その7 悪運に見舞われる三人のメイド
ビアベルム城――
現在のビアベルムの居城は最近ビアベルムが乗っ取った場所なので、「ビアベルム城」という呼び名は正式なものではない。しかし世間的にはビアベルム城で通用していた。
丘の上に建つ、城塞としての性質を強く持つ城である。真上から見ると二重螺旋状になっていて、二つの城門のどちらをくぐっても螺旋状の上り坂が一周半ほど続き、それを抜けると中庭に抜け、城本体にたどり着く、という構造だ。
もっとも、エクスムア率いる小隊の目的は城の攻略ではない。ビアベルム城を占拠する連中の気を引ければそれで十分だった。
月もない闇夜、深夜近く。ビアベルム城の城門を十数メートル先に見据える草地に、エクスムアたちは潜んでいた。
「準備は大丈夫か?」
部下達に呼びかけるエクスムアは、金属鎧と兜でしっかりと身を固めていた。兜は、エクスムアの角が外に出るようになっている特注品である。歩を進めるたびにガチャンガチャンと金属音が立った。
「いつでもいけますよ」
他の面々に倣い、レーデルもエクスムアに返事をした。
レーデルも、普段よりは武装を固めていた。ブーツとガントレットは金属、鎧も胸部を覆うだけの代物ながら金属。
正直なところ、重装で身を守るのは、枷をはめられているようであまり好きではない。防備の固さと重さは比例する。レーデルみたいにあちこちを歩く冒険者としては、普段から金属鎧を着用したところで、無駄に体力を消費するだけだからだ。
「魔王様も、随分ガチガチに固めてますね」
「メイルに言われてね。俺が自分で隊を率いたいのなら、この鎧兜でがっちり固めろって命令されたのさ」
「命令ですか」
「ああ。さもないとこの場で刺して動けないようにしてやる、とまで言われたよ」
呆れたようにエクスムアが言うと、部下達は一斉に笑った。
(魔王のイメージから激しく外れる人だなあ……)
改めて、レーデルは思った。そもそもレーデルみたいな(元)勇者をそばに近づけている時点で、魔王としてはなかなか破格の行いである。
神聖帝国にいた頃は、「魔族は全て邪悪! 魔王は全て残虐非道のクソ野郎!」と教えられて育ってきた。旅を続け、様々な体験をするたびに、それが嘘っぱちであるという確信がどんどん強まっていったが、エクスムアという人物の存在は、その確信をさらに強める一ピースだった。
(帝国……というか教会は色々間違っている。教会の誤った世界観に騙される人が増えていくのをほっといていいんだろうか)
ふと、そんなところまで思いを至らせる。
が、レーデルの思索は、鐘の音によって遮られた。
ごぉぉ……ん……ごぉぉ……ん、と二度。
エクスムアの城から放たれた、作戦開始時間の合図である。
「よぉし! 決行だ!」
すらり、とエクスムアは剣を抜いて、その切っ先をビアベルム城に向けた。
「魔法使い班! 精霊で城門を攻撃しろ!」
魔法使い数名が一歩前に出て、杖を掲げ、集中する。
城門前に複数の魔法の輝きが生まれ、それぞれが精霊として形をなした。
炎の精霊、氷の精霊、雷の精霊。容姿も司る力もそれぞれ異なる精霊たちは、一斉に城門を殴り始めた。
「精霊どもが城門を攻撃してるってよ! 急いで出やがれ!」
ビアベルム城はにわかに騒がしくなり、何人もの魔族たちが武装を整えながら駆け出している。
そんな様子を、アレクトたち三人のメイドは植え込みに身を隠しながら冷静に見守っていた。
「予定通りに始まったみたいですね。お二人も大丈夫ですか?」
小さな声で、アレクトはセレナとアルケナルを振り返る。
鐘が鳴るよりしばらく前から、セレナとアルケナルは秘密の通路から城内に侵入していた。
「問題ねーよ。さっさとターゲットを連れ帰ろーぜ」
セレナはやや丈の長いスカートを着用していた。現地に到着しても、しばらくの間文句を言い続けていたが、決行の段に至り、仕事モードにメンタルを切り替えていた。
「長居は無用……急ぎましょ……」
アルケナルは地味なメイド姿になっていた。髪を三つ編みにして、前髪を垂らして目元を隠すなど、とにかく目立たないことを目的とした変装に身を包んでいる。
「では、ついて来て下さい。こちらです」
アレクトは二人を先導し、城の一角の塔に向かった。
「普段は見張りがいるんですが……城門の方に駆り出されたようですね」
開け放たれたままの扉をくぐり、地下への階段に足を踏み入れる。
「そいつは残念。いたらあたしが即刻黙らせてやったのに」
「どんな些細なトラブルもないのが一番ですよ。こちらです」
魔法の光球で足下を確認しながら、アレクトたちは地下牢に入った。
狭い道の左右に、鉄柵で区切られた牢が並んでいる。囚人の姿は見当たらない。
ペルシスは最奥、突き当たりの牢に入っていた。
「ペルシスさん! お迎えに上がりました!」
アレクトは用意していた鍵を錠に差し込み、格子戸を開いた。
カチャカチャという音が静かに響く――が、格子戸から発せられた音ではない。
藁の山の上でうずくまっている男が、手元で何かをカチャカチャと言わせているのだ。
(手錠かしら……?)
とアルケナルは思ったが、そうではなかった。
スキンヘッドの男が身体を起こし、近づいてきた。光球の輝きを受けて、横向きのダイヤマーク型の瞳孔を輝かせた。
「アレクト……新しい知恵の輪を持ってきてくれたのか」
カチャカチャ言っている音の正体は、ペルシスが手に持っている知恵の輪だった。
「違いますよ! 脱出するんです!」
アレクトが訂正すると、ペルシスはぱっと顔を明るくした。格子戸をくぐり抜けて、一人でさっそく出口に駆け出してしまう。
「やっと出られるのか! まともに知恵の輪もいじれない今の環境には飽き飽きしてたんだ! 出よう出よう!」
「待って下さい! こっそり出るんですよ、こっそり!」
慌ててアレクトはペルシスの後を追う。
「……ま、自力で走れるくらい元気なのはいいこった」
呆れながらセレナは言い、アルケナルとともに二人を追った。
「おい、そこのメイド!」
しかし、逃走は順風満帆とは行かなかった。
城門に向かおうとしてたまたま通りかかった男が、ペルシスを連れ歩くメイド三人を見とがめた。
「そいつ、捕虜の魔法職人じゃねえか! 何をしている!?」
今にも腰の剣を抜きそうな勢いで、問いかけられる。
(一瞬で気絶させる……!)
セレナはスカートの下に隠したガントレットに手を通そうとしたが――
「この方を別の場所に移送しろって命令されてるんです!」
いかにも必死そうにアレクトが訴えると、
「そうか! だったら急げよ!」
男はあっさり信じ込み、城門目指して駆け去って行った。
セレナは殺気を引っ込めた。
「……なんだよ。拍子抜けだな」
「さっきも言いましたけど、トラブルはないに越したことはないです。急いで急いで」
「急ぐと言っても、どっちに行けばいいんだ」
「馬小屋ですよ!」
ペルシスを導き、アレクトは馬小屋へ向かう。
あとは馬小屋の落とし戸から秘密の通路を抜けて脱出するだけ、のはずだったが――
ぬっ、と馬小屋から大柄な男性が姿を現した。
「あっ!?」
アレクトは咄嗟にペルシスを押しとどめたが、もう遅い。一同全員、大男に見付かってしまった。
やむなくアレクトはさっきと同じ言い訳を口にした。
「申し訳ありません! この方を別の場所に移送しろって命令されたんです!」
「命令……?」
大男はゆったりとした、しかし強圧的な口調で言った。
「一体誰がそんな命令を出したんだ……?」
プレッシャーに耐えながら、アレクトは更に言い訳をしようとしたが――
「それは……えっ! ちょっと!?」
重大な事実――眼前の男の正体に気づいて、思わず叫んでしまった。
「なんでビアベルムがこんなところにいるんですか!?」




