クローザー提督
恒例の敵提督の事情聴取
「ドリフトだ、スピードはいらん。ドリフトで勝て」
これから魚雷が降り注ぐとも知らずにクローザー提督は生き生きとしていた。自分たちよりも大きな艦が小型船のような小回りで現れたとき、提督の勘がピンと働いたらしい。
「奴らはドリフトで勝負を決めようとしている!」
大歓喜の声だった。間近にいた艦長が何も反撃できず、黙っているしかなかった。クローザー提督は艦隊ドリフトをこよなく愛する。パワフルな軍艦にしかできない挙動。それを追求してこの艦隊は設計されていた。彼は船を船とは呼ばず。愛車という。車体を水平に保ったままスラスターの方向を変えることでドリフトのように旋回する艦をずっと昔から夢見ていた(宇宙空間においてグリップ状態が定義できるかはさておき)。
「宇宙にバイブレーション、ドリフトスピリット」
それをわかる敵が現れた。少なくともクローザー提督はそう思ったらしい。
彼個人の感覚では、美しい艦とするためにはとにかく扁平であることが重要だった。ドリフトと同じく、クローザー提督はローライダーも愛していた。宇宙空間ではどこかに接触することがないためローライダーでありながらドリフトが得意な車体(船体)にすることができる。車高は極限まで下げ、スラスターや砲の角度が制限されても構わなかった。おかげでステルス性はコミュニー艦隊内では結構高いものとなったが、あちこちに取りついたネオンサインですべて台無しになった。本来はこのネオンで敵を威圧するつもりだったが、ドリフトに興奮しすぎて戦闘中はネオンの存在を忘れていたくらいには熱くなっていた。ちなみに、エンゲージから撃沈まで実は十時間ほどかかっている。この間、ずっと熱狂してたのだから驚くべき体力である。
喫水線は可能な限り低く、平坦が良かった。だから、主砲は船体に隠れるように埋没している。とにかく平べったさにこだわったため、砲をボディーから展開して射角を確保するような機構もついていない。ただ、それでもカタログスペックにはこだわりたかったため、主砲は第一艦隊に匹敵するほどの巨大レーザー砲を搭載しており、水平線から仰角八度へ向けての発射が可能だった。それぞれ傾角±一度、左右±一度の調整が可能であった。逆にこの範囲外には射撃できず、射撃するためにはその場で旋回する必要がある。そういう意味では水平のまま旋回できるので砲艦としての設計は間違っていないのだが、とにかく扁平にこだわったため、水平方向に射撃できる砲は艦橋上部の百五十五ミリ三連装レーザーと、付属の対空レーザーだけだった。
繰り返すが、これはクローザー提督が一番よくわかっていることだ。艦長の声色が弱腰っぽく聞こえるため提督はことあるごとに激昂する。
「そんなことして敵に勝るドリフトになるのか?」
「それは、その…」
何はともあれ、クローザー提督はドリフト対決を制したつもりだったらしい。最後の直進加速の後に敵艦が逃げていく様子を見て、勝利のドリフトを決めたところまで彼は覚えていた。そのあとは激しい衝撃を受けて壁に体をぶつけてから記憶がないらしい。
「それで、最後に急速旋回をしたということですか?」
「旋回じゃない。ド・リ・フ・ト!」
あの神回避軌道はこのようにして生まれた。
回避という驚異的な判断の秘訣を聞き出すため、事情聴取を買って出たミラナであるが今は後悔している。ふたを開けてみればこの男は全く何も考えていなかった。国家のリソースを個人的趣味で無駄にし、戦争をはき違えた行動で仲間を惑星衝突の危険にさらし、更に、これだけの失態に対して全く反省の色がない。さっきからミラナには、戦闘の極意ではなくドリフトの知識ばかり増えていくじゃないか。この男、ヒリア帝国ならクソ兵器罪に問われてX方面軍流しは確定だろう。しかも、この男は性格が軽い。ノリと勢いだけで思慮がなく、あまつさえ女ならだれでも口説こうというフリッピーだ。有益な情報がなくただでさえ腹立たしいのに、
「ヒリアには美人が多いと聞くな。ロリは趣味じゃないけどな」
という発言で今すぐこの場で銃殺してやろうかとさえ思った。モニター越しなのが悔やまれる。
「ミラナちゃんお疲れ様」
カレンが声をかける。どんよりと曇った紅い瞳でだいたいのことを察することができる。
「どうだった?」
ミラナは感想を言うのも嫌そうにするが、それでも、彼女は皮肉が好きだ。
「知性の浅さは喫水の浅さに比例するらしい」
カレンは鼻で笑うのだった。




