その7 異端と冤罪と勇者たち
「お久しぶりですセレナさん。再会の喜びに、私の胸ははち切れんばかりです」
シアボールドはセレナの眼前にひざまずいて、セレナの手の甲に軽くキスをした。
セレナは、引き気味にシアボールドの挨拶を受け入れた。
「……そりゃどーも。そんな堅苦しい挨拶はやめてくれよな」
「いえいえ、これは私なりの礼儀。愛するセレナさんに無礼があってはいけない」
そう言ってから、シアボールドは立ち上がり、レーデルに目を向けた。
「おっ。いたのかレーデル」
「扱いが随分違うような気がするな」
「何言ってんだ。俺がおまえの目の前にひざまずいて挨拶したら、どう思う?」
「シアボールドの頭がおかしくなったと思う」
「だろ? だからおまえへの挨拶なんてこんなもんでいいんだよ」
笑顔を浮かべながら、シアボールドはレーデルの肩をバシバシと叩いた。
レーデルがヨランと再会してから約十日後。
アレクトの尽力もあって、レーデルとシアボールド、そしてリーリアは同盟都市フェルデンにて再会を果たしていた。
シアボールド・プレストンとリーリア・ファン・クラムは神聖帝国の遍歴騎士である。若き帝国騎士に課せられる修行の旅の真っ最中で、その過程で冒険者ギルドにも名を連ねている。というわけで一同は冒険者ギルドそばのコーヒーハウスに入り、再会を祝していた。
「いやはや、遍歴騎士のお二人を捕まえるのには苦労しましたよ」
と、アレクトが勝手に苦労話を始める。
「ホルスベックからスタートして、お二人の行程を追いかけ続けて、何度もロストしそうになりながらも、やっとのことで合流できましたからねえ! 褒めて下さいよレーデルさん!」
「よしよし、よくやった。本当に今回は助かった」
レーデルはアレクトの頭をしっかりと撫でてやった。
「レーデル。それって、なんかアレクトを犬扱いしているように見えるけど」
微妙な目つきをしながら、リーリアが指摘する。
しかしアレクトは一切気にしていなかった。
「いえいえ、私はレーデルさんの犬ですから! 一切気にしないどころか、二十四時間なで続けて欲しいくらいです! それも頭だけじゃなくて!」
「この辺にしておこう」
レーデルは手を引いた。悲しげな顔をするアレクトを尻目に、シアボールドに本題を持ちかける。
「今回、どうしても話がしたかったんだ。その……」
「ヨランのことだろ」
シアボールドが先回りして言うと、リーリアも真剣な顔になる。
「アレクトからちょっと聞いた。ヨランがレーデルを殺しに来たの?」
「そう。四人目の勇者として」
「信じられない……。あのヨランが?」
「俺も信じたくないんだけどねえ」
ヨランとの再会の経緯を、レーデルは一通り説明した。
「……俺が思うに、ヨランは何かを握られている。それで俺を殺しに来たとしか思えない。何か知ってる?」
「知ってる」
シアボールドは即答した。
「ヨランの父親が反逆罪で捕まっているらしい」
「……やっぱりそうか……」
レーデルは思わず顔を手で覆った。
シアボールドは更に説明を加える。
「おまえと別れた後、調べてたんだよ、五人の勇者の話。ヨランの父親のルースは、異端レサーグ派の地下組織とつながりを持っていたとかいう容疑で、牢獄に幽閉されているそうだ」
レサーグ派。数あるサイナーヴァ教の分派の中で、教会が最も目の敵にしている異端の一派である。現在の教会のありようを「腐敗した汚泥よりもなお悪い」と断じ、改革のためには武力闘争も辞さないとしている。故に教会側も、レサーグ派に対しては強力な弾圧を行っている。
「レサーグ派とつながってるだと? ウソだろ!」
「ウソに決まってる」
シアボールドは吐き捨てるように言った。
「ヨランの父親が権力闘争に巻き込まれた結果だろうよ。ま、俺としては、ヨランを勇者にするために枢機卿が手を引いた、という可能性も十分にあると見るがね」
「カルマーダ枢機卿か……」
レーデルは唇を噛みしめる。
カルマーダ枢機卿は、過去の経緯から、レーデルの抹殺に異常な執念を燃やしている。過去にレーデルがかなわなかったヨランを刺客として引っ張り出すというのは、いかにも枢機卿のやりそうなことではある。
「枢機卿ともあろう方が、本当にそこまでするの……?」
リーリアは懐疑的だった。教会を信じる彼女にとっては、受け入れがたい「仮説」である。
「するだろうよ。俺を毒殺しようとした奴に、良心なんて期待できるか」
と、レーデルは言い切った。それからシアボールドに語る。
「つまり、父親を助けたければ俺の首を持ってこい、という命令が、ヨランには下っているんだな?」
「そう考えるしかないだろう」
「なるほどね。納得した。そりゃヨランも言いたがらないわけだよ」
ならば、ヨランの煮え切らない態度も理解できる。
ヨランは困っている誰かのために剣を振るうことを理想とし、それを他人にも説いてきた。レーデルも説かれた一人である。今レーデルが「勇者たるべく振る舞いたい」という原則を胸に抱いているのも、ヨランの影響が大きい。
そのヨランが、自分の事情のために剣を振るうことを強いられているのである。ヨランならば、それを恥と思うに違いなかった。だからレーデルに対して何も言えなかったのだろう。
「それじゃあ、どう対策しようか、って話になる」
長いこと黙っていたルーティが口を開いた。
「ボクの個人的な意見なんだけど、レーデルの首を持って行かれるのは、色々と不都合がある」
「俺もだよ。人は首を取られるとたいてい死ぬ」
レーデルは即座に言い返した。
「とはいえ、どうすりゃいいんだ。ヨランの父親を助け出せないのか?」
「不可能だろう。そもそもヨランの父親がどこの監獄に収容されているかすらわからんのに」
シアボールドは顔をしかめた。
「真剣に脱獄させたいなら、年単位で計画を練らなきゃ無理だ。それまでヨランは待ってくれないだろ」
「それじゃ、レーデルはヨランと戦うしかないの……?」
リーリアの言葉に、レーデルは困惑の色を深くする。
「じゃあ、なんとか八百長できないかなあ。ヨランが俺を殺したってことにできないものか」
「教会は証明を求めると思うけど……レーデルの首とか……」
アルケナルが指摘する。
「代わりをどこかで調達すればいけるだろ。本当に生首を作るのはアレにしても、アクモニデスかコールプルテにそれらしいものを作ってもらえば……」
「ルーティはどうするの……。教会が真に欲しいのは、魔界門の鍵よ……」
「……ぬぬぬ……ダメか」
レーデルは深刻な表情で首をひねった。
「戦うしかねーなら、戦うしかねーだろ!」
場の暗い空気を振り払うべく、セレナが声を張り上げた。
「レーデルの事情はよくわかってるけどさあ。こっちが死ぬか相手が死ぬかの状況だったら答えは一つ。殺られる前に殺れ、だ。次にヨランと会った時は、あたしは戦うぜ。レーデルのためにな」
「ボクもセレナの意見に賛成だね」
ルーティも肯定する。
「これはもうどうしようもない状況だ。いずれかが死ななければならないのなら、ボクはレーデルに生き残って欲しいと心から願う」
と言い切ってから、アルケナルに声をかける。
「ねえアルケナル。ボクに魔法を教えてくれるかな?」
「ルーティが魔法を……?」
「ああ。ボクだってレーデルのために何かできることがあるはずだ。今まで魔法を習おうなんてこれっぽっちも思わなかったけど、ボクでも少しは使えるんじゃないかな、って」
「ルーティ……」
レーデルは妙な感動を覚えた。ルーティがこんなことを言い出すとは予想だにしていなかった。
こんなことを言われては、レーデルも黙ってはいられなかった。
「……そうだな。だったら宣言しておくか。ヨランと戦わなければならなくなった時は、俺は戦う。ヨランに勝ちを譲るようなマネは絶対にしない」
「マジで言ってる?」
真意を確かめるように、ルーティがレーデルの目をのぞき込む。
「マジだって。ただし、『戦わなければならなくなった時』の話だぞ」
「どういう意味かな?」
ルーティに問われて、レーデルはもう一つ宣言した。
「俺はヨランから逃げまくる。会いさえしなければ戦うことはできないだろ」
「……マジで言ってる?」
「マジだって。超マジ。第一、自分より強い相手と戦うなんて冗談じゃないっての」
「勇者様がかなり情けないことを言っているように聞こえるんだけど」
「元勇者なんだから、情けないことを言っても許されるべきだ」
「そうかなあ……」
「レーデルさんの言っていることは正しいと思いますよ」
アレクトが割り込んでいった。
「問題を先送りするというのも一つの手ではあるでしょう。時間経過とともに情勢が変化することはままありますからね」
「ヨランの父親が突然解放されるなんてことは起きないと思うが……」
シアボールドの発言に、アレクトは首を振る。
「予想外の事態は起きるものですよ。今の我々では及びもつかないようなことがね。というわけでレーデルさん、私は帝都に行って情報収集して参りますよ。何か助けになることはないか、探ってみます」
「私達も協力する」
リーリアも申し出る。
「他の遍歴騎士の方々から、情報を集めてみる。ヨランとの戦いを避ける手があるかもしれない」
「悪いな、リーリア。教会を探らせるようなマネをさせて」
「いいの。私が信じていることだけが教会の全てじゃないって、だんだんわかってきたし……」
「ありがとう。リーリアも頭撫でてやろうか」
レーデルが手を伸ばすとリーリアは顔を真っ赤にして大きく退いた。
「それはいいです!」
「そう。それは残念。それじゃシアボールド、リーリアのことをよろしく頼む……」
と言いかけて、レーデルは最後に一つ思い出した。
「……そうだ、聞きたいことがあったんだった。五人目よ」
「五人目の勇者のことか」
「そう。もう一人勇者がいるのを忘れてた。知ってる?」
「名前だけは聞いた」
記憶を掘り返そうと、軽く額を指で擦ってから、シアボールドは答えた。
「デア・ドレクセンとか言う奴らしい。知ってる?」
「デア・ドレクセン?」
レーデルは眉をひそめた。まるで記憶にない名前だった。
「少なくとも、俺の同期にそんな名前の奴はいなかった。デア・ドレクセン……?」
ただ、口にしてみると、何かひっかかりを覚える。
その正体は、リーリアが明かしてくれた。
「お父さんから聞いたことがある。デア・ドレクセンって、二、三十年前になくなった王国の王族のファミリーネームじゃなかった?」
「あ、それか!」
レーデルは納得した。養父アバラーザは博識な人物で、幼い日のレーデルは世間話がてらに様々な雑学知識を学んだものである。
「ってことは、亡国の王子様ってところか? やれやれ、そんな奴にも俺の首を狙われてるのか。人気者はつらいね」
ヨラン、第五の勇者に加え、サドワがいつ再びやってくるかもわからない。あまりの前途多難ぶりに、レーデルは天を仰いだ。
だが同時に、力を貸してくれる仲間達もいる。それを思うと、レーデルの心は不思議と軽くなるのだった。




