その9 背中から一突きで人は死ぬ
「ねりゃあああっ!」
魔族の男がレーデル目がけて突進し、大上段から剣を振り下ろしてくる。
対して、レーデルは素早く踏み込んで、逆に体当たりを仕掛けた。
剣が振り下ろされるより早く、レーデルの両肩が相手の肘をブロック。刃はレーデルに届かずに終わる。
レーデルは相手のみぞおちにパンチを叩き込んだ。敵は悶絶し、レーデルにもたれかかって脱力する。
身体を振るい、レーデルが敵を放り出したその直後。
「そこぉぉぉぉ!」
サドワが陰から滑り出て、レーデルの胸を突いた。
「ぬぐ……!」
咄嗟にレーデルは身体をひねりつつ剣を立て、突きを身体の外側へ弾く。
好機と見て、サドワは連続的に斬撃を叩きつけてきた。
(相変わらずセコい攻め手を使う奴……!)
レーデルは苛立ちを覚える。
サドワの剣の腕を一言で表すならば、「狡猾」がふさわしい。受ける側が非常にイヤな攻め手を次から次へと繰り出してくるのである。
勝つためには手段を選ばないそのやり口は、むしろ感心すら覚えるレベルだ。狡猾さは、殺し合いの場で生き残るための重要な資質には違いない。
(だが、落ち着いて対処すれば勝てない相手じゃない!)
レーデルは冷静に、サドワの連続攻撃を受け流し続けた。
反撃の時はすぐにやってきた。
「……さっきから守ってばかりでうっとうしい! レーデル……うおっ!?」
踏み込んだ足がずるりと滑り、サドワは大きく体勢を崩した。
(ここだッ!)
すぐさまレーデルはサドワの首筋を刈りにいった。
完璧なタイミングだったが――
「……させんッ!」
別の魔族が割り込みをかけて、剣でレーデルの一撃を受け止めた。
「邪魔すんなッ!」
思わず叫ぶレーデル。
魔族の男は身体ごとサドワとの間に割り入って、剣同士を噛ませたまま押し込みにかかる。
(すぐに離れないと、サドワが回り込んでくる……!)
レーデルが逃げようとした直後、サドワが叫ぶ。
「ナイスタイミングだ!」
大声を出しながら、自分を守ってくれた魔族の背を全力で蹴飛ばした。
完全に不意をつかれ、レーデルは魔族と抱き合う格好になってしまう。
「俺の栄誉のために死ねえッ!!」
そして、サドワは魔族の背に全力の突きをねじ込んだ。
その剣の切っ先は魔族の胴を貫き、そのままレーデルへ到達。
「…………!!」
普段の軽装のままだったら、確実に腹を割かれていた。
が、この日装着していた皮鎧が、刃をほんのわずか食い止めた。
レーデルは魔族を突き飛ばし、ぎりぎりで逃れた。
「チッ! 惜しい!」
サドワは舌打ちしながら剣を引っこ抜く。魔族は背と腹から血を噴き出しつつ、その場に崩れ落ちた。
「な……なんてことしやがる! 味方じゃないのか!?」
レーデルは怒りの声をぶつけたが、サドワはどこ吹く風だった。
「味方だと? こいつは魔族だろうが! 教会の敵だ! せいぜい俺の役に立ってもらおうってんだよ!」
などと平気な顔で言い放つ。
(こいつ、昔より性格悪くなってやがる……!)
強烈な怒りが、腹の底で燃え上がるのをレーデルは感じた。
こんな奴は生かしてはおけない。今すぐサドワを物理的に黙らせてやりたいという衝動に駆られる。
だが、たとえ義憤であろうと、怒りは判断を狂わせるということも、レーデルはよく理解していた。
(怒りに我を忘れるな……サドワを倒したければ、怒りに心を委ねるな……!)
自分に言い聞かせながら、レーデルは意図して肩の力を抜き、改めてサドワに襲いかかった。
「ウソでしょ……氷の精霊を真っ向から砕くなんて……!」
目の前の信じられない出来事に、アルケナルは呆然とした。
氷の精霊は完膚なきまでに粉砕され、氷の破片が白い冷気とともにばらまかれる。
その白い冷気を浴びながら、ビアベルムは輝く目を向けて――
「ぬううううんッ」
石柱を振り下ろした。
アルケナルは反応が一瞬遅れ、
「危ないッ!」
アレクトが全力体当たり。すんでのところで、なんとか石柱の下敷きを避ける。
横からセレナが飛び込み、石柱にひらりと飛び乗って、
「この野郎ゥゥ――ッ!」
石柱を一気に駆け上がり、回し蹴りをビアベルムの横顔にぶち込んだ。
ビアベルムの首はねじれ――切らなかった。
無理矢理右方向を向かされながらも、ビアベルムは左目を動かしてセレナを見据え、
「なかなかの一発だ……だがな!」
石柱を手放し、セレナの足を捕まえた。
「うぬあっ!?」
ぐい、と持ち上げられて、セレナは逆さづりになる。
「……この程度では効かんのよ!」
力任せに、ビアベルムはセレナを放り投げた。
セレナの身体は軽々と吹き飛び、数メートル滑空して、石の壁に叩きつけられる。
セレナは悲鳴を上げた。全身バラバラになりそうな衝撃を受けて、ずるりと地面に滑り落ちる。
「だったらこれは……!?」
アルケナルがタクトを振るい、今度は風の精霊を召喚した。
竜巻が巻き起こり、ついさっきまで氷の精霊を構成していた氷片を一気に吸い上げる。
「アレクト、ペルシス、伏せて……!」
叫びながら、アルケナル自身も地に伏せる。
直後、風の精霊は全方向に氷片を放出した。拳大の氷片が、散弾のごとくはじき出され、その一部がビアベルムを襲う。
対してビアベルムは、
「……フン!」
石柱を前面に立て、自らはその陰に隠れた。
石柱はビアベルムの全身を隠すには細すぎたが、少なくとも頭部を始め、正中線を守ることはできた。肩や足に氷片は食らいつつも、怯むことなく耐え抜く。
ほんの数秒で、氷片の雨はおさまった。ビアベルムは改めて石柱を掲げ、
「足りんわ!」
風の精霊に叩きつけた。重い一発で、風の精霊は雲散。竜巻が消滅する。
興奮で血走った瞳を、ビアベルムはメイド達に向けた。
アルケナルもアレクトも、途方に暮れてしまった。ビアベルムの馬鹿力を防ぐ手立てが思い当たらず、つい攻め手を止めてしまう。
「三人とも美人だから、殺しはしねえ……囲ってやるよ。逃げられないよう、足は潰しとくけどな……」
勝利を確信して、ビアベルムは舌なめずりをする。まずはアルケナルに対して一歩を踏み出し――
「…………んん……!?」
突然、がくりと片膝をついた。
何が起きた? とアルケナルもアレクトも目を見開く。
ビアベルム自身も、何が起きたかわかっていなかった。が、猛烈な虚脱感に襲われ、石柱を手放し、両手を地面についてしまう。
「なんだ……これは……何が……!?」
声も急に張りがなくなっていき、ついにはべったりと地面に伏せてしまった。
しばらくの間、誰も動けなかった。すぐにビアベルムは回復し、身体を起こすと予期して。
しかし、いつまで経ってもビアベルムは起きる気配がない――どころか、呼吸が止まっているように見えた。
「……ちょっと失礼」
最初に動いたのはペルシスだった。光球を浮かべ、ビアベルムのそばに近づく。
動く気配のないビアベルムの背に、光球を近づける。
「フン、やはりな」
そして、ペルシスは納得の声を上げた。
「ビアベルムは死んだぞ。私の一撃が致命傷だったな」
「はあ……何言ってんの……?」
と応じたのは、セレナだった。まだ痛みが抜けないようで、顔をしかめながら近づいてきた。
「見ろ、この背中を」
ペルシスに手で示されて、セレナはビアベルムの背を見やり、
「うわあ! どうなってんだこりゃ!」
驚きの声を上げた。
アルケナルとアレクトもビアベルムに接近し、それを視認した。
ビアベルムの裸の背が広範囲、紫色に染まっていた。
「内出血……?」
その正体を、アルケナルは見抜いた。その内出血が、背に空いた小さな穴によってもたらされたことも。
「これ……知恵の輪で開けた傷ね……?」
「その通り」
再び、ペルシスは指にはめた知恵の輪を誇示してみせた。
「ウソだろ。こんな針みたいな武器で、死ぬわけねーだろ」
セレナは疑いの声を上げたが、ペルシスは指を左右に振って否定した。
「こんな小さな傷でも、人は死ぬのだ。心臓を刺されればな」
「心臓? たしかに傷の場所はそれっぽいけど、普通心臓を刺されたら即死だろ。もっと派手に血が出るんじゃねーの」
「そうでもない。これだけ小さな傷だと、筋肉が引き締まって外出血を防いでしまう。そしてこんな風に時間差で命を奪う」
「信じらんねーな……」
「この通り魔王は死んだ。信じてもらうしかない」
そう言いつつ、ペルシスはアレクトに目を向けた。
「さっさと城から逃げよう。配下の奴らが追ってこないとも限らない」
「そうでした。急ぎましょう」
一同はビアベルムを放置して、馬小屋へ向かった。
「ビアベルムが突然倒れた謎は解けたけど……ビアベルムはどうして馬小屋なんかにいたのかしら……?」
「そう言えば、なんでですかねえ?」
アルケナルの疑問に、アレクトも首をひねる。
しかしその謎は、馬小屋に足を踏み入れた途端に解けた。
半裸の女性が、藁の山の上に寝転がっていた。外からの足音に気づいてびくりと跳ね起き、
「……誰!?」
アレクトたちの姿に気づいて身を震わせる。
この場で何が行われていたのかに気づいて、セレナの顔は一瞬で真っ赤になった。
「そういうことかよ……! 変な匂いがすると思ったら……!」
「あー、そのままでどうぞ。私達はすぐにおいとまいたしますので。というか、あなたも今すぐ逃げた方がいいですよ」
女性を落ち着かせるべく、おとなしい口調でアレクトは告げながら、秘密の通路につながる落とし戸を開いた。
「魔王ともあろう方がこんな場所でお楽しみとは……ま、私も下調べが浅かったのは反省点ですかねえ」
と呟きながら、ペルシスに穴を下るように促した。
「結果的には良かった。自分の手であの牛野郎に復讐できたからな」
満足げに言って、ペルシスは落とし戸に身を投じた。




