その3 魔王と勇者、旅のあとさき
ジークルーネは長いことルーティを抱きしめ続けた後、いかにも名残惜しげに身体から離す。
しかし、その姿をじっくり見ようと手を緩めた途端、
「……あっ!?」
ルーティはジークルーネの手をすり抜け、レーデル目がけて真横に落ちていった。
レーデルは右手でルーティを受け止めて、改めてジークルーネに手渡した。
「すまぬな。なるほど、これが肌身離れぬとかいう噂のわけか」
「これに困ってるんだよ、俺は。ルーティが俺の肌にぺたりとくっついて、引き離すとどこまででも飛んでくる」
「それは当然だ。その像にはそのような力を持たせた」
と応じたのはラガンだった。
「ご存じで?」
「ベルティール魔神像の制作を手配したのはこのわしだぞ」
「……そうなの!?」
「先代様の命令で、コールプルテに注文を出し、ペンフレードに仕上げさせ、勇者アマトに与えた。その後アマトは死ぬまで魔神像と行動を共にし、魔神像は副葬品としてアマトと共に墓所に眠った」
「墓所……?」
レーデルはセレナと目を見交わした。
「あたしらがルーティを見つけたあの海底神殿……言われてみれば、墓っぽい雰囲気もあったような……?」
「あー。ってことは、俺らは墓荒らしをしたってこと――」
とまで言ってから、レーデルはラガンの冷たい視線に気がついた。
「――いやいや、待ってくれ! 俺たちは墓荒らしのつもりでルーティを回収したんじゃないよ!? というか勇者アマトの墓は帝国にあるでしょ! あの海底神殿は……」
「そっちの墓は、帝国だか教会だかが勝手にでっちあげたものだろう。私が勇者アマトの最期を看取ったのだから、間違いない」
「本当ですか……」
驚くべき発言だったが、衝撃が去ったあとには、レーデルはラガンの言葉を信じる気になっていた。帝国や教会にウソばかりすり込まれてきたことを思えば、帝国内で培われた「常識」は全て疑って然るべきだ。
ラガンは小さくため息をついた。
「墓荒らしについては目をつぶってやる。おまえの言葉を信じておこう。魔族の我々にとっては昨日の話でも、寿命の短い人間の間ではすぐに言い伝えになりよる」
「…………」
「ともかく、魔神像の呪いを解きたいというのなら協力してやる」
「それは助かりますね」
「先代様が勇者アマトに与えた贈り物を、どこの馬の骨ともしれん奴が持っているのは、わしとしては不愉快極まりないのでな」
「…………」
「ちょっと待ってよ。勝手に話を進めないでもらいたいね」
ルーティが口を挟み、ラガンに鋭い視線を向けた。
「あんたはこのボクをレーデルから取り上げるつもりかな」
「それが元勇者殿の希望だろう」
「いいや、違うね。レーデルはボクの間との見えない紐を取り除きたいだけで、僕と別れたいわけじゃない。そうだろ、レーデル」
「え? あーうん、そりゃもちろんだ」
慌てつつ、レーデルはルーティの肩を持った。
「そりゃまあ、呪われてすぐの頃は、ルーティの顔なんて見たくもないって思ったこともありましたけどね。半年以上――もうそろそろ一年くらいになるのかね? これだけ長いこと一緒にいると、色々諦めざるを得ないというか、妥協するしかないというか……」
「レーデル! もっといい言葉を選んで!」
ルーティに叱責され、レーデルは言い直す。
「……とにかく、呪いは解きたいけれど、ルーティを手放すつもりはないですよ。それだけははっきり言っておきます」
「そうそう。レーデルはボクがいないとダメなんだ」
レーデルの横顔にがっちりとしがみつきながら、ルーティは力強く主張した。
ラガンはさらに反論しようとしたが、
「……ま、よかろうて」
ジークルーネが割り込み、ラガンを制した。
「いやしかし、――」
「この通り、ルーティはこの男を随分と気に入っているようだ。それを無理矢理引きはがすなど、野暮ではないか。それに予は、お人形を肌身離さずにはおれない子供ではないぞ」
と言って、レーデルに目を向け、ニタリと笑う。
レーデルは顔をしかめた。
「……暗に俺のことを子供だと言っておられる?」
「そんなことはない。だが、大の男がお人形を肌身離さずにおる姿は、端から見ていて面白くて仕方が無い」
「好きで離さないわけじゃないよ! 離せないから困ってるんだ!」
「そなたの願い、叶えてやらんでもない」
ジークルーネは、レーデルの横顔に張り付いているルーティの背を優しく撫でた。
「じゃが無条件で、とはいかぬ。一つ取引に応じてもらいたい」
「取引の内容による。三遍回ってワンと鳴け、とかいうのなら拒否するぞ」
「そんなことをさせて予に何の得があるのだ。……そなた、ルーティの目が特殊な力を持っておるのは知っておるか?」
「知ってる。このフロアの闇の向こうも見通せるってよ」
「そうであろう。だから……って、ということは、先程予が闇の中でスタンバイしてたのも丸見えだったのか!」
気づいて動転するジークルーネを、ルーティはじろじろと見た。
「そりゃあねえ。闇の中でお着替えしていたみたいだけど――」
「まさかレーデルにも見せたのか!?」
「さすがにそれはしてないよ」
「おいルーティ。だからあの時俺と視覚シンクロしなかったのか!」
レーデルはルーティを問い詰めたが、ルーティはニヤニヤするばかりで何も答えなかった。
一つ鼻を鳴らしてから、レーデルはジークルーネに顔を向けた。
「……視覚シンクロのことも知っているのか」
「当然。我が母が希望した能力だからな」
「へえ……どういう意図があったんだ?」
「我が母は勇者アマトと共に旅をして、先々代大魔王を倒したということは知っておるな?」
問いに、レーデルは「ああ」と大きく頷いた。
ジークルーネは語った。
「我が母は大魔王の座に着いた。じゃが、それはアマトとの旅の終わりでもあった。その瞬間から、大魔王の座を守るという義務が発生したのでな。だが、母は旅の楽しさを忘れられなんだ。大魔王の座にありながら、アマトと共に旅を続ける――その不可能を可能とするために生み出したのが、ベルティール魔神像だったのだ」
「ははあ……そのための視覚シンクロ能力というわけね……?」
アルケナルの発言に対し、ジークルーネは頷いた。
「さよう。ルーティはアマトに与えられたが、視覚シンクロの相手は我が母だった。ルーティと視覚を共有することで、我が母はアマトとの旅を擬似的に続けることができた」
「そういうことだったのか。俺が勝手に使っていた力にはそんな理由があったんだな」
「母もアマトも亡くなり、ルーティの存在は完全に忘れ去られた。予がルーティの存在を知ったのは、そなたがルーティを海底神殿から回収した後の話だぞ」
「そうなの?」
「ルーティが作られたのは、予が生まれるより遙か昔の話であるからな。そなたの存在が噂になったところ、ラガンが思い出し、予に教えてくれたのだ。とても素晴らしい話だとは思わぬか」
ジークルーネは、レーデルに何かを期待するような視線を向けた。
「母の心は、いつも冒険者アマトとともにあり、いつも旅の空の下にあった。予は母をうらやましく思う。なにしろ予は、大魔王の座を継ぐさだめの下に生まれた身。パンデモニウムから一歩も出たことがない、とまでは言わぬが、この城の外での生活をまるで知らぬ。故に、予への忠誠を誓わぬ魔王たちからは、世間知らずだの箱入り娘だの、随分なめられていると聞く」
「そんなことはございません、陛下」
ラガンが口を挟んだ。
「陛下は既に、反逆の意を示した魔王達を倒し、大魔王としての資格をお示しになったではありませんか」
「予がなめられておる限り、反逆者は引きも切らぬぞ。ベルザイルを始め、大魔王の座を狙う魔王達は数知れぬではないか。そのような輩どもを黙らせるためにも、この世というものを、予はより深く知らねばならぬ……」
とまで語ってから、ジークルーネはルーティを指さした。
「……と思っていたところにやって来たのがルーティだ。これは天命と思わぬか」
「段々話が見えてきた」
レーデルの合いの手に、ジークルーネは口元をほころばせる。
「取引をしようではないか。予はそなたに、呪いを解く手段を与える。ルーティとのつながりを弱める手段をな。代わりに、ルーティの視覚と予の視覚がシンクロできるよう、呪いの力に手を加えさせよ」
「そんなことができるのか」
「ペルシスはできると語っておったぞ」
「そうか……」
判断の時だった。レーデルは無言でセレナとアルケナルを見やり、意見を求める。
セレナは肩をすくめた。
「あたしには反対する理由はねーな。レーデルの自由にしな」
「私も、レーデルが一人で判断すべきだと思うけど……」
と前置きしてから、アルケナルは自分の意見を述べた。
「個人的には大賛成……ペルシスがどんな風に腕を振るうのか、大いに興味があるからね……」
「アルケナルならそう言うと思った。それじゃあ――」
ジークルーネに返答しようとした寸前、ルーティがレーデルの耳たぶを引っ張った。
「どうしてボクに意見を求めないのかなあ」
「そうだった。わざわざ意見が言いたいってことは、反対なのか」
「いいや。反対はしない。しないけどさあ……」
「何が言いたい」
「ボクは現状に結構満足している。だから積極的に賛成はできないね。この間だって、ボクたちに引き合う力があったから、すぐに合流できたんじゃないか」
「……まあ、なあ……」
ルーティの言いたいことは、わからないでもなかった。
呪いを解きたいという一念で旅を続けてはきたものの、そこまで必死になってルーティを剥がす必要があるのか? という疑問が大きくなりつつある、というのも事実である。
「それともレーデルは、変態呼ばわりされるのがそんなにイヤなのかな」
「ただ変態呼ばわりされるだけなら、我慢できなくもないけどな。その結果教会の追っ手に見つけられやすくなってるってのがなあ……」
「……そうだったね」
「都合に合わせてオンオフできるようにならないかなあ、ってのが俺の希望だな」
「ボクを手放す気はないんだね?」
「そりゃあ……」
レーデルは冗談めかした答えを返すつもりだったが、寸前、ルーティと目が合った。
この上なく真剣な顔をしていた。ルーティにしては珍しく。
レーデルは一旦言葉を引っ込めて、改めて答えた。
「ない。約束する。俺たちはいつまでも一緒だ。ルーティの方が飽きたら、また別だが」
「安心した」
ルーティはほっとしたような顔を見せた。だがそれも一瞬のこと、すぐにいつものシニカルな笑みを貼り付ける。
「レーデルも安心するといい。しばらくの間は、君に飽きる予定はない」
「しばらく、と来たか。ま、その言葉、信じておこう」
そう言い返して、レーデルはジークルーネに向き直った。
「取引に応じる」
「結構」
ジークルーネは握手を求め、レーデルは手を握り返した。
印象と異なり、その手はやけに力強かった。さすが大魔王ってことか、とレーデルは妙な感心をした。




