忍者コマンダーとマジカル提督
ヒリア人はゲームでは自重しない
一体目のドラゴンと対峙するミラナたちに、新たな災いが襲い掛かる。
《セカンドインパルスチーム、生きている者は応答せよ》
《…》
「どうして、どうしてこうなったんだ!」
第二艦隊はヴィーナスこと、ジャック・ローエングリン提督率いるチームである。
「私、諜報省のヴァイスシュタインです。今日はお手柔らかにお願いします」
パチパチと拍手が加えられ、モロコフスキー大佐やザッハーボルト司令官と共に和やかな雰囲気で始まったはずであった。
しかし、戦況はのっけから不利であった。
「アイザック少佐」
彼は、ヴァイスの部下でありドロイドシステム防衛の専門家。つまるところ暗号のプロである。彼が、謎解きについて苦悩していた。
「この暗号、常人の考えたものじゃない。間違いなくプロの仕業だ」
実はこのゲーム、そういう難題が出ることがある。なぜなら、
「俺もいくつか謎解きと称してガチ暗号を投稿したことがあってな…」
「お前の自慢話はいい、解けない場合はどうする。負けるぞ」
航空魔導隊のキラービー小隊が暇そうにしている。クエストアイテムは一つのルービックキューブであった。残念ながら、誰も正攻法での解き方がわからないのであった。
「俺にいい考えがある」
まず、色の並びを含めて地図情報を正確に紙に写す。そして、それらを地道に色を合わせて並べ直す。
「ね?」
アイザックは得意げに言う。実はこの時代のセキュリティはパンドラと呼ばれているのだが、突破が不可能であるためアイザックのように姑息な方法でドロイドネットワークに侵入する手法が盛んであった。例えば、シウス用のお洒落アイテムと称してヘッドホンが流行った時期があったが、このヘッドホンを使って主人の声を上書きして別の命令に書き換えることが可能であると判明した。この時代のハッキングもまたいかにしてインターフェース部分を乗っ取りパンドラと対峙しないで情報を盗み取るかにかかっていた。だから、ルービックキューブの裏の解き方を思いつくのはある意味彼の才能であると言える。
「まったく、あまりもたもたしていると、司令官に怒られるぞ」
モロコフスキー大佐が苦言を呈するが、この発言によりこのゲームにおける最大の脅威を思い出した。
「あれ、司令たちはどこだ? 提督も艦長もいないじゃないか」
「あそこです、方位270の木の上です」
「司令…、あれ…、目が光って」
そこから先は地獄だった。閃光に地面や空間が包まれ、耳や肌も全て炸裂に包まれた。宇宙は爆発から始まり、第二艦隊は爆発して霧散する。
「生き残ったやつはいるか! みんな、すまない俺のせいで。俺が奴を押さえていなかったから…」
「ローエングリン提督…」
「おお、ヴァイスシュタイン大佐。それに、モロコフスキー大佐も。無事だったか」
「司令!?」
司令官はそのまま姿を消してしまった。
「徐艦長、手当てをお願いできるか」
「はい」
「アイザックやキラービーは消滅したか…」
現場は散々たるものであった。
「それも嘆かわしいことですが、何より彼を逃がしてしまいましたね」
「他のチームに、迷惑をかけなければよいが…」
「たぶん、無理でしょう…すぐに救援に向かうべきです」
一方、ドラゴンへ留目を刺そうとするマーキュリーチームである。
《エリザさん、そのまま直進でお願いします、ナウ、インパクト!》
《あれ? 外れた?》
《ローズマリー落ち着いて。らしくないわ》
《はい、一旦離脱…なにっ、白い人影? う、うわー!》
《ローズ、ローズマリー!》
雲海からはじき出されるローズの体。深々と心臓に突き刺さるクナイ。
「ローズ!」
「隊長、忍者です。忍者がいます。気をつけてください」
「ローズ、無理しないで。すぐに回復を」
「ダメです、間に合いません、あいつはドラゴンを操っています!」
ダラダラと滴る血液。これだけの出血で平然としていられるのはさすがゲーム世界ではある。そして、お決まりともいえるような展開も待っている。
ローズマリーは一筋の気配を感じた。敵の攻撃である。
「隊長、危ない!」
と、身を乗り出して彼女は謎の光線を受ける。
「隊長、私のこと忘れないでくださいね…」
という寸劇、このゲーム内ではかなり流行っている。死に際も記録されるので、どうせ死ぬならより美しい死に様で死のうとするのがヒリア女子の流行である。
「ローズ!」
謎の光線は彼女を蒸発させ、山肌に直撃。溶岩質の地面は再び噴火して灼熱色に変わってしまう。
「あれは、ザッハーヴォルト将軍」
忍者である。炎のドラゴンの上でコサックダンスをする忍者である。実は、このドラゴンにはやけど属性がある、このダンスは、左足が焼ける前に右足をつけ、また右足が焼ける前に左足をつけるということを想像するかもしれないが、将軍の熱流入サイクルにはドラゴンの移動速度も含む。ものすごい速度(時速三百キロ前後)で飛んでいるとき、滞空時間中の冷却効果が圧倒的に長くなる。この風速冷却で熱を放出している、また足でドラゴンを左右交互から蹴りつけることでドラゴンの進路を変えているのである。
「ちょっと、将軍が何か結晶みたいなものを持っていますよ! 私たちの戦果が奪われてしまいます!」
「貴様らは知らないかもしれないが、こちらが本物だ!」
「ここは戦うしかありませんね!」
ナディアが進言する。この時のナディアには時間がゆっくり動いて見えた。さっきまで遥か下を飛んでいた将軍が高く飛びあがり、自分の目前まで迫っているのである。
「ぎゃー」
首をスパッと切り落とされそうになるナディア。
「ナディアさん!」
「うぐっ」
瞬間で交わしたものの、体にはダガーナイフが突き刺さる。すぐに抜き取って回復しなければならないが、そんな暇は与えられなかった。将軍は刺さったナイフをひねりながら抜き取る。
「あぁ、隊長…どうやら、私はここでお別れです…」
箒は魔力を失い身は海中に投げ出される。
「ははは、東十条のお気に入りと言っても大したことないな!」
「よくもやってくれたわね!」
部下を二人も失ったエリザであるが、とても生き生きした表情だった。
「PVPこそ至高! 強いやつはおらんのか!」
「隊長、航空戦力の半数が行動不能。退却しましょう」
「無理よ。あの速力、逃がしてはくれないわ」
エリザは、抜刀する。
「メリッサ、援護は頼んだわ」
航空魔導士の劔は地上で活動するための予備武器であることが多いが、エリザはこのまま切り結ぶつもりである。降下してドラゴンに並走するエリザ。
「将軍、ハニービー隊長エリザです。私がお相手いたしましょう」
ザッハーヴォルトはドラゴンを再び蹴り上げ、エリザに向かって一直線に飛び上がった。だが、予測していた彼女は体をくるりとひねり、あろうことかザッハーヴォルト(司令官)の顔面に蹴りを入れて、お互いの速度を交換する。そのまま、ザッハーヴォルトからもらったエネルギーで飛び上がったエリザ。一方で勢いを失ったザッハーヴォルトは自由落下するのみであった。彼女はこの好機を逃すつもりはない。
しかし、交わしたエリザに向かってザッハーヴォルトがクナイを投げる。エリザはそのクナイを背中で受ける。
「うっ」
白い雲を背景に赤の霧が散る。彼女の箒は推力を失ったように高度を下げ始める。出血量からして死亡まで数秒もないだろう。しかし、これこそが彼女の作戦。航空戦は数秒のチャンスがあれば勝てる。絶妙なダメージコントロールで致命傷を避け、稼いだ高度を速度に変える。高高度から重力の力を借り劔に殺意を込める。
「死ねー!」
彼女の絶叫に近い咆哮。口からは血が流れる。ちなみに、この時のエリザはとても生き生きしている。一航空隊員が司令官に向かって死ねと言いながら、とても生き生きしていた。しかし、自由落下していたザッハーヴォルトは空中で軌道を変える。
「えっ!」
エリザの服が鮮血で染まる。
「飛べない忍者など、ただの忍者だ!」
これこそがザッハーヴォルトのフェイクである。しかし、もう一人の声。
「ザッハーヴォルト!」
そう、エリザは囮。本命は雲に隠れた三番機、メリッサである。
「もらった!」
速度の乗った圧倒的な斬撃。しかし、運命は非情である。ザッハーヴォルトはメリッサのブレードをデコピンではじく。彼女のブレードは砕け散り、衝撃波でそのまま彼女も藻屑となってしまう。
雰囲気はさながら最終決戦なのだが、忘れないでほしいまだ二番目のボスを倒したに過ぎないのである。
(早く、ドラゴン倒そう…)
洞窟から見上げるレナは思うのであった。
「あれ、ここにいたのね」
「カレンさん!」
「あの人たちは私が何とかするわ。あなたたちは早く逃げなさい。これは、准将に課せられた使命なの」
「イエス、マム」
これほど勇敢な彼女の後ろ姿を見たことはなかった。流石は直前に何個艦隊も敵を葬った指揮官であるが、今日ほど頼もしいと思えたことはない。そして、レナは気づいていなかったが、彼女の発する一言は今日一番の死亡フラグとなる。
「あの人たちって、あともう一人は誰?」
「気にしなくていいわ、逃げなさい。将軍は私が引き付けるから」
そうして、テレポートで皆を転移させる。残ったカレンは決意の表情だった。
一方、遥か彼方に吹き飛ばされたミラナは、小さな岩場に上陸していた。
「いやぁ、大変な目に合った」
誰に言うでもなくつぶやいたこの一言を偶然にも聞いている人がいた。
「はは、ピンチだな。ピンチなのだな?」
開始早々にカレンと共にいなくなった提督であった。
「提督。今までどこにいたんですか?」
皆のピンチに突如現れる最高指揮官。ミラナはちょっと感動する。
「カレンから逃げた。この状況なら助太刀しても構わないな」
格好良すぎる登場。やはり指揮官はこうでなければならない。
「はい、ぜひ」
提督はミラナの頭を優しく撫でる。
「よく頑張った。もう大丈夫だ」
そして、提督はすぐにフライの魔法で飛び上がり、真っ黒な魔導服を脱ぎ捨てた。そして現れたのはピンク色と白のフワフワした衣装に身を包む四十五歳児の姿であった。
「!?」
「サーモニュークリアの精霊よ。契約の下、私の願いを聞いてほしい。デューテリウムの名に恥じぬ破壊の力を私に捧げよ。プリティー、マジカルゥー、アルティメット・ファイヤー・トーネード!」
提督の放つ高級精霊によるバフを多重掛けした魔法。強烈な閃光の結果として火球が広がっていく。巨大な積乱雲がすぐに赤熱し、今度は焔の球が呑み込んで大きくなっていく。ここからドラゴンの様子はわからないが、強烈な爆轟で消えていく島の姿。業火の前に融解する森、妖精たちは苦しみ、泉や川に身を投じるも水は既に蒸発し、大地も溶けようとしていた。太陽のような光球がどんどん膨張しすべてを呑み込んでいく。ミラナには何が起こったのか整理ができなかった。このゲームはファンタジーの世界を再現しているが、同時に物理法則も再現している。それは、ニュートン物理学の範囲ではなく、アインシュタイン物理学をも含む。故に熱核兵器も存在する。
「前線部隊が…溶けた?」
しかし、提督は満足そうに、
「すっきり爽快、問題解決!」
と、笑う。こんな楽しそうな提督はじめて見た。彼女の背後には重水素爆弾による真っ白な後光が射す。普段のクールな提督が見る影もなく、プリティーと言っている状況をミラナは理解できなかった。茫然とするミラナの前に良き理解者であるカレンが現れる、
「ここにいたんですね、裕子さん」
「いったいどういうことですか!」
カレンはただ首を横に振った。
「ヒャッハー症候群。不治の病よ」
状況はあっという間だった。すべての出来事が一瞬で発生し、ミラナが次に立ち上がったとき見えた景色は。ガラス化した大地と黒い雨の記憶だった。この時の爆風はこのドラゴンハントの世界を三周もしたという。
そして提督は、ピンク色の衣装とそれに合わせたパステルカラーに羽のデザインが施された魔法のステッキを振りかざしながら、崖の上で高笑いを続けている。無駄にくるくる回しながら決めポーズをしている。
「提督は一体」
「忘れなさい。彼女はヒリアの英雄。宇宙時代の戦争において形勢不利を覆し歴史的な大勝利を収めた名前を刻まれるような名提督。実績では帝国軍において比類する人間がいない唯一の超越的存在。更に彼女はファーストエイジの中年女子。つまり無敵。この世界で彼女のすることに口を挟んではいけないの」
「あっ、はい」
「じゃ、後はよろしくね」
と言ってカレンはまた提督をテレポートでどこかへ飛ばしてしまう。
「おーい、ミラナちゃん」
ハニービーを失い、残った六人のメンバーたちが合流する。
「ドラゴンは倒せたみたいなので次のヒントを解読しましょうか」
と、案外冷静だった。一方のミラナは、眼帯のある方の目を押さえながら、
「私は幻覚でも見ていたようだ」
とつぶやく。
「ミラナちゃん。これくらいの提督の悪戯は許してあげてね」
ソラリスがミラナを慰める。
「ヒャッハー症候群。聞いていましたがこれほど酷いとは…。私、あんな提督を面倒見なきゃいけないんですかね?」
この質問にはフィオナが答える。
「いや、提督の面倒はカレンさんが見てるでしょ」
「なるほど、なら…」
「でも、カレンさんが暴れることもあるよ」
「あぁ…」
「でも大丈夫、その時は私たちが何とかするから」
この時ばかりは頼もしい先輩方である。
「そうなんですね、ありがとう…」
ミラナが謝意を述べようとするところ、フィオナにはまだ伝えるべきことがあった。
「だから、私たちが暴れたときは、ミラナちゃんよろしくね!」
ミラナはこの日、ゲームにおいては誰も信じないと決意した。唯一信じられるのは、メイ少佐である。
「ミラナさん、私と一緒に何とかしましょう!」




