第十一話。 忍びの者
「隙ありっ」
風きり音。
反射的に身体をそらせる。
黒いものが目の前をよぎった。
さらに近づく気配に、身体をひねる。
遅れたっ!
制服をかすり、切り裂かれた繊維が宙に飛び散る。
「く、曲者!」
「いかにもっ」
顔を隠した忍び姿の人影が、木陰から現れた。
口元覆う布をはずす。
「ふふふ……。びっくりした?」
マリコさんだった。
俺の後ろの木に深々と突き刺さっていたのは手裏剣。
……って、あっぶねぇ!
「おいっ! 何の真似だよ!」
「えへへへ……。どう? 私のクノイチ姿。かっこいい?」
それどころじゃねぇだろっ! と、一喝するつもりだったのだが……。
マリコさんは、真剣なまなざしで俺をじっと見つめている。
後ろで髪を一つに束ね、忍び装束に身を包んだマリコさん。
顔の横で揺れる残り髪。憂いを含んだ表情。
それは陰として生きる悲しみ。
そして瞳には、その悲しみさえ乗り越え生き抜く、凜とした強さ。
「かっこ……いい」
「よかったぁ!」
さっきまでのシリアスなクノイチは一体どこへ行ったのか。手をたたいて喜ぶ女の子が目の前にいる。
これぞ忍法七変化?
「実はでござる。久瀬氏がボツに致したヒゲ喫茶の代替案として、総合エンターテイメント『忍者喫茶』をひらくことにあいなりもうして……、ニンニン」
「それもボツだ。ボツっ!」
「ええぇ〜。折角、忍術の稽古に励んでいるのに……」
「だからって人に向かって手裏剣投げるなっ! 避けられなかったらどうする!」
「うふふ。久瀬くんなら絶対、避けてくれるもの」
無茶苦茶だ。
でも、怒りはマリコさんの笑顔が消し去ってしまった。
これも、忍法?
やはり忍びの者、おそるべし。
いや……、マリコさんおそるべし、かな。