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U-RED in THE HELL ―ナラクノネザアス―  作者: 渡来亜輝彦
第三章C:サイケデリック・インフェルノ

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17.擬似餌ジュブナイル


 ユーレッドのようなカタギではなさそうな人物が、急に助けに来たといっても、子供は当たり前だが警戒する。

 せめてユーレッドが管理局の治安部隊の制服なり着ていればまだしも、例のいっそガラの良くないジャケットスーツの彼だ。

 しかし、ユーレッドとて自分が強面なことはややコンプレックスを持つほどによくわかっているので、その辺の対策はちゃんとしている男なのだ。

「いきなり怖かったよな? 驚かせて悪い」

 と、少しだけ近づき、相手が必要以上に怯えていないか確認している。少女に反応はなく、ユーレッドは彼女のすぐそばまで歩み寄り、難なくしゃがみ込んで目線を合わせる。

 こういう時のユーレッドは、タイロから見ても卑怯なレベルで優しいのだ。

(ユーレッドさんの子供タラシテク、お手並み拝見……って感じだけど)

 すでに、タイロに抱かれているスワロの機嫌が悪い。

 きゅうううう、と低い唸りをあげている。

 スワロはご主人が子供達に向ける、無自覚なタラシ行動にやきもちを焼いているのだ。

「まあまあ、スワロさん」

 ぷりぷりしているスワロを、タイロは宥める。ご主人の浮気現場映像を見ている、というような気持ちらしいスワロだ。

 元からスワロがいても、平気なユーレッドだが、この場合は当然自重するはずもなく、ちょっと小首を傾げるようにしてニコッと笑う。

 普段が普段なだけに、こういう笑顔が意外と罪作りだ。強面ではあるものの、ユーレッド本人は彼自身が思っているよりもハンサムなので、愛想よくすると人懐こさも出てくるのだ。

 その辺の行動がスワロには面白くない。

 メイトという名前のオメガラインの女の子は、まだきょとんとしているが、少し警戒をといた気配があった。

 ユーレッドはそれを見逃さない。

「俺はお前たちを助けにきたんだぜ。一緒にみんなのところに帰ろうな!」

 と一気に詰める。

「おじさんだあれ?」

 少女がそう尋ねてきたのは、ユーレッドにとっては計算通りだったはずだ。

「俺はユーレッドだ。お前らを助けるために派遣されてきた。そうだ、お前はメイトだったな?」

 そう尋ねると、少女はきょとんとして、

「メイ、ト……? それはわたしのお名前?」

 とつぶやく。

 と、ふとユーレッドが、表情を一瞬硬くした。

『記憶の混乱がありそうだね。頭でも打ったのかい?』

 気遣わしげに言ったのは、ユーレッドの隣までついてきていたエリックのドローンだ。

 メイトはふるふると首を横に振った。

 ユーレッドはすぐに笑顔に戻っていた。

「しょうがねえ。大変な目に遭ったからな。そのうち思い出すだろ。心配すんな」

 ユーレッドは続けて、

「だが、俺の記憶も間違っちゃいねえと思うぞ。さっき、発表会のプログラムもみたが、お前みたいな可愛らしい娘の名前と顔はすぐに覚えられる」

 きゅううう。

 少女の反応より、スワロの反応が早く、ぷいっと首を回してそっぽを向いてしまう。

「ま、まあまあ、落ち着いて。ユーレッドさんもお仕事だからー」

 タイロは宥めるが、

(ユーレッドさん、無自覚なんだけど、子供には、誰にでもこんな感じなんだよなあ)

 と、スワロの気持ちもまんざらわからないでもないのだった。

 しかし、ユーレッドの無自覚なその言葉は、メイトにいくらかは響いたのか、彼女が薄く微笑んだようだった。

「お前の他にも子供はいるのか?」

 そう尋ねると、メイトは少しぼんやりした様子だったが、そっと自分が入ってきた入り口の向こうを指差す。

『宿舎がそちらにあったね』

 エリックが優しく声をかけた。

『みんなそちらに避難しているのかい?』

 メイトは肯定も否定もせずに、そちらにすすっと歩き出す。

(なんか、この子もちょっと様子が変だな。まあ、ショックは強いだろうし)

 タイロがそう思っていると、ユーレッドが何故か硬い表情でついていく。

(あれ? なんか、珍しいな)

 ユーレッドは、本当に子供には優しいので、子供の前ではこういう表情はあまりしないのだ。怖がられるのを気にしている彼なら、絶対にこういうことはしないはず。

(どうしたんだろ)

 タイロは不自然に思ったが、しかし、ここは敵地ではあるのだ。ユーレッドは何かしらの危険を察知しているのかもしれない。

 メイトに続いて、ユーレッドはホールを出る。

 白く長い廊下も、電源が復活しておらず、昼だというのに薄暗い。

 窓がない。ユーレッドがライトをそちらに向けたので、タイロにも向こうが少し見えるようになった。

 コツコツ、というユーレッドの足音が響く。

『こっちにみんながいるのかね?』

 エリックが柔らかくメイトに尋ねた。

 彼はユーレッドとは対照的に、先ほどより優しくなっている。

(この二人、仲悪そうな割に息は合ってる気がする)

 良いコンビなのでは?

 そう思ったが、ユーレッド本人には聞けそうにない話だ。

「みんな、ここにいるよ」

 メイトが答える。

「ここにみんな。隠れてる」

『隠れている? 避難しているのかな?』

 エリックが尋ねるが、メイトは黙って歩いていたが、ふと一瞬振り返った。

「ねえ、ここ、いいところなんだ」

「そうだろうな」

 ユーレッドがそう答えた。

「立派な建物だし、住みやすいだろう」

『設備が整っているからね。管理局の養育施設よりよほど良いよ』

 エリックも同意した。

 それで気をよくしたのか、メイトがにこりと笑った。

「それなら、……おじさんたちもここに住まない? 住もうよ?」

 いきなりの話の飛躍に、エリックは少し面食らったようで、

『それは困ったな。今は大変なことになっているから、一旦ここから出ないとダメだよ。危険がなくなったら帰れるからね』

 とりなすようにそういうと、メイトはそれには答えず、またとっとっと歩いていく。

『いやはや、オメガラインの子は、不思議なことを聞くものだねえ』

 エリックはそう言ったが、ユーレッドは返事をせず、やはり考え込んでいるようだ。

 ホールから続く廊下に曲がり角があり、メイトはそちらに曲がる。

『宿舎は確かにこの先だけれど……。静かだね』

 エリックがユーレッドに言った。

『どうしたんだい? さっきから黙って。お嬢さんの前なのに、君らしくないな』

 エリックは子供の前でもユーレッドがこの態度なのが変だと言っている。

 ユーレッドは難しい顔のまま。

「気がかりなことがある」

 と短く答えた。

 メイトが、少し足を早める。

『お嬢さん、走っちゃダメだよ』

 エリックがそう声をかけつつ、彼女のあとをついていく。少し遅れながら、ユーレッドも後をついていくが、廊下の角を曲がるとメイトがふっと姿を消していた。

『あれっ?』

「エリック……」

 ユーレッドは低い声で言った。

「気をつけろ。……ここからは奴らのテリトリーだぞ」

『なんだって? だって、ここは……』

 いきなりユーレッドが戦闘モードに入っている。タイロも思わず縮み上がった。

(ここ、居住区のはずなのに)

 けれど、確かに人の気配がない。

 エリックもそれを察したらしい。

 確かにそこから先は宿舎のような作りになっていた。

 子供達のためのレストルームや自習室、図書室。均等に割り当てられた部屋。

 ユーレッドがその一つずつをライトで照らす。

 二段ベッドは寝具が乱れ、衣服が散らかり、子供たちの持ち物らしい、タブレットやノートが散乱している。可愛い女の子の人形が、無造作に飛行機のおもちゃの上に力無く横たわっている。

 レストルームにも、人の気配はない。

 みれば電子ピアノではない、木製の古いピアノが置いてある。音楽の才能を持った子供もいたのだろうか。オメガラインでは、アナログ的なものも情操教育に良いとされて、取り込まれていたようだ。

 それだけに散らかった紙の書籍や絵本が多く、ここで何があったかを語っているようだ。

 血のあとやなんの痕跡もないけれど、ここでは人々が何かから逃げ惑い、パニックになっていた気配がある。

『生存者は、……あの子以外、いないのかな』

 息を詰めるタイロの気持ちを代弁するように、エリックが呟いた。

 どこかに隠れていて欲しいが、この妙な静けさは希望的観測を打ち砕くだけの不吉な気配を持っている。

『あの子、メイトはどこに……』

 ユーレッドはレストルームに入り、ピアノのそばに進む。

 散らかった楽譜を拾い上げると、所有者の名前が書かれていた。

 ——メイト

 タイロにもそう読める。

 と、その時、ユーレッドが楽譜を放り出して身をそらした。

 その間を黒いものが通り過ぎる。

 一撃目をかわしたユーレッドだが、即座に二回目の攻撃が襲ってきた。しかし、少し反応が遅れる。

「は!」

 ユーレッドは黒い触腕に上半身を弾かれて、ピアノのそばの壁に激しく叩きつけられた。

「っ、くそ!」

 ユーレッドは、軽く咳き込んでから身を起こす。

『ネザアス!』

「全く」

 ユーレッドは苦笑した。

「病み上がりじゃなきゃあ、もっと簡単に反応できたのによ。まだ俺にもリハビリがいるってかぁ?」

 ユーレッドが、血の滲んだ唇を拭いつつ吐き捨てる。

『なにが……。囚人の反応はなかったはず……』

「いったろう」

 ユーレッドは、目の前に蠢く黒いものにすでに目を向けていた。

 まるでタコの足のように何本もの触腕が蠢いている。そしてその胴体の上に鮫のような大きな口を開けたものがあって、その口の中から——。

「あっははは」

 子供の笑い声が響いた。どこか歪んだ声だった。

「おじさん、きてくれたんだね。わたし、ここにきてほしかった。わたしのだいすきな、ピアノのお部屋だよ。ここは今はわたしたちのへやなの」

 メイトの下半身は黒い鮫の口の中にあり、上半身がパペット人形のようにゆらゆらしている。しかし、それは食われゆく子供が出ているのではない。正確には、メイトがバケモノの口から生えているのだ。

「わたしたちは、みんなここにいるよ。わたしたちのおへやでみんなくらすの! ここはいいところなんだ!」

「わたしたち? お前が他の餓鬼を喰っちまっただけの話だろう?」

 ユーレッドが低い声で言った。

「あははっ。みんな一緒になっただけだよう? ねえ、おじさんもここでわたしたちといっしょにくらそう!」

『まさか! あの子、もうすでに? そうか。囚人はあの子の情報を引き出して、彼女に擬態しているのだね』

「そうよ。……ここの餓鬼どもがちょいとデキすぎていたのが裏目に出たんだろうな。囚人のくせに喋る知性を持っていて、人間に擬態して話しやがる。……しかも、てめえのレーダーにも引っかからねえステルス機能持ち。厄介な相手だぞ」

 ユーレッドは、エリックにそういいながら壁に身を預けつつ立ち上がった。

「こういう何が何だかわからねえ姿をしたやつは、正直、強い。情報が多いんだ。……いろんなものを喰ってやがる」

 それに、とユーレッドは眉をひそめる。

「……あの姿を選んだのは、わざとだぞ」

『わざと? 子供の姿で油断をさせて?』

 エリックが、おぞましいと言いたげな口調になった。

『そうか。ただですら中枢に入りづらい中、救助部隊がここに行き着けなかったのは……』

「救護対象が敵だと、やり辛えことこの上ねえからな……。まして、あの姿だと」

 ユーレッドはエリックにいいながら、そっと腰の剣の柄に指を触れている。

「あははっ! さあ、みんなでここに一緒にいよう!」

 歪んだメイトの声に複数の子供の声が混じる。

 あの声は、こいつに喰われた、たくさんの子供達のデータからとっているのか?

 いくつもの触腕がユーレッドめがけて飛んでくる。

「くそっ!」

 ユーレッドは即座に刀を抜きかけたが、ふと何を思ったか止め、間一髪避けた。そのまま触腕を潜るようにレストルームから抜け出そうとする。

『ネザアス! どうするの?』

「ここじゃ不利だ! 狭い上にあいつの巣。真正面からぶつかって勝ち目はねえ! さっきのホールまで戻って場合によっては撤退するぜ! 案内しろ!」

『了解!』

 エリックがマップを表示させる。

「待ってよ、おじさん!」

 メイトが無邪気に呼びかけてくる。

「あはっ、そうだよねえ。おまエたちは、みんナ」

 ふいにメイトの表情が歪んで、その声も濁った。

「幼体ノ姿は傷ツケられないんだ! しってるヨ!」

 声もなく映像を見守っていたタイロは、ぞっとして思わずスワロをぎゅっと抱きしめる。スワロも震えている気配がした。

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