胸の高鳴りを思い出す。
もう、この気持ちを隠すことはできない。
(ああ、私も。私もアルのことを愛してるんだ)
太陽のように笑う彼を。人一倍優しくて、ちょっとお茶目で。でも真っ直ぐな、温かい心をもった彼を。
夫婦になろうとしていた時には全く気がつかなかったのに。
ただの幼馴染ではなく、1人の男性として彼を愛しているんだ。
(これ以上アルのそばに、いてはいけないわ)
愛しているから。だからなおさら、彼を遠ざけなければいけない。彼をもう失わないために。
頭ではそう思いながらも、これまで想像していた彼と決別した未来を思うと、どうしようもなく胸が苦しくなった。
互いを必要とし合っているというなら、ならば……。
父のことを思う。アーノルド先生が来てくれて、薬を飲ませることができた。父の死の運命はきっと、このまま回避することができるはずだ。
二度目のデビュタントのことも……セレスティアは願った通りに『やり直す』ことができた。
ならアルミオは?
アルミオの運命もまた、変えられるのではないだろうか。
(もし、アルにすべてを打ち明けたなら……)
自分だけなら乗り越えられるか心配だ。これまでは彼を遠ざけることで、別の未来を導こうとしていた。
でも、セレスティアの身に起きたことを全て話せば?知っている未来を全て伝えれば?
突拍子もない話だけれど、真剣に話せば、アルミオならきっと信じてくれるだろう。
そしてアルミオと一緒なら、運命だって変えられる気がする。
(私は、もう逃げたくない。今度は私の手でアルを幸せにしたい)
浅はかかもしれない、でもセレスティアは強くそう願った。
そして決心した。
アルミオに、全てを話すことを。
2人で一緒に、必ず未来を変えてみせる。たとえ荊の道になったとしても――
いまだ夢の中にいるかのようなぼうっとした頭のまま、でも体の芯は熱く燃えているような。そんな状態のまま、馬車はティエラ家の邸宅に着いた。
バーレー家の御者にお礼を言って、帰ってもらう。冷めやらぬ気持ちを落ち着かせようと、小さくなっていくひまわりの家紋を見送った。
屋敷に入ろうと歩きはじめたセレスティアは、思わず1人で声を上げた。
「あっ!」
無い。
胸元に手を当てると、母の形見のネックレスがなかった。白百合の花結晶でできた、小さな白いネックレスが。
「嘘、いつ落としたんだろう……」
ダンスを終えた時にはあったはずだ。なら、庭園か馬車の中だろうか?
とても大切なものだけれど、見えなくなった馬車の影を呼び戻すことはできないし、流石に王宮に探しに帰るわけにもいかない。
(せめて馬車の中ならいいんだけれど……)
セレスティアは祈るような気持ちで、馬車が見えなくなった路地を見つめた。
仕方がない。後でアルミオに聞いてみよう。
馬車を降りてからはほとんど歩いていないけれど、念の為、屋敷の前も探してみようと思ったけれど、月が暗くて何も見えない。
その時になって、セレスティアは屋敷の門灯がついていないことに気がついた。
外はもう真っ暗だ。これまで、どんなに遅く帰ってもいつも灯されていたのに。
(どうかしたのかしら?)
単に灯りが切れてしまったのだろうか。それともなにかあったのだろうか……。
小さな違和感に、胸がざらりとなる。こういう時、セレスティアの嫌な予感は大体あたる。
ゆっくりと屋敷に入ると、馬車がついたことを見たらしい執事が、慌てて走り寄ってきた。
顔が真っ青だ。
「お、お嬢様!」
「どう、したの?」
ただならぬ様相に、浮き足だっていた心が冷水を浴びせられたように、冷めていく。何か良くないことが起きている。
そんな直感がセレスティアの胸をついた。
「旦那様が……エドワード様が……」
だって長年、父に勤めていた執事がこんな風に取り乱している姿は、たった一度しか見たことがない。
回帰前に、父が亡くなっていた朝だ。
ぞくりと冷たいものが背筋を撫でる。
嫌だ、聞きたくない。耳を塞ぎたくなるけれど、何が起こっているのか確かめなければならない。
なるべく冷静に、と思うのにセレスティアの声は震えた。
「お父様が、どうしたの?」
「……旦那様が突然、倒れられました」




